秋田のみなさま!今年も「ソーシャルデザインの学校」開講します

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「日常って結構楽しいよ」。なんでもないことをイベント化して地域を面白くする「前橋○○部」の成功と失敗と続けることのリアル

地域活性化や地方創生について語られることが多い昨今ですが、greenz.jpでは、地域を面白くするために必要なものは「いかしあうつながり」だと考えています。とは言っても、それが具体的にどのようなつながりを示しているのかはまだはっきりとはわかっていません。

でも、地域で「いかしあうつながり」をつくり上げて、その場所を元気で面白くしている人たちに注目することで、それがどのようなものか明らかにできるのではないかとも考えています。

そこで、今回は、群馬県前橋市で市民参加型の部活動を通して地域を盛り上げてきた「前橋〇〇部(まえばしまるまるぶ)」に注目。初代部長の藤澤陽さんと、現部長の竹内躍人さんに話を聞きました。聞き手はgreenz.jp編集長の鈴木菜央です。

意識”低い”系が大事だった

前橋〇〇部は「前橋で〇〇したいをカタチにしよう」をテーマに、2012年に始まったプロジェクト。誰でもまちの「部活」を立ち上げて仲間をつくることができるプラットフォームです。その活動の記録は本にもまとまっています(『本気で遊ぶ まちの部活』)。立ち上げに関わり初代部長となった藤澤さんにまずは話を聞きました。

菜央 今日主に聞きたいのは、いかしあうつながり、あるいは関係性のデザインの話で、そこから関係性のデザイナーになるとしたら何が必要なのかをみんなで考えていきたいと思ってます。前橋〇〇部はみんなが自発的に動いて、それがアメーバ的に広がっているイメージ。どうしてそのような関係ができたのか、まずは始まりのところから話してくれますか?

藤澤さん 前橋で生まれ育って東京でデザイナーをしていたんですが、2011年に前橋に帰りました。前橋の中心街はもともとシャッター街でしたが、さらに震災直後で計画停電などがあってまちが死んだように見えて…。

東京で、リコリタで活動していた経験から、まちでなにかやるのが楽しいということはわかってました。でも贔屓目に見てもなにもない前橋で東京と同じようにやるのは無理だともわかっていたので、田舎ならではのできるものは何かを考えるようになりました。

そこで出会ったのが岡くん(岡正己さん)でした。彼は「前橋自転車通勤部」というのをやっていて、初めて会ったときに僕もチャリ乗りだと話したら、仲間になれよと言われて。何すればいいかわからないと言ったら、自転車通勤してるなら仲間だって言われて。こいつかっこいいなと思って一緒に活動するようになりました。

その活動の中で他にも部をやりたいと思うようになり、さらに色んな人が前橋で部活を始められる仕組みをつくったら面白いんじゃないかと考えたんです。前橋には面白い人がたくさんいるのにそれを活かせていないと思っていたので、そうだ! プラットフォームだ! って。

そうして、藤澤さんは岡さんともうひとり仲間を加え、3人で「前橋〇〇部」を立ち上げます。その時掲げたミッションは3つ。

1. 前橋の新しいコミュニケーション構築
2. 誰もがアクションを起こせる土壌づくり
3. 圧倒的な興隆

そして、そのために心がけたのは、

1. 「〇〇部」という敷居の低い言葉で誰でも発足し参加できるものをつくる。
2. 前橋をじぶん事ととらえる。
3. 日常をイベントに変えていく。

というものでした。「ミッションの3は結局できなかった」といいますが、これらに通底するのは「前橋で普通に生活する普通の人たちの普通の日常をイベント化する」ことで、それによってまちが面白くなることを狙っているのです。

最初は自分たちで部活を立ち上げたり、付き合いのある人たちが部活を始めてくれて部が徐々に増加。現部長の竹内さんも、岡さんが勤める「まえばしCITYエフエム」で働いていた縁から発足当初から参加し、パフェ部の部長としても活動します。

