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「人間も自然の大切なメンバー」だと思い出し、再び仲間になろう。監督が木や石になりきって生まれた短編アニメ映画『Re-member』

自分のアイデアを多くの人に知ってもらいたい。
そう考えたとき、あなたはどんな方法をとるでしょうか。

言葉で話す人もいれば、文章に綴る人もいるでしょう。なかにはイラストや音楽で表現する人もいるかもしれません。

株式会社リクルートじゃらんリサーチセンターで“コ・クリエーション(共創)”の探究をしてきた三田愛(さんだ・あい)さんが「地球上のすべての生命体と根っこでつながる」という「地球コクリ!(※)」の考え方を広めるために、世界中の仲間とつながりたいと考えたときに選んだのは「映像」という方法でした。
(※)地球コクリ!については、こちらの記事で詳しく紹介しています。

愛さん 地球コクリ!の世界観は、言葉だけでは伝わりにくい部分がありますし、世界中の人に届けたいと考えたとき、言語という制約を受けない「映像」という形でのアウトプットをしようと考えました。

そこで白羽の矢が立ったのが、映画監督の古波津陽(こはつ・よう)さんです。

CMやテレビドラマ、短編から長編映画まで幅広く手がけているという経歴に加え、誰もやらない手法で新たな道を見つけられるタイプの監督なので、一緒に模索してもらえるのではと紹介され、ピンときたのだそう。

実は、今回の映像づくりは、通常のやり方とは違うプロセスをたどることになりました。というのも、依頼の時点で脚本がないばかりか、映像の内容についても固まっていなかったからです。

ゴールが見えない状態からの船出に苦労することも多かったはずですが、陽さんは言います。

陽さん この仕事で、僕は癒されたんです。

映画『Re-member』は、どのようにつくられたのでしょう。古波津さんはじめ、制作に関わるクリエイターのみなさんが手探りで挑んだものづくりについて伺いました。

古波津陽(こはつ・よう)

古波津陽(こはつ・よう)

1973年、東京生まれ。グラフィックデザイナー、ショートフィルム製作を経て、2009年に段ボールで25mの城を建てる戦国武将の物語『築城せよ!』(主演:片岡愛之助)で長編デビュー。
密室スリラーの『JUDGE』から、『beポンキッキーズ』などの子ども番組、福島を記録し続ける「1/10 Fukushimaをきいてみる」シリーズ10部作など、ジャンルを超えて作品を生み出している。

三田愛(さんだ・あい)

三田愛(さんだ・あい)

「コクリ!プロジェクト」創始者/株式会社リクルートじゃらんリサーチセンター研究員 兼 サステナビリティ推進室/英治出版株式会社フェロー
集合的ひらめきにより社会変容を起こす「コ・クリエーション(共創)」の研究者。現在は自然と人間の分断を超えた共創をテーマに「地球生態系全体のコ・クリエーション(地球コクリ!)」の研究に取り組む。目黒と葉山での二拠点生活を経て、田んぼに囲まれた千葉いすみに移住。書道家(師範)として日本遺産出羽三山神社にて書道奉納や、世界中でパフォーマンス書道を行う。華道・古流松麗会師範。米国CTI認定プロフェッショナル・コーチ(CPCC)。内閣官房、国土交通省、経済産業省など官公庁での各種委員を歴任。

動く絵本のような映像

今回の映像の制作過程をのぞく前に、まずは陽さんがこれまでに手がけた作品を少しだけ紹介しておきましょう。

400年前に自分の城を完成できずに無念の死を遂げた武将の魂が現代に蘇り、念願のお城を段ボールでつくるという長編映画『築城せよ!』(出演:片岡愛之助、海老瀬はな、江守徹他)をはじめ、密室スリラーの『JUDGE』(出演:瀬戸康二、有村架純、佐藤二朗他)や、脚本なしでつくられたという『聖地へ!』、トランス女性の自叙伝の映像化に本人が登場する『ハイヒール革命!』といった映画のほか、『beポンキッキーズ』といった子ども向け番組なども手がけています。

このような撮影では、CGやミニチュアと合成するのが一般的だが、実際に高さ25メートルのお城を段ボールで制作した。愛知工業大学との共同プロジェクトで、地元の人も巻き込んでの作品づくりとなった。これは町おこしにもなり、学生にも刺激を与えるプロジェクトになった

