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ビジョン実現のためには、個人事業にとどまるわけにいかない。小田原初のゲストハウスを立ち上げた梅宮勇人さんが、“2人の壁”を越え、事業規模拡大へと向かう本当の理由

「ローカル起業」が注目されている昨今。その多くは、「スモールビジネス」や「小商い」と呼ばれ、暮らしを楽しみながら自由に生きるための手段としてメディアにも多く紹介されています。しかし、“自由”であることを大切にするため、ビジネスの「規模拡大」や「まちへの経済的影響力」という文脈ではあまり語られていません。

自分サイズの「スモールビジネス」も、盛り上がってほしい。
でも一方で、地方創生のリアルも見つめながら、ローカル起業とまちの再興について一歩踏み込んだ視点で考えてみたい。

そんな思いから、この「小田原創業ものがたり」では、インタビューや対談というかたちで有識者や創業者たちの生々しい声を届けることにより、本当の意味での地方創生とは何なのか、考えていきたいと思っています。たとえば、スモールビジネスにとどまらずに規模を拡大し、人を雇っていくようなローカル起業家が増えると、まちはどのように変化していくのでしょうか?

今回ご登場いただくのは、小田原に初のゲストハウス「Plum hostel(プラムホステル)」をオープンさせた梅宮勇人さん。マンションの一角、ドミトリー2部屋の小さなゲストハウスですが、現在は新たな事業展開を行っており、この夏からはフルタイムで従業員も雇い始めたのだとか。そして今後も、この小田原のまちを舞台に多角的なビジネスを展開していきたいとのこと。

ひとりではじめたビジネスを、大きくしていく構想を持つ梅宮さん。そこにはどんな思いがあるのか、また、ローカル起業における規模をどう捉えているのか。小田原だからこそたどり着いたというローカルビジネスのかたちについて、お話を聞きました。

梅宮勇人(うめみや・はやと)
横浜市出身。ニューヨークの大学でファッションビジネスを学んだあと、帰国して株式会社ユニクロに就職。約10年間、店長として各地の店舗経営のキャリアを積む。金沢のゲストハウス「Good Neighbors Hostel」で修行しながら、第3新創業市主催の創業塾第一期に通い、2016年9月、小田原に初のゲストハウス「Plum hostel」を開業。現在はサイクリングツアー事業も手がけ、事業規模を拡大している。

ユニクロ店長、ゲストハウスオーナーになる

梅宮さんは、横浜市金沢区出身。ニューヨークの大学でファッションビジネスを学んだあと、帰国後はユニクロの店長として10年間のキャリアを積みました。全国各地で店を切り盛りしていた梅宮さんが「自分の商売としてできるもの」を探したとき、たどり着いたのがゲストハウスだったと言います。

自分の中の一番の思いとして「日本を紹介したい」というのがあるんですね。それはユニクロのときから一貫していて。

じゃあどこでやろうか、と、商売をする上での可能性を調べたところ、小田原市内にはゲストハウスが無くて、しかも外国人が東京からよく訪れる箱根への通り道ということで需要があるかな、と思いました。実際来てみると自然とか歴史とか文化がすごい豊かで、そういうところにもポテンシャルを感じました。

チェックインの時間になると、ホステルには続々とゲストの姿が。駅から徒歩5分、マンションの2階にひっそりと佇む「Plum hostel」は、小田原のまちを歩いて見て回るのに最適なロケーション

前職でお店を任せられていたこともあって商売的な感覚は鋭く、また個人的にも市場調査が好きだという梅宮さん。かなり綿密に調べ尽くした上で、小田原での開業を検討し始めました。

約1ヶ月間、金沢のゲストハウス「Good Neighbors Hostel」で修行をしながら小田原についてインターネットで調べていたとき、偶然見つけたのが、第3新創業市主催の創業塾。ちょうど第一期が始まるタイミングという幸運も重なり、「これはチャンス」と、金沢から毎週、夜行バスで通うことに。

それまで小田原はまったく縁がなく、人のつながりもなかったのでチャンスだと思いました。毎週の移動は大変でしたが、その前後で物件を探したり、ワクワクしていましたね。3回ほど通ったところで引っ越してきたんですが、創業塾を通して創業仲間にも出会いましたし、物件も見つかりました。

創業塾に通い始めたのが2015年9月。「Plum hostel」のオープンは2016年9月。やると心に決めていた梅宮さんは、1年という短期間でゲストハウス開業を実現しました。