藤澤さんは最初から、田舎の前橋ならではのありようを模索していたといいます。

藤澤さん とにかく意識を下げることばかり考えてました。東京へのアンチテーゼで、しょぼいとかダサいとか言われることでも好きな人が集まってやることがいいと思って。

それに僕が意識が低いので、意識が高い人に来られると困る。それで、なるべく意識を低く。「朝活部」もヨガとか勉強するんじゃなくて、コーヒーを飲むとか、おばちゃんと話すとか、挨拶するとか、とにかく意識を下げてました。

この意識を下げる、言い換えると敷居を低くすることが実は重要だったのかもしれません。藤澤さんは部長になる敷居もどんどん下げていきます。

藤澤さん なにかやりたいっていう人がいたら「今やりなよ」って言ってFacebookページをつくってもらいます。それを前橋〇〇部全体のページでシェアして、仲間を募集すると結構リアクションがあってそれで部活ができてしまうんです。

菜央 日常をリフレ-ミングしてイベントに変えることで面白くなるよっていうことですか?

藤澤さん おっしゃるとおりです。ただビール飲むことに「前橋ビール部」という名前をつけて、ビジュアルつけて、「ビール最高」ってやってたら、ちょっと行きたくなる。なんでもないビールを飲むという行動さえもパッケージング化して色を付けていくとイベントになってしまう。

いつものビールをイベント化する

藤澤さん そうすることで、日常って結構楽しいよってことを再確認してもらう。部活を始めるのではなくて、やってることを部活にする。当時はそこまで考えてたかはわからないですけど、そういうことをやりたかったんです。

菜央 確かに日常の中の面白さは、日常過ぎて見えなくなってしまう。フレ-ムを変えるだけでそれが見えてくると面白くなりますね。そうやって日常の面白さを感じて幸せを感じることをみんなができたらいいですね。抽象的だけど。

ネットでつくったつながりをまちに”落とす”

「日常をイベントに」し、「意識を下げる」ことで「前橋〇〇部」は人をひきつけ、部活がどんどんできていきましたが、なぜ前橋市民の間に広まっていったのでしょうか。

菜央 そもそも、組織もないし、1円も使わないのに、どうしてこんなに盛り上がったんですか?

藤澤さん 僕が時間を費やしてたっていうのが一番ですね。

自分でもいくつか部をつくったんですが、そこではビジュアルに力を入れました。モデルを使って写真を撮ったり、フォントやデザインも前橋ではなかなか見ないようなものを使って。その頃、暇だったので毎日一個くらいはつくってましたね。そうしてつくったビジュアルをFacebookページに上げていくと、前橋の人たちのタイムラインに毎日それが出てくることになるわけです。

知り合いの子どもの写真とかが並ぶ中に突然それが出てきたことで興味を引くことができたんだと思います。

前橋〇〇部のさまざまなビジュアル。確かに目を引きますね。

前橋〇〇部は前橋という地域のものでありながら、Facebookから広まっていきました。実はこれも最初から狙いとしてあったといいます。

藤澤さん 箱をつくって人が集まってコミュニティができるっていう発想ではなく、ネットでつながりを先につくっておいて、それをまちに落とす方法じゃないと本当のつながりはできないんじゃないかと思っていたんです。

最初に人が集まれる場所をつくらなかったのもそれが理由で、はじめにネット上に部活をつくってつながりをつくって、それが加熱していって出会ったほうが、一緒になにかやろうという関係になりやすい。だから、最初はネット上に部活をどんどんつくることをやったんです。場所からつながると淀むんですよね。それが嫌でした。

これは実に重要な指摘だと感じました。人と人との関係において最初の出会いが占める意味は意外と大きいものです。それがインターネットというフラットな場で、しかもきっかけが自分の好きなものであるなら、フラットな関係がつくりやすくなります。実際に竹内さんはパフェ部で地元の大きな会社の社長さんと知り合いになり、その関係は今も続いているのだとか。

そして、それと同時に前橋が土台としてあることも重要だと藤澤さんはいいます。

藤澤さん 「前橋」ってつけるだけで急に自分事になるんです。例えば、「前橋ラーメン部」と言えば、自分の好きな店だとか近所の店の話題で話ができる。それが「前橋」とつけることの意味なんです。

