一人ひとりの暮らしから社会を変える仲間「greenz people」募集中!→

greenz people ロゴ

野遊びをしながら好きなものをつくり、楽しみながら生きる力をつける。「スノーピーク」伊豆昭美さんが提案する、“もっと身近なアウトドア”

spk1_2

緑一面のキャンプ場。青い空との境は、地平線を360度ふちどる山々。夏の日差しの中、タープの下で涼しげに風を感じている人々。

人里離れた大自然? と思いきや、実はここ、新潟県三条市のアウトドアメーカー「スノーピーク」の“本社”から見える、キャンプフィールドの風景なのです。

スノーピークでは、この自然のなかで、いわゆる市場・競合調査などの“マーケティング”は一切行わず、だれの模倣もしないキャンプ製品を開発。地元・燕三条の伝統技術が結集した品質は、日本のキャンプ愛好家のみならず、今やアジアや欧米でも注目を集めています。

今ここに見えているものに、私たちのこたえがあると思っています。

と語るのは、株式会社スノーピーク 企画本部 アウトドア事業部の伊豆昭美さん。キャンプフィールドにいたユーザーさんと親しげに笑顔をかわす彼女は、自然のリズムを楽しみながら、ここでコトづくりの企画等を手掛けています。

全国からキャンプ愛好家が集まってくるこのキャンプフィールドに、いったいどれだけのこだわりや想いがつまっているのでしょうか?
  
spk2_2

伊豆昭美(いず・あけみ)
2013年6月、株式会社スノーピークに入社。企画本部 アウトドア事業部 サービス課マネージャー。コトづくりの企画関連を担当。前職は、株式会社星野リゾート・東京営業所にて、トマム(北海道)やアルツ磐梯(福島)、八重山(沖縄)などの数々のリゾートの営業、マーケティング、販促を担当。

野遊びをしながら、好きなものだけをつくる

spk3
スノーピークのミッションである“自然指向のライフスタイルを提案し実現する”ために、5万坪の直営キャンプ場の中に建てられ本社。開発、営業、管理、アフターサービスに加え、スノーピーク製品の直営店や、自社工場も併設。1958年創業

もともと三条市街にあった本社をここに移転したのは、2011年4月。お客様がキャンプをする姿を見ながら仕事をしたい、という社長の想いからです。

どうやってお客様がキャンプを楽しんでいるのかを身近に感じたり、実際に使う姿からその製品上で改良すべき点を見つけたり。ここにいると、スノーピーク製品を愛するユーザー様が “笑顔”になっていく姿を、たくさん見ることができるんです。

とほほ笑む伊豆さん。ここスノーピークで“ユーザーの笑顔”をつくるには、“自分たちの笑顔”がなにより重要。それゆえ、「新しい発想はフィールド(現場)にしか落ちていない」がモットーのアクティブな開発者がそろいます。

週末になると、山へくりだしていく開発者も多いです。本格的な登山や山スキー、キャンプをとことん楽しみながら、例えば、風が強いときや地面が不安定な場所でも使えるバーナーがあるといい、とか、みんなで使えてコンパクトになる調理器具があるとコミュニケーションがとりやすい、とかそれぞれの肌で感じるのです。

好きなものはつくれるけれど、好き勝手なものはつくらない。自らがユーザーじゃないと新しいものやユーザー様が本当に喜ぶものが分からないんです。

spk4
“自然”と “ユーザー様”と。いつも一体となれる時間が社員の周りに流れている

spk5
自然光を活かした心地よいオフィス。窓の外の中庭では、開発者がテントの検証を行うことも

このように、思いきり野遊びをして、“現場で感じたこと”を仕事に活かすのは、なにも開発者だけじゃありません。ここで働くすべての社員の“日常の延長”に、アウトドアがあります。

