最近“まちづくり”と言えばマルシェなどイベントを行ったり、コミュニティで子育て問題に取り組むなど、ソフトの話が目につきます。けれど従来まちづくりには、インフラや建物など、ハード面を担う企業も深く関わってきました。
こうした資本をもつ大企業が、人々の変化やコミュニティをつくる動きに目を向けています。例えば、鉄道会社。これまでに沿線の団地開発などを率先して進めてきましたが、今、エリアの特色を生かした地域づくりの後押しが始まっています。その事例をご紹介します。
「中央ラインモール」構想とは?
鉄道会社といえば、これまで、沿線に団地や行楽施設を建設するなど、地域開発には欠かせない存在でした。最近は、駅ナカに子育てサポートの施設や、中食の販売を充実させるなど、その時代にあった、人々の暮らしのインフラを整えてきたといっても過言ではありません。
そんな中、JR中央線の三鷹駅から立川駅の8駅間で始まっているのが、「中央ラインモール」構想です。対象エリアにある4つの駅に関わる区間を高架化して、新たに生まれる高架下の空間を、なるべく地域の人々に活用してもらおうというのです。
高架下といえば、自転車置き場や小さな飲食店がひしめきあうイメージがありますが、駅から離れた場所になると、ただ空いたスペースも多く、有効利用がされてきませんでした。今回、この4駅に関わる区間の全長9㎞、面積約7万㎢もある高架下の空間を、地域に有効なカタチで提供できないかと考えられているのです。
鉄道会社が、どう地域と連携するのか?
ただ、一口に「地域と連携する」と言っても、どういうことでしょう? 企業である限り、経済活動を否定はできません。
すでに一部始まっているのが、こんな試験的な試みです。2012年9月にオープンした「nonowa西国分寺」は一見普通の商業施設ですが、その特徴は“地域発のもの”を重視して置いていること。
西国分寺駅の改札を出ると、地元農家の野菜を取り扱う青果店「くにたち野菜 しゅんかしゅんか」の売り場があり、改札内には国立の和菓子屋「一真菴」や国分寺のスイーツ「ル・スリール・ダンジュ」など中央線沿線で人気の隠れ家的なお菓子屋さんの支店が。
通常、こうした駅ナカのスペースは賃料が高く、大手でないと入るのが難しいのですが、スペースを狭めることで賃料を安く抑えたり、従来の商業施設にある売上ノルマが緩和されていたりと、地元の小さな商店でも入りやすい条件になっているのだそう。ここに出店する経営者のお二人に聞いてみました。
駅ナカにマルシェ風の出店をしている「くにたち野菜 しゅんかしゅんか」は、地元の生産者の野菜を販売する青果店。若手経営者の菱沼勇介さんはこう話します。
野菜は鮮度が大切です。少しでも新しい野菜を届けたいのがうちのコンセプトなので、毎日使う駅にお店があることはとても魅力です。だけどまだ、うちのような店にとっては賃料が高い。JRさんが地元を盛り上げていくスタンスは素晴らしいことだと思います。取り組みが本格化してくればより色々な手法が見えてくるのではないかと思います。
一方、国立で人気の和菓子屋「一真菴」では、少量で多少高めでも美味しいものを食べたいというお客さんのために、ひとつひとつ丁寧につくった和菓子を提供してきました。これまでに、他の商業施設からも出店の打診があったものの、製造数や予算が折り合わず、お断りしたこともあるという店主の柳瀬真さん。
私ひとりで作っているので、味のレベルを落とさずに作れる量には限りがあります。その味を落としてまで手を広げたいとは思わないんです。今回nonowaには、現実的な数をお伝えして受けていただけたので、出店を決めました。
まだ始まったばかりの取り組みですが、高架化の工事が進めば、駅から離れた所にも空間が生まれます。地域に根ざしたショップが並べば、それぞれ違いのある個性的な町づくりができていくのかもしれません。
これからの町づくりに鉄道が果たす役割
この「中央ラインモール」構想を進めるためにつくられた、株式会社JR中央ラインモールの鈴木幹雄社長に話を聞きました。
かつては、地域を活性化させようというと、企業の工場や大学を誘致する話になりましたが、今はグローバル化の影響でそうした工場がどんどん海外へ出て行ってしまっています。これからの時代は、新しいものをつくるだけでなく、今あるものを生かして最大化していかないとならない。
例えば、これまで三鷹や立川は新宿や吉祥寺に出るための居住エリアのイメージがありましたが、この地域のなかで新しい仕事を生み出したり、地元でつくって地元で消費するような経済活性も考えられます。
シェアオフィスなど若い人たちがこの地域で働きやすい環境をつくり、地元の野菜を取り扱う生鮮店を応援したりと、鉄道会社が町の人たちと協力することで、より暮らしやすい地域を目指せるのではないか、というのです。
もちろん、そうした地域の動きは人と人の間で起こる化学反応みたいなところがあるので、どういう結果になるか、やってみないとわからない未知数の部分も多いです。でも従来のように、ハードをつくってこの場所使ってください、というだけでは駄目なんじゃないかと思っています。
そんな鈴木社長の思いから、進められているのが、地域に住む人々とのネットワークづくり。まだ高架下の工事が完成していない段階ですが、地域の人同士が知り会う場づくりや、情報発信などの取組を積極的に始めています。JRのような大手の慎重な会社にとっては、あまり例のない草の根的な取り組みです。
エリアマガジン『ののわ』を支えるメンバーもエリアから
地域とつながる、さまざまな試みのうちの一つが、“緑×人×街”をコンセプトにつくられたエリアマガジン『ののわ』です。三鷹から立川間の駅で配布されている2012年12月に創刊の月刊誌。気持ちのよい緑の写真に、やわらかい語り口の素敵なフリーペーパーで、沿線に住む人も知らないような隠れ家的なお店や場所が紹介されています。
この編集を担うのは、萩原修さん。萩原さんは、国立に「つくし文房具店」を営む傍ら、紙の加工と印刷を手がける立川市の印刷会社とデザイナーをつないで「かみの工作所」というデザインプロジェクトを始めたり、中央線デザインネットワークをつくるなど、デザインと地域の活動をつなぎ、さまざまなカタチで見せてきた方。この萩原さんが「ののわ」の編集長をつとめます。
紙媒体のみでなく、住民との交流の場として、ウェブサイトの充実もはかります。こちらのディレクションと制作を担うのが、株式会社リライトの酒井さん。以前、greenzでも取り上げた方で、東京ウェッサイ(「FMたちかわ」で行う番組)のパーソナリティをつとめるなど国分寺や立川を拠点に活動されているデザイナーです。
こうした、中央線沿線に関心の高い人たちとタッグを組み、しっかりと地域に根付いた活動にしていこうとしているのです。
また顔の見える関係づくりとして「ののわ」主催のイベントも毎月行っており、地域を知る場も用意されています。12月15日には武蔵小金井にて、街歩きと街のイメージにあったフォントをつ くるワークショップが行われました。ウェブマガジンでは地域サポーターやライターも募集しており、これから共にメディアの運営を進めていく予定。
こうした取り組みが、どこまで地域に還元できていくのか。
まだ未知な部分も多いですが、沿線が地域コミュニティの拠点になり、ユニークなお店が並べば、より楽しい街ができていくのかもしれません。
企業の経済活動に沿った形でコミュニティや地産地消を支える手法として、新しい兆しを感じさせます。