それに、前橋くらいの田舎だと、たとえば同じ趣味の”オタク“が集まる場とかがないんです。それを部にすれば集まることができる。ジオラマ部なんておじいさんとオタクしかいないですけど、かなりの人数が集まりました。そういうプラットフォームがつくれたのも良かったと思います。

老若男女が集まったジオラマ部。

様々な要素が相まって盛り上がり広がっていった前橋〇〇部は2013年夏、前橋育英高校が甲子園で初出場初優勝を遂げた時、最高潮になったといいます。

この時、前橋〇〇部では「前橋育英高校応援部」を立ち上げて勝手に応援し、竹内さんは決勝戦の日、甲子園に行って優勝を見届け、藤澤さんは前橋で「前橋祝杯部」を立ち上げて前橋市民全員に祝杯を上げること呼びかけました。その結果、たくさんの写真、何百ものコメントが集まり、前橋市民が〇〇部に集まってみんなで盛り上がっているのが見えたそうです。

その様子は新聞、ラジオ、テレビでも数多く取り上げられ、前橋〇〇部は多くの市民が知るところとなったのです。

藤澤さん 〇〇部をやる中で市役所の人たちともつながりができて、市役所の人たちのマインドもだんだん変わってきてるのがわかりました。市役所の人もオフィシャルなものもどんどん柔らかくしていった。それで市役所や市民と融合していく感覚があって、その最高潮が前橋育英の初優勝だったんです。

たまたま前橋に起きた大事件によって存在感を増した〇〇部が、さらにその力を発揮する「事件」が翌年起こります。

前橋大雪たすけあいセンター

2014年2月、前橋で記録的な大雪が降りました。

藤澤さん 大雪の翌朝、まえばし×ふくしま部の部長で前橋社会福祉協議会に務めていた高山弘毅さんが連絡してきて、たすけあいセンターをつくりたいんだけど、社協の仕事ではないので、一緒にやってくれないかと言われたんです。

それで、前橋〇〇部の主だったメンバーに連絡して、それぞれができることをやることにしました。僕はロゴやチラシをつくって、竹内くんはラジオで広めて、中にドコモの人がいて非常用の携帯電話を集めてきてくれたり、牛乳屋さんはチラシを牛乳と一緒に配ってくれたり。たくさんのメンバ-が雪かきのボランティアに参加してくれたり、本当にいろいろなことが起きました。

前橋〇〇部が中心になって発足した「前橋大雪たすけあいセンタ-」はFacebookを中心に情報を発信し、大雪で困っていた市民たちが雪かきなどで助け合う拠点となりました。迅速に草の根からこのような拠点ができたのは、前橋〇〇部のこれまでの活動が大きな役割を果たしたといいます。

藤澤さん いままで趣味でつながっていた人たちが非常事態に遭って、集まってそれぞれの本職の領域で力を発揮することで、社会課題に対して一手打てたんです。のちのち市長も「大雪に際して前橋〇〇部が一役買ってくれて、前橋市の助け合いに力を出した」と繰り返し言ってくれました。

菜央 好きなことでつながっていた人たちが、非常事態に際してそのゆるい感じをガッと脱ぎ捨ててみんなで力を合わせて動くなんてかっこいいですね。信頼でつながっているからこそできることで、これこそ関係性のデザインなんじゃないかと思いました。

前橋〇〇部を通して前橋が自分ごとになっていたことで、まちの危機に際して行動を起こせた。それは、まちを面白くしようという藤澤さんの活動が、まちのレジリエンスの高まりにもつながっていたことが明らかになった瞬間でした。

社会課題を解決するための地域のつながりというは、それを目的につくっていくものというイメ-ジがありましたが、それとは全然関係ない趣味の領域でのつながりであっても、それがまちの自分ごと化につながっていれば、結果的にまちを自分たちで守っていく、いい方向に変えていく動きの原動力になるのだと感じました。

特区という失敗

順調に拡大し、まちの危機でも力を発揮した前橋〇〇部は、市と手を組んで〇〇特区という大規模なイベントを開催します。自治体を巻き込んだ前橋〇〇部最高潮のイベントになったかと思いきや、藤澤さんはそれを一番の失敗だったといいます。