「夕焼けがきれいな日は社内にいてもわかる」という伊豆さん自身も、このキャンプ場でその夕陽を愛でるひと時を大切にしているそう。

また、このオフィスで丸一日働いていてからも、ここにテントを張って一晩を過ごし、翌朝にそのテントから出社してそのまま働く人もいるのだとか。

週末の夜には、同僚同士シェルターを張り、星空と虫の音で癒されながらの野性的な宴も。冬になれば、真っ白に積もった雪の中でキャンプを楽しむ。

“根っからのアウトドア好き”がそろうスノーピークでは、都会のオフィスビルで働く人にとっては考えられないような働き方が、可能なのです。
 
spk6

“メイド・イン・燕三条”がこだわりを支える

一方、社員が自分の好きなものを追求し、かつ“お客さんも欲しがるに違いない”というところまで品質を引きあげるためには、開発・製造のプロセスにおいても、他社と大きな違いがあります。

ひとつは、開発者がすべて“プロダクトマネージャー”ということ。野遊びをして、デザイン画を描き、試作のために工場に通い、価格交渉もする。

つまり、大企業のように分業はせず、一つの製品の企画からデザイン、協力工場と連携して製造ラインにのせるまでを、一人の開発者が完結させる。特に、製造知識の習得にはかなりの時間がかかるのだとか。仕事も多く責任が重大な分、自分のこだわりを思いきりぶつけられる喜びがあるといえるでしょう。
 
spk7

spk8
燕三条の技術でつくられる製品。写真は、自社工場で手掛けるロングセラー・「焚火台」(上)、アスファルトを貫通するほど強靭な「ソリッドステーク」(左下)、鋳鉄技術の集大成・「和鉄ダッチオーブン」(右下)。
社長自ら三条工業会の代表を務めるなど、地元のものづくり企業との地縁を大切にしている。現在スノーピークの海外拠点はアメリカ・ポートランド、韓国、台湾にあり、その三条技術はグローバルでも通用するブランド力へとつながっている

そしてもうひとつは、多くの製品が“メイド・イン・燕三条”ということ。

社長・山井太の出身地でもあるこのエリアは、江戸時代から続く金属加工の伝統技術があり、地域全体がものづくりの町。スノーピークでは、創業時よりこの地場産業と一体となって製造を行っているのです。

最初は鋳鉄技術で有名な南部鉄器でダッチオーブンをつくっていましたが、今は地元でこだわって、「和鉄ダッチオーブンシリーズ“燕三条極薄鋳鉄”」を手掛けています。

開発者と燕三条の職人さんとで究極の軽量化にチャレンジし続け、驚異的な2.25mm厚を実現したんです。強度はもちろん、成型に必要な砂型をきめ細やかなものにすることで美しい鋳肌を生みだすこの技術は、他にないものだと思っています。

このような職人たちの熱い気概や、多様なノウハウが集積する町全体のポテンシャルの高さがあるからこそ、開発者のこだわりとも共鳴し、今のスノーピークがある。

ここ燕三条で、日本全国、そして世界で評価される高品質なものを目指して。スノーピークは誰よりも、“地元を元気にすること”を願っているのです。
 
spk9
「愛着をもち末永く使っていただきたい」との想いから、製品はすべて“永久保証”。アフターサービス部門に修理品が留まるのは1日程度。「月曜に店頭で修理にだせば、週末のキャンプまでにはお客さんの手元に戻る」といったサイクルを徹底

焚火を囲んで深まる一体感

このように、突き抜けたユーザー目線でのものづくりを続けるスノーピークが、変わらずに大切にしてきたのは、ユーザーとの“対話の時間”。

ユーザーとスノーピークの社員とが一緒にキャンプを楽しむ「スノーピークウェイ」は、1998年から17年以上続けているイベントです。2015年は8回開催し、応募組数も増加、高倍率の人気なのだとか。

その中でも「焚火トーク」は、アウトドアの楽しみ方についてユーザーと語り合えると同時に、「この製品は使いやすい」「こんな点を改良してほしい」といった製品についての本音のレビューを、社員が直接いただける、もっとも貴重な機会。

