基本的にお金もうけが優先される資本主義経済と、無償の分かち合いでつなぐ経済のギフトエコノミー。この異なる二つの経済を合わせ持って複数の経済圏で生きることで、もっと自由で自分らしいお金との関係性や働き方、豊かな暮らしをセルフデザインできるのでは?
そんな仮説をもとに前編と後編の2本立てで、高知県でギフトエコノミーを取り入れながら暮らす服部雄一郎・麻子一家とともにお届けしています。
前編では「実践ギフトエコノミー」のステップ①の「受け取る」とステップ②の「感謝する」についてご紹介しました。具体的には、ステップ①では自然界からの0円の贈り物を堪能し、ステップ②ではスペンドシフトという、豊かなお金の使い方で、嬉しいお買い物を増やすコツについてお話しました。
こちらの後編では、ステップ③では「ごみを活かす」として捨てられる物を使った物づくりを、ステップ④では「贈る」として、気負いなく物をゆずるコツや、贈る方が売ってお金にするよりもお得な理由について語ります。
服部雄一郎・麻子さん夫妻は、高知県の山のふもとで子ども3人にねこ1匹と、にぎやかに、そして丁寧に暮らしています。雄一郎さんは、ごみゼロを目指す家族の物語『ゼロ・ウェイスト・ホーム』(※)の翻訳者として知られ、一家はごみを出さない循環型の生活を心がけています。そして、実はギフトエコノミーもまた、彼らの暮らしの大切なエッセンス。それは、かつて雄一郎さんが六本木一丁目に通勤する会社員だった頃にさかのぼります。
(※)家族4人で一年のごみの量がわずかガラス瓶1本分というベア・ジョンソンさんが執筆した暮らし方提案本
エリート教育を受け、政府系機関に勤めていた雄一郎さんの人生観を変えたのが、手づくりのお菓子を人に贈ったことでした。麻子さんの発案で、自分で焼いたパンやお菓子を人に贈って喜んでもらえたという経験が、社会で透明に生きるアノニマスな会社員だった彼に生きる手応えを与えてくれたのです。麻子さんとともに見返りを求めず配り続けた贈り物たちは、やがて予期せぬチャンスにもつながっていきました。
服部一家のギフトエコノミーの冒険は、現在、雄一郎さんと麻子さんが営む「ロータスグラノーラ」という屋号でのお菓子や野草茶の販売や、お店に至ります。それは、ギフトエコノミーと、資本主義経済がつないでくれた、今ここに生きる彼らのホームなのです。
雄一郎さん いまだにそんな上手でも無いけど、何年間かお菓子をつくって販売して、経験はついてきたんです。味や材料にこだわり、同じオーガニックでもこっちの粉のほうがおいしいなとか、珍しい素材の組み合わせをしてみようかと、楽しく工夫してつくっていたんですね。でも自分を競争マーケットの一員として当てはめると、同じような、いやもっと上手につくれる人がたくさんいるに決まっている。そんなふうに追い詰められると、八方塞がり感も出てきました。
でも高知にやってきて、地元の素材や近所の庭で採れた柿やビワなどをたくさんいただくというご縁に恵まれたことで、自分のお菓子づくりの方向性が、計画的に素材を買ってつくるものとは違ってきたんです。
例えばはっさくをもらったけど、お菓子に使ったことはないので何ができるかな、と新しいレシピを考えてみたりもして。先日も山の上で採らせていただいたとびきり酸っぱいあんずをジャムにしてふんだんに挟み、クロスタータ(ジャムタルト)にしてみました。
雄一郎さん そんなふうにギフトエコノミーで身についた「あるものを活かし切る力」をフル活用していると、今ここに自分が生かされているからこそできるお菓子が生まれたんです。すると「あぁ、自分はこのままでいいんだ」と安心し、自己肯定できるようにもなってきて。上手なお菓子をつくらなくていい、豊かなつながりの中で現したらいい、とお菓子づくりが劇的に変わりました。
