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これから伸びるのは、多様化する起業のグラデーションを理解している地方だ! 地方創生のリアルを見てきた木下斉さんと、ローカル起業とまちの未来について考えてみた。

2014年に「地方創生」という政策が発表されてから早4年。全国各地で「創生」に向けて動いてきましたが、そのやり方や効果はそれぞれです。

ビジネスを通してまちを再興させていこうと「創業のまち」を掲げている神奈川県小田原市では、2015年から起業したい人や事業を営む人をサポートするプロジェクト「第3新創業市」を展開しています。

第3新創業市」の委員長であり、小田原市で「旧三福不動産」を運営する山居是文さんとともに進めてきたこの連載ですが、今回は「エリア・イノベーション・アライアンス」代表の木下斉さんをおむかえしました。

約20年にわたって全国各地で経営とまちづくりに取り組み、そこで見てきた地方創生のリアルを著書や記事などで伝えている木下さん。ずばり、これからの地方創生、そしてローカル起業はどこへ向かうのでしょう?

木下斉(きのした・ひとし)
1982年、東京生まれ。早稲田大学高等学院1年次から早稲田商店会のまちづくり活動に関わり、3年次に全国商店街の共同出資会社である株式会社商店街ネットワークを設立し社長に就任。地域活性化につながる事業開発や、関連省庁・企業と連携した研究事業を立ち上げる。一橋大学大学院修了後、2008年から熊本城東マネジメント株式会社を皮切りに地方都市に事業型まち会社の立ち上げを始め、2009年には事業ノウハウの体系化、情報発信・政策提言などを目的とした一般社団法人エリア・イノベーション・アライアンスを設立、代表理事。2013年には公共資産利活用の事業開発や集合研修事業を行う一般社団法人公民連携事業機構を共同設立、理事。著書に『地元がヤバい…と思ったら読む 凡人のための地域再生入門』『福岡市が地方最強の都市になった理由』『地方創生大全』『稼ぐまちが地方を変える』など。

山居是文(やまい・よしふみ)
株式会社 旧三福不動産共同代表、「第3新創業市プロジェクト」委員長。1978年、小田原生まれ。東京農工大学農学部卒業。大学卒業後、都内(就職)→小田原(転職)→東京(起業)と活動拠点を移す中、2012年から拠点を小田原に戻し、コワーキングスペースを設立。2015年3月には株式会社旧三福不動産を創業。物件仲介、リノベーション、プロデュース、ブランディングなどをしつつ、小田原でごきげんな起業・移住を増やすのが仕事。「第3新創業市プロジェクト」では、過去3回の創業塾から15名以上の創業者を排出したほか、自身のコワーキング、不動産業などを通じても50名を越える創業者をサポートしている。

ローカルな老舗企業の存在が、安定した地域経済を築く

山居さん 木下さんはもともと、商店街の活性化に携わっていたんですよね。

木下さん はい、最初は高校生のときで、早稲田商店会で商店街活性化プロジェクトに参加していました。今も全国の商店街の方々とのつながりを多く持たせていただいていますが、例えば長崎には200〜300年くらいやっている商店街があるんですよ。小田原も老舗が多そうですよね。

山居さん 一番古いのは、ういろう屋さんで500年くらいかな。あとは200年前後続いているかまぼこ屋がいくつもあります。

木下さん そういう地元資本でかつ長く続いている企業は、安定した地域経済の上ではとても大切ですね。

逆に大きい企業を外から誘致した地域は山高ければ谷深しで、一時期はたくさんの雇用が生まれるものの、産業の競争環境の変化、企業業績の浮き沈みで状況が悪くなると一気にリストラ、撤退となって地域経済にとっては極めて浮き沈みの影響が大きいです。

日本の戦後、工場誘致で高い山を登り成功した地域は近年、一転して谷深しの状況に陥っています。膨大な空き家、空き店舗、工場跡地と売れ残った産業団地などを前にこれといった打開策がなく、立ちすくむことになってしまった地方が多いと思います。

