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食を通してまちの日常を知る。富山県氷見市にある海辺の宿HOUSEHOLDで、「勝手口」から始まる旅を体験してきました!

富山県の北西部に位置する氷見市。氷見線の氷見駅から海沿いを歩いて、徒歩7分。富山湾の海辺に、4階建てのビルがあります。こちらが、greenz peopleの笹倉慎也さん、奈津美さんご夫妻が2018年7月末にオープンした宿HOUSEHOLD(ハウスホールド)です。

到着すると、通りに面した1階の大きなガラス窓の向こうに二人の姿が見えました。

大きく手を振り、「こんにちは」と中へ入ると、天井が高く、ゆったり落ち着いた空間が広がっています。白い壁と茶色の家具によって統一された空間に、ところどころ置かれたレトロな雰囲気の道具がマッチしていて、シンプルながらも洗練された印象です。

デザインは富山県美術館のプロジェクトチーフを務めた建築家、湯浅良介さんによるものだそう。早速館内を見て歩きます。

1階はキッチン。朝食、軽食やドリンクを提供しています。宿泊客はカウンターの内側に入って、料理をすることもできます。

2階はギャラリー。食や日常をテーマにしたイベントや企画展示をする空間です。

ギャラリーは慎也さんが担当。取材当日は「海辺のビルの小さな蚤の市/懐かしグラフィック」というテーマで開催していました。古い道具や包装紙などが、センスよく展示されています

3階はご夫妻の住まいで、4階が1日2組限定の宿泊施設です。

トイレ、シャワー、簡易キッチンなどの共用設備と、海から昇る太陽を見ることができる小さめのお部屋「nami」とまちと海が見える広めのお部屋「yane」の2部屋があります。

海を臨むことができるお部屋、nami

まちと海が見えるお部屋、yane

この日の午後到着した私たち。夕飯はおすすめいただいた、近所のうどん屋さんへ。サービス精神旺盛な店主のお店でお腹いっぱいうどんをいただいた後は宿へ戻り、「nami」の部屋に宿泊しました。小さめのお部屋ながらもベッドは広く、ふかふかのお布団が快適です。

翌朝は日の光とともに起床。朝の海を眺めたくて、屋上にのぼりました。まちと海を一望することができます!

階下からただよってくる良いにおいに吸い寄せられるように1階へ降りていくと、朝ごはんの準備ができていました。

この日のメニューは蒸し野菜、ミョウガとれんこんの甘酢漬け、がんもどき、魚のあら汁に炊きたての御飯。氷見の食材を使って、お二人が心をこめてつくってくださった料理はどれも心と体に沁みる味です! 見たことがない調味料もテーブルに並び、これはなんですか? この食材はどこから来たんですか? と会話が弾みます。

チェックアウト後、まだ次の移動までに時間があったので、釣りをすることにしました。HOUSEHOLDでは釣具のレンタルをしているのです。

慎也さんにご案内いただいて近所の釣具店でエサを買い、釣りのポイントで道具の使い方をレクチャーしていただきます。

とても良く釣れるスポットらしく、私は今回が人生初の釣り体験でしたが、小さな魚を何匹か釣ることができました!

今回は時間がなかったため釣った魚はお二人にプレゼントしましたが、キッチンをお借りして自ら調理し、食べることもできるそうです。

「勝手口」から始まる旅

宿泊客がキッチンを自由に使えること、氷見の食材を使った朝ごはんを提供していること、釣りをはじめとした食材を入手する体験ができること。このように、HOUSEHOLDでは“食”にまつわる体験を大切にしています。

宿のパンフレットには、“「正面玄関」の観光ではなく、「勝手口」から始まる旅”というフレーズも。どんな意図があるのでしょうか。

慎也さん 正面玄関の観光というのは、いわゆる観光スポットに行ったり、旅館でご飯を食べたり、地方の名物を食べたりというようなことだと思っていて。それも一つの旅の醍醐味なんですけど、僕たちはもう少し、まちに暮らしている人たちの食卓に入っていくような旅が提供できたらいいなと思っています。