麻子さん 先日も雄一郎さんが野草でスコーンをつくったんですよ。「麻子さんがつくっている野草茶の材料をわけて」と言うから、「桑の葉とかびわの葉とかだよ。ハーブも少しあるけど何がいい?」って尋ねたら、「なんでもいいよ。粉にしてスコーンに入れるから。前もやったことあるから」って。「え? 前のとは違う野草だよ」と言っても、「大丈夫、大丈夫」って。
雄一郎さん 特定の味を目指してないんです。自分で食べておいしいと思えたらそれで満足。試作して自分の技量以上のものを追い求めすぎると、劣等感や焦燥感も生まれてしまいます。おすそ分けしていただいた限られた恵みを無駄なく活かすためにも試作はできないから、いつもぶっつけ本番ですしね。ひとつの恵みと向き合って、予期せぬ事態に呑み込まれるこの感じが、生かされている実感のようなものを与えてくれるんです。
やりくりや工夫で「自分色」に染まっていくお菓子や暮らし。そこで得られる充実感や生きがいこそが麻子さんが前編で語られた、ギフトエコノミーで得られる、特定の結果への期待を手放した先のフィールドに広がる豊かさでしょう。
アノニマスな消費者から、自分色に世界を染めるつくり手へ。実践ギフトエコノミーステップ③では、そんな服部夫妻に、手軽に楽しくできる物づくりレシピを教えていただきましょう。
実践ギフトエコノミー
ステップ③「ゴミを活かす」
リユース(reuse)とは再利用、リフューズ(refuse)とは断るという意味の言葉です。これはギフトエコノミーでもゼロウェイスト(ごみゼロの生活)でも取り入れられる、日用品を買わずにあるものを活用するというアクションです。
実践ギフトエコノミーのステップ③では、この「あるものを活かす」の究極形として、通常捨てられるものを使った楽しいレシピを2つご紹介します。
大人も子どもも手が止まらない
みかん皮入りクッキー
ひとつめは、雄一郎さんがよくつくるレシピの、みかん皮を捨てずに隠し味に使うオートミールビスケットです。食べ応えある手のひらサイズのビスケットはサックサクの食感で、ほのかにみかんの香りと後味が広がります。粘土遊び感覚で、小さな子どもも上手につくれる簡単レシピなのも嬉しいところ。
雄一郎さん 今日のお菓子を担当するのは、小学校2年生のSです。このビスケットは、綿棒も型も使わず、手で丸めて押しつぶして成型します。とても簡単なので、彼も一度一緒につくっただけで、すっかりマスターしました。
今日も材料を並べるところ以外は、洗い物まで全部一人でやってくれました。天板の上にすべての材料を並べ、「使い終わったものから片付けてね〜」と伝えると、材料の入れ忘れがなく、片付けも強制的に終了できてオススメ(笑) 開始から焼き上がりまでにかかるのは1時間半。ごみゼロ、手間ゼロ、おいしいご褒美つきで、家族みんなが嬉しいアクティビティです。
20秒で完成! 古紙でつくる袋
麻子さんが「小学校で全員に教えてほしい」「知的共有財産にすべき」と太鼓判を押すのは、新聞紙や古紙でつくる袋です。のりもテープもいりません。お気に入りの紙を利用して、みかん皮のクッキーを入れる素敵な袋にしても良さそう。
麻子さん お友だちが新聞紙でつくったこの袋にパンを入れて贈ってくれたとき、その簡素な見た目と抜群の機能性にしびれたんです。つくり方を教えてもらって、先日、近所の直売に行ったときにもエコバッグを持っていなかったので、置いてあった新聞紙で小学校2年生の息子と一緒にこの袋をつくっていたんです。
すると「何をしているんだろう、この親子?」という感じで、レジの方に驚かれて。「1分でできるので、教えます!」とお伝えして一緒につくっていただきました。でき上がったものをもらうとそれで終わりになるけど、つくり方という情報を贈れたら、その知識はその人にとって一生ものになるでしょう?