山居さん
 小田原も3年くらい前に大手メーカーの工場が別の地域に移転して、みんな転勤になったりその近くのマンションが空室になったりしました。

木下さん 工業化や人口ボーナスで一攫千金を狙う時代を経て、ようやく地域経済や社会の成熟に向けて再構築する時代になってきたと思うんですね。だから、ローカルに根付いた事業をつくる人が今一度各地に現れてきたことは必然な流れだと思います。

木下さん 今年、シャンパンをつくっていることで有名なフランスのシャンパーニュ地方に出向く機会があったんです。人口2万3,000人くらいのエペルネという小さいまちにシャンパンのメーカーであるシャンパーニュメゾンの本社がごっそり集まっているんですね。

まちといっても小さなもので、その周囲は当たり前ですがブドウ畑が広がっていて、まぁ豊かな農村地帯にあるまちです。でも、実はそのまちが、フランス国内で平均所得が一番高い年もあるくらい豊かな経済力もあるんですね。

その中には大手もあれば、ファミリーでやっている老舗シャンパーニュメゾンや、若い人が始めたばかりだけど賞を取りまくっているスタートアップもあり、その数は5,000以上とも言われます。

ぶどうを生産し、それを加工、醸造する。シンプルなようで、このそれぞれの工程における細かな規定をつくり、規定からはずれれば、シャンパーニュとは呼べない。非常に閉鎖的なルール運用を地域で行うことが、逆にブランディングへとつながり、今やフランス国内外に出荷することで6,400億円とも言われる市場が形成されています。そこでしかつくられない、そこの土地だからできるローカル産業の構造として極めて秀逸なものの一つです。

日本では明治維新以降、一周遅れの産業革命を可能な限り加速させるためにも全国各地で工業優先、農林水産業は二の次になってきたわけです。フランスは日本より一周先に産業革命を経験し、一周先に工業が衰退、戦前から慢性的な人口減少に悩み、様々な対策をしてきた国でもあります。けど、そのような浮き沈みの中で今も地域で様々なカタチで生き残っている産業をみると、色々と考えさせられるものがあります。

日本もこれからの500年を考えたときに、ようやく先進国が皆経験してきた成熟型経済へのシフトを一歩踏み出そうとしているのが今なんじゃないかなと思います。

取材は小田原市にある報徳二宮神社でおこないました。その理由は次の写真にて。

ローカル企業の役割は、新しいビジネスを実現すること

木下さん 小田原は箱根や東京といった大きい都市が隣接する絶妙なポジションに存在していますよね。この距離感と、一気に変わる環境。これは新しい事業をはじめるときの利点になると思います。

山居さん そうですね、東京からは新幹線で30分なので気軽に来れます。最近、東京で飲食店をやっていた人が小田原でお店をはじめたんですけど、もともとお客さんだった人たちもわざわざ来ているんですよ。

木下さん
 レストランはリピートがあるからいいですよね。歴史的名所って相当に好きな人以外は何度も行かないけど、おいしいお店なら何度も行くじゃないですか。そういう小さな事業の集積こそが実は地域の生産向上を引き上げていくと思います。

そのまちを変えるのは大きな店とかだけでなく、うまい1軒のレストランだったりすることがあったりします。北海道の静内に「あま屋」という店があるんですが、素晴らしい日高の食材を使った創作性豊かな和食のレストランで国内外からお客さんが沢山訪れます。ただそれだけでなく、日高地域の春のウニ漁解禁に合わせた「春うに」というカテゴリをつくったりして、今や春になると札幌市内から沢山のお客さんが日高を目指すようになっています。

別に行政やコンサルが予算をもとに動いたのではなく、この1軒の店が始めて、今や地域全体に広がっています。特に私は、このお店の価格帯が地元平均からしたらとても高いんですね。それが素晴らしいと思っています。ちゃんとしたものを出せば、遠方からも来て、これだけの金額を出してくれることを地域の次の世代に見せているわけです。地方に必要なのはこういう地元の未来を感じさせる1軒のお店だと思います。

ローカル企業のビジネスって規模感だけじゃなくて新しいものでビジネスが成立するのをやってみせるところが大事なのかなって思いますね。

取材場所の報徳二宮神社では二宮金次郎を祀っている。二宮金次郎は600以上の衰退した農村を再生させた、地方創生の先駆者だったとか。詳しくは、木下さん執筆のこちらの記事にて