例えば氷見の名物といえば、寒ブリや氷見牛といった高級食材が名を連ねます。でも本当にそれが地元の人の生活に密着した、日々食べているものかというと、そうでもありません。

台所へ直接通じる「勝手口」から入っていくように、氷見の家庭の、まちの、営みを感じてほしい。そう願って、二人は宿に「家庭」を意味する、HOUSEHOLDと名付けました。

背景には、二人が氷見で巡り合った食の体験が豊かだったということが大きくあります。

奈津美さん 海には魚がいて、漁師がいて、獲られた魚は漁港でせられて魚屋に入って、巡り巡って我が家に来ます。

海と漁港のそばのこの場所にいると、そういった町の人の日々の営みが目に見えるんですよね。これまで、自分の食べ物を口にするまでのストーリーを意識したことはなかったんですけど、誰かの仕事の上に自分たちの食卓があるということが感じられるのはすごくいいなって。ここに来たときにそのことに何より感動したんです。

こうした食の体験を提供するために、釣り道具のレンタルの他に、もしもリクエストがあれば、ミョウガが収穫できる山や鶏小屋まで案内していただくこともできるのだとか。

また、料理をしたい宿泊客には、町のスーパーや魚屋さんへ「買い物ツアー」として案内もしています。

慎也さん 魚屋さんに行っても、どの魚をどういう風に食べていいかわからなかったりしますよね。なので、捌き方や美味しい食べ方を説明しながらご案内しています。

一般的な旅館に宿泊すると、食事も入浴もほとんどその建物の中で完結します。でもHOUSEHOLDは、まちをつなぐ中継地点として存在しているイメージなのだそう。釣りをしたり、スーパーに行ったり、温泉に入ったり。氷見の人の日常的な暮らしという、普通の観光ではなかなかできない体験を提供しているのです。

お話を伺っている最中、「ミョウガがたくさん採れたから」とご近所さんが来訪。二人の地元の方からの愛されっぷりを感じるとともに、食卓へつながるストーリーの一場面を垣間見た気がしました

住むための部屋を探していたはずが、
ビルを一棟手に入れることに

氷見市にやってきたのは2015年のこと。それまで二人とも東京でお勤めでしたが、慎也さんの氷見市役所への転職を機に、移住することになります。

奈津美さんは、東京のIT企業を退職して、氷見でWeb制作のフリーランスとして働くことに。都会の暮らしが大好きだったと話す奈津美さん。特に田舎暮らしに憧れがあって富山にやってきたわけではありません。

遊べる場所がないなら、自分で遊びを生み出さなければと、様々なスキルを持つ移住仲間とともに、ビアガーデンやサウナ小屋をつくるなどイベントを企画しました。(その模様については、こちらの記事の「10人の愉快なピープルによるプレゼン大会!」の中でも少し触れています。)

サウナ小屋イベントでの1枚

「ないならつくってしまえ」、それが二人に共通する精神。

地元の人が思いつかないようなアイデアと実行力で企画をかたちにし、二人のもとには地域の面白い人たちが集まるようになってきます。

そうして氷見での暮らしを楽しんでいた二人が宿を始めることになったきっかけは、ビルとの出会いでした。

慎也さん それまで住宅街のマンションに住んでいたんですけど、海の見える部屋に引っ越したいなと思ったんですよね。だけどなかなか見つからなくて。今HOUSEHOLDがある場所は海の目の前だけど、さすがにビルだからどうだろうと思ってたんです。でもオーナーさんと話してみたら、快諾していただけて。ただ家を貸すよりは売りたいと言われて、買い取ることになりました。

なんと住むための家を探していたつもりが、ビルを一棟手に入れることに。元呉服屋だったビルは、もうしばらく誰も住んでいなくて空き家になっていたのだとか。思いがけず手に入れたビルの空間の大きさと4階からの眺めを見て、二人はこのビルでできることを考えるようになりました。

4階にあるnamiの部屋からの眺め

思いがけずかなった二人の夢

それにしても、宿を運営するというのは様々な準備が必要そう。ふとした思いつきだったのか、それともどこかに宿をやってみたいという思いがあったのでしょうか。

そう尋ねると、慎也さんが「彼女がね、もともと旅館の女将になりたかったんです。この前もノートをみつけてね…」と笑います。「もうあれはね、恥ずかしくて」と声が大きくなる奈津美さん。

