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戦後、急速な経済発展を遂げてきた日本。GDPは1968年には世界第2位を誇るようになり、経済大国と言われてきました。
ところが、それから半世紀以上が経った今、GDPのランキングは第3位、第4位と低下し、国連が実施する世界幸福度ランキング(2025年度)では147カ国中55位というG7のなかで最低ランクの順位に。果たして、私たちはこれからどこに向かっていくのでしょうか。
「経済的な豊かさとともに、心の豊かさをつくる」。今回オシロ株式会社(以下、オシロ)への取材を通して、その一つの糸口を見つけたような気がします。
オシロは「日本を芸術文化大国にする」というミッションを掲げ、コミュニティを通してアーティストやクリエイターを支援するコミュニティ専用プラットフォーム「OSIRO(オシロ)」を提供しています。2017年の設立以来、延べ300を超えるコミュニティが生まれ、アーティストやクリエイターと応援者をつなぐ役割を果たしてきました。現在では、アーティストやクリエイターのみならず、ブランドや企業にもサービスを提供しています。
なぜオシロは壮大なミッションの達成を目指し、「芸術文化」に焦点を当て、どのように「豊かさ」にアプローチしようとしているのか。その答えは、代表取締役社長である杉山博一(すぎやま・ひろかず)さんの原体験と人間への敬意、オシロのみなさんの日本の未来をよりよくしようとするまなざしにありました。
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コミュニティが人を幸せにする。「OSIRO」のサービス開発から見えてきた、人と人がつながる大事な要素。
クリエイターが創作活動を続けていくために必要な仕組み
表参道と渋谷のほぼ中間地点にある、意匠性の高いビル。建築家の青木淳さんが設計したビルの8階にオシロのオフィスはあります。天井が高く、思わず深呼吸をしたくなるような開放感。窓からは、まちの景色や広々とした空を望むことができるのも高層階ならではです。
2023年に移転してきたこのオフィスのワンフロアには、絵画から彫刻、オブジェまで数々のアートが点在しています。また、フロア中央には6つの小さな家のようなブースが。これらのタイニーハウスは会議室として使用されています。

オフィス空間の天高は5m。天井の高い空間には、クリエイティビティを発揮しやすい「カテドラル効果」があるという研究結果もあるそう。一方小さく天井の低い会議室は、集中して物事を思考・決断できるよう「狭く閉ざされた茶室のような空間」をイメージしたといいます
OSIRO(オシロ)というサービス名は「お城」に由来しています。開発したシステムの構造がお城の構造に似ていたことと、クリエイターに一国一城の主になってもらいたいという思いを込めてつけた名前です。自分たちが大切にしたいことを詰め込んだオフィスも、まるでお城のよう。
オシロは、オンライン上のコミュニティ専用プラットフォーム「OSIRO」を開発・提供しています。OSIROはアーティストやクリエイターの方々が「お金」と「応援」を得ることによって継続的に創作活動を続けられることを願い、開発されました。
杉山さん 20代の頃、僕はアーティストとして活動していました。絵を描いて食べていくことは本当に難しく、デザイナーの仕事を請け負うことでなんとか食い繋いでいましたが、30歳を機に6年間続けたアーティスト活動に終止符を打ちました。
当時、何があったらアーティスト活動を続けられたのかを振り返ると、「お金」はもちろんなのですが、「応援」が必要でした。むしろ、「お金」より「応援」のほうが重要でした。なぜなら、アーティスト活動はとても孤独だったから。創作活動における孤独は必要ですが、それ以外の場面でも人との関わりがほとんどない。「孤独は健康を蝕む」「夢をも失う」と実感したのです。
そこでOSIROではアーティストがお金を得るだけではなく、孤独にならない環境を提供したいと思い、「応援」が生まれる仕組みを模索。その結果、行き着いた手段が「コミュニティ」です。
一言で「コミュニティ」と言えど、さまざまな形があります。OSIROの特徴は、クリエイター(コミュニティオーナー)からの一方向のコミュニケーションではなく、コミュニティに参加している応援者(会員)同士も双方向にコミュニケーションをとれること。「人と人が仲良くなる」を開発思想に据え、設計したからこその仕組みです。
