地方創生のリアルを見つめながら、ローカル起業とまちの再興について一歩踏み込んだ視点で探求する連載「小田原創業ものがたり」。前回は“2人の壁”を乗り越えたゲストハウス創業者のリアルな声をお届けしました。
今回は、1人で始めたハンモック通販事業をたった3年足らずで年商1億円まで育て上げ、5人を雇用、いわば“5人の壁”を越えた「すさび株式会社」代表取締役・石原大輔さんのインタビューをお届けします。
“会社に所属して人事をしたことも、部下を持ったこともない。そんな自分が人を雇って、その人の人生に関わるなんて重すぎる。”
と感じていた石原さんが、今、小田原のまちでさらなる壁を越えていこうとする理由とは?
キーワードは「もっと自由になるために」。
その言葉のひとつひとつを感じてみてください。
1980年、京都府生まれ。すさび株式会社代表。会社のモットーは「日常に、ワクワクを」。一児の父。楽器屋店員、音響照明、政治家秘書、旅人、編集者を経て、2011年に東京でハンモックのインターネット通販サイト“自分の思うままにあそぶ”という意味の「すさび(遊び)」を始める。2014年4月に小田原へ。2014年12月に「旧三福」のコワーキングを利用し始め、2016年10月にはショールームもオープン。2018年10月現在、6人体制で事業規模拡大中。
3年で越えた“5人の壁”
石原さんは2011年、東京でインターネット通販を立ち上げました。2014年からは、何の縁もなかった小田原にオフィスを構え、「すさび株式会社」を設立。ハンモック・ハンモックチェア専門のインターネット通販を中心に、事業を展開してきました。
ハンモック発祥の地・中南米で生産されたハンモックの販売に加え、現在はインテリアやキッズ用品の販売、ハンモックの卸し事業も展開するなど着々と事業を拡大しています。
昨年の「小田原創業ものがたり」におけるインタビューでは、創業への想いを語ってくれた石原さん。
2017年2月の取材当初は2人で会社を運営されていましたが、2018年10月現在は、石原さん、4人のフルタイム社員、1人のパートタイムという6人体制に。経営全般に携わる石原さんとともに、ブランディング&MD、ネットショップ店員、バイヤー、デザイナー、ウェブデザイナーなど、それぞれが得意とする役割を担っています。
創業から3年弱で1人から6人へ。そこにはどんな物語があったのでしょうか? 創業当時までさかのぼり、“人を雇う”という視点でお話を聞きました。
そもそも自分で仕事を始めたら、自由になれるかなって想いがあって。僕、ものを売りたいから会社を始めたわけじゃないんです。
と語り、1期目は1人で「すさび」を運営していた石原さん。もともと、会社立ち上げ前からネットショップを経営していた経験もあり、売り上げは好調。2期目に入る頃には、自分1人では手が回らない状態になったと言います。
利益もそこそこ出ていたし、もう自分ひとりでやるの嫌だなって。多分このままだと長くは続かないな、と。
それに、いざ会社にしてみると、今度は「会社になったら人雇わなきゃ」っていう訳のわからない気持ちになって(笑) 1人でやれなくはないんだけど、会社だし、人いたほうが会社っぽくね? みたいな。それで、募集をかけたんですね。
そうしたら、野崎(現在ブランディングやMDを担当する野崎良太さん)が普通に応募してきてくれて。会ったら、話もあうし、入ってもらったんです。それが2期目の夏のことです。
1人から2人体制へ。実はこの時に感じたある気づきが“5人の壁”を越えていく今につながっていると石原さんは当時を振り返ります。
彼はまんべんなく何でもできるタイプで、それに対して、僕は結構できることとできないことの差が激しい。1人のときは、できないこともしょうがなくやっていてなかなか苦戦が多かったけど、彼が入ってくれたことで、できることがどさっと増えたんです。
その時「あ、人が増えるとこんなにできることが増えるんだ!」って気づいた。仕事の自由度も、自分の身の自由度もこれまでより上がるし、これはもっと人増やしていったら面白くなるんじゃないかなって思って。
それに、会社って、いろんな意味でずっと平行線ってことはないと思うんですよね。上がるか下がるか、どうせ上げるならある程度ばりばりやったほうが面白いじゃないかな、と。
こうして、2人目、3人目と雇用を進め、創業から3年足らずで6人の会社に。「すさび」は、年商1億円企業へと成長したのです。
自由度が増すから人を増やす
“5人の壁”を越えた今、さらに業務や会社の規模拡大をもくろむ石原さんですが、実は、雇用の過程で軽いトラウマを抱えたことも明かしてくれました。
会社に勤めたこともないし、人事も初めての経験で、採用したけど辞めてしまった人もいましたし、なかなかうまくいかないこともありました。
雇用するって、やっぱり人の人生にある種関わるというか、自分の中で抵抗もあったんですね。毎月お給料を渡す訳で、稼がなきゃいけない。そんな重たいのやだなって思った。
そんな石原さんが、それでも人を雇う想いとはどんなものなのでしょうか?
