みなさんは、お皿の上の野菜のことをどのくらい知っていますか?
多くの人が、果物の木がどんな葉を繁らせているのか、野菜が育つ土地でどんな人々が暮らしているのか、想像することもなくスーパーで買い物をしています。自らが口にする食べ物を選ぶことしかせず、その命の姿やあり方を知らずに暮らしているのではないでしょうか。
野菜、果物、肉、魚。その命に思いを馳せることは、それを口にすることで育まれる命=自分自身の命への関わりを豊かににすることにつながります。
『種から育てるこども料理教室』は、「種から野菜を育ててその成長を見守り、実った野菜を収穫して調理して食べる」という“食の循環”を子どもたちに体験してもらうプロジェクトです。「調理して食べる」ことは生きることへの能動的なかかわり。そのプロセスを通じて、子どもたちに自分自身を含む“命の循環”を捉え直し、豊かに生きてほしいという思いから開催されています。
地域と子どもたちに育てたい“3つの種”
『種から育てる子ども料理教室』ガーデンのようす
『種から育てる子ども料理教室』は2011年に大阪でスタート。1回目は、豊中市岡町の「ふるさと雇用促進事業」の一環として、2回目は2012年7月から8月にかけて「おおさか創造千島財団」の助成を受けて住之江区北加賀屋地区にて実施されました。
同教室を主催するのは、「graf」の元シェフであり現在はフリーランスで生産者と消費者をつなぐ食の活動に取り組む、料理研究家の堀田裕介さんと、大学院で発達心理学を研究していた福本理恵さん。福本さんが教育目標を立ててカリキュラムとプログラムを考案、ケータリングや料理教室、ワークショップなどの経験豊富な堀田さんが子どもの動きを考慮しながら実際の授業へと展開していきます。
ふたりがこの活動を通じて蒔く“種”は「野菜の種」だけではありません。
種から実りまでの成長のプロセスを通して、子どもたちが自分を含めた“命の循環”に感動し、調理して食べることを通して「生きること」に能動的に関わる「心の種」。さらに、地域の空きスペースを利用して「地の土から、地の野菜を育て、地の子どもたちが調理して食べる」ことから、畑を中心にして子どもたちの成長を見守る「地域コミュニティの種」。“3つの種”から子どもたちを取り巻くより良い環境も育もうとしているのです。
菜園で荒廃した学校を再生した「Edible schoolyard」
料理研究家 堀田裕介さん
『種から育てる子ども料理教室』のヒントになったのは、Alice Warters(アリス・ウォーターズ)による「Edible schoolyard(以下、エディブル・スクールヤード)」という食育のプログラムです。
アリス・ウォーターズさんは、世界的に知られているカルフォルニア・バークレーのオーガニックレストラン「Chez Panisse(シェ・パニーズ)」のオーナーシェフ。彼女は「一皿のおいしい料理は全てのことを変えることができる」という思いのもと、荒廃していた中学校の駐車場のアスファルトを剥がしてつくった“校庭菜園”から学校を再生させることに成功しました。
校庭菜園には先生や生徒だけでなく地域の人たちも関わりました。菜園に備えられたキッチンで採れたての食材を料理。みんなで大きな食卓を囲んで一緒に食べます。校庭菜園は地域コミュニティの交流の場になると同時に、子どもたちの総合学習の場にもなりました。土壌の性質を調査したり、面積を測ったり、身体を動かしながら算数や理科、社会を学ぶのです。
「graf」で仕事をしていたときに、アリスがオーナーを務める「Chez Panisse」で修行を積み、映画『eatrip』の監督でもある野村友里さんとご一緒に交流する機会があったんです。日本の学校菜園では野菜を作ることはあっても、料理して食べるところまではほとんどやらないですし、野菜をつくる喜びと食べる喜びが一貫した教育ができるといいだろうなと思いました。
堀田さんを通じて「エディブル・スクールヤード」を知った福本さんも、食を通して「生きた学習」を子どもたちに提供してみたいという思いを持ちます。幼い頃からファストフードを口にし、食に無関心なまま育っていく子どもたち。ギスギスした親子のコミュニケーション。地域で野菜を育てる活動から、コミュニティを活性化して人と人をつなぎ、親子ともに安心できる“居場所”をつくれるのではないか?
