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地元の人が「見えていて見ていないもの」にこそ、まちのポテンシャルが潜んでいる。エリアブランディングの第一人者・入川ひでとさんが、「第3新創業市」山居是文さんに公開メンタリング? “創業のまち・小田原”に見出したものとは。

地方で起業する「ローカルベンチャー」が注目され、もはや起業は都市でも地方でも場所を選ばずにできるようになりました。そんななか、“都心と田舎の間で、ビジネスをはじめよう”と提案するのは、神奈川県小田原市で進められている「第3新創業市」プロジェクトです。

2015年からはじまった「第3新創業市」は、小田原・箱根エリアで起業したい人や自分の暮らしをつくりたい人を対象にした創業塾をはじめ、不動産や資金調達など、創業したい人が必要とするさまざまな支援を行う、まちを上げたプロジェクト。

これまで3期を重ねた創業塾では、受講者のうち15名以上が起業し、まちにはゲストハウスや雑貨店、カフェなどのお店も増えてきました。その一方で、実績にあぐらをかくことなく、

もともと創業が盛んな小田原のまちで創業塾をやるなら、成長の見込めそうな起業・創業につながるものにしたい。スモールビジネスではなく、もう少し大きな規模まで成長する会社が増えれば、まちはさらに活気づくのではないか。

そんな仮説を唱えるのは、「第3新創業市」委員長の山居是文さん

以前こちらの記事で紹介したように、山居さん自身も小田原で「旧三福不動産」を起業し、コワーキングスペースの運営や空き家、空き店舗のリノベーションなどに取り組んでおり、自分ごとの課題としても、スモールビジネスの一歩先を見据えています。

今回は小田原というまち、そして「創業のまち」づくりのポテンシャルについて、今年10月からはじまる「第3新創業塾」あらため「みんなのビジネススクール」第1回の講師である入川ひでとさんと山居さんに語っていただきました。

入川さんは「WIRED CAFE」や「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」など店舗プロデュースや都市開発などをおこなうエリアブランディングの専門家。まちを見る目に長けている入川さんには、小田原はどんなふうに映ったのでしょうか。山居さんの仮説に対する、入川さんの見解は?

対談は、「地方の課題はどこでも一緒」という入川さんが、山居さんの仮説を根本から問うような、本質的でエキサイティングな内容となりました。

入川ひでと(いりかわ・ひでと)
入川スタイル&ホールディングス株式会社 代表取締役社長。1957年兵庫県生まれ。事業開発から業態開発、まちづくりや地域振興の活動をベースに、東急沿線の都市開発や「TSUTAYA TOKYO ROPPONGI」、「UT STORE HARAJYUKU」の店舗プロデュースなどを手がける。現在は関連企業の企画および開発業務のほか、まちづくりや地域ブランディングに関する社会実験や、教育・出版事業など幅広く取り組んでいる。

山居是文(やまい・よしふみ)
株式会社 旧三福不動産共同代表、「第3新創業市プロジェクト」委員長。1978年、小田原生まれ。東京農工大学農学部卒業。元小田原市職員。大学卒業後、都内の会社に勤務した後、小田原市に入庁。市役所を3年で退職後、再び都内でweb等の企画会社を起業。2012年から拠点を小田原に戻し、2015年3月には新たに何か始めたい人がチャレンジしやすい物件を提供すべく株式会社旧三福不動産を創業。物件仲介、リノベーション、プロデュース、ブランディングなどをしつつ、小田原でごきげんな起業・移住を増やすのが仕事。「第3新創業市プロジェクト」では、過去3回の創業塾から15名以上の創業者を排出するなど、着実に実績を積み上げている。

「地元を盛り上げるためにお店を増やしたい」という原点

山居さん 今日はよろしくお願いします。

入川さん よろしくお願いします。会えるのを楽しみにしていましたよ。

山居さん 最初に「第3新創業市」の説明をさせていただきますね。プロジェクトの主催は小田原箱根商工会議所で、箱根は小田原のすぐ隣なんです。それで名前を考えるときに、箱根が「エヴァンゲリオン」に出てくることにちなんで「第3新創業市」にしました。(※)