市中心部の公園につくられた「前橋〇〇特区」

藤澤さん 前橋〇〇特区は前橋〇〇部の理念を生かしてまちの人が好きなことをできる”特区”を中心部の広場につくるというものでした。

行政が広場の中に屋台みたいなのをつくって、まちの人たちからやりたいことを募集して、市民主体の遊びを広げようという企画を45日間やりました。

「ビール特区」といってビアガーデンをやったり、「やさい特区」といってファ-マ-ズマ-ケットをやったり。僕は毎日新聞を発行していました。

菜央 それがどうして失敗だったんですか?

藤澤さん 市民がやれるプラットフォ-ムをつくるというコンセプトは変わらなかったんですが、市の予算で大きな金額を使うようなイベントになってしまって。この頃はそういう大きなことをやったほうが面白いと思ってしまったんですが、初期の誰でもできるという思いが薄れていってしまっていたんだと思います。

東京っぽいものへのアンチテ-ゼで始めた地方のかっこいい動きだったのに、そこからかけ離れてしまった。同時期にグッドデザイン賞も取ってしまって、権威に対してのカウンターカルチャーをつくるのを心がけていたのに、いつのまにか権威をほしがっていた。ああいうものを取りに行ってしまったことですごく自己嫌悪に陥りました。

菜央 最初は東京に対するアンチテーゼだったのに、東京っぽいことをやってしまったという後悔。前橋のまちづくりとしては成功だったかもしれないけど、藤澤さんの表現としては失敗だと感じてしまったということですね。

藤澤さん そうですね。ただ、僕は自分がいなくても成り立つ仕組みをつくりたいんだけど、いざそこから阻害されると死にたくなるので、どうやっても成功にはならないんです(笑)

〇〇部が原動力となり、前橋市はJINSの社長さんや糸井重里さんを呼んで、まちづくりを加速させていったといいます。それはそれでいい面もあるでしょう。しかし、前橋〇〇部はその動きからは距離を置くようになります。

そして、その後、藤澤さんは前橋を出て東京へ行き、竹内さんが二代目部長に就任します。

二代目部長

竹内さんは中心メンバ-の一人としてずっと前橋〇〇部に参加していました。藤澤さんも「あとを任せられるやつは他にいない」と考えて託していったそう。竹内さんはどのような前橋〇〇部を目指したのでしょうか。

竹内さん 僕はムーブメントとしてではなく、もっと日常に染み付いて文化になってほしいと常々思っていたので、部長を引き継いだタイミングで、そういう方向に行こうと考えました。諦めないでゆるゆるとやっていれば日常になっていくんじゃないかと。

前橋の人はみんな「なにもない」っていうんですけど、何もないから何でもできるし、前橋市民がみんななにかの部長になったら面白いなと思って。それでみんな仕事以外の肩書を持つようになったらそれが前橋の文化になるんじゃないかって。

人が出会う時、多くの人は年齢や仕事のことをまず気にするじゃないですか。でも〇〇部で出会った人とは共通の好きなことから仲良くなれる。そのほうがもっとその人っぽいっていうか、らしさを感じることができる。そうすると、年齢や立場が違う人でも仲良くなれて楽しいじゃないですか。

現在の活動は、竹内さんが約5年続けている月1回の「朝から清掃部」や、初期から続いている「まえばし×ふくしま部」「前橋古墳グッズ制作部」などに加え、新たに「プレゼンごっこ部」「路線バスで旅部」といったものも立ち上がっています。

現在はムーブメントが文化になっていく過渡期なのかもしれません。竹内さんも、文化になっていくためには、続けていって先につないでいくことが大事だといいます。

古墳グッズ制作部が制作したグッズ

竹内さん なにかやりたいと思ったときにそれを実現できる、それが泥臭いものだったり一見ダサそうなものであっても、誰でもやりたいと思ったらできる環境、それが文化なんだと思うんです。それができれば田舎にいても面白い。なにもないというのは面白いことがないということだと思うので、それを誰でも気楽につくることができるようになれば面白いまちになるはずです。