杉山さん アーティストと応援者がつながるだけでなく、応援者同士もつながることで、「応援団」のようになります。そんなふうにつながりが生まれれば、アーティストを継続して応援する意欲につながりますし、応援者の孤独感も解消できる。“推し友”のように、共通の価値観をもつ仲間が増えていくことは、ウェルビーイングの向上にもつながると考えています。
コミュニティを立ち上げるまでならまだしも、その後運営し、活性化し続けることは簡単なことではありません。コミュニティを立ち上げた後、行き詰まる方や運営に疲れてしまう方もいるのでは。
そこでオシロには、コミュニティが健全に継続していくために立ち上げ後も伴走してくれる存在、「コミュニティプロデューサー」がいます。コミュニティプロデューサーの西澤美能里(にしざわ・みのり)さんは、客観的な立場から視点を提供し、コミュニティオーナーの不安や孤独感を解消すること、そして行動の後押しになることを大事にしているそうです。
西澤さん オープンしてから時間が経つと、「コミュニティはこれ以上成長しないだろう」と考えるコミュニティオーナーさんがいます。ところが、私たちが客観的に見ると、まだまだ広がる余地のある価値あるコンテンツや面白いイベントを展開している。「もったいない!」とオーナーさんにお伝えすることがあります。
すると「片手間で運営していたので、このくらいのメンバー数や見られ方でもいいかなと思っていた」というあるオーナーさんのコミュニティでは、コミュニティを始めた当初から参加していた古参のメンバーが運営メンバーに回ってくれることに。今は運営メンバー主体でリニューアルを進めており、さらにコミュニティから共創事業が生まれそうなところまで広がりをみせています。
心に栄養を。芸術文化がつくるウェルビーイング
オシロが掲げる「日本を芸術文化大国にする」という壮大なミッション。根底にあるのは、「芸術文化が日々の生活に浸透することは、日本で人々が幸せに生きるための重要な一手である」という考えです。
杉山さん 日本は、高度経済成長の波に乗り、経済大国として走り続けてきました。しかしその勢いが衰える今、これからの豊かさは、GDPの向上ではなく、芸術でつくることが必要だと考えているんです。
かつてニュージーランドに移住しようと考えていた杉山さん。1万km離れた地から、「日本はこれからどうなってしまうのか」と憂いていたのだといいます。その経験が、「日本を芸術文化大国にする」というミッションの誕生につながります。
杉山さん 今、アジア各国が勢いよく成長しています。日本人はその流れにはおそらくついていけないでしょう。だとすると、イギリスやフランス、イタリアを中心とするヨーロッパ諸国が芸術文化を重要な資源ととらえているように、日本も芸術文化の価値を見直し、それをいかしていくべきなのではないかと。
「経済が潤わなければ芸術が発展しない」という考え方もありますが、僕は民衆がアートに触れ、アーティストへのサポートが増え、アーティストが生きていける世界をつくり上げられれば、精神的な豊かさを満たすことに加え、経済の活性化にもつながると思っています。
芸術の価値が浸透していくと、人や社会にどのようなメリットがあるのでしょうか。
杉山さん 人を身体と心に分けたときに、身体の健康については、例えば無農薬野菜を食べることで保つことができます。一方、心の健康を保つためには、芸術が重要です。アートや文学、映画、舞台など、クリエイティブなものから栄養を補給することで、心の健康が保たれる。
僕らのサービスは、一見すると「無駄」だと思われるものに光を当てています。芸術はなくても生きていけると思うかもしれません。ところが、空気や太陽と同様に、本当はなくてはならないものだと僕は考えています。
無駄だと思われているものを無駄ではないと思える世界をつくることは、決して簡単ではありませんが、意義のある取り組みです。この活動はアーティストや学芸員の価値向上にもつながると思います。
「経済的価値」や「合理性」を重視するこれまでの価値観から、「情緒的価値」や「創造性」、「偶然性」を大切にする価値観へ。オシロの挑戦は、豊かさの再定義の上に成り立っています。
そして、オシロが考える豊かさの鍵を握るのが、コミュニティです。
杉山さん 僕たちは「コミュニティは、人の幸福度を上げられる」と仮説を立てています。というのも、幸福度が高い北欧の国々は、コミュニティに参加している数が多いと言われているから。このことからも、コミュニティがウェルビーイングにつながる可能性を感じています。
創業から8年。いまだかつて誰も成し遂げたことのないミッションに向かい、日々邁進しています。オシロが今課題に感じていることを問うと、杉山さんは目を輝かせながら語ります。
杉山さん まだまだオシロでやりたいことがあります。そのためにも、今はクリエイター向けのコミュニティを着実に創出し「日本を芸術文化大国にする」というミッションに近づいていきたいと思っています。