山居さん 僕が運営するコワーキングスペースで働く人が日本酒のベンチャーをはじめたんです。いま海外に流通している日本酒って大手のものばかりなんですが、そのなかで、中小の酒蔵を世界に広めようとしていて。

その人はもともと地元の人ではないんですけど、そうやって地元の人がこれまで考えていなかったことをやろうとしている人たちが小田原にも増えてきているなと感じます。

木下さん 小田原は東京から来やすい距離感ですもんね。いつでも行けるし、いつでも帰れる距離ですよね。

山居さん 新幹線で東京まで通勤している人も多いんですよ。仮に新幹線代を自腹で払ったとしても、たとえば東京で家賃15万円とかで住むと思えば変わらないんですよね。小田原なら家賃10万円で十分広い部屋に住めるので。

木下さん なるほど、トータルで考えると変わらないんですね。

山居さん そうそう。年間で新幹線の小田原駅を降りる人のうち定期を利用している人がのべ140万人いるそうなんです。単純に365(日)で割ると、4000人くらいが定期を使って新幹線で東京と行き来していることになる。そう考えるとけっこうなボリュームですよね。そのなかで1%でも地元で起業しようという人がいたら、かなりおもしろいリソースだなって。

木下さん 週末だけでも小田原に来て何かしようっていう選択も気軽にできる距離感ですしね。自ら起業しようとしたり、もしくは会社員でもパラレルワークなどを始める人が増加する中で、小田原はオイシイですね(笑)

山居さん そういうのがだんだん可視化されていくと、自分もやってみようという人が増えてくるかもしれないですね。そして、この連載にも登場した「Hamee」や「Plum hostel」、「すさび」のように、みんなが雇用を生めるくらいの規模になったらいいなと思っています。

地域のなかでの応援のかたち

山居さん 小田原に一人家電メーカーとして有名になった企業があったんですけど(※現在は横浜市に移転)、グッドデザイン賞に選ばれた照明をつくっていて。で、小田原の老舗企業が新社屋をつくったときに、デスクの照明に採用して、大量に発注したらしくて。そういった地域内での貨幣を介した応援のかたちもいいなと思います。

木下さん 応援したいけど応援の仕方がわからない人も多いですよね。愛知県の春日井市というまちに人通りが少なくなった勝川商店街があるんですね。私が高校時代から付き合いのある方々がいて、一緒に数年前から事業を始めているんです。少しずつ。1軒目は古い住居兼店舗だった建物を借りてシェア型店舗にし、2軒目は空き地を買って新築したんですね。

そこで新しい店舗が10店舗以上出店してくれているんですが、その中で、自宅で子ども向けの英会話教室をやっていた方が独立開業されたんですね。その時に地元の60歳以上、最高齢93歳の長老たちが応援したいけどどうしたらいいかわかないという話になったんです。でも皆さんはPTA会長とか商工会議所会頭だとかロータリーの会長だとか、なんか色々とやってきたわけなんで、とにかく人づてにチラシを配ったり、口コミで応援してあげてと言ったら、もちろん当事者たる経営者の努力があってこそですが、4人だった生徒数が1年で100人近くになったんです。

静かに見守るのではなくて、地元の人がちゃんと応援することって大事だなって思いましたね。沈黙の応援とか全く意味ないですからね(笑) 小田原はそういう人が多いなら、ますます良いことです。

山居さん そうですね、利益を自分の蓄財にするのではなくて次の世代に活かそうという感覚のある人が多いのかもしれません。僕も近い人に仕事を振ったり、新しい事業のモニターになったりしています。

木下さん それが一番の応援になりますよね。買うとか食べるとか。開業補助金をもらってもそれはコスト削減になるだけで売上になるわけではないので。けどローカル起業を成功させるためには売上ができないといけない。

創業支援などをする役所の方にもよく言っているのが、補助金入れて終わりとかではなく、新しくレストランができたら役所の人たちに声かけて一度は食べに行ってあげて、と。開業したタイミングで固定客がつかないときが一番つらい。そういうときに行ってあげるだけですごく助かるんですよ。2回目に行くかはその店がおいしいか、感じがいいか、とかによるものでいいと思うけど、まずは自分が率先して1回行く。小田原はそういうパワーが強いのでいいですね。

時代に合った、これからの地方創生とは

山居さん 最後に、ローカル起業はどこへ向かっていくと思いますか?