しかし、今回の映像のテイストは、これらの作品とは少々異なっています。

2Dアニメーションで、水や石や風や草などが愛らしい表情をして息づいていて、まるで動く絵本のよう。

これらの原画を描いたのは画家の岩切章悟(いわきり・しょうご)さん、そして音楽を担当したのは小林洋平(こばやし・ようへい)さんです。

お二人は、もともと陽さんと交流があり、今回の仕事のことを電話で2時間にわたって語ったところ、すぐに映像の本質と方向性を理解し「やりましょう!」と賛同してくれたそうです。

原画を手がけた壁画家の岩切章悟さん。2011年の東日本大震災を機に、循環をコンセプトとした[★ con tierra ☆] シリーズを発表し、2017年8月には 2011-2016年までのシリーズ代表作を収録した1st ART BOOK“con la tierra”を出版している

音楽を手がけた小林洋平さん。東京理科大学で宇宙物理学を学び、同大学院時代に奨学金を得てバークリー音楽大学へ留学。同校映画音楽科を首席で卒業した。帰国後、第一線の作・編曲家として活躍しつつ、サックス奏者としても数多くのファンを魅了している

「知りたい!」という気持ちが原動力になる

冒頭で述べた通り、今回の映像は脚本がないどころか、依頼の時点では、どのようなストーリーにするのかという内容も固まっていませんでした。

愛さん 最初にアーティストのみなさんにお渡しした企画概要は、普通の企画書とあまりにも違っていたので、斬新と言われました(笑)

確かに、資料を読んでみると、これまでに愛さんがどんなことをしてきたのか、どのような想いを持って映像をつくろうとしているのか、どんな未来を見ているのかといったことは伝わってきますが、肝心の映像の内容に関しては一切ふれられていません。

この企画書を見た陽さんの本音はどうだったのでしょう。

陽さん 僕はちょうど宇宙を扱った映画をつくっていて、「地球のことを理解したい」という気持ちを抱いていたタイミングだったので興味を持ちました。

企画書に出てきた“つながり”というキーワードも気になるものでした。「地球コクリ!」のコンセプトに共鳴しながら、その先にどんな答えが出るんだろうと興味をひかれました。

「知りたい!」という強い好奇心に突き動かされるようにしてこの仕事を引き受けた陽さん。ただ、映像作品という形にしていくためには、足りないものだらけだと感じていたそう。

足りないピースを集めるかのように、地球コクリ!に関わる人たちとの対話を重ねていきました。

陽さん 自分がわからないものを作品にするというのは、初めてのことでした。表現方法も、ドラマがいいのかドキュメンタリーがいいのか、選択肢はたくさんあって。

これまで映画をつくるときは、これくらいの予算で、これくらいの規模で、これくらいの時間でというのが決まっていて、そのゴールから逆算していたのですが、今回はゴールがわからないところからのスタート。まずは「この映像を観終わったあとに、どんな気分になってほしいのか」というように、活発にやりとりを重ねていきました。

その対話は自分にとってかけがえのない学びの機会で、話し合った後も自分の中でじっくり考える時間を持ち、ずっと地球のことを考え続けていました。

そんな陽さんの姿勢を、愛さんは次のように語ります。

愛さん 陽ちゃんの吸収力がすごくて。話し合ったあと、その次に出てくるアウトプットに毎回驚かされていました。真摯に深いところに触れながら、一つひとつかみしめながらっていう感じで。何事も“決めつけない”んだよね。

人間は経験を積めば積むほど、自分の中に蓄えてきた知識やノウハウをもとに判断を下してしまいがちです。陽さんは映画監督として長年のキャリアがあり、数々の賞も受賞しているのに、新たなことを吸収し、挑戦を続けていく柔軟な姿勢を持ち合わせています。なぜなのでしょう。

陽さん それは自分が無知だからです。もちろん、すべてに対して、同じように貪欲に向かうことはできません。そのテーマについて「知りたい!」という強い好奇心があればこそです。

映像をつくっていくうえで、足りないものがあり、それを知りたくて仕方ない。

「表現したい」というより先に、「自分が知りたい」という気持ちが強くあるんです。

石の気持ちってどんなもの?

