7月16日、greenz.jpのタグラインは「いかしあうつながり」に変わりました。

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人間社会には「いかしあうつながり」が不足している? 暮らしに関係性を取り戻す術を探るソーヤー海さん × 鈴木菜央対談(後編)

この夏、greenz.jpが新たに掲げた「いかしあうつながり」。でも、果たして「いかしあうつながり」って何だろう? その思索の旅に出かける、ソーヤー海さん鈴木菜央の対談をお届けします。

前編では、パーマカルチャーとの出合いによって自分自身にどのような変化があったのかをソーヤー海さんに語っていただくことで、「いかしあうつながり」というテーマのベースになっている考え方が見えてきました。

後編では、なぜ人間の社会では活かし合う関係性が少ないのか、そして私たちの心の問題にも踏み込んでいきます。

ソーヤー海(そーやー・かい)
コスタリカでのジャングル生活中にパーマカルチャーと出会い、アメリカでのパーマカルチャー研修を経て「東京アーバンパーマカルチャー」を主催。著書に『都会からはじまる 新しい生き方のデザインURBAN PERMA-CULTURE GUIDE』がある。

生態系は”活かし合う関係性”というデザインになっている

海さん これまでに話したことのベースには、パーマカルチャーの倫理があるのね。それが”Earth Care”、”People Care”、”Fare Share”の3つなんだけど。

ひとつめの”Earth Care”は地球を大事にしようっていうこと。ある意味、全部がそれに含まれているとも言える。地球の中に社会も経済も全部が存在しているけど、地球を大事にしなかったら、ほかに住む星はないから。

ふたつめは”People Care”で、人を大事にするということ。社会的に政治的に抑圧されている人やホームレス、難民、そして自分も含め、すべての人間家族を大事にする。

みっつめは”Fare Share”。これには解釈が2通りあって、「平等に分かちあうこと」と「余剰物の分配」。このふたつはニュアンスがちょっと違うから、パーマカルチャーを実践している人によって使い分けられている。

「平等に分かち合う」というのは、みんなが豊かに暮らせる資源が地球には十分にあるっていうのが前提になっているのね。でも、一部の人たちがすごく使っていて、一部の人たちはほとんど何も使っていなくて大変な目にあっているっていう、南北問題みたいなことがベースになっている。だから自分の必要な分だけ使って、あとは分かち合おうっていうこと。

「余剰物の分配」は、生態系は豊富な”増える経済”にあるから、それを分けていこうということ。分けていった結果、みんなが豊かになるんじゃないかという考え方ね。だから、ちょっとだけニュアンスが違う。

要するに、「分配の不平等さを意識しながら生きよう」っていうのと、「どんどん増えていくものを分かち合っていこう」っていうことのふたつだね。ただ基本的には、分かち合おう、みんながより豊かになるように与えられるものは与えていこうってこと。

このように、パーマカルチャーには“Earth Care”、”People Care”、”Fare Share”という3つの倫理がベースになっている。地球と人間を大事にしながら、より豊かな分かち合いのあるような暮らしをどうデザインするか。それは生態系を見てまねて、生態系から抽出した原則でデザインしていけば、そういう方向にいきやすくなるんじゃないかってことなんだよね。

菜央 なるほどね。では、海くんにとってのパーマカルチャーって何なのかな。

海さん ”活かし合う関係性”って僕は言ってる。

生態系は活かし合う関係性っていうデザインになっているから。どういう仕組みになっているのかを観察するのに、12個の原則があって、それを使って畑とか土地とか、僕の場合は人間関係とか社会にもその原則を使っているんだけど、そうすると、すごく上手くいくんだよね。これは、自分の暮らしや自分の身近な人との関係性、そしてより大きなコミュニティとかデザインに活かせると思う。

パーマカルチャーもキーワードは”デザイン”なの。僕の中では”活かし合う関係性のデザイン”というのがシンプルに言うとパーマカルチャーの根源かな。

菜央 なんで人間の社会は活かし合う関係性が少ないんだろう。

海さん 理由のひとつとして、うちらが”不自然な存在”になってしまったことがあると思う。

”自然”と”人間”って分けちゃうじゃん。人間が自然じゃないとするなら、”不自然”な存在だよね。でも、人間だって自然の中で存在していて、自然がなければ存在できないんだから、人間もほかの動植物と変わらない。