そんなときに、豊中市から「料理教室を開いてほしい」という依頼が堀田さんに舞い込み、第1回の『種から育てる子ども料理教室』が実現したのです。
野菜でワクワク! 学びのプログラム
『種から育てる子ども料理教室』は全6回のプログラム。野菜を育てるガーデンと野菜を料理するキッチンを行き来しながら進められます。
ガーデンでは「野菜作りのコツを知ろう」「畑の管理の仕方を学ぼう」「種と実のつながりを体感しよう」など、土から野菜を育むことを体験。キッチンでは「野菜の色や形に目を向けよう」「触感と食感の違いを感じよう」「野菜の香りを調合しよう」など、味覚、嗅覚、色彩感覚をも実験するアートな要素が盛り込まれています。子どもたちが、先入観を取り払って食べ物に興味を持ち、豊かな発想で料理するしかけが考えられています。
色んな方に協力してもらって、子どもたちがふだん体験できない雰囲気を作れていると思います。ガーデンでもキッチンでも、僕は決して子ども扱いはしないようにしています。責任感を与えてひとりの人として扱えば、きちんと作業してくれますから。
テキストはふたりの友人であるイラストレイター・CHO-CHANがデザイン。2回目の開催地となった北加賀屋に新たにつくられた「北加賀屋クリエイティブファーム」の運営には、まちづくり支援を行う「Studio L」やデザインで地域の課題解決を目指す「コトハナ」が協力しました。プロフェッショナルな大人たちも本気で参加する最高のガーデンとキッチン。のびのびとセンスを伸ばせるプログラム。子どもたちがワクワクしないわけありません!
育てた野菜を料理して家族や友だちをおもてなし
パーティの準備をする子どもたち
私が取材に訪れたのは、最終回「パーティを開こう」の日でした。まずはガーデンで育てた野菜をみんなで収穫。子どもたちが思い思いの野菜を選んでそっと手にとり、大切に手のひらに載せる姿を大人たちがやさしく見守ります。
パーティの飾りつけをしてキッチンに戻ると、福本さんが用意した「種から芽を出したふたばをイメージした緑色の蝶ネクタイ(ひとつずつ色が違う!)」をつけてパーティ気分を盛り上げます。そして、堀田さんが手順を説明する“作戦会議”を開始。ハンバーガーを作るために、班に分かれて準備スタート!です。
ハンバーガーのパテ、バンズ、焼き野菜、生野菜、フルーツなどの食材は、大きなテーブルに並べて「foodscape!(フードスケープ)」を構成します。「foodscape!」は堀田さんがさまざまなイベントで発表している“食のモザイクアート”。この日は、野菜を育ててきたガーデンを「foodscape!」で再現しました。もちろん、子どもたちの育てた野菜も「foodscape!」のガーデンに並んでいます。
「foodscape!」の食材は、ハンバーガーとグリーンスムージーを作る材料。子どもたちがホストとしてお客さまに作り方を教えてくれるというしかけになっていました。自分で作った野菜を料理してふるまう子どもたちの顔はもうキラキラ。お客さんたちも、いつもとはちょっと違う彼らの姿にドキドキしていたのではないでしょうか。
パーティの最後に、堀田さんと福本さんから子どもたちに「種も心も大きく育ちました」という証書の入ったファイルが手渡されました。ファイルには、全6回のプログラムで子どもたちが記録したシートが収められています。野菜の色、におい、かたち、触った感じ、食べた感じ……。ひと夏の間に、子どもたちの「食べること」への感覚は磨かれ、心に蒔かれた種も大きく育ったにちがいありません。
日本各地に“種”を蒔いて育てたい
「種も心も大きく育ちました」証書を子どもたちへ
福本さんが、食への関心を以前よりも強めるようになったのは大学院で発達心理学を研究していたときのこと。研究中心の生活で体調を崩した時に「丁寧に料理をして食べることで心も体も元気になる」ということを、身をもって実感したそうです。そこで、身体を休めるために休学して実家に戻り、レコールバンタン・キャリアカレッジのフードコーディネーターコースに通うことにしました。当時、堀田さんは同校の講師。課外授業で堀田さんの「foodscape!」を見て、福本さんは大きな衝撃を受けます。
初めて「foodscape!」を見たとき、食が持つパワーってこんなにすごいものなのか! ってビックリしました。彼は「ただ並べ方を変えただけ」と言うのですが、食材が放つものすごいエネルギーがダイレクトに伝わってくるし、食べていると本当に楽しくておいしくて。まるでフルコースをみんなで立食しているような感覚。こんなにも楽しい食を考えることができるんだ! と感動したんです。
大学院で研究してきた教育や発達心理学の知識と、自らの体験から芽生えた食への新たな洞察を組み合わせて、福本さんは『種から育てる子ども料理教室』に打ちこんでいます。
それぞれの土地にいろんな地野菜があるので、その種を用いて『種から育てる子ども料理教室』ができたらいいな。私たちの活動に賛同してくれる人を増やして、日本各地の学校や地域コミュニティで活動を続けていきたいと思っています。
現在、『種から育てる子ども料理教室』では、開催を希望する団体、学校、地域、個人を募集しています。今後は、伝統野菜の種を使った活動により、伝統種の保存・普及を通して地域への愛着を深めるきっかけ作りも行いたいそうです。「ぜひ、私たちの地域でも開催してほしい!」と思う人は、連絡をとってみてはいかがでしょうか? そのアクションが、また新しい種になるにちがいありません。
種から育てる子ども料理教室に参加しよう。