選ぶ“ストーリー”によって世界は違って見えてくる。メアリーアリス・アーサーに教わる、「ストーリーテリング」を通して新しい視点を見つける方法

「ストーリー」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょう。
おとぎ話?
最近流行りのモノを売るための手法?

ここで紹介するのは、ストーリーを語る・聞くという行為を通して、新しいものの見方を発見する対話の手法「ストーリーテリング」です。

組織内のビジョンを決める際や、意見の異なる人同士が話し合いコミュニケーションを深める場合などに生かせる対話のツール。日本でも、企業やNPOがすでにチームビルディングやリーダーシップ育成などに取り入れ始めています。

よく考えてみれば、世界はストーリーに満ちています。ある企業の描くビジョン、商品のブランドストーリー、一人のミュージシャンの物語。ストーリーは私たちが世の中を見るレンズで、みんなそれによって行動を決めていると言ってもいい。

私たち一人一人も、自分のストーリーをもっている。ですがこれだけ価値の多様化した現代では、仕事の仕方も人生の目標も人それぞれ。大勢が1つのチームになって何かを行うのは、より難しくなっているとも言えるでしょう。

ストーリーテリングでは、個人の思いをアウトプットしやすい場を設定し、そこからみんなで学び合う手法を取るため、個人が自分の価値観や生き方を見つめ直す手段としても、個人の考えを組織の価値観とすりあわせる方法としても有効です。

自分のもつストーリーが、1つの見方にすぎないことに気付く

2017年の夏には、ストーリーテリングの先駆者であるメアリーアリス・アーサーが来日し、ワークショップ「パワフルなストーリーが未来を創る」が東京で行われました。主催は「一般社団法人サステナビリティ・ダイアログ」。

「一般社団法人サステナビリティ・ダイアログ」の牧原ゆりえさん(写真・左)と。今回のワークショップは、「Mary Aliceと学ぶArt of Hosting-2017年東京の夏シリーズ」実行委員会のメンバーと共同で主催された。

休日のとあるビルに30名ほどの社会人が集まりました。参加の動機はさまざまで、コンサルティングの仕事にストーリーテリングを生かしたいといった人や、価値観の違うメンバーのコミュニティ運営に悩んでいる人、個人的な悩みでブレイクスルーしたいと思っている人などなど。

あくまでこの日行われたのはストーリーテリングの中でもさわりですが、まずどんな風に進めるのか、その手順を説明します。

基本的にストーリーテリングは、話者(ストーリーテラー)、聞き手(ハーベスター)、これを観察する立会い人(ウィットネス)、の3役を置いて進められます。話者が話して終わりではなく、聞き手も立会い人もその話から何を得たか、何を知識として生かせるかを言葉にして返す「Harvesting」(収穫)の工程を大事にします。どんな視点で話を聞くかという立場を、話を聞く前から決めておくのです。

ストーリーテリングの基本的な考え方を説明するメアリーアリス。講義形式ではなく、皆がサークルになっている中に座ってとてもユーモラスに話し始める

まず行われたのは、ストーリーテリングをもっとも小規模なサイズで体験できるStory trio works(ストーリートリオワークス。3人1組になって話し合う)。一人が話者に、一人が聞き手に、一人が立会い人になり、それぞれが順番に話します。

この日のテーマは

「あなたの人生で、勇気をもって行動したときのことを話してください。結果として何が起こりましたか?」。

これに対して聞く側は「話者が勇気をもてたのはどんな条件・状況があったからか?」に絞って話を聞きます。

1つのグループに入って様子を伺っていると、こんなことが起こりました。

まず話者が話したのは「勇気を出して会社をやめた」話。大企業の営業として働いていたAさんは利益第一主義の会社の方針が嫌になり、まったく業種の違う分野で独立し、コンサルティングの仕事を始めました。

今では小規模でも思いのある企業を応援することができていて「結果として良かった」と話すAさん。前の会社が嫌になってまったく違う道を進み、それでよかったと聞こえる話です。ところが、次に話した聞き手(ハーベスター)の女性は、勇気を出すことができた理由としてこんなことを挙げました。

「全然違う業界や職種であっても、会社員だった頃にもっていた疑問が、今の仕事の原動力になっているように思えます。強い違和感を感じられたからこそ辞める勇気を持てたのではないか。前の会社の経験が今にもつながっている」と。

