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“音楽のチカラ”と“市民の力”を掛け合わす! 「はたらくミュージシャン協会」西部沙緒里さんが描く「音楽で彩る未来の社会」とは

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特集「a Piece of Social Innovation」は、日本中の”ソーシャルイノベーションのカケラたち”をご紹介するNPO法人ミラツクとの共同企画です。

初めて奏でた楽器の音色にわくわくした記憶はありませんか? それはギターやピアノ、ハーモニカ、あるいはヴァイオリンかもしれません。

楽器はできなくても、大好きな曲を誰かを想って聴いたり、フェスで最高のグルーヴ感を味わったりと、音楽の楽しみ方は無限にあるものです。

プロでなくとも、聴く専門でも、全くジャンルが違っても。音楽の楽しさや、音楽のある日々の豊かさを知る人同士が、もっとつながって、この世界を面白くしたい!

はたらくミュージシャン協会」は、そんな想いから生まれたプラットフォーム・コミュニティです。

様々な分野や業界で仕事を持ちながら、ライフワークとして音楽と関わり続ける20〜50代の社会人たちの手で、2011年にスタート。

協会といっても堅苦しさは皆無で、音楽好きな大人が集まり、音楽に参加する楽しさを広げ、その担い手を日本中、そして世界中に増やしていけたらと考え、様々な音楽の実験を重ねています。
 
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はたらくミュージシャン協会のウェブサイト

「はたらくミュージシャン協会」の発起人の一人であり、中核メンバーとして活動しているのが西部沙緒里さん。

これまでにも、音楽を切り口に社会テーマを探求するシリーズ企画「MUSIC FOR COMMUNITY」や、地域の人間関係を音楽で紡ぐ「ぐんま×おんがく」プロジェクトなど、様々な取り組みを手がけてきました。

そしてなんと、2020年の東京五輪では「市民大合唱楽団を結成し世界中の国歌を歌ってしまおう!」という壮大なプロジェクトも立ち上げてしまいました。

普段は広告代理店で勤務する西部さんが、これほどにまで突き動かされる”音楽のチカラ”とは、なんなのでしょうか?

爆音のパンク・ロックに小さな子どもたちがノリノリで踊った瞬間

西部さんは小さい頃から合唱部に所属し、ピアノも約10年間続けた音楽少女で、一時は音大進学も夢見ていたそうです。

しかし当時のピアノの先生に「音大でピアノを続けるにはスキルが足りない」と言われ、挫折感のまま諦めた過去がありました。

ニューオーリンズという街に行ったんですが、街中が音楽で溢れていたんです。みんな上手いも下手も関係なく、軒先や道端で歌ったり弾いたり、湧き出るままに音を楽しんでいるんですね。音楽表現が生活、暮らしと一体化しているというか。

それに対し、自分の経験から蘇ってくるのは、「習う」「上手に弾く」という型通りの感覚ばかりで…。同じ音楽というものへの関わり方なのに、このあまりの違いはなんだろうと、愕然としました。

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はたらくミュージシャン協会の西部沙緒里さん

その後社会人となった西部さんに、もうひとつ音楽にまつわる出来事がありました。きっかけは、本業の傍らで周囲の知人にピアノを教えていた友人がつぶやいた、「教え子たちがピアノの発表をできる場をつくれないかなあ」という一言。

もともとイベントを企画するのが得意だった西部さんは、友人とともに、実現に向けてすぐに動き出します。

せっかく発表会をやるのなら、私たちも歌っちゃおうよという気持ちが湧いてきて、その場の勢いでアカペラユニットを結成しちゃったんです(笑)

そして自分たちだけではなく、誰でも参加できる発表会にしたらもっと楽しくなるんじゃないか、と考えるようになりました。

発表会の場所に選んだのは、湘南の海が一望でき、ステージと客席の距離がとても近いイベントスペース。

当日は、クラシックからデスメタルまで様々なジャンルの出演者と、そのご家族や友人たちを中心に赤ちゃんからご年配の方まで幅広い世代が集まってくれたそうです。ただ、多様性溢れる場だったからこその、ちょっとした不安もありました。