2人目以降の雇用は物理的に売り上げも増えて、まわらなくなったっていう状況がありました。でも、これからは「会社を大きくするために人を増やす」みたいになっていくと思います。
なぜ、会社を大きくしたいかというと、その方ができることがまた増えると思っていて。今は、すぐには儲からないジャンルの仕事にはなかなか手が出せない。でもある程度の規模になってくると、例えば、1年以上研究開発しないと芽が出ないけど面白そうなことや、将来もっと芽が出そうなことがやりやすくなる。なにより、自由度が増すから人を増やしたいっていう感じですかね。
業務に追われるから人を増やすのではなく、より会社の自由度を上げるために会社を大きくする。では、“5人の壁”を越えて、更に維持するためには何が必要なのか伺うと…。
実は今の状態を維持することって大したことないと思ってます。
雇用に関して言えば、地方はどこでも同じかもしれませんが、小田原という場所柄、ピンポイントで来てほしい人がすぐ見つかるわけではなくて。「すさび」も、これまではまず採用して、ポジションを与えていくという感じでした。
だから、僕の中では5人はまだ壁ではなくて、勢いでいけたところはある。でも15人くらいでつまずくんじゃないかな。役割分担を明確にして、しっかり人材を見極めていく必要があると思う。
6人になり、現オフィスは既にぎゅうぎゅう状態。取材の翌月には、新しいオフィスへの引っ越しが決まっていました。
実は僕、集団苦手なんですよ(笑) すごく嫌ってほどではないんですけど。でも、この1年半、考え方も変わってきたというか…。
創業当初から、ものを売りたくて始めたわけじゃないっていうのもあるし、会社としてハンモックだけじゃ規模感として弱いのもわかっていた。ものじゃなくて、ライフスタイルとか、価値観的なものを提示していきたいので、いつか、事業の幅を広げていくという構想はありました。
今、インテリアやベビーキッズラインの扱いも始まってちゃんと利益になってきていて。これも6人になったからできたことだと思いますし、さらに、別の事業を立ち上げないとなって考えるようになった。
小売り、物販でなくて、ハンモックから離れてもいいし、サービスでもいいし。こうやって思い描く自由度が上がったのも今だからこそなのかなと思います。
コミュニケーションとリーダーシップ
ここまでのお話では、「すさび」は良い人材に恵まれ、業績を伸ばし、順風満帆と感じます。それでも敢えて、これまでの困りごと、学びについて伺ってみると、少しはにかみながら石原さんはこう話してくれました。
いきなり今のメンバーになったわけでは当然なくて。先程お話したように、人事ってうまくいかないなって落ち込むこともありました。
そこでの学びは、やっぱり、熱量や意識、モチベーションを合わせることが大事だな、と。あとは、自分は結構、「勝手にやって」みたいなタイプなんですが、人が増えると、やはりちゃんと見ていないといけない場面が当然出てくる。
僕はもともとコミュニケーションをとるのが苦手なんですが、そこは無いリーダーシップをしぼりださなくちゃいけないなって。もう、からっからですけどね(笑)
もともと自由になりたいから自分で仕事を始めた石原さん。人を雇うことで自分の思い通りにならないこともあるのではと感じますが、そこにも「自由」というキーワードがありました。
本当に理想は、僕は新しいことを考えて、これやろうぜって言ってるだけで、周りが勝手に実現してくれるって状態(笑) その自由はやっぱり、人が増えないと叶わないと僕は思っているので、無いリーダーシップも絞り出します。
