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スマートフォンが映し出す、アフガニスタン難民一家の終わりなき旅。911から20年の今こそ必見の映画『ミッドナイト・トラベラー』

9月11日、映画『ミッドナイト・トラベラー』が公開されます。

このタイトルを目にして、どんな映画を思い描きますか?

スリリングなアクションでしょうか、それとも手に汗握るサスペンスでしょうか。これは、ある家族が体験した5600kmに及ぶ旅を記録したドキュメンタリーです。3台のスマートフォンのみで撮影された貴重な映像を目にするとき、あなたは何を思い、何を知るでしょうか。ただ言えることは、これは今こそ観るべき映画だということです。

映画に出演し、撮影も担ったのは、夫婦と幼い娘二人の4人家族。監督のハッサン・ファジリが、タリバンによって自身の作品を理由に死刑判決を受け、妻と娘たちを守るために故郷アフガニスタンを後にするところから映画は始まります。危険なアフガニスタンから、5600km離れたヨーロッパをめざすのです。

タジキスタン、トルコ、ブルガリアへと、危険と隣り合わせの旅が続きます。速く速く、追い立てられるように逃げ、秘密のルートを行くためのギリギリの交渉や詐欺に出くわし、そして足止めをくらい、難民として受け入れられるのをひたすら待つ日々。

そんな時間を、監督の妻であり、自身も映画監督であるファティマ・フサイニや娘たちも協力し、スマートフォンだけで撮影を続けます。スマートフォンによる撮影と聞くと粗い映像をイメージしそうですが、映像は的確に被写体や状況を捉えています。そして、演技ではない表情や先の見えない展開など、そのときどきのリアルな瞬間を収めています。

一家が出会うさまざまな出来事を、次から次へ余すことなくスマートフォンのカメラは映し出します。狭く、お世辞にもきれいとは言えない部屋。不衛生な部屋で大量の虫に刺された長女ナルギスの痛々しい皮膚。中でも、難民の排斥を訴えるたくさんの人の姿や声、一家に直接暴力を加えようとする男は、テレビや新聞で見聞きしているヨーロッパの難民問題に関するニュースとは異なる、生々しい恐怖に満ちていました。

命からがら逃れてきた人たちをどうして受け入れられないのだろう、そんな可哀そうなことをしなくてもいいんじゃないか。そんな気持ちがごくごく自然によぎるほど、その映像からは本能的に恐怖を感じました。

けれどもそれは、島国で難民が流入してくることが少ないうえ、その数少ない難民でさえめったに認定しない日本に住んでいるからこそ芽生える感情であることを、私たちは自覚しなければいけないはずです。

UNHCRによると、シリアから大量の難民が流入しているトルコが2020年に受け入れた難民は370万人。6年連続で世界最大の難民受入国となりました。彼らの生活を支えるには大量の予算を必要とします。そして彼らがトルコで社会生活を営むようになれば雇用を奪われるなど、トルコ国民の暮らしに影響を与えることも事実です。

移動に移動を重ねるしかない終わりのない旅を続ける一家の姿は、観る者に目を背けることができない現実を突きつけてきます。

どこにでもいる家族。彼らの姿は未来のあなたかもしれない。

厳しい現実と緊張感あふれる映像が連続する中には、心を温め、明るく照らすシーンも顔を出します。

2年以上の歳月にわたる旅の間に、二人の娘はたくましく成長していきます。好奇心いっぱいに、そのときそのときの楽しみを見つけ、子どもらしい無邪気さを振りまく二人と、そんな姉妹を温かく見守る両親。逆境において家族の愛情は変わることなく、さらに深まっていきます。

それは、ハッサン・ファジリとファティマ・フサイニ夫妻の関係性に起因するものでもあるでしょう。夫婦であり、映像に携わるパートナーである二人は、お互いをいたわり、認め合い、イラ立ちをぶつけることがあったとしても、強固な信頼のうえにその関係が成り立っていることが伝わってきます。

女性の権利が制限されているアフガニスタンで、ファティマのような女性は珍しいのかもしれません。もともとはテレビで女優として活躍し、映画を撮影するようになったという経歴からも、現代的な生き方をしている女性だとわかります。その知的な明るさは、重苦しい現実に向き合う一家の中、ほのかな光をともし続けるようです。

長女のナルギスに、イスラム教徒の女性には欠かせないべールを将来身につけるか、ファティマが尋ねるシーンがあります。しばし答えるのをためらった後、でもきっぱり自分の意見を口にするナルギス、そしてそれを認めるファティマ。女性の権利と伝統や文化という難しい問題をはらむシーンですが、そこあるのは母親として娘に信頼を寄せ、愛情を注ぐ姿です。

これは、日本に住んでいれば想像もつかないような旅をした家族の物語ですが、同時にどこにでもいる普通の家族の物語でもあります。お互いを尊敬し合う夫婦と仲のいい姉妹。日本にも無数に存在する家族です。

けれども、そんなどこにでもいる家族が、突然このような旅を強いられる可能性があることを忘れてはなりません。日本に住んでいれば想像するのは簡単ではありませんが、たとえば独裁的な政府が樹立したり、クーデターが起きたりしたら。もしくは、近い将来であれば気候変動の影響で住む場所を追われるようなこともあるかもしれません。

そのときは、私が、もしかするとあなたが、ハッサンたちのように過酷な旅に出ることになるかもしれないのです。

アフガニスタンに思いを馳せるきっかけに

そもそもハッサンが故郷を追われることになったのは、タリバンによる死刑宣告が原因でした。2021年8月15日、アフガニスタンで再びタリバンが政権を掌握したというニュースが全世界を駆け巡りました。また、イスラム原理主義に基づき、教育をはじめとする基本的人権さえ女性に与えられない圧政が始まり、多くの人の自由や命が奪われる可能性があります。

これからの動向を、世界は、つまり私たちは注視していかなければなりません。どこか遠い出来事にも感じられるようなアフガニスタンのニュースを目にしたとき、この一家の故郷であることを思い出し、ほんのわずかでもニュースへの関心が高まることがあればと願います。

『ミッドナイト・トラベラー』が公開されるのは、9月11日。くしくもアル・カイーダによって、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が突っ込んだ衝撃的なあの日から、20年の節目の日です。アメリカがアフガニスタンに軍事行動を始めるきっかけとなったあの事件から20年が経ちましたが、まだアフガニスタンには平和が訪れていません。

アフガニスタンに関する報道が増える中、この映画を振り返ってみるとき、7月に試写を見終えたときとは異なる思いがよぎるのを否定できません。映画の素晴らしさは言うまでもなく、さらに今、この映画を観る意味が増したのではないか、8月も終わり近く、原稿に向き合いながらそう強く感じています。

– INFORMATION –

映画『ミッドナイト・トラベラー』

監督:ハッサン・ファジリ
出演:ナルギス・ファジリ、ザフラ・ファジリ、ファティマ・フサイニ、ハッサン・ファジリ
プロデューサー:エムリー・マフダヴィアン、スー・キム
共同プロデューサー:ファティマ・フサイニ、アフマド・イマミ
脚本・編集:エムリー・マフダヴィアン
撮影:ナルギス・ファジリ、ザフラ・ファジリ、ファティマ・フサイニ、ハッサン・ファジリ
音楽:グレッチェン・ジュード 配給:ユナイテッドピープル
87分/アメリカ・カタール・カナダ・イギリス/2019年/ドキュメンタリー
©2019 OLD CHILLY PICTURES LLC.