「人間は自然の一部で、自然を豊かにしていけば人間も豊かになる」っていう意識をとらえることがキーポイントだと思う。

人間は生まれてくる前から、いろんな関係性の中で存在してる。親の関係性があって子どもができるわけだし、親もコミュニティの中で存在していて、そのコミュニティも生命の誕生からの延長線に存在しているから切り離せない。実は全部がつながっていて、それを見るか見ないかだけの違いなんだよね。でも、その見るか見ないかの違いが僕らの考えと行動に大いに影響する。

関係性があることに気づくか気づかないかっていう、その巨大な世界観の違いの中で、関係性のない前提でどうやって関係性をつくるかっていうことを、人間はここ数百年で、やっては失敗し続けているんじゃないかなと思う。

人間は常に関係性の中にいて、支え合うという前提があれば関係性が豊かになる

菜央 本来、人間って自然に対してすごく弱い存在だったわけだよね。相手がとてつもなく強くて大きいときは、自分の力の行使の結果、どうなったかということを気にする必要はまったくない。

だけども、科学技術がどんどん発達してきて、自分たちの力が大きくなってきて、でも、いまだに自然に対して自分の力が及んで、それが自分たちに返ってきているってことを、集合無意識的には無視している。

気づいている人はたくさんいるけど、大きな社会の認識には至っていない。これは、単純に哲学的な問いというだけじゃなくて、社会科学的な問いだし、科学の文化の話でもあるし。

海さん 今、主流の世界観は科学なんだよね。科学が真実ってことになっていて、科学的なデータや研究結果を真実として受け入れちゃうじゃん。

でも、科学のベースになっている前提について考える人ってそんなにいない。科学の前提にある現実をとらえようとしたときに、見落としている部分こそが、今、大きな問題になっていると思うんだよ。

”科学”を上手く使うと色々できるんだけど、それが全部じゃないということを思い出さないと。無意識のうちに、自分たちで破壊的なことをしてしまう。

菜央 そうなんだよね。人間一人ひとりを取り出してみると、ほとんどの人がきっと善良な意識を持っていて、環境を気にかけていたりする。だけど、そういう人が集まったとき、全体としてはよくない方向に進んでしまう。その構造が問題なんだよね。

人間同士のお互いの扱い方も問題だと思う。「誰かがこういい暮らしをするためには誰かを搾取しないといけない」っていう社会構造になってしまっている。問題意識を持っている人もたくさんいると思うんだけど、全体としてはそういう構造が日々強化されている。買い物とか日々の行動を通じて環境に悪影響を与えたり、誰かを搾取したりという構造を強化してしまう。そのことに、僕は絶望感をおぼえてしまうんだよね。

海さん 個人でそこから抜け出すのは、本当に難しいと思う。そこでさらに絶望感が増すんじゃないかな。たぶん誰でも「あなたは搾取したいですか」って聞いたら、したくないじゃん。でも、自分の生活の一つひとつを見ていくと、搾取せざるを得ない。石油や電力は、環境からも人からも、ものすごく搾取してる。でも、それらを全部止めちゃったらもう生活できない。

気づいちゃったけど考えないようにして生きるか、あるいはガンディーみたいに突き抜けるかという二者択一を迫られたとき、大体の人にとっては、考えない方が現実的なんだよ。でも、僕らは関係性の中にあるっていう前提を取り戻すと、一人でやらなくていい。一人ではできないし。ガンディーだって、一人でやったわけじゃないから。

いろんな人が支え合って、理想を目指して、どうすれば理想側にシフトできるかっていうのを実験したときに、今までと異なるベースができれば、そのベースの上に違う暮らしができるようになるんだよね。

菜央 今の話、具体的にどういうことなんだろうか?

