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用水路に”桃”を流すと、何がみえてくる?「海ごみを出さない!」と立ち上がった市民たちの「オカヤマどんぶらこリサーチ」とは

ベネチアやアムステルダムなど、まち全体の景観が水と調和している地域は世界的な観光地として人気です。
そして、新幹線の駅から徒歩でいろいろな表情の水路と出合える岡山は、日本の水都(すいと)となるポテンシャルを持っています。

用水路の総延長は岡山市内だけで約4,000km。市街地のすみずみまで水路が張り巡らされています。

岡山市の中心部にある西川(にしがわ)緑道。水と並木と石垣と橋が織りなす風景が素敵です。

天然の川から取水した人工の水路は、どれも先人たちが、豊作を願って、あるいは緑化や排水などまちづくりへの強い思いを持って築いたはずです。しかし今、その水面には少なからずプラスチックごみが浮いています。

場所によっては、口を結んだレジ袋や飲料容器など生活ごみがぷかぷかと。

用水路の流れは、やがて川に合流し、河口や水門から海に出ます。人の生活のすぐそばを流れる用水路は、まちのごみを集めて海に運び込む、海ごみの発生源にもなってしまっているのです。

瀬戸内海から海ごみをなくそう

いつまでも分解されず微細化していくプラスチックごみは地球規模の深刻な環境問題であり、放置できません。そこで、瀬戸内海に面した4県(岡山県、広島県、香川県、愛媛県)は、日本財団と共に「瀬戸内オーシャンズX」という海ごみ削減運動を展開しています。

その取り組みの中で指摘された岡山ならではの課題が、この「用水路」でした。そこで、グリーンズが参画して立ち上げたのが、ごみのない用水路を目標に市民が調べて市民が動く「オカヤマどんぶらこリサーチ」プロジェクトです。

2023年2月25日に開催した「オカヤマどんぶらこリサーチ キックオフシンポジウム」には、用水路を大切に思う人や、ごみ問題に関心を持つ人が、岡山の内外から集まりました。

今回は、参加者のみなさんの言葉を紹介しながら、このプロジェクトについてお伝えします。

かつては泳げた用水路

「岡山の用水路の状況と海ごみ問題」と題し基調講演をされた放送大学元客員教授の磯部作さんによると、用水路が広がる一帯は、かつては瀬戸内海の一部でした。農地を増やすために何世代にもわたって干拓を続けた結果、今の広大な干拓地があります。

岡山平野の干拓(磯部さん講演資料より)

広大な干拓地を網の目状に覆うのが農業用水を田畑に引くためにつくられた用水路です。その水は、約60年前まではお皿も洗えるほどきれいだったそうです。

シンポジウムでは、用水路で泳いだり魚を釣ったりしていた磯部さんをはじめ、さまざまな世代の岡山出身者が「泳いでいた」と語りました。

磯部さん

岡山市の第二藤田学区錦東上町内会で会長を10期も務めている木阪清さんは、昔は浴槽に用水路の水を入れていたため、お風呂に水草やメダカが浮くこともあったと話し、会場を沸かせました。

木阪さん

RSK山陽放送パーソナリティーの坂本大輔さんは30代ですが、小学生の頃、祖父母宅のある県北部の用水路で泳いでいたそうです。コイ、ハヤ、オイカワなどいろいろな淡水魚を捕っておいしくいただく昔ながらの食文化を体験し、今ではテレビの釣り番組のキャスターも務めています。

魚が釣れた時の手応えをいきいきと語る坂本さんは、「魚がいなくなり用水路で遊ぶ子もほとんど見なくなった」と寂しそうでした。

岡山県倉敷市で9世代にわたって干拓堤防の上に建つ家に住んでいるというIDEA R LABの⼤⽉ヒロ⼦さんは、ストッキングを縫い付けた補虫網ですくい捕ろうとメダカの群れと駆け引きをした楽しい思い出を語りました。

大月さん

今回のプロジェクトでエンジニアリングとデータ解析を担当する京都大学准教授の伊勢武史さんは徳島県出身ですが、やはり家のそばには用水路がありました。夏はテレビで高校野球を見ながらリビングの窓から釣り糸を垂らしていたそうです。