出演者の中には爆音のパンクやハードコアなどのバンドさんがいましたが、客席の最前列には赤ちゃんや子ども、そしてご年配の方々が…

最初は心配しました。小さい子たちを怖がらせるんじゃないか、年代が上の方には受け入れてもらえないんじゃないか、と。

でもライブが始まったとたん、子どもたちが一斉に頭を振って踊り始めたんです! それを見ていたご年配の方々も笑顔でリズムをとり始めて。

音楽ってこちら側で枠を決めるのではなくて、受け手に委ねてしまえば、それぞれがのびのびと自由に楽しみ方を発見できるんだなあ、と実感しました。

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出演者と参加者の間にボーダーはなく、みんなでステージを囲み盛り上がります。発表会は大盛況でした

ジャンルフリーでセミプロも素人も関係なく、しかも赤ちゃんからお年寄りまで参加するものを選ばない、バリアフリーな音楽フェス。

みんなが音楽に関わり直せることの素晴らしさを感じ、この発表会を“音”と大人の“おと”を掛け合わせた意味を持つ「OTTOFESTA(オットフェスタ)」というイベントに発展させ、その後4年間続けていきます。
 
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レコード盤をモチーフにしたOTTOFESTAのロゴも手づくり

4年間で、笑いあり涙あり、その場から数多くの物語が生まれました。かくいう私自身も表現者として立ち、かけがえの無い経験をして。中でも最後の年は、身体を壊して会社に行けなくなり、心身ともにどん底のタイミングでした。

それでも勇気を振り絞りステージで歌い始めたとき、迎えてくれたのは、満場のお客さんの合唱とウェーブ。涙が止まらなかったですし、大げさではなく、「音楽が私を救ってくれた…!」と思いましたね。

そこから、特別な才能を持った人だけではなく、私たち普通の市民が持っている“音楽のチカラ”そのものが、人に感動や生きる希望さえも与えることができるんだと、身をもって気づかされたんです。

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OTTOFESTAで目の当たりにした“音楽のチカラ”。自分自身をも救い出し再び進む力をくれた、底知れないこの可能性をもっとたくさんの人と共有できればと、西部さんの想いは膨らみます。

そしてこの想いが、はたらくミュージシャン協会を設立する原動力となったのでした。

音楽が人を変える。社会が変わる。「MUSIC FOR COMMUNITY」とは?

不登校だった若者が、ある先生の授業を通じて生き生きと自信を取リ戻す。みなさん、それはどんな授業だと思いますか?

なんとそれはラップミュージックだったのです。

この授業をされているのが、都内の私立高校で教鞭をとる秋山耕太郎先生。ラップミュージックでパフォーマンスを学び、自己表現を身につけていくという独特な授業をおこなっています。

先生の教え子である卒業生が登壇し目をキラキラさせその楽しさを語る様子は、エネルギーに満ちています。その姿を見て、音楽を通じて人はこんなにも輝き、変わることができるのかと驚かされました。
 
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秋山先生との掛け合いで即興ラップを披露する元教え子の大学生

これは西部さんが2013年の暮れから新たに主宰しているイベント「MUSIC FOR COMMUNITY」で、印象的だったひとコマです。

MUSIC FOR COMMUNITYとは、様々なフィールドで音楽を活用した具体的な取り組みを進めているゲストを招き、そのストーリーを入り口に“音楽のチカラ”を社会の力に変えて行ける可能性をみんなで語り合い、探求してみようという場です。