また、昨年からは新しい取り組みのための仕込みが始まりました。コミュニティでクリエイターの卵たちが孵化したあと、彼らがさらに活躍できる場をつくりたいと考えているんです。クリエイターをその先につなげる橋渡しができれば、より芸術文化が注目され、ミッションの達成に近づけるのではと。
自らが目指す姿になるために。コアバリューが根づく健やかな環境
オシロには、2025年4月現在30名ほどのメンバー(正社員)がおり、チームは主に「開発チーム」と「コミュニティプロデュースチーム」の2つに分かれています。
大切にしているコアバリュー(大切にしている価値観)は6つあるそう。
TOUCH THE ART(アートに触れて心の栄養を取る)
DIALOGUE BASE(相手が話しやすい環境をつくりスムーズに議論を進める)
CREATOR RESPECT(クリエイターやオシロをつくるみんなをリスペクト)
GRI GRIT(一つひとつ粘り強くやり抜き完全燃焼する)
+TASRISE(期待を超えるアクションを足してサプライズを届ける)
なかでも創業当初からあるコアバリューは「BE ORGANIC」と「TOUCH THE ART」。その後、必要なタイミングで追加を検討してきたのだといいます。
杉山さん 「DIALOGUE BASE」は、メンバー同士での対話があまりできていなかった頃に生まれたコアバリューです。それ以降は、様々な制度にも紐づけたことから信じられないくらい対話をする文化が根付きましたね。
また、コアバリューに紐づくユニークな福利厚生制度がいろいろあります。例えば週に一度、会社から無農薬野菜が配布される「野菜給」と、芸術文化に月3万円を使える「芸術給」です。
杉山さん 「野菜給」は創業当初からありますね。掲げたミッションを達成するには長い年月がかかります。だからこそ、まずは自分たちの健康を管理しなければいけないと思ったのがきっかけでした。
僕自身、家で無農薬野菜を食べており、そのすばらしさをメンバーに発信していました。それでも、「なかなか無農薬野菜を食べるのは難しい」という声があって。ならば会社で買って配ろうと思い、スタートしました。
西澤さん オシロに入社して、野菜を食べる量が増えました。自分では買わない野菜や珍しい野菜との出会いもあり、面白いですね!同じ水菜なのに普段手に取る水菜とは違う見た目だったり、百合根が配られることがあったり。
芸術給の対象は、アート作品だけでなく、美術館や博物館、映画、漫画、小説、スポーツ観戦や舞台なども。最近、ファストファッションを除くファッションも対象になったといいます。
杉山さん 「芸術給」をつくった理由は、芸術文化に触れることで社員に心の栄養を補給してほしいと思ったこと、そして、アーティストを支える上で自分たちが芸術文化に触れているべきだと思ったことにあります。
例えば、お金のことを気にせず同じ映画を何度も映画館で観る。これは地味に大事な体験です。美術館に行くメンバーも多いですし、ファッションを対象にしたことで、メンバーがおしゃれになったような気がしますね。
西澤さん 同じものでも、意味やストーリーがあるものや、応援したい方の作品を買うようになり、消費活動が変わったと思います。いわゆる“推し活”のように、せっかく買うならこだわったものを選ぼうと意識するようになりました。

芸術給を使ったら、社内SNSとして活用するOSIRO上にレポートをアップする。なかには約3万円の書籍『物語要素事典』を購入したというメンバーも。なかなか自分では触れることができない芸術文化に触れることを、制度が後押しをしてくれる
オシロは同じ場所に集まりサービスをつくるという「出社型」の働き方を大切にしています(エンジニアは別ルールあり)。一方で、社内SNSとして活用しているOSIRO上でのオンラインコミュニケーションもとても活発なのだとか。例えば、日報や、芸術給のレポート、イベントのお知らせなどがOSIRO上に展開され、それが対面コミュニケーションでの話題のきっかけになることもあるのだそうです。
杉山さん コミュニケーションには、「効率的なコミュニケーション」と「無駄なコミュニケーション」の両方が必要です。OSIRO上では無駄なコミュニケーションが取りやすくなっています。「日報が盛り上がる」と言うと社外の方に驚かれますが、振り返りだけでなく、雑談を書くメンバーがいたりします。OSIROではポイント機能があるのですが、日報に何百ポイントもつくこともあります。
他の会社では「いやいや、仕事なんだから……」と思ってしまいそうなことも、さらけ出していい。アウトプットに積極的なカルチャーがオシロにはあるようです。
