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まちが輝けば会社が輝く。会社が輝けばまちが輝く。商いの歴史息づく小田原で、今もなお創業者が後を絶たない「理由」

「理由」は、ある日突然現れるのではなく、歩んできた轍(わだち)の上に現れるもの。足あとひとつひとつが土を踏み固め、道をつくりあげ、いつの間にか方向を指し示す。そんなふうにして、そうである必然性や理由が育まれていきます。

近年「創業のまち」として官民一体となった取り組みを始めた神奈川県小田原市。本連載のパートナーでもある「第3新創業市」が主催する過去2回の創業塾だけでも10名以上が実際に創業し、今年度もすでに7名が創業を予定しています。

こうした動きは、ここ数年で可視化され、より間口が広がったのは確かです。しかしこれらは、何も今に始まった動きではありませんでした。小田原ではずっと以前から創業が文化として存在し、地域に根付いた企業がとても多いのだそうです。

ではなぜ、小田原では以前から創業が盛んだったのでしょうか? 新しくこの地で創業しようという人が後を絶たない「理由」は、いったいなんなのでしょう?

その答えを探るべく、小田原の商いの大先輩、創業152年の歴史を誇る老舗の蒲鉾屋「鈴廣かまぼこ株式会社」副社長で「小田原箱根商工会議所」会頭でもある鈴木悌介さんと、昨年、東証一部上場も果たしたIT企業「Hamee(ハミィ)株式会社」代表取締役CEOの樋口敦士さんに、小田原というまちの魅力とそこで生業を築くことについて伺いました。

おふたりから語られた言葉の数々は、思わず「こんなまちだったら創業したい!」と思わせてくれる温かなものばかり。小田原の創業しやすさには、やはり築き上げられた「理由」があったのです。

鈴木梯介(すずき・ていすけ)
鈴廣かまぼこ株式会社・代表取締役副社長、小田原箱根商工会議所・会頭。1865年(慶応元年)から続く小田原かまぼこの老舗に1955年に生まれる。現社長の弟である悌介氏は、いったん米国で水産ねり製品の会社の経営を経験してから家業に就いた。小田原箱根商工会議所青年部会長、日本商工会議所青年部会長、一般社団法人場所文化フォーラム理事等を歴任、地方創生にも造詣が深い。エネルギーの取り組みでも知られ(http://greenz.jp/2016/12/21/suzuhiro_enekeikaigi/)、東日本大震災1年後の2012年3月に「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議」を設立。

樋口敦士(ひぐち・あつし)
Hamee株式会社・代表取締役 CEO。1977年生まれ、小田原市出身。1997年、個人事業としてモバイルアクセサリーの企画・販売を小田原でスタート。翌年に法人化。幾度かの社名変更を経て、2013年5月にHamee株式会社となる。2015年4月に東証マザーズ市場に株式を上場。2016年7月、東証第一部市場に上場。現在は、モバイルアクセサリーの企画・販売などのコマース事業のほか、ネットショップのあらゆる業務の効率化を叶える「ネクストエンジン」などのプラットフォーム事業を手がけ、世界中のECビジネスを支える存在となっている。

なぜ小田原で創業したのか?

対談は、先日ご紹介させていただいた「Good Trip Hostel & Bar」にて行ないました。対談前には、にわかにゲストハウス内部の見学会に。最後には対談者から「今度はゆっくりバーに飲みにきます」という言葉も

鈴木さん 自分自身が創業者というわけではないので生業の歴史ということになりますけど、鈴廣は慶応元年にこの地で創業して152年になります。なぜ蒲鉾屋だったのかといえば、もちろんすぐそばに海があって魚がたくさん獲れること。それから蒲鉾をつくるときに大切なのがお水なんですが、小田原は量が豊富で質がいい井戸水があるんですね。

商売の環境からしても、歴史的には城下町、宿場町ですから、いろいろな人が集まる土地でした。だから食も含めた文化が醸成されやすかったんじゃないかと思います。さらに時代を下っていけば、観光地である箱根や伊豆の玄関口であり、東京という大消費地も控えています。

つまり、市場が非常に近くにあって、いろいろな意味で恵まれている場所なんです。その中で蒲鉾屋は、地場産業として大きく栄えたんだろうと思いますね。

Hamee株式会社・代表取締役 CEOの樋口敦士さん

樋口さん 僕はまだ学生で、小田原の実家に住んでいたときにネットでビジネスを始めました。なので僕の場合は、鈴廣さんのように「小田原だから」というわけではなく、インターネットがグッと盛り上がってきたときに、たまたま小田原で事業を始めて、そのまま続けていたら人も増えてきた、という感じです。