参加した人たちが自分ごとに引き寄せて音楽を見つめ、これまで気がつかなかった関わり方や、他でもない自分自身が音楽の担い手になり得るという、可能性の芽を発見する。

MUSIC FOR COMMUNITYは、そんな場に育っていけばいいなと。さらにそれが、身近にある社会との接点を、音楽でつなぎ直すきっかけになればとも思います。

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これまで「こども」「まちづくり」「介護福祉」といった分野と音楽とのかけ算をテーマにしてきましたが、4回目は「若者×おんがく」。

この日は秋山先生の他にも、「日本全国で街フェスを開催し、地域の若き音楽の担い手を育てるプロミュージシャン」や、「音楽×起業×社会貢献という仕組みで、若者たちの新たな活躍の場を生み出す元バンドマン」のお話など、とてもユニークで興味深いゲスト陣の取り組みを紹介されました。

そこから派生した音楽にまつわる様々な”お題”をもとに、グループで対話しながら社会と音楽、私たちと音楽のつながりに想いを巡らせます。

OTTOFESTAを経てはたらくミュージシャン協会を立ち上げた私は、音楽に参加して楽しみ、感動を分かち合える力は、誰の中にもあると確信していました。

また、その後の出会いで、演奏家になるだけではない様々なアプローチで関わり、社会にポジティブな変化を生み出そうと働きかけている人たちが実際にいることも知りました。

思えばOTTOFESTAも、イベント企画が好きだった自分の力と音楽を掛け合わせていったら、たくさんの人が集まり、本当にパワフルな空間をつくることができた訳です。

だとしたら、いろんな人のスキルや興味関心ごとを、音楽とかけ算してみることで、みんなの中に眠る“音楽のチカラ”を呼び覚ますひとつのきっかけがつくれるのでは、と考えました。

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MUSIC FOR COMMUNITYの参加者は、「お題」に基づき様々な想いや考えを出し合います。ちなみに今回は、「音楽をもっと身近にするためには?」「学校で学びたかった音楽の授業」などの4つのトピック

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ゲストスピーカーの堤晋一さんはプロミュージシャン。ブレイクタイムにはLIVEを披露

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MUSIC FOR COMMUNITYに集まるのは実に多彩なメンバー。みなさんも是非足を運んでみては

音楽が街を変える。「ぐんま×おんがくプロジェクト」

さらに、はたらくミュージシャン協会が継続的に取り組んでいることの中に、街と音楽を掛け合わせていこうというプロジェクトがあります。

そのひとつの試みとして、「音楽を軸に地元の人同士がつながり、街を音で彩りたい」と、群馬県高崎市を拠点に「ぐんま×おんがく」プロジェクトを地元の方々と展開しています。

群馬県は私の育った場所でもあるのですが、実は高崎市は、日本で初めて生まれた市民オーケストラ「群馬交響楽団」のお膝元で、もともと音楽との結びつきが強い土地だったんです。

そんな街を舞台に、文化や地域資源、コミュニケーションなどを通じ多彩なミュージックコミュニティができればという想いから、プロジェクトはスタートしました。

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「高崎の“まちうた”」は地元の人たちとつくり上げられました

最初に取り組んだのが、市民の方と一緒になってつくる「高崎の“まちうた”」。こちらは以前、音楽教室として使われていた建物の中で、産声を上げました。

自分の街について語り合い、紡いだ言葉が歌詞となり歌になる。

一連のプロセスにみんなが参加することで、自身の言葉がその一部となり大きな歌が織り上げられていく、この瞬間、まぎれも無くその場の一人ひとりが、音楽家だったと思うんです。

この感動や驚きを同じ時空間で共有できたことは、本当に大きなことだったと思います。

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以前は音楽教室だった建物が新しいコミュニティスペースとして生まれ変わりました

音楽教室の建物はその後「coco.izumi」というコミュニティスペースに生まれ変わり、地元の担い手を中心として、「ぐんま×おんがく」プロジェクトはさらに進み始めています。

人が人を呼び、地元ミュージシャンや様々な音楽好きを巻き込みつつ、今では思い思いの楽器を持ち寄り、一期一会で楽しむセッションナイトが定期的におこなわれるようにもなりました。高崎が音楽で溢れる街になるのも近いのかもしれません。

東京五輪で「世界の国歌」を歌う市民合唱楽団ってなに!?