新聞が手元になくても、広告の裏紙でもつくれます。私はタネを人によく贈るのですが、いらなくなった子どもの給食の献立表などで小さめの袋をつくり、入れておすそわけしています。折り目を浅くしたり深くしたりすることで、袋の大きさを調節したり、二つ折りにして丈夫にしたりと、慣れてくるとアレンジを利かせられる便利なレシピです。
実践ギフトエコノミー
ステップ④「贈る」
ギフトエコノミーの豊かさを存分に受け取ったら、いよいよ最終ステップの「贈る」アクションです。必要ないものを人にゆずることで、交わす人や交わされる物の価値が最大化すると、服部夫妻は口を揃えます。
受け取ってくれる人がいるから
贈ることができる
雄一郎さん 数年前に、「自動車をください」という友人のFacebook投稿を見て、車屋さんに「廃車にするしかない」と言われていた軽ワゴンを譲ったんです。すると「服部さんから新品同然の車をもらいました!」とフェイスブックにあげていただき、まるで恩人のように感謝されたんです。
恩人だなんて、とんでもありません。そもそも中古車で、10万キロ以上乗ったものだから、いつ故障するかもわからない車です。でも十分走るし、廃車するにはもったいない。我が家にはもう必要がないけど、ゴミになってしまうのは辛い。そう思っていたので、受け取っていただいたこちらの方こそ本当に有り難かったんです。
ギフトは、受け取ってくださる方がいないと成立しません。だから、その存在にはいつもとても感謝しています。そこで自分が贈り手になるときは、受け取る方の心の負担にならないように、「役立ててもらえることが一番嬉しいんだ」としっかり伝えています。
麻子さん ギフトエコノミーでは、物を買うときと違って、いつ、何が手渡されるかは、計画も予測もできず、そもそもコントロールできないんです。だから、ある程度は「流れに任せて思い通りにしようとしない」というお任せ感が必要だと思います。とはいえ「思っていたのと違って困った」ということはできるだけ少ない方がいいですよね。
そこで贈るときは、「ここが汚れています」、「何年使いました」という情報をできるかぎりお伝えします。でも、「こんなものでいいの?」「汚いです」と謙遜しすぎないように気をつけています。
「私たちは、この物に価値があると思っているけど使い切れない」「でも活かしたい。もらってくれる人がいないとこの物が活かされない」「だから、もらってくれてありがとう」と、物も、贈る人も、受け取る人も気持ちよく循環できるような表現ができたらいいな、と思っています。
幸せのリレーで、
売るよりも贈る方が人も物も輝き続ける
ネットで気軽に個人売買できる時代に、なぜ売ってお金にするのではなく、ギフトエコノミーとして贈るのでしょうか?
雄一郎さん 中古品をネットでお買い物することもありますよ。でも売るとなると、梱包したり、期日までに急いで送ったり、クレーム処理に対応したりという手間があるので、贈るほうが自分にとって心地いいんです。
また贈ることで、中古として売るよりも、物も人も輝き続けられます。例えば3500円の器をネットで送料込み1200円で販売するとします。すると、受け取った人にとってその器の価値は、1200円で買った器になりますよね。でも、その器を気に入ってくれた人に譲れたら、その器のもともとの価値を変に目減りさせることなく贈ることができますし、そこに「贈ってもらえた」という物語を付加価値として添えることもできます。そうすることで受け取った人は、「単に1200円の価値の器を手に入れた」という以上の何かを受け取ってくれるはず。
麻子さん 大きく捉えれば経済って、物やサービスという形をとったエネルギーの循環のことです。売ったり買ったりというのも仕組みとして便利でありがたいものですが、価値を最大化して適切な人に適切なものを届けるという点においては、「ギフト」という循環の形が一番合理的かつ価値を最大化できると思うんです。
とはいえ1対1だと、贈る側も受け取る側も気を遣ってハードルが上がってしまい、スムーズに循環できなくなることも。そこで、うちではイベントを開催するときや引っ越し後のオープンハウスなどのタイミングで、複数の方に対して「自由に持っていってくださいコーナー」をつくったりもしています。
資本主義経済やギフトエコノミーの枠を
超える価値主義経済へ
前編・後編を通して、資本主義経済のなかでギフトエコノミーを取り入れ、美しく生きる服部一家の生活をお届けしました。その暮らしから、すべてお金を稼いで買わなくても、あるものを活用したり、必要ないものを分かち合ったりして豊かに暮らせることがわかりました。
確かに経済は、私たちの人生で重要な位置を占めます。でも経済が私たちを救うとか滅ぼすとかと信じ込んだり、求める幸せをもたらすと極度に依存したりするなら、それは思い違いをしているのかもしれません。
豊かさとは収入や物質の量ではなく、ある種の精神状態を指します。そこで、「私は資本主義経済が9割でギフトエコノミーが1割のマインドがいい」「僕は4割と6割が心地いいかな」など、心地いい複数経済圏のバランスを自分で見つけたらいいのでしょう。そして、そのときどきの価値観やライフスタイルで比率を変えてもいいのです。つまりそれは資本主義経済やギフトエコノミーという枠組みを超えた、資本に変換される前のあなたの価値主義経済を確立させるということです。
前編・後編にわたって、豊かな分かち合いの原理で自然の法則とつながる経済、ギフトエコノミーについてお話しました。最後に覚えておきたいのが、自然界には惜しみなく与えるだけではなく、食物連鎖と淘汰を繰り返して全体の秩序を形づくるという側面を持つことです。
そこで、経済というエネルギーの流れの中で、自分のニーズを知り、社会にポジティブな変化を運ぶ自分のギフト(誰にでも必ずあります!)を贈ることで、いつでもどんなときにも、あなたには豊かさを受け取り、与える力があると実感できるはずです。
(写真: 永田智恵)