「東京でガツガツでもなく、地方へターンでもない、第3の創業スタイル。」
こんなフレーズを掲げ、創業者を後押ししてきた、神奈川県小田原市発の創業プログラム「第3新創業市」。
今年で5年目を迎え、創業からさらに一歩踏み込み、より規模の大きな会社が育ち、まちに増えることで、まちはより魅力的に面白くなるのではないか。
この構想を探るべく、大きく成長を遂げたローカルビジネスから見る「まちやひとが面白くなるヒント」を、連載「小田原創業ものがたり」からお届けします。
今回は、小田原市にあるHamee株式会社代表の樋口敦士さんと、同じ神奈川県は鎌倉市にある面白法人カヤック代表・柳澤大輔さんの対談です。二社とも東証マザーズに上場(Hameeはその後、東証一部に変更)し、事業規模を広げています。
テーマは、”地域資本主義”でまちはどう面白くなるのか。
地域資本主義とは、経済的な豊かさだけでなく、自然や歴史、文化などさまざまな魅力を活かして地域ならではの豊かさを実現すること。柳澤さんが提唱する、新しい資本主義の考え方です。
おふたりがそれぞれ感じているビジネスと地域との関係から、あなたが住んでいる・働いている地域での地域資本主義の可能性を探っていきます。
Hamee株式会社代表取締役社長。1977年生まれ、地元高校卒業、大学3年時に創業。その後、モバイルアクセサリーのeコマース、メーカー、卸売から、ECのマネジメントシステム、海外展開へと事業領域を拡張しつつ、2015年4月に東証マザーズへ上場、2016年7月東証一部へと市場変更し、プロダクト×データ×テクノロジー分野でのさらなる進化を目指している。
面白法人カヤック代表取締役CEO。1974年香港生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業後、ソニー・ミュージックエンタテインメントに入社。1998年、学生時代の友人とともに面白法人カヤックを設立。2014年、東証マザーズに上場。現在、鎌倉市をはじめ、様々な地域での新しい形での資本主義つくりを手がけている。著書に『鎌倉資本主義』。
社員とまちがつながる仕掛けをつくる
樋口さん 柳澤さんの『鎌倉資本主義』、拝読しました。僕は柳澤さんほど小田原のまちにまだまだコミットできていないと感じていて。今日は学ばせてもらえたらと思っています。
柳澤さん ありがとうございます。僕も近い場所で上場しているHameeさんは同志のように感じていて、今日は色々と共有できればと思います。
まず、僕らが鎌倉でいまやっていることをお話させてもらうと、「カマコン」という地域コミュニティを毎月開催しています。地域の住民と会社と行政がつながるハブのようなものです。
みんなのアイデアをブレストする場なのですが、実際に形になったものもあります。昨年から展開している「まちのシリーズ」でもいろいろと協業しています。
樋口さん 「まちの保育園」とか「まちの社員食堂」ですね。
柳澤さん はい。この「まちのシリーズ」は鎌倉資本主義の中の「つながり」を大事にしている部分でもあります。
柳澤さん Hameeさんもオフィスに保育園を併設していますよね。
樋口さん うちは会社の1階に保育園とカフェがありますが、経営は本社の建物のデベロッパーさんがやっていて、共同で出資しています。
もともと新社屋を建てるときに保育園などがあればいいなという構想はあって、ちょうどデベロッパーさんも考えていたみたいで。社員も2人くらいが利用しています。
柳澤さん うちは8人の社員が「まちの保育園」に預けているかな。保育園が利用できるなら移住して転職します、みたいなケースも結構あって。背中を押す感じにはなりますよね。
樋口さん そうですね。保育園の構想は柳澤さんが考えたんですか?
柳澤さん いえ、社員からの要望を受けて始めました。鎌倉市には待機児童の課題もあったので。保育園を始めるとき、社内で「やりたい」って手を挙げる人を募集したんですけど、いま担当している社員も自分の子どもを預けています。自分も預けたくなる保育園をやるっていう前提でスタートしているから、気合いが入っていますよ。
樋口さん ”自分ごと”でもあるんですね。
柳澤さん そうですね。でも、それが地域と連動していることのよさでもあります。
樋口さん 社員は鎌倉に住んでいる方が多いのですか?
柳澤さん 鎌倉と隣の逗子、葉山に住んでいる人が3割くらいですね。このエリアだと住宅手当も出ます。
樋口さん うちは逆に湘南とか横浜あたりから通っている人が多いです。社員も小田原に住むようになったら、会社として地域への関心がより高まりそうですね。
まちを好きになる人が増えると、まちは面白くなる
樋口さん 「まちの社員食堂」は社員だけでなく、鎌倉で働く人みんなに開いているんですよね。
柳澤さん そうです。料理も地元の飲食店やシェフが週替わりで提供してくれるんですが、なるべく地物を使うこと、おいしいこと、健康によいことの3つをお願いしています。
樋口さん 食堂をあえて、まちで働いている人に開いた意図は?
