京都・五条通にあるJimukino-Ueda bldg
京都の夏を告げる祇園祭の山鉾巡行が終わった後の週末、毎年開催されている「京都流議定書」というイベントをご存じでしょうか。京都は伝統文化の街であるとともに学生の街、古い歴史と新しい創造が同時に存在しています。「京都流議定書」は、それらの動きの間に出会いを作ることで新しい価値を生み出し、京都から世界へと日本独自の価値観を発信することを目的に行われています。
「京都流議定書」は今年で6回目。このイベントを足がかりにして巣立っていった若き社会起業家たちも少なくありません。「京都流議定書」の中心を担っているのは事務機器販売を行う「ウエダ本社」。同社の社屋「Jimukino-Ueda bldg」は、「ダイアログBar京都」「シェアハウスサミット」などさまざまなイベントを開催していることでもよく知られています。
事務機器販売の会社がどうして「京都流議定書」を開き、また社屋ビルでイベントを行っているのでしょうか?「ウエダ本社」社長・岡村充泰さんにお話を伺いました。
“重鎮”と“若手”が交流すると価値が生まれる
京都流議定書2013公式Webサイトより
「ウエダ本社」は1938年(昭和13年)に文具卸店として創業。その後、事務機器販売の会社として発展し、京都では事務機業界一の老舗として認知されてきました。ところが、1990年代後半に業績が悪化。当時、アパレル業界で独立創業していた岡村さんは、家業の建て直しのために「ウエダ本社」に呼びもどされることになりました。
岡村さんは、約10年をかけて「ウエダ本社」の収益構造を改善。創業70周年を迎えた2008年に、周年記念イベントとして開いたのが「京都流議定書」でした。
昔は事務機器業界でもいろんなイベントをやっていて、当社もまたお客さまを招待するイベントをたくさん開催していたんです。70周年に向けて、お客さまや地域に向けて何かやるなら、あえて事務機器以外で僕が関わっているものを全部集めるイベントにしようと考えました。
一年目は「環境」「伝統文化」「教育」の三つのカテゴリーで創業日から三日間の開催でしたが、二年目以降は山鉾巡行が終わって観光客が引けた後の週末に、価値観の変革を唱えて京都をじっくり考えるイベントにしています。
今年の「京都議定書」のプログラムは、一日目には「これからの資本」をテーマに企業経営者や京都市長による鼎談のほか「こころが繋ぐ資本」と題したパネルディスカッションを開催。二日目は「ワールドカフェ 京都フォーラム」、三日目は「ソーシャルイノベーター大集合」「ダイアログBar in 京都議定書」と“重鎮”から〝若手”までが幅広く集うように工夫されています。
「京都流議定書」の意味のひとつは、〝重鎮”と〝若手”を交流させることで価値が生まれる”ということです。縦割りになってしまって相互に交流がないところをつないで、異質なものが出会えばそこに新しい価値が生まれるはずだから。
「異質なものが出会えば新しい価値が生まれる」という感覚は、岡村さんが仕事をするなかで体感してきたもの。少し時間をさかのぼって、岡村さんの独立創業時代のお話を紹介したいと思います。
「いいものなのに売れない商品」に光を当てるセンス
岡村充泰さん。Jimukino-Ueda bldg 一階カフェ「HAKOBU KITCHEN」にて
岡村さんは、大学卒業後に業界最大手の繊維商社に就職。30歳で独立創業して、主にヨーロッパからの繊維商品の輸入貿易、商社への企画提案や営業代行を行うようになりました。日本にはない商品を商社に提案するとともに、国内製品で「いいものなのに売れていないもの」を見つけて、その価値が認められるところへ紹介することもあったそうです。
日本って不思議なんです。すごくいいものなのにパッケージが良くないと売れなかったりします。でも、別な業界に持ち込むとめちゃくちゃ売れることもあって。
「ここでは売れない」ものが「あちらでは売れる」と、モノの価値が認められる場所を見つけて展開するというのは〝商い”の基本。岡村さんは、ごく自然にやってのけておられますが、それは天性の〝商い”のセンスではないでしょうか。岡村さんは、このセンスを「人と人の出会い」にも応用しているように思えてなりません。
岡村さんは、「「京都議定書」で今やっていることは、自分がもともと得意としていたこと」だと言います。たとえば、社会起業家は社会起業家のネットワーク、京都の老舗なら老舗、行政には行政のネットワークがあります。それぞれのなかでは交流がありますが、「老舗と社会起業家」が出会うことはなかなかありません。
「京都流議定書」では、全然違う筋の人と出会ってもらって、そこにコラボが生まれてほしいんです。たとえば「リヴオン」の尾角光美さんは、「京都流議定書」で違うカテゴリーの人に知られたことで活動の幅が広がったと今も言ってくれています。そういったことにみんなが価値を見いだしてくれることがいちばんですね。