奈津美さん ノートっていうのは、昔、こんな宿がやりたいっていうのを書いたノートなんですよ。それをこの前みつけたら恥ずかしいこといっぱい書いてあって(笑)

そもそもは大学生のときに、就活が一通り終わった後にふと旅館の女将になりたいなと思ったときがあったんです。

友達を家に招くのが好きで、大学時代も一人暮らしだったので、よく友達を招いてたんですよ。そういうのが楽しかったから、私女将向いてるかもしれないなと思ってた時期があって。でも結局ITの会社に就職が決まってたので、そこでバリバリに働いてたんですけどね。

毎晩遅くまで働いて、週末は洗濯と睡眠。そんな仕事中心の生活を送りながらも、旅館の女将になりたい、その思いを温めていた奈津美さん。やがて週末に“飲食店ビジネス”の講座に参加するようになります。そこで出会ったのが慎也さんでした。

慎也さん 僕は最初、飲食店に興味があってクラスを受けてたんです。でもだんだんとギャラリーをやりたいなと思うようになって、最終プレゼンではギャラリーをやりたいという話をしました。

現在2階は慎也さんが運営するギャラリーになっています。「夢かなってる!」「本当にね」「なんだか気味が悪いぐらいだね」。思わぬタイミングで抱いてきた夢がかなったことに、話しながらも二人自身が驚いている様子。

慎也さん 駅も漁港も近いこの立地で、空間もすごく大きくて。このビルが手に入って何をしようかと思ったときに、やりたいことと、ここだからできることを考えて宿しかないかなと思ったんです。

特に僕たちが氷見に来て豊かだと感じた食や自然を体験してもらうことって、ふらっと1,2時間来てできるものではないので。ここに泊まって、夜まちに出たり、早起きして朝日を見たり、漁港に行ったり。宿があったら全部体験してもらえるし、僕たちがやりたいことも実現できるという思いがありました。

そうして2017年の夏頃からオープンに向けて準備を開始。呉服屋時代のまま時が止まったビルの中には、使えるもの使えないもの含め、様々な家具や道具が残されていたのだそう。不用品を運びだし、掃除し、解体までも自らの手で行います。

解体中の様子

そうして宿ができるまでの様子をインスタグラムで発信すると、オープンを楽しみにしてくれるファンがつきました。建築家や大工さんに内装工事をお願いし、1年あまりの準備期間を経て、HOUSEHOLDは2018年7月29日に営業開始。今では口コミで訪ねてくる方のほか、釣りや料理が好きな外国からのお客様も全体の10パーセントぐらいいるのだそうです。

まちのこと、食べ物のこと、魚のこと。
土地に伝わる知識を目に見えるかたちにしていきたい

宿に喫茶にギャラリーやイベントの企画など、精力的に活動する二人ですが、まだまだやりたいことがたくさんあるのだそう。

慎也さん 編集の仕事をしたいと思っています。まちのことや氷見のガイドブックをつくりたいですね。それがあることによってこのエリアの価値を上げることにもつなげていきたいです。

もちろん、食に関する本もつくりたいと考えています。

奈津美さん 私は魚の本がつくりたいと思っていて。魚の生態とか性質、なぜこんな名前で呼ばれるようになったのかという民俗学的な話もできたらなと。

ここに来るまで魚のこと全然知らなかったんですよ。でも魚ってものすごく数いて、旬があって知れば知るほど奥が深いんです。知り合いに漁師も魚屋も漁業研究者もいるので、そういう人たちの話を複眼的にまとめた本ができたら面白そうだなと思っています。

慎也さん 食材の加工とか、どんな風に食べ物が生まれて、どういう風に食べるかということに関して、60代より上の世代の方たちはものすごい知識を持っているんだけど、全部口頭伝承なんですよね。