竹内さんは、大きなム-ブメントとなった前橋〇〇部を日常の方へ引き戻そうとしているようです。そもそも前橋〇〇部は普通の人たちの日常をイベント化することで毎日を少し楽しくする活動だったはずで、まちのレジリエンスを高めることや大規模イベントにつながったのはあくまで副産物です。二代目部長は原点に立ち返り、改めてミッションを実現しようとしているのです。

菜央 話を聞いて、世界中で広がっているトランジションタウンムーブメント(みんなで自分のまちをエコビレッジに変えていく世界的活動)と同じミーム(文化遺伝子)を持ってると思いました。

ただ、トランジションの場合は、サステナブルなまちづくり、レジリエンスのあるまちづくり、経済危機とか災害が起きたときに市民が助け合える仕組みをつくることが目的で、前橋〇〇部にとってはそれは目的ではなかった。けど、結果としてレジリエンスのあるまちづくりになった、というのがすごくおもしろい。

共通するのは「誰でも始められる」「誰でも文化づくりができる」仕組みをつくるというところで、この発想は、まちにつながりをつくるような活動をしたいと考えている人が取り入れられるアイデアだと思います。そうやって面白い活動から面白い部分をパクっていくことで、ミームが進化して、いろんなまちに、「いかしあうつながり」が生まれていくんじゃないでしょうか。

月1回の活動を続けている「朝から清掃部」

藤澤さん 前橋〇〇部の活動は弱くなっているけれど、そこで生まれたつながりがまちに様々な活動を生んでいる。「こんなんでいいならできる」と思わせたのは大きいと思います。

前橋〇〇部の活動によって、草の根で日常を面白くしようという動きが着実に前橋に生まれてきました。それは、前橋〇〇部の意識と敷居の低いやり方の成果であり、「いかしあうつながり」をつくるためにできることは何かを考える上で大きなヒントになります。実際に「こんなんでいいなら」と思ったかどうかはわかりませんが、全国で〇〇部が立ち上がっているのです。

全国どこでも〇〇部?

前橋〇〇部はすでにこのプラットフォ-ムを自由に使っていいようにしていて、実際に全国でいくつもの〇〇部が立ち上がっているのですが…

藤澤さん 全国約60ヶ所でFacebookページが立ち上がったんですが、ほとんど続かなかった。

今だからいいますけど、〇〇部って難しいんですよ。僕が暇だったからできた部分が大きいので。事業でもないし、お金を発生させないのをモットーとしてたし、そうなるとその人の熱意とセンスによるところが大きくなってしまう。だから、部長さんによって全然できない事例も出てきてしまうんです。

いままでは、〇〇部やりたいという人にはどうぞやってくださいって言ってたんですが、今後はハードルを設けて、最初は僕がアドバイザーとして行くとかしたほうがいいかなと思っています。実際にこの記事を読んで、やりたいと思ってくれる人がいたら、責任を持って立ち上げに関わっていきたいですね。

大事なのは、言い出しっぺに時間と熱意があることのようですが、加えて地域の規模感も重要だといいます。

藤澤さん 前橋は人口が30万くらいですが、これくらいがちょうどいいみたいです。例えば都内でもいくつも立ち上がったんですが、都会は規模が大きすぎてコミュニティがつくりづらいので難しいことがわかりました。逆に小さすぎると若い人も少ないし実際に動く人が少ないから維持していくのは難しいですね。

前橋〇〇部のフォ-マットをそのまま導入するにはある程度の制約があるようですが、それぞれが創意工夫をして前橋〇〇部を「パクって」新しいものを生み出すことは、藤澤さんは大歓迎だそう。自身も前橋〇〇部を立ち上げるにあたってシブヤ大学のコンセプトをパクるところから始めたんだとか。

前橋〇〇部の「普通の人の日常を面白くする」というコンセプトは地域を面白くするために、非常に興味深い方法なので、興味を持った人はぜひどこかでやってみてください。

グリ-ンズも、寄付会員greenz peopleの部活がすっかり休眠状態なので、部活を生かして「いかしあうつながり」をつくっていく方法をもう一度考えたいと思います!