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意外にも科学は私たちの手のなかにあった。あなたの好奇心×「シチズンサイエンス」で、研究者やAIとともに新たな知の扉をひらく

世界的に注目されている、科学者と市民が協力して、プロジェクトを進めていく「シチズンサイエンス」。

こちらのキックオフ記事でもお伝えしたとおり、現在グリーンズでは、シチズンサイエンスの力をいかして、瀬戸内海の海ごみを減らすためのプロジェクトに取り組みはじめています。

とはいえ、シチズンサイエンスについては、まだまだグリーンズも勉強中の段階。シチズンサイエンスってそもそもなに? どんな事例があるの?

そこで今回は、日本におけるシチズンサイエンスの第一人者であり、「シチズンサイエンスを推進する社会システムの構築を目指して」という提言づくりに関わった中村征樹さんと一緒に、シチズンサイエンスの世界を探っていきましょう!

(こちらの記事は、2021年11月に開催された「シチズンサイエンスの教室」をもとに、記事を作成しています。)

中村征樹(なかむら・まさき)

中村征樹(なかむら・まさき)

大阪大学 全学教育推進機構 教授
1974年神奈川県生まれ。東京大学先端科学技術研究センター助手、文部科学省科学技術政策研究所研究官、大阪大学大学教育実践センター准教授等を経て、2021年10月より現職。
科学技術が望ましい形で発展していくためには、研究者と市民が一緒にその将来を考えることが重要だという思いから、これまで市民と科学者が対話する企画「サイエンスカフェ」の普及に携わってきた。また、日本でのシチズンサイエンスの普及・推進に向けた日本学術会議若手アカデミーによる取り組み・提言等にも関与してきた。

興味やスキルに合わせて、研究をサポート

市民と科学者が協力して研究を進めていくシチズンエンス。まずは基本的なこととして、どのようなメリットがあるのでしょうか。

中村さん 一言でいうと、科学者だけでは解明できなかったことを明らかにできるという点が大きいです。研究というと「研究者だけが実施するもの」というイメージがあるかもしれません。それは、実験したり、観測できる範囲が、研究者の手の及ぶ範囲に限られていることを意味しています。

しかし、スマートフォンやAIなど、テクノロジーの進化によって、研究のさまざまな段階で市民が気軽に参加できるようになってきました。研究者の立場からすると、市民が参加することで観測できる範囲が広がったり、これまででは困難だった膨大な作業を行うことができるようになりました。

その上で、中村さんは、「市民の関わる場面として、①研究の設計、②データの収集、③データの処理、④結果の解釈、⑤成果の公表の5つの段階がある」と続けます。

中村さん 市民が関わるのに一番イメージしやすいのは、ある生き物を探してスマートフォンで撮影する、といった“データの収集”の場面かと思います。実際、そのようなタイプのシチズンサイエンスが数多く行われています。

さらに、集まってきたデータをみんなで手分けして分類していく、といった“データの処理”を市民が行うタイプのシチズンサイエンスも広く行われています。これらの活動によって、膨大な数のデータを収集したり、処理したりすることが可能となり、研究が飛躍的に進むようになっています。

でも、シチズンサイエンスのメリットはそれだけではありません。研究を進めていくうえで、参加する市民の多様な視点を取り入れることができることも大きなメリットです。

どのような調査や研究がそもそも必要なのかという“研究の設計”の場面や、得られた結果が私たちの生活にとってどのような意味をもっているのかという“結果の解釈”、それを世の中に広げていく“成果の公表”。すべての段階で市民参加が大きな意味をもっています。みなさんの興味やスキルに合わせてぜひ参加してみていただけたらと思います。

研究者だけでは不可能だった膨大なデータを収集!

データの収集と相性がよいのが、生物学の分野です。シチズンサイエンスの手法が最初に大々的に導入されたのも生物学で、代表的な市民参加型の野鳥観察記録のプラットフォームである「eBird」には、なんと2020年の一年間だけで世界中から80万人以上が観察記録を登録しています。

気候変動、生息域の縮小、都市圏の拡大、外来種の侵入など、鳥類をとりまく環境は大きく変化しています。そのなかで、鳥の繁殖行動の現状と変化を追跡するために、アメリカのコーネル大学が運営する「鳥の巣観察プロジェクト」では、データの収集を市民の力をいかして進めてきました。

中村さん 参加者は、鳥の巣を観測する方法や注意事項をオンラインで学習し、実際に森林の中で鳥の巣を観測して、専用のデータ記入票に記録して報告します。それを研究者が分析し、成果は論文やウェブ上で発表される流れです。

膨大な数の市民が参加することによって、科学者たちだけでは到底実現できなかったような膨大な観測データに基づく研究成果を得ることが可能になりました。

また、日本での例としては「市民参加型マルハナバチ類国勢調査」があります。


市民参加型マルハナバチ類国勢調査」HPより

東北大学と山形大学の研究グループは、全世界的に減少傾向にあるマルハナバチの現状を把握するために、ウェブページやSNSでマルハナバチの写真撮影を市民に呼びかけて調査を行いました。すると、日本に生息するマルハナバチ類全16種の観察情報を得ることができ、結果、主要6種の分布変化の推定に成功。うち5種が気候変動の影響を受けて、分布が縮小しているなどの傾向を推定することができました。

ゲームを楽しみながらデータを分析!

