ソーシャルデザインの4つの危機感 [いかしあうつながりコラム 1]

こんにちは、編集長の鈴木菜央です。
「いかしあうつながり」について考えるコラム、今日は2本目です。昨日は概論でしたが、今日からが本編となります。今回は、1本目で触りを少し話したソーシャルデザイン4つの危機感について掘り下げていきたいと思います。

危機感1 幸せのドーナツ化現象

ひとつめは、ソーシャルデザインの実践者たち自身の、心にまつわる話です。

ソーシャルデザイン領域で何かを成し遂げる人は、つい家族と自分をないがしろにして、社会課題の解決や目指す未来づくりへ邁進する人が多い印象です。僕はこれを「幸せのドーナツ化現象」と呼んでいます。

僕がまさにそれでした。グリーンズを起業して4年たった2010年ごろ、なんとか軌道に乗せるために頑張り続けた結果、ぜんそくが悪化し、ぎっくり腰で立てなくなり、パートナーとの関係も最悪になりました。おまけに、うつ状態にも…。そもそもは自分と家族のためにこんなにがんばっているのに、どうして幸せになれないのか? ずいぶんと悩みましたし、絶望感も味わいました。

今の自分の働き方、生き方の延長では、グリーンズを良いメディアに育て、ちゃんとお給料を家族に渡し、良き夫になり、子どもたちと時間を過ごして、自分の健康も取り戻すことは、どうしてもイメージできませんでした。いったいどうしたらいいのか? 途方に暮れました。

腰を治すための治療は時間がかかる。子どもと過ごせば、仕事がまわらない。“稼ぐ”ための仕事を優先させれば、グリーンズが良いメディアになっていかない。グリーンズに集中すれば、パートナーとの関係が悪くなる。

仕事、家族との関係、余暇、趣味、子どもとの時間、自分の健康。すべてをそれぞれで分けて、それぞれの対応策を取ることには、限界がある。僕には、どれかしか選べないんだろうか?

実際、僕がおちいった「ソーシャルデザインのドーナツ化現象」という罠にはまっている、またはそこに向かってしまっている人は、本当に多いのではないでしょうか?

危機感2 余裕がある人だけが取り組むソーシャルデザインの現状

ふたつ目は、ソーシャルデザインが、一部の人のものにとどまっている現状の限界です。

greenz.jpはメディアとしてはできるだけ、もともとお金持ちだった、とかメディアがバックに付いているなど、もともと成功に資する要素が多い人よりは、市井の普通の人のソーシャルデザインを取材してきたつもりです。

ところが、「ソーシャルデザインに取り組むのは、余裕がある人。僕にはできない」「ソーシャルデザインには、凄まじい努力が必要。ましてやそれで食べていこうなんて、恵まれた人か、超人じゃないと無理」などのコメントをもらいます。その言葉は、僕ら自身にも向けられています。「グリーンズの人たちはキラキラしてて、自分とは違う感じがするから、green drinksには行く気がしない」ということを、言われたことは一度ではありません。

ソーシャルデザインは、誰にでも取り組むことができることだと思うし、「自分にはできない」と思ってしまっている人にこそ、社会と関わる楽しさ、その結果得られる豊かさを伝え、社会をつくる生き方を選んでくれたらと思ってきたけれど、いつのまにかソーシャルデザインが万人のものではなく、経済的余裕、心理的余裕がある人だけが取り組めることになってしまったのかもしれません。

普通の人とソーシャルデザイナーの間に埋めがたい溝がいつの間にかできてしまっているのかもしれない。そして僕らも、その罠にはまっていたのではないか? と思うのです。

危機感3 対症療法的ソーシャルデザインの限界

危機感を感じている3つめの理由は、「対症療法的ソーシャルデザインの限界」です。

多くのソーシャルデザインがとるアプローチは、社会構造の中に現れている「問題」を取り出し、その問題に対して最短距離で解決策を見出すというものです。それは確かに短期的には効果を出しやすいし、目の前で困っている人がいれば、なんとかすることは当然必要です。でも、ぐーっと引いて、社会全体をマクロの視点で見たときには、そのソーシャルデザインは、対症療法的対応に追われ、「本当の」問題解決につながっていないことも多いのではないでしょうか。

もちろん対症療法も必要ですが、それだけでは世の中は良くならない。ソーシャルデザインのうち、本当の問題解決にアプローチできている事例が、どれほどあるだろうか? グリーンズは本当の問題解決にアプローチできているんだろうか?

危機感4 社会、環境問題悪化の速度を上回れないソーシャルデザイン

最後の危機感が、社会、環境問題の進化、深化、複雑化するスピードが、問題解決のスピードよりも大幅に早い、という事実です。

greenz.jpでは毎日毎日さまざまな事例を取材し、記事にさせてもらっていますが、日本と世界の現状を見るにつけ、これだけ頑張っている人がいるのに、社会が一向にいい方向に向かない徒労感、絶望感に襲われることも多いです。

そしてこれからはさらに課題が顕在化していくでしょう。今後、生命の歴史上、最大の力を持った人類、それも100億人以上が住むことになる。

あらゆる地球資源はピークを超えたと言われるくらい掘り出され、何億年もかけて地中に固定化されてきた温室効果ガスによって、地球の気候はどんどんおかしくなっている。とてつもない量のゴミと毒を、海に、大地に、空に捨てている。

僕らが毎日毎日大量に捨てるプラスチックはバラバラになって文字通り海全体を汚染しています。太平洋のまんなかに巨大な島を形成するほどになっています。そのマイクロプラスチックとして海洋生物の細胞の中に取り込まれます。安全と考えられていた養殖の魚からすら、プラスチックが検出されているそうです。そしてプラスチックは魚を通じて、僕らの体にも入ってきています。

これはあくまで一例で、あらゆる環境問題に、私たちのカラダも含まれているのです。

使い捨てにされているのは資源だけではありません。人も、社会の中で使い捨てにされています。その傾向は、greenz.jp創刊当時(2006年)よりも強まっていますし、これからも更に強まっていくでしょう。

取り組んでいる人が苦しんでいる「幸せのドーナツ化現象」。余裕がある人のものにとどまっているソーシャルデザイン。個別的ソーシャルデザインの限界。そして社会、環境問題悪化の速度を上回れないソーシャルデザイン……。そこを突破していくには、どのようにソーシャルデザインが進化していくべきなのか? 僕はそのことを、ずっと考えていました。

そして、そのような限界を超えていくのが、「いかしあうつながり」という考え方なのではないか? と思い至ったのです。