ネーミングの由来は、小田原が梅(plum)の産地であること、また、梅宮さんのお名前からだそう

規模よりも、ビジョンありき。
人を雇うという選択

小田原初のゲストハウスとしてオープンした「Plum hostel」には、徐々に人が訪れるようになりました。運営していく中で、梅宮さんは、小田原のまちに、市場調査したとおり、いえ、それ以上のビジネスの可能性を見出していったようです。

観光資源は本当に豊かなのに、観光という視点では全然知られていない。それを知ってもらうビジネスはすごいやりがいがあると感じました。

僕は小田原を「半日で日本のすべてを体感できるまち」だと思っているんですが、どこに行っても山が見えて、海もきれい。小田原城などの観光地ももちろんあるのですが、やっぱり“日本の田舎”を感じられる景色がいいんですよね。

梅宮さんが魅了された小田原の風景

Plum Hostelを訪れたゲストの反応も良く、日を追うごとに小田原の良さに魅了されていく梅宮さん。ゲストハウスの経営もある程度軌道に乗り、アルバイトやボランティアヘルパーさんの手も借りることである程度余裕が出てきた頃、構想し始めたのは、サイクリングツアーをもうひとつの柱として事業化することでした。

コアにある「日本を紹介したい」というビジョンを実現するとなるとゲストハウスだけではできない。それは、ゲストハウスを始めてみて感じたことです。

自分が本当に提供したいものはなにか、と考えたときに、自然とか歴史とか、観光地じゃないところに残っているものを伝えたいな、と。もともと自分の中で「こういう景色は喜ぶだろうな」というのはあったんですが、実際にゲストの声を聞く中で再確認していきました。

僕はもともとママチャリくらいしか乗らないのですが(笑)、当時、創業仲間がこのビルの下で自転車屋さんをしていて身近な存在だったことも、サイクリングツアーをやろうと思った大きなきっかけのひとつでしたね。

自分のコンセプトを突き詰めた結果、梅宮さんは事業領域を広げることを決意。2018年4月から、サイクリングツアーをまずは週3回のペースでスタートしました。

サイクリングツアーは、本格的なロードバイクをレンタルして開催。1回4時間半で6,000円という価格設定をしており、ゲストハウスのお客さんとは全く違う層がターゲットになっているそう

しかし、新たな事業をゲストハウス運営と並行して行うことにはやはり限界がありました。外国人からの反応も良く、数カ月後には月間100人の集客を実現。毎日実施できる体制にすれば商売としてのチャンスもあると見えてきていたこともあり、梅宮さんは人を雇う決断をしました。

真っ先に声をかけたのは、以前知人を通じて知り合い、「外国人」や「自転車」という共通項でつながっていた小田原出身・在住の安齊亮さん。たまたま転職活動中だった安齊さんと意気投合し、2018年7月、開業からまもなく2年というタイミングで、梅宮さんの事業は2人体制へと舵を切ったのです。

サイクリングツアーを終えてゲストハウスに顔を出した安齊さん。ここからインタビューにも合流していただくことに

数字も全部明らかにして、ともに主体者となる。
「2人の壁」を超えるための覚悟

ひとりからふたりへ。ビジネスにおけるその変化は、単純に「人がひとり増えた」ということだけではなく、体制や事業、さらには意識の面で大きな変革が必要となります。ベンチャー企業の組織を語るときによく言われる「30人、50人、100人の壁」になぞらえて、本連載ではそれを「2人の壁」として、乗り越えるための秘訣やその先に見えてくるものを探っていきます。

個人事業主としてゲストハウスの運営をはじめた梅宮さんは、「2人の壁」について、どのように感じていたのでしょうか。人を雇うことに対する抵抗感は?