じつは東京に出ようとしたことも何度かあったんですが、その都度、タイミングが合わなくて出そびれたみたいな感じもあります(笑)

鈴木さん ふふふふ(笑)

樋口さん でも、小田原だと新幹線で東京にもすぐ行けますし、発注もメールや電話でできるので、正直、不便がないんですよね。もちろん東京にもメリットはありますが、僕らにとっては家賃が高いし、社員をみんな連れていくのも大変だし「今さら東京に行く意味もないよね」ってなったのは、もうだいぶ前の話ですね。

鈴木さん もうね、昔みたいに「東京に上って錦を飾る」みたいな感じ、ないよね(笑)

樋口さん ないですね(笑)

小田原は、経営者がマインドのバランスを取りやすいまち

樋口さん それと僕らは、ネットビジネスにしては、ひとつのものを追求してやっているほうだと思っています。

小田原は鈴廣さんのように長く続いている会社さんが多いので、そこに自然といい影響を受けて感化されている気はしますね。じっくりひとつのものを育てながら次にいく、というように、長期視点でのビジネスを考えやすい。それは、私がいいと思うビジネスにとってはプラスなんです。

もし東京に出ていたら、新しいものに次から次に飛びついて、思うようにいかず、今ごろ会社をクビになっていたんじゃないかなと思いますね(笑)

鈴木さん ときどきね、樋口さんから今みたいな話を伺うと「なるほどな」って思うんです。樋口さんは時代の最先端で、絶えずエッジを研ぎ澄ませないといけない仕事をされている。だからこそ、小田原の良さがわかるんだと思うんですよね。

地場産業が危険なのは、なんとなく居心地の良さに慣れていってしまうところ。だから僕らは逆に、まちの外にアンテナを張り続けないといけない気はしています。そう考えると小田原は時間的にも距離感的にも、そのバランスが取りやすい場所なんだろうなって思いますね。経営する者がマインドのバランスを取るには本当にいいところなんです。

カギを握るのは新しいことを次々打ち出す商工会議所?

鈴廣かまぼこ株式会社・代表取締役副社長、小田原箱根商工会議所・会頭の鈴木梯介さん

鈴木さん 最近、小田原は創業者が増えているけど、小田原に来さえすれば商売繁盛します、っていう話ではないとは思うんです。でも東京との距離や利便性など、客観的に考えたときに、商売をしやすいところだというのは、やっぱりあると思います。

樋口さん 創業するだけでなく、商工会議所に入って一緒にプロジェクトを回すとか、そういうことをやっている人も多いですね。

鈴木さん 私は今、商工会議所の会頭をやっていますけど、一般的には、商工会議所って何やってるのかわからないって見られ方をしていますよね。青年部の全国会長を務めたこともありますので、その限界はよくわかっているつもりです。

でも同時に可能性もすごく感じていて、それぞれに財政基盤のある企業が、1社だけではできないことを力合わせてやるにはすごくいい組織なんです。

そこで最近、「タスクフォース(※特定の課題を達成するために一時的に設置される組織のこと)」っていう新しい枠組みをつくりました。「観光」、「スポーツと文化」など、6つの分野のタスクフォースを決めて、旧三福不動産の山居さんに面白い人たちを集めてもらい、それぞれにチームで取り組んでいます。

じつはそのうちのひとつが、第3新創業市プロジェクトです。僕の立場からすれば、若い人たちのアイデアとエネルギーを、どんどん会議所の活動に使わせてもらっているんですね。

「なぜ、小田原に若い創業者が集まっているのだと思いますか?」という質問に「それは(創業した)ご本人に聞いてみましょう!」と、Good Trip Hostel & Barの中村さんにおふたりがプチインタビュー(笑)。創業仲間が多いことやいろいろな出会いが多かったことが、小田原で創業しようと思う決め手になったそう

樋口さん そもそも小田原は、親の代やじいちゃんの代からの付き合いっていう人がすごく多いですよね。

鈴木さん 「親父さんにはお世話になったんだよ」とかね(笑)

樋口さん そうです、そうです。僕なんかはそういうの全然ないんですけど、そういう「安心ネットワーク」に、新参者でもどんどん入れていただけるっていうのはすごくいいなと思います。

顔の見える関係をどうつくっていくか?

