あなたは「後継者になる」と聞いて、どんなことをイメージしますか?
責任が重そう。
後戻りができない。
同じことをやり続けなければいけない。
こんなふうに考えている人も多いのではないでしょうか。
実は、約3割の中小企業が後継者不足と言われていて、このままでは伝統文化や代々続く事業が失われてしまう可能性があるのです。(中小企業庁 中小企業・小規模事業者における
M&Aの現状と課題(2019)による)こうした背景には、少子高齢化だけではなく、会社勤めとして働くよりもプレッシャーを感じることが背景にあるのではないかと私は思います。
では、「後継者になること」を「新しいことにチャレンジできること」と捉えることはできないのでしょうか?
後継者になることは、責任が重いかもしれません。でも、すでにある事業を資源として、新しいビジネスを始めやすいという一面もあるのです。
そこで今回は、さまざまな環境から後継者という道を選び、自分なりのアイデアを付け加えて活動している人たちや、後継者不足の解決を目指した仕組みをつくっている人たちを紹介します。
新型コロナウイルスの影響で働き方が柔軟に変化している今、これからの生き方を考え直している人も多いと思います。後継者という働き方を選び奮闘する人たちから、気づきが得られるかもしれません。
「誰が後継者になってもよかった」から「自分でもお酒をつくってみたい」と気持ちが変化し、創業140年の酒造の蔵元に就任した荘司勇人さん。伝統の酒づくりを大切にしながら、100年後に向けた取り組みをしています。
この年だけ成功すればいいやとか、目先だけ考えちゃうと絶対うまくいきません。これをいかに継続させていくかということを念頭に考えてやれば、なんでも続いていくんじゃないかと思うんです。
「蕎麦打ちStudio CHIHANA」をオープンした鈴木智也さんは、イタリアンなどのプロ料理人でしたが、必要に迫られてお父様から蕎麦屋を継いだのだそう。そんな鈴木さんが蕎麦打ち教室を始めた理由は、地域や未来のためなのだとか。
蕎麦文化とともに、今大変な思いをしているお蕎麦屋さんを救いたいんです。営業が伸びずにいるからって、利益率のいいお酒をメイン商品にしたり、閉店することを考えたりするんじゃなく、本当においしい蕎麦に意識を向けてお客さんを喜ばせることを考えてもらいたい。
いずれ継ごうと考えていた荘司さんと、必要に迫られて継ぐことになった鈴木さん。日本酒と蕎麦という「日本を代表する文化を守る」という共通点をもつ2人。未来を見据えた活動をしていることに心を動かされました。
Uターンで戻った茨城県北大子町で、パン屋を継ぐことになったという菊池さんご夫婦。まちの顔であるパン屋が閉店することを聞いた地域の人たちから「やっちゃえば?」という軽い後押しがきっかけなのだったそう。
パン屋の経験がないことを逆手にとって、ほかの店がやらないようなことをやるようにしています。チョコデニッシュやチーズフランスといった定番のパンは職人さんがつくってくれるから、私は町の人が食べたことないようなものをつくる。それが私なりのこだわりです。痒いところに手が届くようなパン屋さんになれたらいいなと思っています。
日本一周自転車の旅で立ち寄った「チーズ工房IKAGAWA」で奥さまと出会い、移住後に結婚し、義理のご両親から経営を引き継いだ五十川充博さん。
画一的なコンビニ勤務から、自然を相手にした酪農・自然派チーズづくりにたどり着くまでのお話には、自分らしく生きるヒントがあるかもしれません。
牧草づくり、牛を飼うこと、チーズづくりは、すべて似ています。自然をよく観察し、変化に耳を傾けながら手を加えていく。手を動かすのは自分だけれど、あくまでも育てるのはここの土地や気候、日光といった自然。自分中心、自分都合で進めるとバランスを崩してうまくいかないように思うんです。全体がうまく循環するように、必要な分だけ手を加えていく。それが自分の仕事だと思っています。
流れに身を委ねていたら、「継ぐ」ことにたどり着いた菊池さんご夫婦と五十川さん。前オーナーの意志を受け継ぎながらも、やりたいことにチャレンジしている姿が印象的でした。
伝統工芸品に指定されている伊勢型紙を未来に残したいと、「修業型ゲストハウスのテラコヤ伊勢型紙」をオープンした木村淳史さん。従来のように職人専業で食べていくのではなく、副業・複業として職人になる「複業弟子」を提案する理由とは?
「テラコヤ伊勢型紙」をワンストップの施設にしたかったのです。たとえ短時間のワークショップで伊勢型紙に興味をもったとしても、次のステップが弟子入りというのは、やはりハードルが高すぎるんです。
いきなり現在の仕事を辞めて、生活の安定しない弟子入りを決断できる人は少ないはず。それに、体験から弟子入りまで細やかなステップを踏めば、自分の本気度や向き不向きもわかるでしょう。
地域の小規模事業は、黒字経営にも関わらず売上規模が小さいためにM&Aされにくく、後継者が見つからず廃業の危機に直面しているのだそう。市町村単位で継ぎ手を探すプラットフォーム「ニホン継業バンク」が実現したい未来とは?
「ニホン継業バンク」を始めた「ココホレジャパン」代表の浅井克俊さんは、こう話します。
行政が継業バンクを持つことで、埋もれてしまっている地域の小さな事業承継に光をあてる可能性があるんじゃないかと思います。行政の人たちも民間企業の継業は他人事ではありません。地域の生業がなくなって一番困るのは地域住民であり行政です。まちの人たちがみんなで向き合わないと根本的な解決はしない問題です。
いかがでしたか?
家業を継いだ人や全く違う分野から飛び込んだ人まで、事業を継ぐだけではなくその基盤を活かして新しいチャレンジをする後継者たち。
後継者という言葉から連想されやすい「責任が重そう」「仕方なく選ぶ」というイメージがガラリと変わったのではないでしょうか。
わたしは、受け継がれたものを大切に守りながら、チャレンジする姿に刺激をもらいました。そして後継者不足という問題に対して、地域にある小さなお店や消えてほしくない伝統文化を、お客さんという立場でサポートしていければと思います。
(Text / Curator: 中鶴果林)