(※)漫画「新世紀エヴァンゲリオン」に架空の都市「第3新東京市」が登場し、箱根が舞台となっている。

入川さん やっぱり! そうなのかなって思ったんだよね。

山居さん 名前を文字っただけではなくて、東京でも田舎でもなくその間にある小田原でできる創業スタイルを、という思いも込めています。具体的には、これまでまちに点在していた創業支援の取り組み、たとえば、クラウドファンディングや不動産、コワーキングスペースなどをつなげて、地域全体で創業者を応援することをやってきました。軸となるのは創業塾で、もうすぐ4期目となる「みんなのビジネススクール」が開講するんですけど。

入川さん 創業塾の卒業生から起業した人は出ているのですか?

山居さん はい、この3年で15人。たとえばスポーツ自転車を販売する「Cycle Days」や、インバウンド事業などに取り組む「エリアコンシェル」、小田原駅から徒歩5分のところにオープンしたゲストハウス「Plum hostel」などがあります。

昨年度の創業塾のチラシ。

山居さん 昨年は新しく起業する人と、事業承継する人を対象にした2つの講座を開きました。ただ、この事業継承コースも受講生は個人店を営むような方が多かったんです。スモールビジネスに近く、もちろんそれがダメではないけれど、僕はもう少し規模の大きな会社が増えたらいいなと思っていて。

入川さん 「もう少し規模の大きな会社」というと?

山居さん たとえばECバックヤード機能を開発している「Hamee」は小田原で唯一、東証一部に上場している会社です。また、デザイン家電のベンチャー企業「Bsize」も以前は小田原にいたのですが、小田原では手狭になり移転してしまいました。

「小田原のベンチャー企業」として紹介するのは、Hameeさんだけになってしまって…。

小田原はもともと創業者が多いまち(※)ですので、これからは創業者を増やすことに加えて、そういった注目の集まる会社や、そこまでいかなくても年商1億円規模に達するような企業が多数育っていってくれたら、と考えているんです。雇用も増えますし、まちが本当の意味で再興していくのではないかな、と。

(※)小田原市では毎年100人ほど新規開業者がいる。

対談は山居さんが運営する「旧三福不動産」と同一ビル内にあるコワーキングスペースでおこないました。

入川さん なるほど。僕は小田原がどんなエリアなのかを知らないので、今みたいな手段の話の前に、まちを再興しようとする山居さんの想いを聞きたい。誰に何を伝えたいのかが、人を呼び込む一番大事なポイントです。僕はエリアブランディングが専門だから、どんな人がどんな想いを持っているのかをつまみ出すのが本業なんだよね。

山居さん それは、なぜ僕が不動産屋をやっているか、という話につながるんですが。

僕は小田原出身なんですけど、子どものときに海のほうに住んでいて、すぐ近くに神社があるんですね。5月の連休にお祭りがあって、お神輿を担いでお店を回るとご祝儀をもらうんです。

僕はそのお祭りが好きで、早く大人になってお神輿を担ぎたいと思っていました。でも、中学生になってせっかく神輿を担げるようになったのに、お祭りを見に来る人も減るし、お店も閉まってご祝儀が減るし、寂れていくのを目の当たりにして。

それで高校生のころから小田原にお店が増えたらいいなと思うようになって、30歳くらいのときに「それなら不動産屋をやれば増えるかも」と考えたんです。それも、お祭りでご祝儀をくれるような地元に馴染んだお店が増えたら、と。

入川さん なるほど、それは正しいよね。でも、商売は手段なんです。コワーキングもシェアハウスも手段でしかなくて、何のためにやるか、何のためにそこに人がいるか、ということが大事。その結果まちはどうなったか、まちはどう変わったか、というところまで持っていかないと、手段ばかりが先行してしまうんだよね。

誰かが行きたくなるまちっていうのは、「何のために」っていうのが絶対に大きくある。それは「まちが賑わう」とかじゃなくて、自分がそれに寄り添えるか、感動するか、がポイントになってくる。

入川さん 僕はそのまちにどんな人が行き交い、どんな文化が根づいているのかをリサーチするのが仕事で、商いをするにはまちに人が出入りすることが必要だと思っているのだけど、祭りとか歴史に加えて、もうちょっと上のレイヤーに、小田原には外から人を呼び込むものとして何があるのかな?