続いては、データの処理の事例です。さすがに科学に詳しくないとできないのでは、という気がしてしまいますが…?

中村さん そうとも限りませんよ。例えば、アメリカの事例ですがタンパク質の構造解析ゲーム「Foldit」というものがあります。簡単にいうとパズルゲームで、複雑な形状をしたタンパク質の立体構造を把握するには、膨大な組合せをシミュレーションする必要があるのですが、それをゲーム感覚で楽しめるようにしたものです。


(画像提供:中村征樹さん)

本物のタンパク質にもとづいたパズルが提供され、ユーザーがパズルを解いて、科学的に妥当な構造に近づいたものほど高くスコアリングされていくという仕組み。実際、新型コロナウイルスの抗ウイルス薬研究にも活用されました。

中村さん プロの研究者が10年かけてもできなかった構造解析を、ハイスコアを目指したゲーム愛好者が3週間で解決した事例もあるそうです。専門知識がなくても遊びながら研究に参加できますし、結果的に興味がなかった分野に関心を持つことにもつながると思っています。

入り口のハードルを下げて、自然と参加できる仕組みをつくる。そんな、データの処理としてのシチズンサイエンスは、天文学や人文学にも応用されています。

中村さん 日本でも最近注目されているものが、2019年に国立天文台がはじめた市民天文学プロジェクト「GALAXY CRUISE(ギャラクシークルーズ)」です。これは、すばる望遠鏡が撮影した宇宙画像をもとに、多数の市民がオンラインで銀河を分類し、その結果を研究者たちが統計的に解析することによって、銀河の研究を進展させようとする試みです。


GALAXY CRUISE」HPより

撮影された膨大な量の銀河の画像の分類は、研究者だけでやるには量が膨大で、かといってAIにはなかなか判定が難しいのだそう。その分類をクイズのように、隙間時間をいかして楽しむことができるのが人気の秘密です。

中村さん ランキングもあるのですが、一人で数千個の銀河を分類した強者も複数いて、市民の意欲の高さを感じますね。そして現在のところ2万個以上の天体を市民が分類し、その結果、過去の研究では見えていなかった銀河の渦巻構造や衝突の痕跡が多数発見されています。

研究者と一緒に銀河の謎に迫るとは、まるで天文学者になったみたいですよね。実際にトライしてみましたが、自分で銀河を分類できることがなんだか不思議で、いつの間にかのめり込んでしまいました。

参加した市民はトレーニングページでクイズに答えて基礎知識を身につけることができ、実際に銀河を分類しながら観測領域を巡り、スタンプやおみやげを集めたりできるなど、楽しい仕掛けもあります。

中村さん こうした好奇心が、実際の研究に活かせる時代になってきているようです。人文学でいうと、手つかずの古い文書をみんなで読み解く「みんなで翻刻」というプロジェクトも面白いですよ。


みんなで翻刻」HPより

翻刻とは、くずし字で書かれている古文書を現代の私たちが読めるように文字にする作業のこと。文学作品に限らず、例えば、地震や洪水などの自然災害を記録した資料は、防災の観点からも多くの教訓が含まれています。しかし、その量はとても膨大で、少数の専門家だけで読み解くのは不可能な状況でした。そこで市民の力を得てその解読を一挙に推し進める試みがはじまったのです。

特徴は、AIによる解読サポートや、仲間に相談できるコミュニティ機能などが用意されていること。難しい作業につまづいても、みんなでやっている感じがあってなんだか心強い気がします。また勉強したい人にとっては、一人で学ぶよりも大きな収穫がありそうですよね。

AIによる解読サポート機能も充実。くずし字学習支援アプリ「KuLA」も利用できる。サイトのコミュニティでは自信がない部分の添削をお願いしたり上級者がそれを埋めたりと、協力して取り組んでいる参加者が多い。そのアンケートでは「翻刻が楽しい」という意見が多勢

中村さん みんなで切磋琢磨して新しい知識を生み出しているのも、大きなポイントです。実際、専門的に歴史の資料解読を学んでいる人だけでなく若い人も多く参加しているようで、2019年以降、2300人以上が参加し、2000万文字もの資料が翻刻されました。

翻刻されたテキストはウェブサイトで閲覧ができ、一部は電子出版などもされるなど誰もが手に届く形で公表されています。また、この成果をいかし、過去の資料と現代に観測された台風や最新の気象解析データとの比較をする分析も進められているそうです。

研究の設計から“当事者”として関わる

ここまでデータの収集、データの処理という段階での市民の関わりかたを見てきましたが、最後に研究の設計からすべての段階に関わる事例をみてみましょう。その代表例が、「東日本土壌ベクレル測定プロジェクト」です。