さらに最後、2人のやり取りを見ていたウィットネスである男性はこう話しました。

「Aさんの仕事はこれから先、会社員の頃に見てきた世界と今いる世界のブリッジ役になれるのではないか」。

過去のキャリアをまっさらにして、まったく違う仕事をゼロから始めたつもりでいたAさんは2人の視点に驚きながらも、自分の立っている場所が過去から続く力強いものに感じられたと感想を述べました。1つの個人的な身の上話に2つの視点が加わり、より強い新しいストーリーが生まれたようでした。

ストーリーテリングの基本形を図式化したもの。3人のプレイヤー(話者、聞き手、立会い人)と5つの流れ(プロセスデザイン、ホストする、語る、聞く、収穫する)。

ストーリーを聞いて、そこから「何を得るか」

次に、このストーリートリオワークスを基本にして、大人数が1つのグループになって同様のワークを行います。Collective Story Harvesting(コレクティブ・ストーリー・ハーベスティング)という対話の手法として世界中で実践されているやり方です。聞き手が増えると、ハーベストのポイント(話を聞く際に着目する視点)も複数設定でき、1つのストーリーからいくつものヒントを見出せます。

この場では、2人がストーリーテラーとして自分の物語を語り、残り全員がハーベスターかウィットネスになりました。話を聞く視点として設けられたのは、次の4つ。

・リーダーシップ…この話からリーダーシップについて何を学べるか?
・コミュニティ…コミュニティとは何か?
・新しいストーリー…この話からどんな未来を描くことができるか
・課題解決…この話から学んだ課題解決の方法

聞き手はこのテーマごとに分かれて、得たものを共有し合います。最後に、ウィットネスが発見したことを発表して新たな気づきを加える点もストーリートリオワークスと同様。

こうして1つのストーリーを大人数でさまざまな視点から見ていくと、極めて主観的な個人の話が、より立体的に立ち上がり、そこから多くの学びが得られることに気付きます。

話者である2人の男性の話は、過去に起きた出来事や仕事の話など、きわめて個人的な物語。けれど私自身も「この話からコミュニティのヒントを見つける」という姿勢で耳を傾けると、見えてくる見えてくる。驚くほど、そのヒントがたくさん見つかったのです。

みんなで出し合ってみるとその視点もさまざま。「楽しいコミュニティには人が自然と集まってくる」「学べる場であることも大事なポイント」、「小さな成功体験、達成感がとても重要」「可能性を生む場だと長く続く」などなど。

私たちは何かを知ろうとする時、一般化された知識を書物で読み、自分の状況に応じて知を得ようとしてきました。それに対してストーリーはとても主観的で、自分が置かれた状況とまったく同じ状況の話を聞けることはないかもしれません。でもそこから自分に役立つ知を抽出することはできるし、その知がどのように現実に起こったのかイメージをもつこと、人と共有することができます。

一見時間がかかる作業にも思えますが、「集団で大切なことを共有しつつ、それぞれの状況に合わせて行動すること」を目指す場合、ストーリーテリングの「知の共有方法」はきわめて効果的です。これをメアリーアリスは「ナレッジ・マネジメント」(*)と言っています。

(*)知識の共有、明確化を図り、作業の効率化や新発見をしやすくする手法。

参加者全員でのグループワーク。聞き手は話を聞いた後テーマごとに集まり、さまざまな方法でプレゼンテーションする。

ストーリーテリングを企業に生かす

ストーリーテリングのポイントは、このように、他者の視点から新しい見方を得ることにあります。

そのプロセスを3つ挙げると、1つはあえて言葉にして話すことで話者が普段は自分でも気付かなかった思いに気付く可能性があること。2つめは、他者の考えを聞いて、自分が思い込んでいたストーリーとは違う見方があると知ること。そして3つめが、他の見方を知ったうえで、自分の考えも変わる可能性があるということです。

収穫した内容を、各グループごとに発表する。プレゼン手法もグループに委ねられており、グラフィックを使ったものや格言風にまとめるなどさまざま。

富士通総研のコンサルティング本部で働く川口紗弥香さんは、この夏、メアリーアリスを招いて社内研修としてストーリーテリングのワークショップを行いました。グループ会社の各部署から20人が参加。なぜ、ストーリーテリングの手法だったのでしょうか?

