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「ペイ・フォワード」の気持ちが本物のつながりをつくる。「Service Space」創始者ニップンさんに聞く「ギフト経済」のはじめかた

特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

みなさんは「ギフト経済」という言葉を聞いたことはありますか?

それはお互いが優しさを贈り合うことで成り立つ経済のこと。その根底には、見返りの求めない親切がめぐりめぐって自分に戻ってくる「pay forward」 という考え方があります。

このギフト経済を広めているのが、「Service Space」をアメリカで創設したNipun Mehta(以下ニップンさん)。「Service Space」は、さまざまなプロジェクトを通して“優しさの実験”を行なっている団体です。

例えば、以前紹介した「カルマキッチン」や、日常の中で小さな良いことしている人のドキュメンタリービデオを集めたサイト「Karma Tube」、匿名の親切をしたときに渡す「スマイルカード」など。これらは全てボランティアで運営され、世界各地に広まっています。

TEDxBerkeleyをはじめ世界のさまざまな場所で講演するなど、世界の注目を集めるニップンさんですが、今回はなんとその来日に合わせてインタビューが実現しました!ギフト経済にはどんな可能性が秘められているのか、YOSH編集長との対談の様子をお届けします。
 

TEDxBerkeleyのスピーチの様子

pay forwardの関係が本物のつながりをつくる

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(左)グリーンズ編集長YOSH、(右)ニップンさん

YOSH ニップンさんは”pay forward”や”ギフト経済”をキーワードに活動されていますが、それを個人の志向や性格の範疇ではなく、誰でも参加できるよう”状況をデザインしている”ところがとてもユニークだと思っています。

サンタのよめ」や「coner perk」など、グリーンズでもギフト経済をテーマとした記事がとてもシェアされているのですが、今どうして広まっていると思いますか?

ニップン 本物のつながりを求めているということがあるでしょうね。今、インターネットのおかげで、地域をこえて多くのつながりを持てるようになりましたが、そのつながりは浅いものになってしまいました。

浅くてゆるいつながりもいいのですが、豊かに生きていくにはそれだけでは十分ではありません。友情のなかには深いものもあれば、その先のもっと崇高なものもありますからね。例えばカルマキッチンでボランティアをする人たちは、初めて会うけれど、お互いに奉仕の心で接するのでより深い結びつきを感じることができます。みんなそんなきっかけがほしいのだと思います。

YOSH 見返りを期待せずに、お互いにギフトしあうことで、深いつながりが生まれるということですね。ニップンさんがそもそもそういう考えを持つようになったのはどうしてだったんですか?

ニップン この出来事が、というよりも、小さな瞬間を経て徐々に変わってきた感じですね。

例えばUCバークレーの大学に通っていたときの話なのですが、夜中にランニングをしていたら、向かいからある人が歩いてきたんです。暗くてよく見えなかったのですが、もしかしたら彼は銃を持っているかもしれないし、攻撃してくるかもしれないと恐怖を感じました。でもそこで一度冷静になって、「自分は何に不安を感じているのだろう」と考えてみることにしたんです。

そうしたらふと、「もし彼が自分の兄弟だったらどうだろう?」という考えが浮かんできて、不安がなくなったんですね。なぜなら兄弟に「何か欲しい」と言われたら、迷うことなく差し出すことができるからです。

YOSH 兄弟だから許せるし、怖くもない、と。

ニップン そうです。そう思うと恐怖から自由になれました。普通、怖いときは相手と目を合わせませんが、兄弟だと思った途端に相手の目をまっすぐ見ました。すると目が合ったんです。笑顔を送ると、彼も笑顔を返してくれました。そのときは兄弟のようなつながりを心から感じましたね。

そもそも彼が自分を攻撃するつもりだったのかは分かりませんが、私たちの周りにはいつもつながりの持てる瞬間があふれています。こういう機会を増やすにはどうしたらいいか、と考える機会になりました。
 
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見返りを求めない仕事だからこその充実感

YOSH ニップンさんの周りには同じ思いを持った人たちが世界中から大勢集まっていますね。

ニップン とはいえ最初は数人でしたよ。大学を卒業後、私はシリコンバレーでITの仕事をしていたのですが、当時のインターネット業界はたくさんのお金が動く欲望の世界でした。

私は逆にこのスキルを欲望ではない方向で、何か奉仕することに応用できないかと考えました。そしてホームレスの施設を運営する団体のウェブサイトを友人と無料で作成したんです。見返りを求めずに仕事をしたことに、すごく喜びを感じたんです。

YOSH 僕も昔プロボノでNPOのウェブサイトをつくったことがあるので、とても共感します。

ニップン そうですか!でも、当時はウェブサイトをつくるのに何百万円もかかる時代でしたから、周りの人たちから「クレイジーだ」と言われました。よほど珍しかったのか、地元紙のニュースにもなったんです。

すると、その記事を見た人から「仲間になりたい」と声をかえてもらうようになって、何千人もの人が関わることになったんです。これは、まだインターネットが普及する前のことです。

YOSH それはすごいですね。

ニップン 私は「こういうことをしろ」とは言っていませんが、寛容になることでつながりができるという考えに、多くの人がインスパイアされたのだと思います。といっても、こういう考えは、もともとみんなの心の中にあって、私は招待をしているだけ。あくまで自然と心の中から湧いてくるものだと思っています。
 
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service spaceのウェブサイトには心に響く言葉がたくさん

貢献者になるためのシフト

YOSH その“招待”を受けた後に、どうしたらギフトを贈れるような人に変わることができますか?