先日、ソロキャンプの長かった男性が、「スノーピークウェイなら行く、と久々に一緒についてきてくれた」と普段は別に暮らす大学生の娘さんと嬉しそうにご参加を。そんな話を聞くと、本当に嬉しいですよね。

普段からユーザー様とは、SNSでコミュニケーションをとる場もありますが、リアルに出会えるこの場では、私たちスタッフもご一緒させていただいたり、ご家族の絆が深まったり。その上、参加者同士仲良くなって次のキャンプの計画を立てたりするほど、どんどん人と人がつながっていくのは、本当にすごいことだと感じます。

spk10
スノーピークウェイの醍醐味、「焚火トーク」。参加者とスノーピークの山井社長や社員が焚火の周りに集まり、語り合う。この他にも、子供も楽しめる「紙ひこうき大会」や、自然のなかで読書ができる「あおぞら文庫」など、社員手づくりの内容で盛り上がる。大阪の箕面・大分の奥日田などの同社直営キャンプ場を含め、全国のキャンプ場で開催

さらに、運営に参加した社員らのテントでは、社長自ら「さっきのユーザーさん、幸せそうな顔していたよなぁ!」と嬉しそうにふり返る。ユーザーの反応をかみしめ、スノーピークの未来にそれぞれの想いを馳せながら、みんなでまかないを楽しむ風景も。

スノーピークの社員たちは、こうした体験を通じて、ユーザーの人生を豊かにしている確かな手ごたえや、仲間と一緒に“笑顔”をつくっているという一体感を、しっかり共有しているのです。

好きなことをやれる場を求めて

spk11

さて、この小高い丘に舞う多くの鳥や蝶のように、スノーピークには全国からさまざまな人材が集まってきます。

実は伊豆さん自身も都会からここ燕三条の土地に飛び込んできた一人。2013年6月にスノーピークの仲間となりました。

リゾート運営会社「星野リゾート」に勤務し、東京で働いていた伊豆さんは、もともと自然派志向。かねてより興味があった“地域”の魅力や活性化について、仕事以外にも社会人講座などを通じて、見聞を深めていた時期でした。

そんな時、地域活性をテーマにしたシンポジウムで今のスノーピークの山井社長を知り、さらに丸の内朝大学の“日本のものづくり”に関する講座で、講師と受講生という立場での再会。

その後、ここスノーピーク本社でのフィールドワークに参加した時、山井社長が夢として語っていた “グランピング(※)”の話で社長と意気投合したんです。星野リゾートと、スノーピークでなにかコラボレーションできたらおもしろいですね、と。

そんな話をしていたら、ここのキャンプ場の空に、すごくきれいな“二重の虹”が架かっていたんです! あぁ、ここの場所にまた来たいな、と心からワクワクしました。

※グランピング:「グラマラス・キャンピング」の略。自然の中で高級ホテル並みの快適さやサービスを体験する、贅沢なキャンプスタイル。たとえば、夕食に絶景を眺めながら一流シェフが調理した旬の素材を楽しんだりする。

spk12

そしてその後、星野社長と山井社長が実際会うことにもなり…。さらに、東京へ出張中の山井社長が講座の同窓会に参加してくれた際にも、スノーピークの熱い夢に共感した伊豆さんは、「自分のやりたいことを、タイミングよくできるチャンスはそうない」と思いを固めます。そして星野社長にもその思いを伝え、スノーピークに転職することに。

二人の社長との出会いがあり、“二重の虹”が架かるように、伊豆さんの目の前にも夢の橋が形づくられていきました。
 
spk13
「今でも私のお守りです」と、星野社長からのメッセージ。あたたかく背中をおしてくれた社長にはいつも感謝を忘れない。「講座受講時に山井社長から頂いてお守りにしている物もありますが、それはまだ言えません(笑)」 

伊豆さん以外にも、自分の手でより豊かな人生をつかむ社員は後をたちません。

以前、大手有名メーカーに勤め、分業体制で製品開発をしていた人が、1から10まで何でも手掛けられるスノーピークの開発に憧れてジョイン。同時に子どもも生まれ、自然と一体となれる生活を目指し、三条市内に広い土地を購入し、“自分で”森のような庭と家をつくっているのだとか。