そして、“音楽のチカラ”を日本中の人や、未だ見ぬ世界中の人たちとも共有したいと、さらなる新プロジェクトもキックオフしています。

それはなんと、2020年東京五輪に向けて市民大合唱楽団をつくり、出場各国の国歌をその国の言葉で、リスペクトを込めてスタジアムや選手村、空港、街中で大合唱するというもので、その名も、「おもてなしオーケストラ!」。

ついに西部さんは、東京五輪までもを、音楽と掛け合わせてしまおうと考えているのです。

自分でも、本当に壮大なことをぶち上げてしまったなと思います(笑)でも“音楽のチカラ”をもっとわかりやすく、ダイナミックにアウトプットできるものはなんだろうと考えた先が、2020年の未来でした。

「おもてなしオーケストラ!」の合唱が、メダルに届かなかった選手や、たった一人で母国を背負って参加している選手にまで届いたら、どんなに素晴らしいだろうと思います!

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最初の一歩となるクラウドファンディングにたくさんの応援者が集まり、目標金額を大きく上回りました

この一大プロジェクトの構想は、異なるフィールドから発起人数名が集まり、2014年の夏頃にスタートしました。

コアチームの中で生まれたアイデアを熟成させた後、次に取り組んだのが、クラウドファンディングを通じて、同じ想いを持ってもらえる方々から資金と仲間を集めることでした。

実際、全参加国の国歌を覚えるとなると、想定される出場国数は約200カ国ですから、練習するだけでも1年に30~40曲の計算になるんです(笑)

その他、2020年までのグランドデザインを描いたり、あらゆるリソースを集めたりすることを考えても、もの凄くたくさんの人の協力が必要です。だから、少しでも多くのスタートアップメンバーを募る最適な方法を探りました。

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新しいコアメンバーを迎えておこなわれた記念すべき第1回オープンミーティング。「おもてなしオーケストラ!」の実現に向けての歩みがスタート!

開始した当初は、この壮大すぎる計画にどれぐらいの人が賛同してくれるか、未知数だったそうです。しかし募集期限の途中段階で、目標金額を達成。

大きく目標額を上回りファンディングが終了した現在も、高校生からご年配の方まで、「おもてなしオーケストラ!」を応援する声が集まり続けています。そして、東京五輪が開催される頃に小学生になる子どもと一緒に参加したいというお父さんや、お母さんたちからも支援の輪が広がっています。
 
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オープンミーティングに参加したメンバーから、たくさんのアイデアや想いが言葉となって貼り出されました

有難いことに多くの方が関心を寄せてくれ、サポーターになっていただきました。選手や関係者だけでなく、一般の市民でも「歌う」という方法で世界規模のスポーツイベントに関わることができたら、それは忘れられない特別な体験になるはずです。

音楽を通じて日本中、そして世界中の人たちと感動を分かち合っている光景を想像すると、今からわくわくしてきます!

西部さんが語った“音楽のチカラ”。それはメジャーアーティストや演奏家だけが持つものではなく、私たちの中にも本来あるはずのものかもしれません。

それに気づいていつもと違う音楽との関わり方をしてみたり、音楽を掛け合わせた「自分だけの一歩」を踏み出してみたら、私たちの日常は少しずつ変化し、より多くの喜びや楽しさをみんなで共有できるようになるのかもしれないと感じました。

こうして音楽の周りにコミュニティができ、それに関わる人が増えていく。その輪がどんどん拡大していったら、世界はもっとリズミカルに彩られ、震え立つような感動とともに、社会にもエキサイティングな変化を起こせるのではないでしょうか。

その究極の形が、「おもてなしオーケストラ!」。2020年東京の空、そして日本中、世界中の空が、音楽を通じて色を変えているのかもしれません。