ニップン そうですね。まず「消費者」から「貢献者」へシフトすることです。

アメリカでは一日に、平均35,000の広告に触れていると言われています。それらから発信されるのは「今のあなたでは不十分。だから私たちの商品・サービスが必要です」というメッセージ。それは無意識に人を受け身にさせてしまう。

そうではなくて、自分は何を持っているのか、何を奉仕できるのか、そう考えることが第一歩です。

YOSH 確かに広告に限らずそういう情報は多いですね…情報を断捨離すると、自分が何をもっているかが見えてくると。

ニップン はい。次に、貢献者になると「交換」から「信頼」へのシフトが起きます。「交換」は私とあなたの1対1の関係で成り立っているので、与えたものに対して見返りを求めますよね。

一方で「信頼」は、何らかの形で、めぐりめぐって自分のもとへ返ってくること。だから何が返ってくるかよりも、自分から始まって次の人、また次の人…というサークルの中で生まれた可能性が大切なのです。

YOSH サークル全体を信頼する。

ニップン そうです。そうすると「孤立」から「コミュニティ」へシフトします。そしてやがて「欠乏」から「豊かさ」へのシフトが起きていきます。指を見ても、5本ともみんな形が違うけれど、できることや目的は違いますよね。多様性があるからこそ、強さや豊かさが生まれてきます。

その強さは一人ひとり異なり、自分ができることをすればいいのです。「自分には何もできることがない」と言う人もいるかもしれませんが、何もできない人なんていません。誰しも何かしら持っていて、その視点を持つだけでも、豊かになれると思います。

リーダーシップからラダーシップへ

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対談は午前中のリトルトーキョーで

YOSH ニップンさんがギフト経済的なプロジェクトを進めるなかで、意識していることはありますか?

ニップン 私は「リーダーシップからラダーシップへ」とよく言っています。リーダーではなく、ラダー(=ハシゴ)になる。肩車をして高いところにあるものを見せてあげるような、そういう人間になることが大事だと思っています。

YOSH 「ハシゴ」とはいい表現ですね。

ニップン それと合わせて1対1のリーダーシップではなく、複数対複数のモデルが必要だと思います。一つの中心を軸に動いていても、何かトラブルが起きたときに全て崩れてしまうからです。足を1本切っても再生するヒトデのように、コントロールではなくみんなでつくっていく仕組みが効果的なんです。

今まで社会では、大きな組織が大きな資金を使って大きな変化を起こしてきました。私たちがやっていることはその正反対のことなんです。スタッフはみんなボランティアだし、結果として出てくるのは小さな変化ですが、それが確実に大きな変化につながっていく。そういうものが今求められているのかもしれません。

まずは「スマイルカード」から始めてみよう

YOSH いま仰ったような大きな組織の経営層に対して、よく講演をされているとのことですが、どんな感触ですか?

ニップン そうですね。前に一流起業の社長や投資家などが集まる会議で講演をした後、ある方から話しかけられたことがあったんです。

彼はいくつもの会社を経営していて、莫大な資産を持っているのですが、私が講演で話した優しさや寛容といったものについて「これまで一度も考えたことがなかった」と言うのです。そして「助けてほしい」と。

こんなにも一般的には成功していると言われている人なのに、優しさについて考えたことがなかったこと、そして考えなくても”成功”してしまう時代だということに驚きました。

様々な場所でお話をしてみて、どこでも同じような反響があります。今こそお金だけでなく優しさを循環させるためのデザインが求められているのだと強く感じています。
 
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YOSH まず何をすることから始めたらいいですか?

ニップン 一番簡単なのは、「スマイルカード」ですね。これは小さな匿名の親切をしてみましょう、という提案です。何かいいことをして、それが次につながっていく。その体験は素晴らしいものです。

それ以上に大切に思っているのは、自分の中に起きる波紋を体験してもらうことです。人に親切にしたとき、世界を見る自分のレンズが変わっていきます。それが何よりの体験になります。

YOSH 自分の中の変化を見つめると。

ニップン 子どもはそのことを簡単に理解します。ある小学校でスピーチしたとき、花束をもらったので、その花を1本ずつに分けて、子どもたち一人ひとりにスマイルカードと一緒に渡したんです。

「この花とカードを、感謝している誰かに渡してみなさい。そして、そのときに自分の中で何が起きるか見てごらん」と。すると、ある女の子は「本当に素晴らしい経験です」と涙を流していました。

こういう気持ちは誰もが秘めているのだけど、普段の暮らしではなかなか気づかない。でも、「スマイルカード」や「カルマキッチン」のように、「これだ!」と実感できる瞬間をデザインすることができるんです。まずは気軽に、やってみてほしいですね。

YOSH リトルトーキョーでもそんな仕掛けをしていけると楽しそうですね。今日のお話もニップンさんからの素敵なギフトだと思います。ありがとうございました!

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(インタビューここまで)



ニップンさんのお話を伺っていて、ギフト経済を実践するためには、いきなり大きなことに挑戦するのではなく、小さなことでも一歩ずつステップを踏むことが大切だというのが印象的でした。

その方法はスマイルカードを使ってみることだったり、カルマキッチンに行くことだったり、また誰かに伝えるだけでも十分だと思います。そうやって一人、また一人…と世界を見るレンズが変わっていくと、社会が本当に変わっていくかもしれません。

クリスマスが近づき、贈り物を準備している人も多いはず。ぜひ一緒に”優しさのギフト”も贈ってみませんか?