海さん たとえば、食料に関していうと、ほとんどの人はどこで生産されているかもわからないものを食べてる。どういう人がどのような労働条件で働いて、どういう生産過程でそだてられているかは、とくに海外のものだと余計に分かりにくい。もちろん、自給自足することもできるけど、相当大変だし、世の中全体の大きな仕組みはそれだけでは変わらないよね。

でも、仲間と共同的にちょっとずつシフトしよう、一緒に農業について学んでみよう、っていう仕組みをつくる。そこでやっているうちに、意外とできるじゃんって、ちょっとずつ盛り上がって、今度は米を自給してみようって20人くらいでやってみれば、いろんな人のリソースが活用できるわけ。

だから、自分が今持っている時間とエネルギーと知識とお金と道具だけだと限られているけれど、それが20人になれば、膨大な資源が集まるんだよね。その中でお互い支え合ってやっていくと、ひとり分の負担がだいぶ減る。

そして、米が自給できるようになったら、次は家をつくってみようみたいな感じでパラダイムがつくれる。

菜央 そうね。家に興味がある人と米に興味がある人がいるから、それぞれがリードすればいいよね。

海さん そうそう。米づくりをリードしていた人が、子どもが生まれて動けなくなったら、違う人がそこに入ればいい。でも、一人で自給自足していたら、それはできないじゃん。だから、うちらは常に関係性の中にいて、その関係性が豊かだと、支え合うっていう前提の20人なんだよね。取り合う20人じゃなくて。

そうやって支え合うと、相乗効果が起きて、「1+1=11」になったりするんだよね。それまでなかった資源が、人のつながりからもやってくるから。

生態系のデザインは”増える経済”

海さん 一人の人間を単体として見ることはできないんだよ。森にある一本の木を単体として見ることができないのと同じ。木についている菌が木自体を支えていたり、バクテリアが土壌を改良してくれたり、虫たちが腐った葉を食べてフンをしてくれたり、鳥が種を違うところに持って行ってくれたり。それらを全部含めて”木”だよね。

菜央 そうだね。鳥も含めてね。

海さん 人間も同じ。人体は、細胞よりも微生物の数の方が多くて、微生物の働きで機能している。全部が生態系なんだよね。身の回りの世界も、すべて生態系っていうシステム。このシステム思考が、パーマカルチャーの根底にあるんだよ。

だから、目の前のことに働きかけると、その要素は生態系の中で存在しているから、いろんな連鎖作用が起こる。見えている作用も、見えていない作用も、数十年後に見えてくる作用も。それらをいかに観察して、命を豊かにする方向性を見つけていくのがすごく大事。気候変動やミツバチの減少の様な思いがけない作用が起きたりするから。

菜央 あらゆる人間はつながりの中でできているから、いま自分がつながっているシステムがどういうものなのかをよく観察して、それを少しずつ変えていくっていうことなのかな?

海さん そう。少しずつ変えて、変え方も豊かにしていく。関係性を豊かにしていく。

菜央 一人の関係性が豊かになれば、まわりの人がみんな恩恵を受けるんだよね。それで生まれた余裕によって、また違うものが生み出されて、それが再び返っていくみたいな。

海さん 今、一人が豊かになればって言ったけど、その人は生態系のなかで存在しているから一人じゃない。その人が豊かになるって、いくつかパターンがあると思うんだけど、一つは周囲から搾取して豊かになるってことね。

でも、そうすると生態系が崩れるから、いずれはその人の周りが循環しなくなると、彼を支えている豊かさも崩れてしまう。でも、その人の周りの豊かさが循環し続ければ、どんどんエネルギーが引き寄せられるというか、肥えた土は肥えた土をつくるから、循環し続ける。増えていくんだよね。

生態系のデザインは”増える経済”なんだよね。果樹とかを見ても実をいっぱいつけて、1本の木から1年に何百とか何千とか何万って種が出るってことは、ものすごい繁殖率だよね。草とかもそうだし、お米とかもそうだから。だから増える経済のなかで生きれば豊かなんだよ。

でも人間はその”増える経済”を崩して、”減る経済”に変えて、そこで誰がトップになるみたいな競争をしてるから、必ず貧しくなる。今はそれがどんどん加速していて、いずれはトップの人も損する。その人やその人の子孫が、みんなと一緒に。それがわかっていないか、わかっていても抜け出せなくなっているのが問題だよね。人類の未来を決める超難問。

