忙しい毎日のなかで、まったく違う生活に憧れたことはありませんか?
色々と理想はあっても、仕事があったり家族がいたりすると、なかなか大胆になれないときもあると思います。そんなとき、たった数日間の体験で日々の暮らしで少し疲れたこころをほぐし、凝り固まった頭をリセットすることができたら、なんて素敵でしょう。
そこで、今回ご紹介するのは、長崎の小値賀島という小さな島で、島ぐるみで行なわれている民泊(みんぱく)です。わたしはこの民泊をとおして、小値賀の人たちの島暮らしを垣間見、肌で感じることで、都会の暮らしからは想像もつかない、心地よい暮らしのヒントを得ることができました。
小値賀島って、どんな島?
五島列島の北部に位置する小値賀島は、人口2600人ほど、車で1時間あれば島を1周できてしまうほど小さな島ですが、そこには透きとおった美しい海、青々と生い茂った緑があり、牛が草原を散歩している姿など、のどかな自然の風景が楽しめます。
この島で民泊を主催しているのは、島の観光協会「おぢかアイランドツーリズム」。民泊がはじまる以前から、自然ゆたかな小値賀の景色は全島が西海国立公園に指定されていたり、「日本の最も美しい村」にも選ばれていましたが、現実は何もない田舎だからといって人々は高校を卒業すると島を離れてしまう、そんな状態でした。
人口減少が深刻になっていくなか、小値賀の島の人たちの自給自足に近い暮らしや、島人たちのおもてなし上手な島民性をいかした観光事業として、2006年に民泊がはじまったのです。
今でこそ約30軒の島の一般家庭が民泊の宿として受け入れてくれていますが、はじまった当初は、島人たちの理解を得ることがむずかしく、わずか7軒からのスタートだったのだとか。時間とともに少しずつ島全体に浸透していきました。
小値賀島の民泊は、旅人1人につき10,000円(2人以上で1人8,000円)で、島の一般家庭でのホームステイ(1泊2食込み)と島体験がセットになっています。ただ島の人たちの家に泊まるだけでなく、ご家族と一緒に食事をしたり、泊まるお家によって、農業や釣り、郷土料理づくりなど、小値賀のおじさんやおばさんと一緒に、島の暮らしを体験することができるんです。
各家庭に1日1組限定なので、ご家族ともゆっくりとおしゃべりを楽しむこともでき、たった数日の滞在でも、色濃く記憶に残る時間を過ごせます。
島ぐるみのおもてなしが温かい
「おぢかアイランドツーリズム」のウェブサイトから問い合わせをすると、まもなく担当スタッフの方から連絡がきて、希望する島体験プログラム、ご家族の職業や雰囲気などのリクエストをもとに、それに近いお家をアレンジしてくれます。
宿泊先のご家庭が決まるまでのやりとりや、当日のご家族の待ち合わせなども、「おぢかアイランドツーリズム」の担当スタッフがていねいにメールで連絡をしてくれるのですが、今どきの予約サイトのようにクリックひとつで済んでしまうのではなく、人と人とのやりとりを大切にする、そのひと手間にも真心を感じられるのが小値賀らしさです。
今年で11年目になるという小値賀島の民泊は、今では全国から中高生の林間学校や修学旅行の受け入れもしており、一時期は、アメリカの高校生の修学旅行先にもなったこともあり、帰国の際はみんな涙を流してお別れするのだそう。
その独自な島の文化や、自分たちの島に誇りをもっている島人たちの穏やかなやさしさは、国内外の旅行者を魅了しています。さらに、こうした民泊をきっかけに、IターンやUターンで移住してくる若い世代も少しずつ増えてきているのです。
小値賀のお母さんが教えてくれたこと
ここで、わたしの小値賀体験記をご紹介させていただきます。
わたしが小値賀島をおとずれたのは、2016年の夏。島の暮らしを体験してみたいと、2泊3日で民泊をしました。泊めていただいたのは、1日目は精米所を営んでいるご夫婦のお宅、そして2日目は漁師さんのお宅にお世話になりました。
どちらも長く民泊をされてきた大ベテランのご家庭で、畑いじりをしたり、夕食づくりをお手伝いしたり、アジ釣りをしたり、車で島を案内してもらったり、とてもよくしていただきました。
何より驚いたのは、この島の自給自足ぶりです。新鮮なお魚のお刺身や天ぷら、お手製のかまぼこにフライなど、食べきれないほどのごちそうを「いつもどおりの夕食でね」と、てきぱき準備をしてくれたお母さん。買ったものはほとんどなく、お野菜は畑でとってきたものか、いただきもので、お魚も釣ってきたものなのだと。
これまで、都会の生活しか知らず、自給自足とはほとんど無縁の暮らしをしてきたわたしにとって、自給自足や物々交換で暮らす人々を初めて目の当たりにして、驚きと感動でいっぱいでした。
食事の後は、島の歴史を色々と聞かせてくれたのですが、民泊のお母さんによると、もともと小値賀島は、遣唐使の頃から、外国から日本にくる船が食料調達などの中継地点として立ち寄る島だったのだそう。そのため、外からくる人たちを温かく受け入れる土壌が、昔からこの島にはあったのだそうです。
たしかに、外国人観光客もよく見かけたし、島の人たちは旅行客にも慣れているようで、やさしい風通しのよさを感じる島でした。
印象的だったのは、おしゃべりも終わりかけのとき、民泊のお母さんがしみじみとつぶやいた言葉でした。
民泊をしてよかったのは、小値賀の人たちが「この島はよかとこね(いいところよね)」と気づけたこと。それがいちばん幸せなことだし、いいことよね。
その言葉は、島のことをあまり知らないわたしが聞いても、ほんとうにぐっとくる、深みのあるひとことでした。日本の長崎の片隅で、こんなに人間の営みの基本的な部分だけで、ていねいに暮らしている島があるということは、今の時代ほんとうに貴いことのように感じました。
日頃あまりに多くのものや情報に囲まれ、便利さに慣れ過ぎてしまうと、しばしば大切なものやありがたいものを見失いがちになってしまいます。一方で、小値賀の人たちは、その素朴なシンプルな暮らしの中でも、自分たちにとっての幸せをよく分かっているようでした。
田舎の暮らしや移住に興味がある人だけでなく、これまでとは違う視点を身に付けたいときや、環境の変化をからだが欲しているとき、あなたも小値賀の島旅に出かけてみませんか?
都会の暮らしの中で見落としてしまったもの、忘れてきてしまったようなものが見つかるかもしれません。
西谷渉(にしたに・あゆみ)
東京生まれ、鎌倉在住のフリーランスライター。フランスとフィンランドに住んでいた経験から、個性を大切にすることや、しあわせを軸に物ごとを考えるヨーロッパの文化に影響を受ける。旅、食、暮らし、ものづくりなどの分野で執筆中。