柳澤さん 閉じないほうが面白いものが生まれてくると思ったんです。「カマコン」で地域の企業や飲食店とはすでにつながっていたので、やりやすかったというのもありますね。
そのおかげか、構想から建築も入れて1年くらいでオープンしました。飲食店の方も「地域のためなら」と承諾してくれたのも大きかったです。
樋口さん 食堂の中で、地域の食材もつながりも資本もまわる、まさに地域資本主義ですね。
樋口さん 1年半くらい前、柳澤さんが「カマコン」の仕組みを教えてくれて、小田原にも「ハラコン」が立ち上がりましたよね。いま「ハラコン」は4回くらいやっているんですけど、徐々に慣れてきて、参加者も増えているところです。私は一参加者なのですが、盛り上がりは感じています。
柳澤さん 「地域のために一緒にやろうよ」っていうのがあると、まとまりやすいと思います。「カマコン」はその手段のひとつですが、まちを好きになったり仲良くなったりするものはいろんな地域で成功事例があるので、どんどん取り入れていくといいかなと思っていて。
たとえば熱海の市来さん(*)がやっていた、地元の人向けのまち歩きツアーは、参加した人が地元のいいところを再発見して、他の人に伝えてより魅力的になるというもので、絶対どの地域もやったほうがいいと思う。鎌倉の人ための鎌倉のツアーがあったら、僕も参加してみたいです。
(*)熱海市でまちづくりに取り組むNPO「atamista」代表の市来広一郎さん。
なぜ、地域資本経済が必要なのか?
柳澤さん そもそも地域資本主義って、稼ぐ以外にもそこで働いたり暮らしたり関わったりすることに価値があると考えていて、そこには関係人口も大事。
うちもHameeさんも上場していますが、それは株主がパブリックに開かれるってことですよね。関係人口ではないですが、関心や接点を持ってくださる方が増える。鎌倉に株主の方が増えたら嬉しいなと思っていて、それは、社員がまちの中で株主の方としょっちゅうお会いしたり、地域の価値を高めていくことに対して、ガバナンスが機能したらいいと思っているわけなんですが、もちろん、鎌倉だけでなく全国に株主の方がいらっしゃって、ローカルに閉じない市場の中で資金を調達し、評価される。そのふたつが両立した状態が大事なのだと考えています。
樋口さん なるほど。小田原はいま人口が減っているんですが、本来、経済も人とのつながりも文化的なことも含めて盛り上がっている形で循環しないと、これからも人口が減ってしまう。
でも、Hameeが上場していることで関係人口が生まれているのは、地域資本主義の一部ということなんですね。やっぱり地域が盛り上がってないとダメだよねっていうところ、共感します。そういう課題意識をもって小田原で事業や地域活動をやっている人はたくさんいます。
柳澤さん 僕は東京を否定するつもりはないです。ただ、東京に経済が集中するとバランスが悪いっていう捉え方はありますけど。それよりも、特徴のない似たような地方都市が増えるくらいなら、東京に集中した方が面白いのかなというのが僕なりの考えで。地域でやるには、そのまちの特徴をちゃんと伸ばして突き詰めることが大事だと思っています。
樋口さん まちの特徴って、どう判断しますか?