市民科学に詳しい伊勢さんは、当プロジェクトの生みの親でもあります。

このエピソードに、ひときわ大きな声で反応してくれたのが、家族で来場していた小学生でした。お母さんに聞いたところ、お子さん自身がこのシンポジウムを見つけてきて「行きたい」と頼んだそうです。大学の先生や大人たちのトークを前のめりに聴いている小さな背中に感動を覚えつつ、彼らが楽しく安全に遊べる環境にするために、大人は頑張らないといけないな! と思いました。

使われなくなった用水路が排水路に

農家が減った今では、住宅街の家々をぬうようにして流れる用水路もあります。65戸ある木阪さんの地区でもほとんどの家が農地を人に預けており、近所では3戸しか農業を続けていないそうです。

木阪さん 2年前からパイプラインで田んぼに水を引くようになり、用水路の水を使わなくなりました。水が動かないから、藻が繁殖する、そこにごみがたまる、においも出始める。用水路が排水路になったんです。

岡山の各地でごみを調査した磯部さんによると、駐車場の出入り口などポイ捨てが多い所もあるけれど、自動販売機や家庭ごみ捨て場から意図せずこぼれ落ちるごみも相当あるようです。

自動車道の邪魔にならないからか、用水路の真上に設置されたごみ捨て場も少なくありません。ネットを被せただけのゴミ捨て場では、カラスがちょっと荒らしただけでも、ごみが散乱して水に落ちます。

そんな現状を、水路に親しんできたみなさんはどう感じているのでしょう。トークセッションの第一部「⽤⽔路モヤモヤ&ワクワクトーク!」では、登壇者それぞれが抱えるモヤモヤを吐露しました。

西川緑道公園周辺のにぎわい創出に関わってきたNPO法人タブララサの利根弥⽣さんは、「用水路は危険だからふたをしようとしている。近づかないで」という意見に接して対話の必要性を痛感したそうです。

利根さん

利根さん 岡山市の「西川パフォーマー事業」という制度は私たち市民団体の要望を受けてできました。審査はありますが、申請すればライブやパフォーマンスができます。楽しい事例を積み上げて、公共空間として用水路周辺を活用する機運を高めていきたいです。

岡山県出身で小学校の帰り道に用水路に笹船を流したりしていたという京都⼯芸繊維⼤学准教授の⽔内智英さんは、実家近くの用水路が暗渠(あんきょ)になったと話します。

水内さん 暗渠にすれば車が通りやすいし人も落ちませんが、長期的に見ると、川が生活から消えて、問題にもふたをしてしまう。やはり、それだけが答えじゃないと思います。

「オカヤマどんぶらこリサーチ」で、市民参加の手法を検討してくれている水内さん(右)

シンポジウムのモデレーターを務めたグリーンズの兼松佳宏が、「原体験があるから差が分かるわけで、最初からコンクリートだと、その差も分からないですもんね」とうなずくと、コメンテーターを務めたココホレジャパンの浅井⿇美さん(東京都出身、岡山市在住)が、20年かかって再び表に出された東京の渋谷川の例を紹介しました。

浅井さん 暗渠だった渋谷川が外に出されて大人が集うカフェや子供たちが遊べるスペースができたんです。「あ、開いた!」と思いました。岡山は最初から開いているので、閉じる方向じゃなく、今あるもので楽しくする方法を“どんぶらこリサーチ“したいです。

浅井さん

客席から見守っていたNPO法人グリーンパートナーおかやま理事長の藤原瑠美子さんも、暗渠の話を受けてコメントしました。

藤原さん 自治体は、車が通りやすくしてほしい、掃除をしたくないといった地元の要求を受けて、水路にふたをします。市のほうからふたをするわけではないんです。ですから、もっとみんなで用水路を共有してきれいにして、“自分たちの地域の愛着ある用水路”にしていけば、ふたをしなくて済むようになるのではないでしょうか。

中学生や地元企業のみなさんと用水路の清掃を続けている藤原さん

登壇者や参加者からは、「ごみが気になっても勝手に拾っていいものか分からない」「拾ったごみをどこに置いたらいいのか」「ごみに手が届かない」「危険だし道具がない」「足が抜けないほど深く泥がたまっている」など、いろいろなモヤモヤが挙げられました。