クリエイターを応援する、創造的な仕事をしよう
心の栄養になる芸術文化を存分に吸収し、それを生み出す人たちのサポートもできる。消費するだけではなく、つくり手側にまわれることも、オシロの仕事の醍醐味です。そんなオシロで、社員のみなさんはどんなふうに働いているのかを伺いました。
コミュニティプロデューサーの西澤さんは、コミュニティの設計からオープン後のサポートを担当しています。コミュニティオーナーのモチベーションが上がるような声かけや、企画の提案などをおこない、より良いコミュニティを目指し、伴走していく。そこには、かつて求めていたクリエイティブな仕事があるといいます。
西澤さん 前職もITプラットフォーム企業でした。効率的で生産性が高く、利益率のいい仕事で、早く物が売れる仕組みは学べましたが、工夫できる範囲が限定されていることに窮屈さを感じ、よりクリエイティブな仕事がしたいと思っていたんです。
特に、人やモノの魅力をもっと多くの人に知ってもらえるような仕事を探していたときに「編集者のような役割」と記されたオシロの求人に出会いました。コミュニティオーナーさんが表現したいことをどう実現するのか。価値が伝わり切っていない点をどう届けるのか。コミュニティオーナーさんに寄り添い、一(いち)から設計していくことで、エンパワーする。まさに自分が求めていた仕事です。
CMOの牟田口武志(むたぐち・たけし)さんは、広報・マーケティングの責任者として、オシロのことを社外に知ってもらう役割を担っています。
牟田口さん 新卒時代は、クリエイターやつくり手を支援する側に立ちたいと考えていました。ところがなかなかうまくいかず、一度はその道を諦め、異なるキャリアを歩んできました。杉山さんにお会いし、「日本を芸術文化大国にする」というミッションやコミュニティの可能性を聞き、今であれば、当時叶えることのできなかったクリエイターの支援ができるのではないかと思い、入社しました。
また、オシロの魅力を社外に伝えるために、埋もれている社内の宝を発掘することも重要な役割です。
牟田口さん 例えば分析チームのデータのなかに、「オンラインコミュニティでは世代を超えて仲良くなれる」という実態が記されたものがありました。貴重なデータだと思い、そのデータを分析・考察し、リリースにまとめたところ、取材にもつながりました。
答えのない時代のなかで、人の幸せをつくる仕事
AIの進化による労働市場の変化や、世界規模で起きている戦争、気候変動。漠然とした不安がある「変化の時代」を私たちは生きています。オシロの仕事の難しさも、まさにそんな「答えのなさ」のなかにあるといいます。
西澤さん クリエイティブな仕事はやりがいに満ちているけれど、答えがありません。コミュニティのテーマは多様ですし、「これをやればコミュニティが活性化する」と言い切れない点には難しさを感じますね。
その課題に対しては、メンバー間で知識や経験を積極的に共有し合い、それぞれが解を導き出しているのだといいます。
西澤さん OSIRO上で「事例共有会」のコミュニケーションをとることもあります。「うまくいった」「いかなかった」というシェアだけではなく、最後にはその話をどういかせるのか話し合うワークショップをするなど、みんな意欲的です。コミュニティプロデューサーだけでなく、デザイナーやエンジニア、分析チームのメンバーが参加していることもありますね。
牟田口さんも、「可能性があふれている分、そこから絞り込むのが難しい」と語ります。正解がないからこそ、あらゆる可能性を柔軟に受け止め、手を携え合い、前に進んでいく。オシロのオフィスには、たおやかで前向きな空気が流れていました。
豊かに生きること。そのために必要なものは、もちろんお金。でも、それだけではないということを私たちは知っているように思います。
心を揺さぶられるような芸術や、人との安心安全なつながり、自らものを創造すること。オシロのみなさんは、金銭的な豊かさと精神的な豊かさ、そのどちらも包括した、心のよりどころとなるようなサービスを届けていくことに心血を注いでいます。
牟田口さん ひたすらに成長を目指せばいいわけではありません。芸術文化大国になることを目指すこと、コミュニティを増やすこと。それは、人の幸福度が上がることにつながります。とてもやりがいと納得感のある仕事だなと思いますね。
今後この場所から、どんなコミュニティが生まれ、豊かな人生を歩む人が増えていくのか。人と人がつながることを無下にしない、健やかなチームがつくる未来には、笑顔があふれているだろうと想像します。あなたもそんな芸術文化を大切にするチームの一員として、心の豊かさをつくる仕事をしてみませんか?
(撮影・編集:山中散歩)