川口さん 自分自身が他社の新規事業や新商品のコンサルティングに携わっているなかで、ストーリーテリングの必要性を感じたことがあります。

たとえば、ある会社の課題を分析してこれをやるべきと、私たちが提案するのはひと月もあればできます。でもそうしたコンサルタントの一方的な提案では、なかなか現場で働いている人たちに定着しないことが多いんです。

であれば時間がかかっても、新規事業に関る人たちに集まってもらって、一人一人がどんな思いで仕事をしているのか、何を実現したいのかをストーリーとして話してもらい、みんなで方向性をつくっていく方がいいと思うんです。

そのために、まずは自由に個人の話をしてもらうのがいいということでしょうか?

川口さん 過去に仕事で体験したことや失敗談などのストーリーを共有し合うと、どうしてこの人はいつもこういうアプローチなんだろう? と疑問に思っていたことの理由がわかったり、自分が正しいと思っていた方法が必ずしもそうではないと気付くことができます。

さらには、このストーリーテリングが自社の社内コミュニケーションにも生かせると考えたのだそう。

川口さん コンサル業というのは個々の力に寄るところの大きい仕事ですが、もっとお互い仕事で得たノウハウを社内で共有し合うことができれば、組織として知識を蓄積できて、より強くなれると思うんです。

ただ、ストーリーテリングをやることが目的ではなくて、あくまで手段。他の対話のツールと合わせて目的に応じて活用していけるといいなと考えています。

後日、話を聞かせてくれた川口紗弥香さん。(株)富士通総研のコンサルティング本部産業グループに所属。

信じるストーリーが変われば、世の中の見方も変わる

ストーリーを語るというのは、人が火を囲んで暮らしていた原始時代から続く人間の基本的な行動だとメアリーアリスは話します。

メアリーアリス 私たちはストーリーを通じて意味付けした世の中を見ています。でも必ずしも見ている現実が本当の現実とは限りません。

ストーリーを意識すると、私たちがいかにつくられた世界に生きているかにも気付きます。たとえば、「あなたには○○が足りない。○○さえあればもっと美しくなれる」と絶えず訴えかけてくる美容業界の宣伝文句。これは真実でしょうか? とメアリーアリスは問いかけます。あらゆる民族や宗教間の偏見も、つくられたストーリーから生まれます。

メアリーアリス 人はみんなあるストーリーを生きています。でもだからこそ、変えることもできる。

メアリーアリスは、世界中のあらゆる場でストーリーの手法を用いたワークショップを行っています。

デンマークのNGOとは難民問題について西欧人と中東人がともに話し合う場をつくりました。行政と市民コミュニティの市民協働をテーマにした話し合いや、オーストラリアでは障害者や高齢者のケアセンターで働くスタッフが、入所者に敬意をもって接することができるようなワークショップを行うなど、あらゆる課題をストーリーの力で解決しようとしています。

1つ、ストーリーの強さを物語る例として、こんな話をしてくれました。

メアリーアリス 今デンマークは幸福度の高いいい国として知られていますが、じつは1813年に一度経済破綻しているんです。当のデンマーク人でも多くの人がこのことを知りません。ところが今に続くデンマークの教育制度(*)というのは、この危機の翌年に導入されたものなんです。

当時の国王はこう言ったそうです。「私たちは今確かに貧しいかもしれない。でもだからこそ教育が必要なのだ」と。

それから各村1つの家を学校に指定して教員を養成するためのネットワークを築きました。この組織はその後あらゆる市民運動の母体になり、今もゆるやかに続いています。このストーリーから私たちは何を学ぶことができるか。

1つは、危機はチャンスになり得るということ。そして、危機を乗り越えるために人は結束しなければならないということです。

(*)デンマークの「フォルケホイスコーレ」という教育機関。学びたい教科を好きに選択して学ぶことができる。17歳以上であれば誰でも入学できる全寮制の学校で国内に約70校。試験や成績が一切なく、民主主義的思考を育て、知の欲求を満たす場であることが掲げられ、生徒は国からの助成金を受け学費の一部を払うだけで入学可能。教育内容は各校によってさまざまな特徴がある。

この日の話し合いで得られた内容は、グラフィッカーによって一目で楽しくわかりやすいようにまとめられます。

ストーリーを生かすということは、そんな風に「歴史に学ぶ」ことでもあり、「今を生きる他者から学ぶ」ことでもあります。

人は聞いた話をもとに自分で新たなストーリーをつくり、それによって行動する。それは選択できる。一見あたりまえのように思えるストーリーの使い方を私がここまでくどくど書いてきたのは、この世で絶えず起きている対立や、個人と組織の間のズレを、話し合いや新しい発見で解決するための、模索の1つでもあります。

あなた自身も、ストーリーの選択によってまったく違った世界が見えてくるかもしれません。