市民の精力的な取り組み

モヤモヤを抱える私たちに大きな力をくれたのは、すでに動き始めている岡山のみなさんです。

木阪さんたち、二藤田学区錦東上町内会のみなさんは、藻を駆除する「藻引き(もびき)」をしています。当初20人で2時間かけてする予定でしたが、40人も集まったので1時間で済んだそうです。

木阪さん

木阪さん 我々は、用水路で泳げた頃を知っています。清掃活動を一斉にできたのは、「やっぱり用水路はきれいでないと」という意識がみんなにあるからだと思います。

磯部さんは、2009年から有志数名がごみ拾いや草刈りを続けている岡山市北区尾上の笹ヶ瀬川と用水路の写真を示しました。そこでは、ごみの不法投棄などが大幅に減ったそうです。

「おのうえまちづくり活性化委員会」生活環境部の約20名が県の補助を受けて環境整備を続けているエリアには、ごみ一つ落ちていないそうです。(磯部さん発表資料より)

磯部さん ここは、いつ行っても、用水路の周りを200mぐらい見ても、何もごみがありません。やればできるよ! ということです。

磯部さんは、「水門や樋門での回収が効率的」「既設の除塵機(じょじんき)も活用を」など、用水路をきれいに保つためのポイントを伝授してくださいました。

藤原さんの活動報告も会場を元気付けました。倉安川で中学生とごみ拾いを続けてきた藤原さんは、このたび、ごみ拾いをイベント化するため、地域の「ボランティア実行委員会」を立ち上げたそうです。

藤原さん

藤原さん 用水路の活動の中で何が起きるか、やはり市役所の方は非常に心配なんです。でも私たちは用水路で泳いでいた世代ですから、行政の立場を理解し、事を進めます。「私たちが市民運動を起こします。行政さんは私たちを応援してください」と伝えたら喜んでくださいました。これから一緒になって運動を展開します。

藤原さんは、岡山県での「用水路サミット」も計画しており、「岡山市内に限らず、地元の用水路に愛着を持つ方々と、いろいろな楽しいことをしたい」と明るい声で語りました。

また、磯部さんや木阪さん、藤原さんからは、水を含んだごみの重さや回収に必要な機器の話に加えて、「胴長を履くといい」「水を抜く場合は消防法の問題が引っかかるが清掃場所を区切れば可能だし、冬は田んぼに水を使い干上がる用水路もあるから清掃しやすい」「水草の根の泥を洗えるように、水は全部抜かず少し残したほうがいい」など実践者ならではの貴重な経験談が続きました。自治体など行政に相談して協力してもらうと進めやすそうです。

磯部さんは、瀬戸内法(瀬戸内海環境保全特別措置法)の2021年の改正で「海洋プラスチックごみを含む漂流ごみ等の除去・発生抑制等の対策を連携して行う」ことが国と地方公共団体の「責務」と明記されたことも強調しました。オカヤマどんぶらこリサーチには今、追い風が吹いているのです!

オカヤマどんぶらこリサーチでワクワクしよう!

グリーンズのモットーは「モヤモヤ即ワクワク」。ということで、第二部「どうして、オカヤマどんぶらこリサーチ?」は、みんなでモヤモヤをワクワクに転じていく時間になりました。ここでのキーワードは、過去の記事でも取り上げた「シチズン・サイエンス(市民科学)」です。

海ごみがどこから、どれぐらい来ているのか、といった科学的な証拠(エビデンス)なしに効果的な削減策は打てません。そこで、瀬戸内オーシャンズXでも、その一環の「オカヤマどんぶらこリサーチ」でも、まず市民の手でデータを集めることを基本としています。

シチズンサイエンスと近い分野である「シビックテック(市民の技術活用)」の専門家として登壇したCode for Japanの武貞真未さんは、市民が集めた用水路の知恵を集約して活用していくヒントを語ってくれました。

武貞さん

特に、岡山の民話「桃太郎」に絡めた“市民科学のコツ(以下3点)”の説明は、膝を打つほど秀逸でした。鬼だと思っていたけれど仲間だった! ということもあるから、いろいろな人がいてフラットに話せることが大事とのこと。「居心地が良い場は人が人を呼ぶ」という武貞さんの言葉は、このシンポジウムの居心地が良かっただけに、とても心にしみました。