それに、楽しいことを提供する側の人間が、働く上でも楽しんでないと、楽しさって提供できないんじゃないかなって思っていて。それは楽をするとか、勝手にやるっていうことではなくて、なにかを学んでみんなでつくりあげる楽しさとか、そういうことを感じ得る会社をつくっていきたいなって思います。
「この1年で、やっとミーティングをするようになったんだよね」と笑う石原さん。その表情からは仲間と仕事をする充実感を感じ取ることができました。
自分が楽しい居場所は自分でつくるしかない
5人の壁を越え、10人、50人へ…? 石原さんのストーリーの続きが気になりますが、改めて、石原さんが見ている未来、そして、小田原のことを伺ってみると石原さんらしい答えが返ってきました。
僕、若い頃、「自分が楽しい居場所は自分でつくるしかないんだな」って気づいたんですね。よく運のいい人っていうか、なんとなくそこに来て、すごくいい感じのところに落ち着いちゃう人っているじゃないですか。僕はそういうタイプじゃないなって気づいたんですよ。
だから、自分でつくるしかない。自分の働く場所、会社もつくろうって。それも1人でやるのではなくて会社にして育てていく意味なのかもしれないです。
「自分が楽しい居場所は自分でつくるしかない」。その答えは、石原さんが前回のインタビューで語った「楽しく生きようぜ」という想いにも通じているような気がします。
小田原で法人化して4期目。最後に、これから小田原で老舗を目指すのか伺うと、笑いながら「それはまた違うかな」と、ここでも石原さんらしい答えが返ってきました。
僕はまちをつくりたい。「居場所はつくるしかない」ってことに通じてるんですが、普段、オフィスにいるだけでは知り合いは広がらないですよね。
でも僕らみたいな規模とか、その上の規模の会社がまわりに増えると楽しいし、同じ悩みや会話ができる人に会う機会がふえるかなって。それに会社が増えると飲食店とか増えて、正のスパイラルができると思う。
僕は価値観として「自由」っていうのが重要なので小田原のまちにこだわる訳ではないんだけど、ここにいるからには盛り上がって欲しいし、それが自分にもプラスになると思います。
まちが再興してほしいから、その土地を愛しているから、創業し、成長する。そんなスタンスではない。でも、自分自身のために、「まちをつくりたい」とも思う。
このくらいのスタンスで創業してもいいんじゃないかなって思える。小田原というまちだから、そう思えているのかもしれませんね。
思えば、本連載に登場したゲストハウス創業者・梅宮勇人さんも、同じようなことを語っていました。「地元愛」とは違うけれど、「このまちで創業・成長したい」と思える。「可能性を試したい」と思える。そんな小田原のまちのポテンシャルが、2人の創業者インタビューを通して、はっきりと浮かび上がってきました。
連載「小田原創業ものがたり」、次回は小田原のローカル起業事例として一番に名前の挙がる東証一部上場企業「株式会社Hamee」代表取締役社長・樋口敦志さんと、起業や事業拡大に関する書籍も多数出版している事業戦略家・山口豪士さんの対談をお届けします。石原さんのように“5人の壁”を越え、1億円企業を増やすために必要なこととは?
ローカル企業の成長を見据えた先輩たちからのアドバイス、どうぞお楽しみに。
(Photo by Photo Office Wacca: Kouki Otsuka)