鈴木さん それでいうと手前味噌ですが、最近、会議所の活動でいいなと思っているのが、去年始めた「合同入社式」です。

小田原箱根商工会議所は3400社の会員がいるんだけど、ほとんどの会社は10人に満たない小さな会社なんです。そういう会社さんは、新卒の定期採用があるわけじゃないので、それなら一緒に入社式をやりませんかと。今年は小田原市と箱根町の新入職員さんもきてくれたんですよ。

樋口さん それ、今初めて知りました。来年はぜひうちも参加させてください!

鈴木さん ぜひぜひ! これを始めたのには思いがふたつあってね。とにかく若い人が働く場所として小田原・箱根を選んでくれたので、地域としてウェルカムの気持ちを伝えたいなぁというのがひとつ。それからもうひとつはね、同期をつくってほしいということなんです。

悩んだときに相談したり、愚痴を言い合える人がいないと、ひとりで悩んでしまったり、会社を辞めちゃったりする。だから同期生っていうネットワークができて、年に1回でも集まれたらすごくいいんじゃないかなと。別に会社の悪口を言い合う会でもなんでもいいんです(笑) これも小田原ぐらいのまちの規模感だから、できることだと思うんですよね。

小田原駅から徒歩7分の銀座通り南街区で開催されている「軽トラ市」の様子。「地産地消」をモットーに、新旧さまざまな創業者が出店し、毎回多くのお客さんで賑わいます。出店者同士の顔の見える関係を築くと同時に、新規創業者のテストマーケティングもサポートしており、このような機会があることも、小田原というまちの大きな魅力です(提供:小田原まちなか市場実行委員会)

樋口さん 確かに小田原では、誰かに聞けばだいたいほかの誰かにつながるし、近いところにみんながいる感じがありますね。

鈴木さん 僕はそれを「顔の見える関係」って言っています。じつは最近の個人的なテーマは「顔の見える関係をどうつくっていくか」っていうことなんです。

それはたとえば、時代の流れから外れてスローライフを選びましょうというような意味ではありません。厳しい現実の中でも人と人がつながる環境をつくれる可能性が、小田原にはあると思うからなんです。だから厳しい商売の世界でも、地に足をつけて、ちょっと先を見て、自分の生き方も含めて考えていきたいって思っている人はぜひ小田原にきてほしいですね。

小田原がキラって光ってくれないと、商売にならない

鈴木さん 樋口さんも僕も、地元を大切にするっていう気持ちは同じだと思うんだけれども、特に僕の会社の仕事は、どっかに引っ越してやろうと思ってもできないんですよ。そうすると自然と、この小田原の地をどうやって次につなげていくかっていうことが自分たちのミッションのひとつになるんです。

樋口さん 鈴廣さんがまちに対してすごくいろいろなことをやられている、それは本当にすごいなと思っていつも見ています。

鈴木さん でもそれってきれいごとでもなんでもなくてね。うちは特に蒲鉾屋ですから、ある意味「小田原かまぼこ」っていうブランドで商売させてもらっているんです。だから、小田原っていう場所がキラッて光ってくれないと、商売にならない(笑)

そういう意味では僕は非常に打算的かもしれません。とにかく小田原ブランドをちゃんと盛り上げていかないと、うちの商売につながっていかないということなんです。

樋口さん なるほど。

鈴木さん だからやっぱりまちづくりは大切なんです。これは本当に、自分でも風呂敷を広げちゃってるなと思うんですけど、たくさんやってます(笑)!

小田原の歴史のシンボル、小田原城

鈴木さん たとえば、去年、一昨年の大涌谷の噴火警戒レベル引き上げによる観光客激減の件からいろいろあって、箱根も小田原もまだまだ観光の取り組みの問題点がたくさんあることがよくわかりました。

さらに小田原だけでみると、観光の材料はありすぎるぐらいあるのに、箱根がちょっとダメになると小田原の観光経済もすぐダメになるんですよね。結局これまでは、2000万人いる箱根のお客様がちょっと寄ってくれればいい、ぐらいのことしかやっていなかったんです。

そういった反省をまとめる中で、小田原自体に人を呼べるモノやコトを見つけて、磨き直していこうということになりました。

「らしさ」ではなく「ならでは」

取材後、小田原のまちを歩く鈴木さん、樋口さん、山居さん、中村さん。年齢も経歴も事業内容も違うけれど、小田原で生業を生み出しているという共通点でつながっています。この横のつながりが小田原の創業しやすさの理由のひとつ

鈴木さん こういう話になるとだいたい「小田原らしさ」っていう話になるんだけど、僕は「らしさはもうやめよう」って言っているんです。

たぶんみなさんに「小田原らしさってなんですか?」って聞いたら、お魚がおいしいとか新幹線が停まるとか箱根が近いとか、いろいろなことを言うじゃないですか。それってひとつひとつ切り離してみると、ほかのまちにもよくある要素なんですよね。

