島根県邑南町の、旧羽須美村地区。そこは、青い空、緑の山、赤い瓦が美しい里山です。でも、棚田はどんどん草むらになり、空き家も増えていっています。
そんな田舎でも、希望をもって生きている人がいます。過疎化が進みつつある田舎はこれからどうなっていくのか。その暮らしは実際どんなものなのか。邑南町にUターンし、農家民泊「今ちゃんの家」を開いている今手喜三さんに話を聞いてきました。
過去を捨て、前向きに動いていく
丸原 Uターンされるまでの経緯を聞かせてください。
今手 羽須美で生まれ、育ち、35年ほど大阪と東京でサラリーマン生活をしたあとUターンしました。両親の体が心配になってきたころ、息子が市町村合併前の羽須美村に就職したこともあり、いい機会だと思ったのです。それが15年くらい前のことですね。
丸原 35年ぶりに羽須美に帰ってきて、まずやったことは?
今手 まず、土木作業の仕事をしました。力仕事をしたことがなかったので体力をつけようと。これが地元になじむのによかったみたいですね。泥まみれの仕事を進んでやることで、信用を得られたような気がします。田舎には人が嫌がるような仕事とか役回りが結構あるんですが、とにかくやってみたほうがいい。Uターンで成功するには、過去を捨てて前向きに動いていくことが大事なんです。
丸原 名刺を拝見していると、本当にいろいろやられてますね。
<今手さんの名刺の裏には役職がずらり…>
・邑智郡 田舎体験交流協議会 会長
・邑南町「田舎ツーリズム推進研究会」会長
・島根おおち農業協同組合 監事
・社団法人 邑南町観光協会 理事
・はすみ木工芸クラブ幹事
・羽須美「あゆのつかみどり」代議員
・羽須美スローライフ・スローフードの会 事務局長
・宮尾山八幡宮幹事
今手 そうですね。まず最初にやったのは農業委員です。実家に畑が多少あったんで、農業関係の研修にかたっぱしから参加したんです。そうしたら、「都会にいたのに野菜づくりのことをよく知っている」と思われたのか、委員をお願いされました。どの役も自分からやりたいと言ったことはないんです。
田舎で何かの役にまず手を挙げる人は、たいていちょっと困った人だったりするんですよ。その点、私はしがらみがないもんですから、ずっと地元にいた人が言いづらいようなことでも「おかしいんじゃないか」とものを言える。そういうこともあって、お願いされるんじゃないですかね。
丸原 ずっと都会にいたからこそできることがあると。
今手 僕は田舎で生まれ育ったけれども、ずっと離れていた。だから最後に何か故郷に恩返ししたいという思いがあります。田舎の人は、他の人からあれこれ言われるとすごく気にするんです。どう思われてるか気になるんですね。
でも私はしがらみがないですから、誰も言わないようなことでも思い切って「おかしい」と言える。都会の生活で色んな人と話すことにも慣れていますから、相手が町長だろうが農家の人だろうが、同じように話をすることができるんですよ。色々なところに行くと気づくんですが、地域おこしで成功しているところは、UターンやIターンしている人が中心になっているところが多いですね。
田舎の良さを知るきっかけに
丸原 今手さんがいまやられている「民泊」について教えてもらえますか?
今手 要するに、民宿ではないのに民宿に準ずるようなかたちで人を泊めることができる民家のことです。島根県は「田舎ツーリズム」というのを進めていて、「田舎ツーリズム協議会」に入れば、旅館業や飲食業の登録なしで民泊ができるんです。年に一回、衛生についての研修を受けるだけです。
商売としてはやっていません。宿泊料としてではなく、体験料としてお金をもらいます。いっしょに田舎の暮らしを体験するのが目的なので、寝巻も洗面道具も用意しません。農作業や料理を一緒に楽しんでもらいます。
今はご家族で来るお客さんが多いですが、これからは学校単位で小学生に来てほしいですね。まず子どもだけで来てもらって、「羽須美のおじいちゃん、おばあちゃんの家」として、次は家族で来てもらう。田舎がない子も増えてきているので、多くの人が田舎の良さを知るきっかけをつくっていければと思っています。
丸原 いま農業が注目されていますが、どう思われますか。
今手 僕は田んぼも畑も有機でやっていますが、まあ道楽ですね。年金があるから楽しめているようなものです。うまくできたものは道の駅で売っていますよ。あまり人がつくっていないようなものを、ちょっと早く出すというような工夫はしています。
本気で農業をやろうというなら、人を雇っているような農家に1年くらいは滞在してみてはどうでしょう。農業は意外と保護されていて、調べれば色々な補助金や融資があるんですよ。このあたりの山間部はほとんど棚田だったんですが、人がどんどん減っているのでその景色も失われつつあります。一人でやると大変なので、共同で作業を分担して、無理なく続けられるような工夫をしたりして、新しい人を増やしていけばいいんですけど。
日本は兵役の義務がないぶん、農役の義務を課してもいいんじゃないですかね。田舎にゆかりがない人でも、やってみるとハマるきっかけになるかも知れない。昔は農業は3Kと言われましたが、いまは機械化も進んでいてやりやすくはなっているので、本気ならチャレンジしてほしいですね。
丸原 今日はありがとうございました。最後に、greenz.jpの読者にメッセージをおねがいします!
今手 いま田舎に必要なのは、全体を見渡して計画を立て、それぞれをリードしていくプロデューサーのような人です。いいところがいくつもあって、それぞれの人ががんばっていても、方向性が定まらないと動きがバラバラになってしまって物事が進まない。田舎はいいところがいっぱいあるので、それを結び付けたりして価値にしていく動きがあれば、なんとか人が減るのを食い止めることができると思います。
先日、福島からきた方がおっしゃっていました。「青い空と緑の山と、赤い瓦の景色がとてもきれいだ」と。本当にこのあたりは箱庭のような美しさがあるんですよね。私も色々なことをやっていますが、UターンやIターンを考えている人に、こんな暮らしもできるよ、ということを知って欲しくて、ブログで情報を発信しています。田舎暮らしに興味があれば、ぜひ足を運んでみてください。
住所:島根県邑智郡邑南町下口羽396-2
中国道三次IC・浜田道大朝ICより車で各40分
JR三江線口羽駅より徒歩6分
(新幹線なら広島駅まで出て、芸備線で三次まで、そこから三江線に乗り換えます。三次まで直行する夜行バスもあります。)