そうした今見えなくなっていることを見てもらって身近に感じてもらうとか。食や食べることに対しても理解や興味を持ってもらえたらいいかな。

自分たちが受け取ってきた鮮やかな体験を、見えるかたちにして共有していく。それが二人にとっての次の挑戦です。

greenz peopleでいるのは
様々な地域で奮闘する人たちの姿が励みになるから

そんな二人は以前からのgreenz.jpの愛読者。慎也さんは場づくりの記事をよく読んでいたそう。奈津美さんは特に印象に残っている記事として、誰でもどこでも一日だけ自由にレストランを開ける、レストランデイの記事をあげてくれました。

寄付会員であるgreenz people(以下、ピープル)になったのは、氷見に来てからです。

奈津美さん 東京にいた頃は、情報もすぐに入ってくるし、会いたい人がいたら会いに行けたんですよね。でもこっちに来たら物理的にそうもいかないなと思って。それで情報がほしかったのが最初かな。

実際、ピープルコミュニティのページを見ていたら、誰が何をし始めましたとかわかるじゃないですか。他の地域で頑張っている人たちの話を知ったり聞いたりできるのは刺激になりますよね。

なんと、これまでにピープルで泊まりに来てくれた人もいたのだとか。

奈津美さん 広島からのお客さんだったのですが、HOUSEHOLDのインスタグラムをずっとフォローしてくれていたみたいで。泊まりにきたときに、「実は私ピープルなんです」って言ってくれたんですよ。そういう出会いは嬉しいですね。

ピープルサミットで奈津美さんが登壇したときの様子。グリーンズとの関係もここから深まったのだそう

奈津美さん むやみやたらにつながりたいわけではないんです。でもピープルでいることが、何かのきっかけになったらラッキーですよね。

たしかにピープルである私自身、氷見にやってきたのは、ピープルサミットで出会った奈津美さんが宿を始めたのを知っていたから。もしも二人のことを知らなかったら、北陸旅行で氷見を訪れることも、お話を聞いたり釣りをしたり、こうした豊かな体験に出会うこともきっとなかったでしょう。ピープルでいることが何かのきっかけになる、というのはまさにこういうことかもしれません。

二人があげたい狼煙とは?

オープンして半年、HOUSEHOLDにはまだまだ新しい展開が待っていそうです。最後に二人があげたい狼煙を聞いてみました。

慎也さん このビルを活用して、一緒に何かできる人がいたらいいですね。ただこちらから何かをお願いする、というよりは、例えば1階で日中だけパン屋さんを開いてくれるとか、そういう人がいたらいいな。

奈津美さん それとも関係するんですが、シェフに一定の期間滞在してもらって料理をつくる、「シェフ・イン・レジデンス」を定期的に開催したいと思っています。

日本や海外、プロアマ問わず料理をつくりたい人に来てもらって、食材をハントするところからはじめる。この土地の伝統的な調理法を地元の人から学んで、シェフの方法でアレンジした料理を提供して、近所の人に食べてもらう、ということをしたいんですよ。

慎也さん ギャラリーがあるので、作家さんとコラボレーションするのもいいよね。HOUSEHOLDのテーマが食なので、器やカトラリーの展示と、そのものを実際にこのキッチンのスペースで使ってもらって得意料理を出す、みたいなこともできたらと思っています。

シュウマイづくりが趣味の金工作家、守田詠美さんの展示の際には、キッチンを使ってシュウマイづくりのイベントを同時開催しました

奈津美さん とはいえ、もちろん泊まりに来ていただけるだけでもすごく嬉しいです。この宿はおしゃれな宿に泊まってみたい人、食に興味がある人、体験型の旅がしてみたい人、いろんなレイヤーの方に来てもらえるのがいいなと思っているんです。

ひとつ筋が通った思いを抱えながら、関わる人の気持ちを尊重し、ちょうどいいバランスを模索しながら宿を運営しているようです。

もしもまだ知らない何かを発見する旅に出てみたくなったら、ぜひ海辺の小さな宿、HOUSEHOLDを訪ねてみてください。私たちが当たり前に受け取ってきたものが、この宿の「勝手口」から新しく見えてきますよ。

【HOUSEHOLDの連絡先】
935-0013 富山県氷見市南大町26-10 
HP http://www.household-bldg.com/
Instagram https://www.instagram.com/householdbldg/
mail : householdbldg@gmail.com

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