どんな人でも大人になり、毎日忙しく働くうちに、子どもの頃のワクワクした気持ちを失いがちです。それでも、新しく人に出会ったり趣味やライフワークを深めるための大人の学びの場も増えていて、東京ではシブヤ大学や東京にしがわ大学などの市民大学が人気です。
昨年7月に鹿児島にできた「サクラ島大学」は、こうした大学とは一風変わった学びの場。先生から教えを乞うのではなく、先生も生徒も同じ方向を見て体験を分かち合う。夏休みの自由研究のような場なのだそう。大人になってもただ遊べばいい、と言われているような、楽しそうな授業ばかりなのです。
誰にでもある“ちょっとやってみたいこと”に火をつける
サクラ島大学は、もともと地域資源を活かした「学び」の場を通して、人のつながりをつくることを目的につくられた市民大学です。
ところが発起人の久保雄太さんは、この大学をつくった訳を端的にこう語ります。
自分自身が、素敵だなと思う人に会ったり、行ってみたかった場所を訪れる時が、一番ワクワクして幸せを感じることに気付いたんです。そんな場を多くの人たちと共有できたらと考えました。
普段わざわざ行かないような場所に足を運んだり、きっかけがないとなかなかやらないことを授業にしてしまう。サクラ島大学は、「学び」という形を借りて、つながりたい人ややりたいコトと出会う場、口実と言ってもいいくらいです。
誰もが心の奥底に持っているけど、大人になってしまいこんでいる欲望や、ちょっと背中を押されればやってみたいことがあります。そんな小さな欲望を刺激して、行ってみよう、やってみよう、会ってみようと動き出す機会となるように、ここの授業はつくられているのです。
東京にしがわ大学にも飛び火した、サクラ島大学発の「オモイデトラベル」とは?
まずひとつ、サクラ島大学の特徴をよく表している、授業のひとつをご紹介しましょう。とても心あたたまるツアー企画で、その名も「オモイデトラベル」。サクラ島大学で始まり、派生して東京にしがわ大学でも同じ企画が始まったという人気の企画です。
観光地を訪れるのではなく、ある人を主人公に決め、その人の「思い出」の場所をストーリーに沿って皆で旅するというもの。その人が家族で訪れた場所、卒業の思い出、デートした場所などいろんな思い出があってそれを皆で歩く。その過程で、参加者はさまざまな発見をするのです。
どうして他人の思い出の場所をたどって楽しめるの?と疑問をもつ方もいるかもしれません。でも、思い出してみてください。子どもの頃は、友だちと、あてもなく知らない場所に冒険心で出かけたこと。知らない道を歩くだけで、理由もなくワクワクして、沢山のドラマがあり、発見がありました。「オモイデトラベル」も、それに似た面白さがあるのです。
「オモイデトラベル」が初めて行われたのは、昨年11月のこと。この時は、サクラ島大学の運営にも携わっていた23歳の女性の思い出からツアーが企画されました。
訪れる先は、“彼女”が生まれ育った枕崎という、鹿児島県の中でも南の小さな町。久保さんは“彼女”に何度もインタビューを重ねながら、思い出の場所を掘り起し、どうすれば初めて訪れるツアー参加者にも楽しめる企画になるかを組み立てていきます。
主人公の人柄や思い出の内容によって、毎回企画は大きく変わります。
今回の“彼女”は、家族がとても仲良くて、思い出の場所も、家族で訪れた場所や卒業した学校など、ごく一般的な一人の女の子の記憶。一つ一つが地元の人しか知りえない場所ですが、ただそこを訪れるだけではなく、いかにその場の良さを引き出すかを考えます。例えば、彼女が通った小中学校のそばに公民館のようなセンターがあって、ここで卒業式の後に皆で集まって宴会をしたのが彼女の思い出でした。視察でこの場所を訪れた時、とっても落ち着く場所だなと思って、ここでお盆に親戚が大勢集まった時のような、懐かしい雰囲気の昼食の時間が設けられたらいいなと思ったんです。
枕崎で美味しいと有名なのはカツオなので、鰹丼をデリバリーしてもらってこの場所で皆でお昼にいただきました。
そのほか、彼女が学生時代に追っかけをしていたというバンドのサプライズライブがあったり、以前はよく観光用のセスナが出ていたという小さな空港で、偶然居合わせた飛行機にのせてもらえたり、と当日のハプニングも含め、その日だけの特別な体験を皆で共有します。
少し写真でご紹介しますので、雰囲気を感じてみてください。
観光地でよくある、町ぐるみで用意されたフルパッケージツアーでは絶対味わうことのできない、その場だけの特別な楽しみが沢山込められているのです。
枕崎の際のツアーに参加したのは20~40代の方々、約20名ほどでした。
会いたい人100人に会う旅から始まった