Jimukino-ueda bldgの地下イベントスペース「ダイアログBar京都」のひとコマ
そして、「京都流議定書をビルに持ち込めば価値が生まれる」と考えてリノベーションされたのが「Jimukino-ueda bldg」です。一階はカフェ、地下はイベントスペース、二階以上は古いビルをかっこいいと感じるクリエイターが集まる住めるオフィス。毎月の「ダイアログBar 京都」をはじめとしたイベントが開催され、さまざまな人たちが出会い交流する場所として機能しています。
このビルをきっかけに、「ウエダ本社」はリノベーション案件の相談も受けるようになり、ここでも新しい価値を生み出すことに成功しています。
日本の強みは〝目に見えない価値”を活かすこと
「京都流議定書」の大きな目的は、京都を深く知ることで日本を知り、日本の強みを研究すること。企業数でいえば、日本企業の99%は中小企業です。大企業では数の論理で勝負できますが、中小企業はそのモデルでは勝ち目がありません。京都には数よりも〝目に見えない価値”を大切にする文化が残っています。岡村さんは「それこそが日本のもともとの部分。京都を研究することは必ず日本の強みになる」と考えています。
京都の人は、ぱっと対峙した瞬間に自ずと格付けをするようなところがあります。お茶の世界でも「しつらえをわかってくれる」とか、かけあいを楽しむ文化がありますが、企業の大小よりも人を見て判断しているのだと思います。
この思いは、岡村さんの本業である「ウエダ本社」のあり方にも反映されています。人が増えて規模が拡大しないと成立しないビジネスモデルは「人を労働力としてしか見ていない」。でも、これから人口が減少していく日本においては、オフィスで働く人の気持ちやパフォーマンスを高めていく必要があると岡村さんは考えます。
人は、成人してから起きている時間のほとんどをオフィスで過ごします。今のオフィスのほとんどは、メーカーが開発した商品に関わる事務を処理する場所とみなされていて、そこで働く人のパフォーマンスが上げることに関しては未開拓です。人数が減っても、オフィスで働く人のモチベーションが上がればまだまだできることがあると思うんです。
たしかに、世の中の多くの人は20代から60歳までの約40年間、平日はほぼ8時間以上をオフィスで過ごします。岡村さんが本業で取り組んでいるのは、「オフィス環境をより良いものにすることで日本全体を元気にすること」なのです。
「何のために会社をやるんだ?」という問いかけ
北山杉を使ったオフィススペース。会議や小さなイベント会場にも使われている。
さて、ここで改めて冒頭の問いに戻ってみたいと思います。「事務機販売の会社がどうして「京都流議定書」を開き、また社屋ビルでイベントを行っているのでしょうか?」実はこの問いは、私がインタビューのはじめに岡村さんに投げかけた問いでした。
岡村さんは「さかのぼると『何のために会社をやるんだ?』という思いがすべての原点にある」と応えられました。
そもそも僕は、家業とはいえ継ぐ予定がなかった「ウエダ本社」の経営を、しかも倒産するかもしれない状況のなかで引き受けました。意味がないならつぶれたほうがいいじゃないかと思って見直すと、手を打った形跡がなかったんです。それなら、できることがあるだろうと思いましたし、やるなら存在意義を作っていかないといけないとも思ったんです。
アパレル業界から「ウエダ本社」に入ったとき、岡村さんは「なんて息苦しい世界なんだ」と思ったそうです。ニューヨークやヨーロッパのオフィスで、人々が生き生きと働く姿を見てきた岡村さんの目には、日本のオフィスは「事務を淡々と処理する場」にしか見えませんでした。「日本のオフィスを人のパフォーマンスを高める場所」にして、「日本を元気にする」ことを志した背景にはこんな思いがあったのです。
働くって人生のなかでものすごく多くの時間を使うことですから、何をしていてもつながっていくんですよ。働き方を考えることは生き方を考えることです。さらに言うと、死を考えないと生きることがわからない。
いろんな人の活動を知るなかで自分の価値観が変わっていけば生き方が変わり、生き方が変われば働き方も変わっていきます。それだけ働くということは、人生のなかでウェイトを占めているので何をしていても関連すると思います。
「異質なものが出会えば新しい価値が生まれる」というセンスを横糸に、「働き方を考えることは生きることを考えること」という哲学が縦糸にして、岡村さんのさまざまな活動は織り上げられているように思います。
みなさんは、自分の働き方についてどんなふうに考えていますか? 自分の仕事の意義について改めて考えてみたいなら、祇園祭のピークを過ぎて少し静かになった夏の京都で「京都流議定書」にぜひ参加してみてください。考えてもみなかった価値観との遭遇や人との出会いがきっと待っているだろうと思います。