そんな中で行われたのが、地球コクリ!の仲間たちとのゼミで行った、「地球コクリ!版全生命の集い(※)」でした。陽さんや愛さんを含め7~8人の参加者が、それぞれ「風」や「海」や「石」などの役になりきって会話をしたのだそう。
(※)「地球コクリ!版全生命の集い」については、こちらの記事で紹介しています。

それぞれ他の生き物になりきり、その生き物として生きるなかで幸せに感じることや感謝していること、苦しみや悲しみ、今世界に起こっている出来事をどのように経験しているかを話し合う

陽さん 最初は「えっ!?」と思いました(笑)

1回目、僕は石の役だったんですが、今までに石の気持ちなんて考えたこともなくて。でも、石になりきって考えてみると、地面の下にも多様性があって、その様子を石の長い時間軸で考えてみたときに「土の中はパーティーなんだぜ!」という言葉が出てきました。

2回目は、僕がヒトの役をやって、これからの地球についても話しました。そうやって役になりきって対話をしていくうちに、映像をつくるために必要なものが「つかめた!」と思いました。

生き物会議の体験で、知識がなくても感情がすんなりと入っていける感覚を味わい、映画づくりの大きなヒントになった

映像をつくっていくうえで必要なピースをつかめたと感じた陽さん。しかし人間以外の生命体が調和していることはわかってきたのですが、人間が地球とコ・クリエーションする未来がまだ想像できずにいました。そのヒントをつかむために次にのぞんだのが、パーマカルチャーを実践するソーヤー海さんとの対話(※)でした。
(※)ソーヤー海さんとの対話の様子は、後日この連載の別記事でレポートします。

陽さん 最初、僕は「人間の役割とは?」というように、人間にフォーカスした質問ばかりしていました。

でも対話が進むにつれて、「人間は他の生き物とつながっている」という核心に触れることができたんです。「“人 対 自然”ではなくて、人も自然」なんですよね。

人間は自然の循環から飛び出してしまったけれど、自然は母親のような視点で、いつでも戻っておいでというスタンスでいてくれるという話に、なるほどと思いました。

そして、「森や海が生み出す酸素を通して、みんなつながっている」という話から、映像のポイントになるインスピレーションを得ました。

呼吸で海や山から送り出された酸素を吸うことで、人間が自然とのつながりに気づく。酸素にも一つひとつ顔がついている

クリエーターたちのコ・クリエーション

さまざまな対話の中から吸収したことを踏まえて、陽さんは絵コンテを仕上げていきました。

それをもとに作曲家の小林さんは曲をつくり、画家の岩切さんはキャラクターをデザインしたり、背景を描いたりしていきます。背景とキャラクターの作画を一人で担当するのは珍しいことだといいます。


岩切さんは、この制作期間中、昼間は3階建てのビルに大きな壁画を描く仕事をし、夜はタブレットを使ってこれらの絵を描くという生活をしていたのだそう。普段は大きなキャンパスに描いている岩切さんにとって、小さなタブレットでの、しかもデジタルでの作画は初めてのことだった。制作チームに相談しながら、持ち前の色彩感覚をいかしつつ、独自の世界観が表れた、誰もが愛さずにはいられないようなキャラクターがつくられた

また、いつもは映像が完成した状態で曲づくりに入るそうですが、今回は絵コンテの段階で陽さんから洋平さんにストーリーと世界観が伝えられました。絵コンテにはカットごとのおおまかな秒数が割り振られていましたが、洋平さんから届いた音楽には、リクエストしたカットの尺を守りつつも、その条件を感じさせない流暢な抑揚があり、なにより物語に対する深い解釈があったといいます。

そのことで、陽さんの表現や考え方にも変容が起きました。

陽さん 実際にアニメーションを制作し始め、各カットに使える尺のなかで映像を収めようとするのですが、これが予想以上に難しい作業でした。

でも、そこでおもしろい気づきがあったんです。映像をつくる前に洋平さんの音楽によって感情の流れがしっかりと完成していたので、僕はそのガイドに沿って絵をあてはめていくことができた。途中悩んだり、尺を延ばしたい誘惑にかられても、音楽が常に導いてくれたんです。

作業をしながら気づいたのは、「説明よりも感情の方が伝わる」ということです。作品全体を観終わったときに、感情に乗って伝わってくれればいい。


音楽に合わせて絵に動きをつけていく作業には、AdobeのCharacter Animatorというソフトが使われた。陽さんにとっては初めて使うソフトで、試行錯誤しながらの作業となったそう。人の動きをトラッキングして、キャラクターが目を閉じたり開いたり、体を動かしたりする。画像がまばたきをした瞬間、キャラクターに命が宿ったような感覚になり、一気に愛着が湧くのだとか