やはり責任というか重みは感じましたね。事業自体がうまくいかないとお給料が払えないので、そのプレッシャーはありました。

でも、人は本当に大事。それは前職の経験から感覚的にもわかっていました。前の上司が「人は血液みたいなもので、いなくなるといろいろなところで支障をきたす」と言っていたんですが、本当にその通りだと思っています。

それがわかっていたので、創業前から仕事以外のところにも顔を出して人脈をつくるようなことは続けていました。特に、外国人に興味があって英語が喋れるような人は、小田原のような地方ではあまりいないので、それは強く意識していましたね。

普通であれば勇気の要りそうな人を雇うという決断ですが、店舗経営の経験を持つ梅宮さんにとっては、ある程度視界に入っていたステップだった様子。

自ら国際交流パーティに主催者として関わり、人脈づくりに力を注ぎ続ける中で、偶然出会ったのが安齊さん。つながりを大切にしてきた結果、現在はサイクリングツアー事業を担う、ビジネスパートナーとなったのです。

しかし「壁」は、雇うタイミングだけではなく、その後もビジネスの様々な局面で立ちはだかり続けるはず。安齊さんとともに歩むために心がけていることを聞くと、梅宮さんは「全部話すこと」と教えてくれました。

「今、事業はこうだから」と、売上や利益も含めて全部話します。「だから今はこれくらい給料を支払えるよ」とか、「だからこういうふうに働いてほしい」とか「半年後にはこうするつもりだから、そのときにはこういう待遇で働いてほしい」とか、現状から計画まで、全部。

それは安齊さんに限らず、パートタイムのアルバイトも同じで、お金のことも含めて定期的に話すようにしています。特にアルバイトの方はまだ若いので、やりたいことや考えが急に変わることもある。だからお互いすり合わせていかないとこちらとしても安定しないので、結構意識して話すようにしていますね。

経営にまつわる数字まですべて明らかにして、ともに事業における主体者となる。そんな梅宮さんの姿勢について、隣で話を聞いていた安齊さんが本音を聞かせてくださいました。

安齊さん これまでの職場はビジョンなどを語られることはなくて、今思えば、どちらかと言うと働かされているという感覚が強かったのかな。

でもここでは逆に「働かされないでほしい」って言われる。「自分でいろんなことを考えてほしい」とか、「自分を越えてきてほしい」とか。今まではそういう働き方をしてこなかったしそういう意識も無かったのですが、自分もビジョン実現に向けてがんばりたいな、という気持ちになりますね。

「そう思ってたんだね(笑)」と笑う梅宮さんからも、ここで本音がぽろり。

でもそれを話すのって、正直なところ結構勇気要るんだよね。それでへそ曲げられちゃうようなこともあるだろうし(笑) もっと10人とかの規模になったら自分も違う方法でやると思うんですけど、今はふたりなので彼が納得してくれればそれでいいし、納得してくれなければそれで終わり。そうやって話すことで、僕の覚悟みたいなものを感じてもらえれば、と思って言っています。

最初のふたりって、上辺だけじゃ付き合っていけなくて本当に信頼し合った関係性じゃないと、短期的には良くても長期的にはダメになるのが見えている。僕には中長期的に目指しているところがあるので、そういった覚悟では向き合っているかな、と思います。

今のところ良い関係で、意見の不一致でハレーションが起こるようなこともないというふたり。「もっとぶつけていけそうな雰囲気は感じます。もしかしたら今後衝突することもあるかもしれないけど、そのときもお互い納得できているのかな、という感じはします」と安齊さん。「全部話す」姿勢が信頼を生み出しています

「2人の壁」を越えた先にみえてきた
まちへの思い

大きな決意を伴う「2人の壁」。でも、それを越えたことで、梅宮さんの視界には、新たな景色が広がってきているようです。

ひとりからふたりになると、一気にやれることが2倍になるので、それは本当にでかくて。ひとりのときは自分で自転車乗ってガイドして、売上も管理してシステムも自分でつくって…ってやっていたんですけど、今はガイドやお客さんへの連絡は完全に安齊さんに任せていて、自分の負担は圧倒的に減りました。

今、中期的に、自転車ツアーを大きくするとともに、他にも日本の良さを伝えることをやりたいと思っていてアイデアもあります。なので自分はそういったことにも動けるような体制に移し始めていて。今、安齊さんががんばってくれていて、ある程度安定もしているので、自分の中でひとつの成功体験にもなったかな、と思っています。

ゲストとも積極的に交流する安齊さん。2018年9月現在、「Plum hostel」は梅宮さんの個人事業として運営しており、安齊さんはフルタイムながらアルバイトという立場。近いうちに会社化し、安齊さんも役員として事業に参画してもらう予定なのだとか

「2人の壁」を越えたことが成功体験になり、さらなる事業拡大を見据え始めた梅宮さん。会社の規模について聞くと、「結果的に大きくしたいと思っていますが、具体的に何人とかは思い描いていないです」との答えが。

なぜ会社を大きくしたいのでしょうか?