久保さんは大学で建築を学び、福岡で「九州コミュニティ研究所」という特定非営利活動法人の活動に参加していました。その時に、情報、デザインをとおして町づくりに関わる面白さを知ったと言います。
同じような活動を、地元の鹿児島でもやってみたいと考え、まず久保さんが行ったのは、自分が面白いと思う、会ってみたい鹿児島の人100人を訪ね歩くことでした。
この時、久保さんの話を聞いてくれた人たちは、今もサクラ島大学の強力なサポーターとなっています。
シブヤ大学などは生徒数も2万人近くいて、どんどん授業も増やそうって流れになるんだと思うのですが、まぁ鹿児島ではそんなに沢山の人は来ないわけです(笑)。
だから僕らは授業数や生徒数を増やすことよりも、もっとひとつひとつの授業を丁寧に手づくりして、その人の人生の中で、その時しか体験できないような特別な時間を、一緒に過ごせたらいいなと思ってやっています。
サクラ島大学は、昨年2011年7月30日に正式に開校。「グッドネイバーズ・ジャンボリー」(鹿児島発で行われている音楽、デザイン、アート、食をテーマにした体験型の野外イベント)とのコラボレーションや、数々の斬新な企画で授業を行ってきました。
感謝の気持ちを伝えるきっかけに
ここでもうひとつ、サクラ島大学らしい授業のひとつをご紹介しましょう。
それは、「言葉を探し、紡ぐ授業」。
ひとりのデザイナーの思い付きから始まり、先生不在という形で行われたクラスです。
一人のデザイナーさんが、あるテレビ番組で奥さんを大事にしている芸人特集を見て、そういえば自分も奥さんになかなか感謝の気持ちを伝えられていないなと思ったそうなんです。
でもいきなり“ありがとう”というのは照れ臭いし、何かきっかけや口実が欲しい。そこでこの、感謝の気持ちを伝えるためのコトバを探す授業が生まれました。
久保さんたちは、はじめコピーライターなど言葉のプロを呼んで授業を行うことも考えましたが、それは少し違う気がしたのだとか。もっと、伝えたい相手にだけ伝わる、身近でパーソナルな言葉を探せる時間にしてはどうだろう、と考えます。
時期はちょうどクリスマス前のこと。「大切な人に贈る、クリスマスメッセージ」と題して、贈るカードに記載する言葉を探す授業に仕立てました。
当日、20名程の若い男女が集まりました。この場でつくった言葉は、互いに発表し合わないことを伝えて、贈る相手だけに伝える言葉を、本気で探していくのです。
まずそれぞれ父母、恋人、子どもなど、感謝の気持ちを贈る相手を決めます。その後、ワークショップ形式で、まず感謝の気持ちを「ありがとう」や「感謝」といった言葉を使わずに表す練習を行います。
続けて用意したのは、その大切な人との記憶をふり返るスイッチとなる、質問カードでした。
“その人と会ったのはどんなシチュエーションでしたか?”
“その時相手はどんな服を着ていましたか?”
大切な人との思い出を思い出し、感謝の気持ちを考えている間の参加者の顔がとても素敵だったと、久保さんは言います。
授業をとおしてできた言葉は、真っ白なクリスマスカードに書き入れられて、後日相手にプレゼントされます。なんと、クラス実現のきっかけとなったデザイナーの奥さんは、このカードをもらって泣いてしまったのだそう。
参加者全員にどんなドラマがあったかはわかりませんが、少なくとも一人の心には届いた。きっといろんなドラマがあったはずです。この時はほんとに、やってよかったと思いましたね。
こんな風に、サクラ島大学では、何か知識を得ようとか、本気で学びたいといった目的の授業ではなく、個々の欲求から生まれる体験を分かち合う、そんな授業が実践されているのです。
大学をベースにさまざまな展開へ
こうしたさまざまな授業を次々と行っているサクラ島大学ですが、企業とのタイアップも少しずつ始まっています。
地元企業のプロモーション企画として生まれたのが「かごの島」というフリーペーパー。久保さんはサクラ島大学としてこの仕事を受けることで、より広告的でない情報発信をしようと、地元に暮らす人たち5人にインタビューを行います。加えてこれと連動した「これからの暮らしを考える」という授業を設け、学びの場と連動したコンテンツをとしました。
「大学」を出会いの場、遊ぶ場としながら、企業との連動の場にもして広がりをつくっていこうとするサクラ島大学の活動。
単なる教育機関ではなく、企業も巻き込んで、より面白い、研究していく場でありたいと、久保さんは語ります。
サクラ島大学の授業に、私もいつか参加してみたいと思ったのでした。
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