本来なら、キャラクターデザインと背景の作画は分担する。
本来なら、先に映像ができあがってから曲をつける。

そういった枠組みを外したことで、それぞれが新たな表現方法を探り、想定を超えるアウトプットが生み出されました。

陽さん 音楽や絵が届くたびに「おおっ!」と、僕が誰よりも感動していたと思います。

そう語る陽さんの表情は、この映画づくりを誰よりも楽しんでいたことを雄弁に物語っているかのようでした。

大学で宇宙物理を学んだ音楽家。世界中を旅しながら絵を描く画家。そして、誰もやらない手法で新たな道を見つけられる監督。

今回の制作現場では、それぞれがお互いのルーツや才能に可能性を見出し、尊敬し、信頼し合う関係性のなかで、表現のための新たな挑戦をしていきました。コクリ!の言葉を借りるなら、自分と根っこでつながり、恐れを超えて未知に踏み出し、仲間と根っこでつながっていたといったところでしょうか。

そういった状態にあるときに制約を取り払うと、みんなが本領を発揮して輝き始め、想定を超えた成果が目の前に現れるのかもしれません。少なくとも、「地球コクリ!」を描く映画の制作現場では、そんなふうにしてコ・クリエーションが起きていたのでした。

Re-member

こうしてつくられた映画の最初には、モノクロの街の絵の上に、こんなタイトルが浮かび上がります。

英単語の“remember”は「思い出す」といった意味ですが、“Re-member”というように、間にハイフンが入っているあたりに、つくり手のこだわりが感じられます。

陽さん タイトルになったRe-memberは、話し合いのなかでキーワードになっていた言葉でした。映画ができあがったとき、人間が自然の一員として再び(Re)メンバー(member)になるということと、自然の一員であったことを思い出す(remember)ということが、両方重要な要素として描き出されていて、映画のタイトルとして、この言葉が一番しっくりきました。

映画が完成した今、陽さんは言います。

陽さん 散歩をしているときにも、木々をよく見るようになって、そうすると、今まで気づいていなかったような、いろんな色が見えるようになりました。そうやって向かい合うと、この木は「どうやって生きているんだろう」と興味が湧いてくるし、愛着も出てくる。

生物はもちろん、石や水や風など、これまで命あるものとして認識してこなかったものについてもキャラクターを立てるというか、“掘り出す”といったらいいかな。身の回りのものすべてに、そういう見方をすることの可能性を感じます。

それは、自然を“制御する対象”として見るのではなく、自分も自然の一員として、森羅万象を対等で尊敬すべき存在として認識することだと言い換えることもできるでしょう。それはRe-memberのための第一歩なのかもしれません。

映像の最後に、私たちは現実の数字を次から次へとつきつけられます。

映像の最後には、森林減少率や種の絶滅速度などのファクトが並ぶ

陽さん 映像をつくり終えた今も知りたい気持ちは消えることがなく、最近はドキュメンタリーをよく観るようになりました。ゴミの問題だったり、今食べているものがどこからどんなふうにやってきたのかということだったり。そういった問題に対して「どうしたらいいんだろう」ということをずっと考えています。

どうしたらいいんだろう……。

競い合うことをやめて、人間が再び自然の一員として環に戻ったとき、今、手にしている道具をどう使えばいいんだろう……。

自分にできることって何だろう……。

どうすれば……。

映画を観終わったその瞬間から、そんな探索が始まることでしょう。

さて、長らくお待たせしました。次はあなたが果てしない探索へ出かける番です。

さあどうぞ、あなたも、この扉の向こうへ。

– INFORMATION –

「どうして、自分を中心に回そうとするんだい?」地球コクリ!製作、8分間の短編アニメーション『Re-member』を無料公開中!

『Re-member』は日本中、世界中のさまざまな国・世代の人たちと、この世界観をわかちあい、共に動き、すべてのいのちがいかされあった社会をみんなで創っていきたい!という願いのもと、さまざまなバージョンを制作し、映画を無料公開しています。

現在は日本語、英語、スペイン語、フランス語の4カ国語で展開していますが、日本、そして世界で『Re-member』を広めていくなかで、デンマーク、スウェーデン、ジンバブエなど、さまざまな国で自国語に翻訳して広めたいという声が挙がっています。インドネシア語も完成しました!

また、幼児向け・児童向け・学生向けのナレーション版、映像・音楽のみなど、さまざまな年代、環境の方にご覧いただけるようにしています。上映・活用したい方がいらっしゃいましたら、公式サイトをご覧ください。

Re-member公式サイトはこちらから!

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(編集:村崎恭子、廣畑七絵)