今、サイクリングツアーで月100人、ホステルで月のべ400人ほどなので、僕の事業で小田原のまちに外国人が500人来ていることになります。でも実際、社会や地域に対する影響力を考えると、ゼロも500も同じだな、というのは正直あって。

数千とか1万とかにならないと影響力はそれほど変わらないかな、と思っているので、規模を拡大したいという思いがあります。

Plum hostelは、2部屋のドミトリータイプで、宿泊は最大15人という小さなゲストハウス。建物のキャパシティを考えると、事業規模拡大のかたちは、自ずと他事業展開へと向かっていくのかもしれない

自分のビジネスの「地域や社会への影響力」を意識しているという梅宮さん。「規模拡大への気持ちは、小田原のまちと出会ったからこそ抱いたのでしょうか?」と聞くと、「それは間違いないですね」と話を続けてくださいました。

先程も「半日で日本を体感できるまち」だと言いましたが、小田原には、自然、文化、歴史、人、日本のすべてが詰まっていると思っていて。小田原をしっかり体験して楽しんでもらえると、日本をより深く知ってもらえると思っているんです。なので、小田原を紹介する、小田原を盛り上げる、ということが自分のしたいことにつながっているんですよね。

自分が主体であることはこれからも変わらないですが、安齊さんのように僕の考えに共鳴してくれる人がどんどん増えてくれれば、日本の良さを多くの外国の人に知ってもらえる。だからこれからも、事業を拡大していきます。

箱根はもうできあがっていますが、小田原がまだ手付かずだったのも良かったと思います。これが小田原でなければ、もっと宿業に専念するとかになっていたかもしれないですけどね。

「新たな事業は、来年の頭には始めたい」と、こっそり話してくださった梅宮さん。「日本を紹介する」というビジョン実現のための手段としてのビジネス規模拡大に向けて、これからも邁進していくのでしょう。

「思わずビジネスを試したくなる」
という小田原のポテンシャル

インタビューの最後に梅宮さんは、「僕は人生で30回以上引っ越していますけど、その中で小田原が一番いいところ。そういう意味でまちに思い入れがある」と前置きした上で、少しためらいながら、こんなことを話してくださいました。

こんなこと言っていいのかわからないですけれど、僕は地元の人間ではないので、山居さん(第三新創業市プロデューサー)や安齊さんの視点とはちょっと違うと思っています。

小田原はすごくいいところ。その良さをもっとみんなに知ってもらえるはずなんだけど、現状はできていない。だからそれを、自分の手で試してみたいっていうところが、実は僕の一番のモチベーションというか。チャンスだし、それを自分がここでやらせてもれたら、というのが僕のスタンスです。

小田原出身ではない梅宮さんが小田原を盛り上げることに尽力しているのは、あくまで「自分の手で(ビジネスを)試してみたいから」。それは紛れもない本音なのでしょう。

一見エゴのようであり、「まちを利用している」ようにも聞こえるために、きっと梅宮さんは発言をためらわれたのだと思います。でもこの言葉にこそ、まちが本当の意味で再興していくヒントが隠れている、と私は感じました。“関係人口”という言葉があるように、まちって、ある意味「使われてナンボ」なところがあるのではないでしょうか。

受付横に飾られていた小田原城のレプリカ

思わずビジネスを試したくなっちゃうまち・小田原。
起業したら規模を拡大したくなっちゃうまち・小田原。

地元の人では持ち得ないこのような感覚で外から人が集まって来ることは、たとえそれが個人のエゴであれ、結果として、とても大きなまちの強みになっていくのだと思うのです。

地元の人が地域愛からまちを盛り上げたいと思い、外から来た人は、ビジネスの可能性を試したいと思う。その双方が合わさって、まちがさらに活気づいていく。そんな循環が起これば、創業のまちづくりは加速していく。小田原のまちには、その可能性がおおいにあると言えるのではないでしょうか。

でも、あくまでこれは、梅宮さんのケース。他の創業者の方はまた違った視点で小田原のまちを見ているのかもしれません。次回は創業から3年足らずで「2人の壁」の次に立ちはだかる「5人の壁」を超えた創業者の方にインタビューをしていきます。

それぞれが持つローカル起業拡大のかたち。次回もどうぞお楽しみに。

(Photo by Photo Office Wacca: Kouki Otsuka)