山居さん 小田原城ですかね。羽田空港から一番近いお城なので、外国人も多いです。お城と箱根を1日で周るバスもありますよ。

入川さん “羽田空港から一番近いお城”っていうのはおもしろいね。知らなかった。それってものすごいビジネスチャンスじゃないかな。

いろいろな人が出入りするための術を考えて、まずはそういうリソースに商売をつけることが大事だと思う。自分の思いだけだと商売はうまくいかない。このまちに足りないものは何か、住んでいる人が見えていて見ていないものは何かを考えることが必要なんだよね。

「見えていて見ていないもの」に目を向ける

入川さん この「見えていて見ていないもの」に価値があると思っていて、僕がエリアブランディングをするときの要です。地元の人が見えていないものを提供しないと、大きなビジネスには発展しない。だから、地元の人が気づいていていない、見えてて見ていない、を知らしめる必要があるんです。

たとえば六本木に「ラーメン135」っていうすごいラーメン屋があるんだけど、それにちなんで、1時間、3時間、5時間というかたちで、コンラッドとかミシュランといったホテルに僕らがツアーパッケージをつけています。それも全部、「日本人が見えていて見ていないものを探していこう」という視点でやっていて。

山居さんが、そういう新たなマーケットを教えてあげられる不動産屋になれたらすごいよね。

山居さん なるほど、その視点はなかったですね。

入川さん リソースは3つくらいあるといいんだけど。小田原城とエヴァンゲリオンだけでも相当面白いけど、あともう一つ何かないかな?

山居さん あと一つですか…。それで言うと、昭和レトロな町並みがまだ残っていて、かまぼこ屋さんが軒を連ねていたり、スナックが最盛期は200軒あったけど今も60軒くらい残っていて、そこに今は新しくゲストハウスとかかき氷屋ができたりしています。

入川さん いいね。僕も今日ここに来る前に、そこにある「ジャズレストラン」っていうお店があって、どうしても気になるから行ってきたんだよね。入ったらジャズの流れるレストランで、そのまんまだったんだけど(笑)、とにかくメニューがたくさんあって、でも厨房がすっごく小さくて驚いた。店内もマスターの深い知性を感じたんだ。

山居さん 僕もよくその店に行きますけど、そのたくさんあるメニューが、さらにときどき変わるんですよ!

入川さん すごいね! ああいうお店が生き残っているということは、教養の深いところが残っているまちなのかなと思う。保存されているんじゃなくて、息づいているというか。昭和レトロの環境だけでなくて、考え方とか生き方が刷り込まれていたら、それをうまくサポートするビジネスもありそうだね。

いやぁ、それにしてもあの「ジャズレストラン」は、相当いいよね!

地元の人が、地元を一番知らない

「旧三福不動産」のロゴ。社名は地元に馴染むため、以前この場所にあった「三福中華料理屋」から名付けたそう。

山居さん ここ最近、いい飲食店は増えましたね。チェーン店が撤退したあとに個人店ができたり。でもまちの胃袋の数は変わらないので、理想はサン・セバスチャン(※)みたいなまちになったらといいなと思っています。

(※)スペイン北部のバスク地方にあり、世界一の美食の町と呼ばれるまち。ヨーロッパで人口当たりのミシュラン星レストランが最も多い。

入川さん それはどうだろう。サン・セバスチャンは美食を愛するまちであって、美食のまちではないんだよね。美食を愛する人たちが集まったからああいうまちになっただけで。そういう見えているものだけを見ていると、形を真似しただけになってしまう。

誰のためのまちなのか、誰を支えるまちなのか、商売をつくる前に、客観的に読み切る練習をしないと自分の目線でしか見えなくなる。たとえば真鶴は、おじいちゃんおばあちゃんに寄り添ったパン屋と本屋があって、誰のためのまちかがはっきりしていると思いました。

入川さん じゃあ小田原は誰が継承するべきで、それをサポートする若者は何をすべきなのか。自分たちの思いよりももっと大事なものに寄り添わないと、商いをやるべきではないと思う。