木下さん 何か1つのやり方で、普遍的に成功するローカル起業なんて無いと思うんですね。いつもどこかでやったことを紹介すると「それは特異な例だ」とか言われるんですけど、特異な例しかないんですよ。これからの成熟化、多様化の時代に、画一的な方法論や制度や資金でローカル起業が成功するなんてことはない。

働き方で言うと、今までは会社を辞めて独立っていう選択しかなかったけど、複数の企業にまたがって働くパラレルワークとか、勤めながらもリモートワークとかでライフスタイルを変えていったり、独立しても前の会社の仕事を1/3は続けてほしいと言われていたり、数年地方での仕事とリモートワークをしたら、別会社に転職したり。既にどんどんパターンも多様になってきていると思うんですよ。

これまでの「起業」っていうものの先入観が古くなり、実態のほうが先に変わってきていて、あくまで働き方の多様な選択の一つでしかなくなってくる。勤めているか、起業なのかの白黒はっきりしていた世界から、もっとグラデーションのある世界へとシフトしていく感じですね。

ティール組織はじめ多様な組織論の話題も盛んになってきていますが、従来のヒエラルキーと縦割り、懲罰と評価みたいな組織論さえ変わっていく段階に入っていると思います。

山居さん そうするとリスクも減ってきますよね。1/3は会社の仕事をするとか。

木下さん そうですね。前は起業したら不可逆で、戻れない三途の川みたいな印象が強かったですけど(笑)、自分で仕事をつくる層は増えていくと思います。

データ的には、日本の就労者のうち、1955年は過半数が自営業とその手伝いをする家族従事者だったのが、高度成長期にかけて会社員や公務員が増えて、現在は約9割が組織に所属している人、約1割が自営業と家族従事者だそうです。確かにまちをみればパパママストアはなくなり、学校のクラスにも◯◯屋の息子、なんてほとんど見なくなりました。

元に戻るということはなく、むしろ発展的な構造へと変化してほしいですね。会社員と自営業の間が増えて全体の3割くらいがそういう人たちになると、社会に変化が出てくるんだろうなって思います。

山居さん 確かに就職するか自営するかの二択ではなくなってきていますね。

木下さん 地方でも同じように移住・定住するかしないかの二択ではなくて、住まないけど月に何度か通うとか、そういう形態を理解したうえでどう考えるかと捉えられる地域は伸びると思います。

地方の一番大きな問題は人が減っていることではなくて、地元で事業を生み出す人が減っていることだと僕は思っています。重要なのは人口ではなく、所得/人口。しっかり少人口でも稼ぎ、地域に必要なものを支えられれば、ゼロになることはありません。

だから事業をつくれるならそこに住んでいなくてもどんどん関わってもらったほうがよいと思う。住民票のあるなしなんて単なる手続きの問題なだけですからね。月に何度か来て地元の会社と仕事するとか、会社側もフルタイムで雇うことが経済的に難しい場合もあると思うし、そのほうが地元に関われる人は何倍にもなるわけで、プラスになることも多いと思いますね。

山居さん 小田原も起業する人や協力する人が増えているので、新しいことに挑戦しやすい状況なのかなと思います。この連載を通じて、一緒に「創業のまち」をつくっていく人が増えたらうれしいです。木下さん、今日はありがとうございました!

(対談ここまで)

この連載では創業が盛んな小田原市において「規模を拡大していくローカル起業家が増えれば、まちはさらに活気づくのではないか?」という仮説のもと、小田原市のローカル起業家にお話を聞いてきました。

今回の対談を通して、これからの地方創生のヒントは、単にローカル起業家が増えるだけでなく多様化している起業家を受け入れる土壌のあることがポイントになってくることが見えてきました。今後も小田原市だけでなく全国のローカル起業家たちに注目していきたいと思います。

(写真:小禄慎一郎)