前に、小田原のまちのホームページをつくろうって話になった時にね、海があって山があって温泉があって、って思いついたことを全部入れていったら、もうただ名前が小田原なだけで、どこのまちだかわからなくなっちゃってね(笑) そうじゃなくてもっと「小田原にしかできないことを考えたらどうだろう」って。

「らしさ」じゃなくて「ならでは」。

そうすると答えのひとつは、やっぱり城下町としての歴史。それをもう1回ちゃんと磨き直していこうということで「平成の城下町・宿場町構想」っていうのを、商工会議所で打ち出したりもしているんですよ。

会社が輝けば、まちも輝く。
未来へ、きれいにして返す

樋口さん うちは会議所の活動にはあまり関われていないのですが、企業としてしっかり利益を出して、お客さんに喜んでもらうことにプラスして、何か社会に貢献していきたいという考えはやはりあります。

私は、出張でインドや中国によく行くんですよ。特にインドなんて貧しい人たちがたくさんいて、何かできないかなって思ったりもします。

でも、地元に対してすらなんにもできていないのに、インドや中国やアフリカに対してなんにもできないよねって思ったんです。だからまずは自分が生まれ育って、会社も最初から育ててもらった小田原に対して少しでも何かできたらなっていうことを今、考えています。

樋口さん じつは良い場所が見つかり、本社が引っ越す予定があります。自社ビルではないんですけど、かなり好きに使えることになっているので、地域の人や社員がイベントをやるとか、そういった使い方ができたらと思っています。あとは地域のお祭りやイベントのホームページをつくったり、協賛させていただいたり。

それとやっぱりハミィの本社は小田原にあるわけで、自分たちを輝かせることができたら、結果的に少しは小田原のPRにつながる。そこから独立する人が現れたら、また創業が増えるかもしれないわけですし。そういった形でまちに貢献していけたら嬉しいですね。

鈴木さん いいですね。さきほど商売のためにも小田原が光ってくれないとっていう話をしましたが、それも含めて、僕は故郷っていうのは未来から借りているものだって思っているんです。

日本人っていうのは、借りたものはちゃんときれいにして返す。借りたハンカチはぐちゃぐちゃのままじゃなくて、ちゃんと洗濯して返すじゃないですか。自分たちがここで商売させてもらい、暮らさせていただいているのだから、この故郷を自分たちの子どもや孫、その次の世代にどうやって返していくかを考えるのは、ある意味で必然なのかなって、僕は思っています。

(対談ここまで)

撮影のため近隣の神社に行くと、まずは迷うことなく参拝された鈴木さん。その後ろ姿の美しさ。土地への敬意が、こんなところからも感じられました

いくつもの電車が乗り入れる小田原駅に降り立つと、大きな駅ビルのほか、商店街があらゆる方向に伸びていました。都心ほどごった返してはいませんが、平日にも関わらず多くの人が行き交っています。そのほどよい賑わいに、旅人のちょっぴり楽しい気持ちも加味されて、思わぬ心地よさを感じました。

「ここは、本当に商いのまちなのだなぁ」。対談場所のGood Trip Hostel & Barに向かう途中、はっきりとそう実感しました。

小田原で創業が多い「理由」には、こうした古くからの歴史や風土と、立地などの物理的なメリットももちろんあるでしょう。しかしそうしたまちを築き上げてきたのは、鈴木さんや樋口さんのようなオープンマインドな先人たちの存在です。

先人たちが、故郷を次の世代へつなげ、未来へ返していこうという思いをちゃんと具現化している。情に厚く、懐が深いまちだからこそ、若い世代も伸び伸びと夢を形にすることができる。この安心感は、何者にも代え難い魅力のように思います。ああ、いい先輩がいるって、いいなぁ。創業仲間が多いっていうのも、楽しいよなぁ。

ゼロを1にするのはとても大変なこと。けれどもここには、すでに1以上の土台がある。

脈々と続く小田原の商いのしやすさは、こんなふうにして手渡されてきた、恩送りのバトンの中にあるのかもしれません。

(Photo by Photo Office Wacca: Kouki Otsuka)

– INFORMATION –

「第3新創業塾」オープニングイベント開催決定!

日時:2017年8月19日(土) 18:00〜20:00
会場:報徳二宮神社 杜のひろば
ゲスト:市来広一郎さん(machimori)、小野裕之(グリーンズ)他

※申し込みなど詳細は、決定次第お知らせ致します。