組織の中で小さなやさしいことを人知れずやり続けると、自分の心が変わっていく

海さん 今のうちらの資本主義とか教育システムとか医療システムはみんな余裕がない。いろんな人から搾取しているから、別にその搾取の流れにいても、当たり前になっている。自分も取られているから、”足りない”っていうマインドセットになっていて、心が閉じちゃっている状態だと思うんだよ。

一方で、心が解放されている人たちは、あんまりお金を持っていなかったりする。でも、すごくやさしくて、受け入れてくれる。実際に中米で会った人たちは、金銭的には僕よりはるかに貧しかったけど、やさしくて寛容だった。

今、東京は物質的に豊かで、貨幣経済的にも豊かな人が集まっているのに、余裕がない人が多い。みんなで取り合っているよね。「足りない」というところから動いている。

菜央 本人自体の本質は同じでも、その人の心に余裕がなくて、やさしさを失ってしまう関係性の中にいるのか、その人の心に余裕があって、心の広い人でいられる関係性にいるのかについては、心の問題が大きいよね。

海さん 心の問題しかないかも。だって、うちらがいなくても地球は続く。だから、うちらの問題なんだよ。人間が自ら自分たちの苦しくなる状況をつくっている。だから、原点はうちらの心だよね。

僕は、カルマキッチンとか、スマイルカードの実験がすごく面白いと思っていて。あれは心への働きかけだから。どうすれば、自分に備わっているのやさしさや思いやりを解放できるか。

そうすると何が起こるかっていうと、知らない人にやさしいことをする。その人もだれにやさしいことをされたのか知らないっていう状況に置かれるんだよね。スマイルカードの場合は、バレないようにやるから。そうすると、人間ってもしかしたらやさしいんだって思いはじめるんだよ。

”small act of kindness”って彼らは言うんだけど、直訳すると「小さなやさしい行為」。どうやったらその小さなやさしい行為ができるのか。だから、グリーンズの中でもいいし、もっと大きな社会でもいいし、自分が住んでいる環境でもいいから、組織の中で小さなやさしいことを人知れずやり続けると、自分の心が変わっていくと思う。会社で、だれかのデスクにそっとお菓子ややさしい言葉を置いてあげるとかさ。

もらった人は「え? なんでお菓子? 私に?」って、理由もよくわからず、誰がしたのかもわからないけれど、なんだか嬉しいみたいな。そうすると心にちょっと余裕ができるんだよね。その余裕から、私もいいことをやってみようっていう流れになりやすいと思うんだよ。心への働きかけだから。実は世の中いいところだよ、っていうフィードバックが入ってくる。そこにポイントがある気がする。

素敵なストーリーをシェアするとか、人にやさしくするとか、やさしくされたとか、その結果どういう大きな変化が生まれたのかとか。そのストーリーと実体験とか、ちょっとずつみんなが「世の中はやさしいよ」っていうメッセージをいろんなところから受け入れられると、体感的に理解できるんじゃないかな。

カルマキッチンは、何にもあなたにはプラスにならないのに、なんで振る舞ってくれるの? っていう行いを受けることで心が変わっていく。みんなそのきっかけを待っているんだと思う。

菜央 うん、そうだね。それもまた一つのテーマだね。こういう対談を続けられたら、またどんどん深まっていきそうな気がする。すごく楽しい対談だった。本当にありがとう。

(対談ここまで)

「いかしあうつながり」のルーツをたどる対談、いかがでしたか? 

私は人からも環境からも搾取しながら生きている――。
こうやって文字にすると、極悪非道な人のことのように感じるけれど、今のシステムでは、ほとんどの人が、そうしなければ生活できないというのが現状です。

そこからひとりで抜け出すのはとてもとても難しいから、仲間と支え合って、ちょっとずつシフトする仕組みをつくってみる。そうすると、1人分の負担は減るし、いろんな人のリソースが活用できて膨大な資源が集まる。

その関係性こそが”いかしあうつながり”であり、そんなつながりをつくることで、今の世の中の仕組みに対する絶望を希望に変えられるのだと感じました。

鈴木菜央が会いたい人を訪ねて、「いかしあうつながり」を深めていく連載、また次回もおつきあいいただけるとうれしいです。