えいや! と思う“何か”がないと、この場所に来るのは難しいと思いますが、好きなことをやろうとした結果、そんな風にライフスタイル自体をも大きく変える人も。誰かがつくったものの中にいるのか、自分の欲しいものを自分の手でつくるのか…ということかもしれませんね。

楽しみながら“生きる力”を身につける

このようにアウトドアの楽しみ方を伝え続けてきたスノーピーク。これからはその楽しさと同時に、自然が自分たちに教えてくれることを、キャンプ愛好家以外の人にも広めていく予定です。

例えば、“キャンプ”というとレジャー要素が強いと思われがちですが、最近は“防災”の観点からも注目を集めているそう。

東日本大震災の時、家が半壊になってしまった東北のユーザーさんがいらっしゃいました。そこで、物置にあるテントを庭にたてて、数日そこで寝泊りして。普段のキャンプで愛用しているテントと寝袋なので、その大変な状況下でも、変に緊張することもなく “安心感”を抱けたそうなんです。

「防災のためにキャンプを!」と言いたい訳ではなく、多くのユーザー様の実感にもあるように、アウトドアライフが自然と共存できる“自信”につながることは多いようです。

自分でテントをたてる、焚火に着火する、暗闇で過ごす、寝袋で寝るなど、楽しみながら体で覚えたキャンプ経験は、災害時にそのまま“生きる術”となり、心の余裕やストレス軽減につながるのでしょう。

普段の生活のなかで、人工的なものに頼らずとも “自分でできること”を増やしていくのは、大切だと思いますね。

spk14

そして、もっと基本的なこととして、「自分が自分らしくあるためにも、身近に自然を感じる生活をおすすめしたい」と伊豆さんは言います。

大自然でキャンプをしていると、太陽の光で自然に目が覚め、日が落ちてくると眠くなるといった体験を通じ、自分が“地球の営みの一部”であることを実感しやすい。それは割と誰もが忘れがちで、現在のような人間中心の文明ができあがってしまうと、自然が自分の思い通りになるんじゃないかと錯覚してしまいます。

でもそれは間違いで、特にここ日本では、繰り返される四季のなかで自然とうまくつきあってきて今の私たちがある。自然の中で存在する“小さな自分”というものを認識し直すことにより、気負わない“自分らしさ”の再発見にもつながると思うんです。

例えば、人工的なものが何ひとつない大自然のなかで、何をしたら楽しいかと自分の頭で考えることは、子どものように柔軟な創造力や、オープンマインドな感性を取り戻せると言います。

しかし、あえて頻繁にキャンプをしたり、無理して大自然のなかに行かなくても、大丈夫。「都会にいながらも、自然を感じる瞬間はたくさんある」と続けます。

家やビルから一歩外に出れば、そこはいわば、すべて“アウトドア”。ちょっと見上げれば、ビルの隙間から澄んだ空がのぞいていたり、その時々の風やお花を意識して、季節を感じてみたり。都会でも目をこらし、耳をすませば、さまざまな鳥や虫が一緒に生きていることに気がつくのでは。

そんなちょっとのきっかけでも、気持ちがいいな、と笑顔を取り戻し、自分は地球の一部なんだ、と実感してもらえるといいのかな。

spk15
伊豆さんが魅せられた丘からの夕陽

スノーピークが夢を描く小高い丘の上には、コンパスが方位を指し示すように自分の想いにまっ直ぐで、キャンプを楽しむ子どものようにみずみずしい感性が溢れていました。

気持ちよく楽しみながら、自分のできることを増やしていき、生きる力を育てる。それが本当の意味で、“自然体”の自分に近づくことなのかもしれません。

残暑が遠のき、涼しい風が吹きはじめた今。
虫の音が心地よく感じられたら、もう過ごしやすい秋です。
自然に囲まれている人も、そうではない人も、いつもの生活にちょっとだけ、“アウトドア”を取り入れてみませんか?