東日本大震災以降、日本国内では放射能汚染が大きな問題になりました。食品の放射能汚染の状況を調査するため、全国各地に市民放射能測定室が相次いで設立されました。

そして2014年、市民放射能測定室の全国ネットワーク(「みんなのデータサイト」)を通じて土壌の汚染状況を測定するというこのプロジェクトが始動しました。

中村さん 政府が発表するデータは、必ずしも自分たちの知りたいことではないことがあるんですね。それに依存するのではなく、市民がもっと自分たちの測定したいものを、測定したい精度まで測定する。その方針で約3年かけて自分たちの納得がいくデータを得る試みを行いました。これにより、放射性セシウム汚染の100年後までの未来予測を出すことができたのです。

2022年10月時点で約19000件の食品測定データ、約3400件の土壌測定データ、約1900件の環境試料データを公開している。(出典:みんなのデータサイト

ウェブサイトでは、例えば自分の地域における作物の放射性物質(セシウム)の測定値が簡単に分かります。これは生産者も気になるデータでしょうし、子どもが食べるものを選んだりする際の参考になりそうです。市民が測定しはじめただけあって、とても身近な目線のデータであるのを感じますね。

中村さん そうですね。加えて放射能汚染の影響が出やすい食品や、今後長きにわたって気をつけたほうがよい食品の予測情報を開示するなど、独自の調査研究や解析も行っています。

一方でその成果を書籍化するなど、積極的な公表もしているんですよ。このように市民が社会課題を自分ごとと捉えて行動をしはじめた結果、研究の設計からはじまる研究のプロセスすべてを担う形となっていったのです。

シチズンサイエンスの課題

ここまで、①研究の設計、②データの収集、③データの処理、④結果の解釈、⑤成果の公表と、シチズンサイエンスへのさまざまな関わりかたを見てきました。どの事例も市民の参加を促す仕掛けがありました。とはいえ、まだまだ課題もあるようです。

中村さん ひとつは、“データの信頼性”という問題です。プロの研究者とちがって、市民のみなさんは専門的な訓練を受けているわけではありません。報告が正確でなかったり、間違えたりすることもあります。でも、最初にオンラインでクイズ形式のトレーニングを受けたり、たとえば一つの銀河を多くの参加者が分類することで、より信頼できるデータがえられます。

参加者どうしで、質問したり助言したりなど、お互いに協力できるような仕組みも重要です。不安に思わずに、ぜひ積極的に参加してもらえればと思います。

また、市民の力を搾取する形になってはいけないと中村さんは続けます。

中村さん 関わっていただく参加者は単なる研究者の手足ではない、ということです。そして、シチズンサイエンスの参加者が実験をしていく中で、自然や人々を傷つけないようにすることも大切です。アカデミズムの研究では倫理的な枠組みがありますが、シチズンサイエンスはまだまだはじまったばかり。実際にいろんな問題に直面しながら、その基盤を整備していくことが必要ですね。

さまざまな社会問題の顕在化、あるいはテクノロジーの進化など、時代の変化とともに開かれていくシチズンサイエンスの課題と可能性。最後に中村さんは、「シチズンサイエンスによって市民社会のあり方が大きく変わっていくことを期待している」と締めくくってくれました。

中村さん 市民の参加によってこれまで不可能だった研究ができるようになったことで、科学研究の加速につながっています。そして、放射能測定のように科学と社会との結びつきは一層強化され、市民ひとりひとりが知りたいことを調べていくことで、市民主体の問題解決がどんどん実現していくはず。

つまり、シチズンサイエンスは、科学に関わる人たちが増えていくとともに、わたしたち市民社会の潜在能力を引き出すこと、エンパワーメントにもつながるんです。

大切なのは、おもしろそうだなという“好奇心”が出発点になっていること。

中村さん シチズンサイエンスは、好奇心にもとづいた学びを活かす現場です。いろんな制約があるなかで可能性を閉じてしまうのではなく、問題に向き合いながらも、科学を社会・市民の側に取り戻していく。21世紀の時代のなかで、みんなで協力して改めて価値ある新しいものにしていきたいと思っています。

なんだかおもしろそうな可能性がたくさんつまっている、シチズンサイエンス。科学研究というものの私たちが手をのばせる領域は、実はたくさんあるのだと感じました。

そして目から鱗だったのは、自分が直面している問題を解決する力にもなり得ること。同時に市民が生み出す知識が科学研究に大きなインパクトを与える可能性も多分にあるということです。

科学に興味がある人も、またこれまで科学にあまり縁がなかったという人も、まずはとっかかりとして進行中の研究や個別のプロジェクトなどに触れてみると、あなたの新しい知の扉が拓かれるかもしれません。

(アイキャッチ画像:GALAXY CRUISE/国立天文台)
(編集:兼松佳宏、古瀬絵里)