柳澤さん やはり環境資本、あるいは人とのつながりやコミュニティだと思っています。
鎌倉の場合は、海や山に囲まれた豊かな自然だったり、寺社仏閣に代表される美しい景観でしょう。会社も似ていて、たとえばオタクばかり集まった会社があるとしたら、特徴的な会社になっていく。なんでもありで無個性になってしまうのではなく、今ある個性のエッジを尖らせていく。まちも、地域資本を活かす設計にすれば特徴が出てくるのかなと。
小田原だと、新幹線があって東京に近いのは他にない有利さですよね。海も山もあって、その中でどう特徴を出すか。
樋口さん 小田原城も特徴のひとつですね。
柳澤さん そうですね。住んでいる人たちが、お城がこのまちの環境資本としての価値があると理解して、そういう人たちが集まってつながっていくと、まちに特徴が出るんだと思います。そこが経済とリンクしていけば、さらにいいというか。
柳澤さん いまはインターネットである程度いろんな事業がいろんな地域でできるようになったので、まちづくり含めて再構築しやすい時代だと思うんです。
だから事業を運営することももちろんですが、もうちょっと地域に根付くとどんないいことがあるのか考えたときに、社員がその地域に住んでいるなら、みんなで地域の価値を上げるようにすることかなと。
樋口さん 社員にとって報酬が給料だけじゃない、と。
柳澤さん はい。カヤックでも、カマコンだけでなく、独自で地域活動をしている社員が多くいますが、それ自体が面白いはずだし、自分の活動で地域の価値を高められたら、それもまた地域に住む価値になると思うんです。やっぱり各地域が面白くなった方がいいし、そっちの方が人も流れてくるから。逆張りではなくて、同時平行で起きていることだと思います。
地域通貨でつながりを促す
柳澤さん カヤックはいま、「まちのコイン」という地域通貨アプリをつくっているところです。QRコードを介してポイントを獲得したり利用したりできるサービスで、このポイントは地域活動などに参加すると獲得できるんです。単なる通貨ではなく、人のつながりを増やすようなお金の使い方を促進したいと思っています。
これは神奈川県が実施する「SDGsつながりポイントシステム」事業で、11月下旬から鎌倉で実証実験を始め、その後小田原でも実施されるそうですね。
樋口さん Hameeでも社員がこのプロジェクトのメンバーになっていて、これから関わっていくことになるのかなと思います。
柳澤さん それぞれの地域で運用するパートナーがいるようですね。「まちのコイン」の面白いところは、他の人がどう使っているのか、ポイントの動きが見えるんです。あと、増えたり減ったりするから投機的な要素もあるんですよ。それが資本主義を否定していないから面白い。
樋口さん 小田原では電気代にも使えたらいいという話を聞きました。地域の電力会社の電気を地域内で賄えれば、外にお金も出ない。住民はポイントをもらえて加盟店で利用できる。
柳澤さん そうです。地域通貨は地域内消費を促進する効果もあるので、地元の電気を使えばまちの中でお金がまわるという循環をつくりたいと考えています。
ぼくが鎌倉資本主義を提唱するのは、地域の人やモノがつながってぐるぐるまわったら、面白くなるからってことだけなんですよ(笑) ただ単に面白いのはどっちだ? と問いながらやっています。
市民も働きにきている人も観光客も、面白いまちに行きたいですよね。地域資本主義が進むとまちに特徴が出るので、いわゆる関係人口も増える。地域資本主義の特徴を一言でいうと、関わりたい人が増えて面白くなるってことじゃないですかね。
樋口さん 面白くなる、面白くする。うちの会社では地域予算枠を設けて小田原のイベントに協賛したりもしていますが、今日の対談で、それ以上にできることがあるなと思いました。
たとえばオフィスの1階にある別経営のカフェも、一部金銭負担し、社員食堂のようにも使わせてもらおうかという話をしていますが、他の会社にも声をかけて「まちの食堂」みたいにやった方が面白そうだなと思ってきました。
代々、小田原に住んでいる人は地元愛が強くて、まちをよくしていこうという人がいっぱいいて。そういう人やまちに関わりたい人がどんどん増えたら、まちはもっと面白くなるでしょうね。
柳澤さん いい事例をお互い共有しながら面白くなればいいなと思います。今日はありがとうございました。
樋口さん こちらこそ、ありがとうございました。
おふたりの話を伺って、ビジネスを成長させるだけではない、その先にある新しい資本主義への挑戦と価値を深く感じました。
人と人とまちがつながって、自分の暮らしもまちも面白くなる、それが、地域資本主義。GDP(国内総生産)で豊かさを測るのではなく、人やそのまちの資産価値でもっと豊かに暮らすこと。
そんな暮らしが地方に増えたら、もっと面白いビジネスや生き方も増えるのかもしれません。
第3新創業市の「みんなのビジネススクール」では、11月23日、30日に新しい組織づくりやローカル起業のヒントをお伝えします。興味のある方はぜひご参加ください。
(Photo by 大塚光紀)
– INFORMATION –
11月14日:10年間自転車を漕ぎ続ける技術。諦めないメンタル
ゲスト: 浅沼宇雄さん(湯河原十二庵 代表)、山本加世さん(NPO法人ママズハグ 代表理事)
11月23日:組織3.0 個人と会社の間にある新しい組織のかたち
ゲスト: 吉里裕也さん(R不動産株式会社 代表取締役)
11月30日:ローカル起業を成功させる心構え
ゲスト: 小野裕之さん(greenz.jp ビジネスアドバイザー)、山居是文さん(株式会社旧三福不動産 共同代表)
詳細・お申し込みはこちら http://dai3sogyo.net/2019bizschool/