ポイントは3つ。「1. 仲間を増やす、2.きび団子(トークン:来てくれる理由)を用意する、3. 協働する」。見事に桃太郎ストーリーに沿っています。

グリーンズが進めているシチズンサイエンスのプロジェクト、名付けて「オカヤマどんぶらこリサーチ」でも、桃太郎のように着々と仲間が増えてきています。その活動をご紹介します。

第1弾は「岡山水門デジタル地図チャレンジ」(2023年2月11日開催)。水門の正確な地図がなかったため、インターネットを使って会場とオンライン計29人の高校生と市民が水門探しをして、222個の水門をデジタルマップに記載できました。

第2弾は今回取り上げた勉強会と交流会を兼ねた「オカヤマどんぶらこリサーチ キックオフシンポジウム」(2023年2月25日開催)。

第3弾は「岡山用水路プロギング」(2023年3月12日開催)。ごみが水に落ちる前に拾おう! というフィットネスを兼ねたごみ拾いです。満員御礼でした。

快晴の空の下、小学生から60代まで30人がチームに分かれ、用水路に沿って河口から上流まで楽しく走りながらごみを拾いました。2カ所のプロギングステーション(道具箱兼ごみ箱)は、データ収集に役立てるため2023年3月末まで設置されました。

そして、2023年度に最も力を入れていくのが“桃流し”です! GPS(全地球測位システム)やカメラを搭載した桃型のフロートを用水路に流し、用水路の中をごみがどのように流れていくのかをチェック。ごみがたまりそうな時期や場所を科学的に調査して、コミュニティによって支えられている用水路清掃の効率化を目指します。

最初の一歩として2023年4月23日に、まずは約500mの範囲で用水路清掃+桃フロート調査を実施しました。

桃ポーズ! 小学生からご年配の方まで約30名で、用水路に流れる桃をみとどけました。

「オカヤマどんぶらこリサーチ」というプロジェクト名を考案した浅井さんの、「岡山の川に流していいのは桃だけだ!」というパンチのあるフレーズを聞いて、今後がますます待ち遠しくなりました。

用水路の源流域の一つ、岡山県新庄村出身の京都工芸繊維大学講師の津田和俊さんは、資源循環の専門家として、桃型フロートのデザインを一緒に検討してくれています。

津田さんは、川で魚と並行して泳いだり、オオサンショウウオ=地方名「ウー」を見つけたりしつつ育った元・川ガキ(いまや絶滅危惧種とも言われる存在!)で、今は、きのこ(菌糸体)や微生物由来の生分解性素材のデザインリサーチにも取り組む研究者です。

大月さんは「小舟を浮かべて水面の高さから地形や景観を観察して、水路の環境を知りたい」と新たな視点を与えてくれました。木阪さんは、「清掃活動を続けて、カワセミ(川の宝石とも呼ばれる美しい野鳥)が来られるような用水路にしたい」と抱負を語りました。水内さんも「誰もが誇れる“用水路世界一”のまちへ」と呼びかけました。

会場でワクワクを共有したことで、楽しいアイデアが次々と飛び出したキックオフシンポジウムは、「ポジティブな対話の場をここから!」という、NPO法人イシュープラスデザインの白木彩智さんの言葉通りの3時間でした。

白木さんが所属するイシュープラスデザインも、来年度(2024年度)以降、海ごみを削減するシチズンサイエンスのプロジェクトを実行していく予定です。

SDGsは2030年までの目標ですが、磯部さんが指摘した通り、169個あるターゲットの一つ「14-1. 2025年までに、海洋ごみや富栄養化を含む、特に陸上活動による汚染など、あらゆる種類の海洋汚染を防止し、大幅に削減する」の期限は2年後に迫っています。上海などでも調査経験のある磯部さんは、岡山で用水路から流出する海ごみを減らせれば、「アジアの水田耕作地の手本になれる」と語りました。

「オカヤマどんぶらこリサーチ」を市民の力で盛り上げて、一緒に世界の先進事例をつくりませんか。関心がある方は、ぜひ公式サイトを今後もチェックしてくださいね。

[partnered with 日本財団 海と日本プロジェクト]

(撮影:水本光)
(編集:村崎恭子)