僕は、あのジャズレストランがなんで生き延びているのか不思議でしょうがないよ。あんなにメニューがあって、ロスも出まくりだと思うのに、あの厨房でしょ。考えられない。何かそこにソリューションがあるはず。

山居さん 確かに。どうしてるんですかね。

入川さん 飲食店のプロが見てもひっくり返ると思うよ。

このまちにはそういうお店が多い気がするんだよね。普通だったら死んじゃうような恐竜が生き延びている理由が小田原にあるはず。小さな厨房でいろいろなものを出す技とかね。

たとえば僕が松戸(千葉県松戸市)で一番好きな店は、昼は電気屋、夜は居酒屋だったりしたけど、そういうリソースを暴いていくと、まちが見えてくると思う。

商いを増やしたり規模を拡大したりするためには、マーケットをつくらないといけないし、まちに寄り添わないといけない、客観的にリソースを読み切って外から人を呼び込まなくてはいけない、というのが僕の持論。そうじゃないと孤立するし、まちも崩壊する。まちのポテンシャルは見えていて、見てないだけ。地元の人は地元を一番知らないと僕は思っています。

山居さん そこに飾っている写真は、西湘バイパスのガード下から撮った海の写真なんですけど、僕はこの景色がすごく好きで。(※)

(※)これは対談場所に飾ってあった写真の実物ではありませんが、インタビュー後、小田原市~大磯町を結ぶ道路「西湘バイパス」のガード下をくぐると海に出る、というその場所にて撮影をおこないました。

入川さん いいよね、映画のスクリーンを一瞬にしてくぐったような感じがするね。

山居さん でも地元のおじいちゃんは「昔は砂浜が長かったのにダムができて小さくなった」と嘆いていて。一方で、10年くらい前に小田原に移住してきた人がカフェをはじめたときに、テイクアウトのコーヒーと一緒にゴザとかを渡して海で飲めるようにしていたんです。入川さんの話を聞いて、地元の人じゃないからこそ、この地の使い方をわかっていたんだなと思いました。

入川さん 小田原らしさは小田原の人が発信するんだけど、実際には外部の人が刺激して気づくものかもしれないね。

地方の課題ってどこでも一緒で、自然資本や関係人口を増やすとかみんな言ってるけど、何のために誰を呼んで誰のためにやるのかが大事なんだよ。手段は一旦置いておいて、いろいろな人を招き入れてまちを見てもらうといい。小田原はまだ新陳代謝が起こる前で、チャンスだと思うよ。

山居さん そうですね。今日はおかげで公開メンタリングを受けたような(笑)、たくさんの気づきがありました。ありがとうございました!

(対談ここまで)

「規模の大きな創業事例をつくりたい」という山居さんの仮説を検証しようとはじまった本対談。まちづくりのプロフェッショナルである入川さんからその根本となるような問いを突きつけられ、山居さんにとっては、改めて自分の「見えていて見ていない」ものに目を向けるきっかけにもなったようです。

この対談の内容を予想していたかのように、今年10月からはじまる「みんなのビジネススクール」の講師陣には、「外から」の視点をくれる専門家の方々が勢揃い。

入川ひでとさんのほか、地元企業「Hamee」代表の樋口敦士さんとともに登場するのは『0 to 100 会社を育てる戦略地図』などの著書で知られる山口豪志さん。Jリーグ「栃木サッカークラブ」の江藤美帆さんからはファンを巻き込むマーケティングを、福祉施設運営と食品製造をおこなう「恋する豚研究所」代表の飯田大輔さんからは社会の課題解決をビジネスにすることを享受してもらう予定です。

小田原に限らず、ローカルで起業する、さらにはビジネスを継続・拡大するためのヒントを学びたい方は、ぜひ一緒に一歩を踏み出してみませんか?

ローカル起業の“リアル”と“その先”を考える連載「小田原創業ものがたり」、次回は創業塾を卒業して小田原市初のゲストハウスを開業した「Plum hostel」の梅宮勇人さんが登場します。小田原とは縁もゆかりもなかった梅宮さんが見出した小田原のポテンシャル、そして事業規模拡大へと向かう本当の理由とは? どうぞお楽しみに。

(Photo by Photo Office Wacca: Kouki Otsuka)