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SlowCoffee 小澤陽祐さんに聞いた「フェアトレード珈琲屋がラップをはじめた理由」とは? (前編)[MAD “Life” Gallery]

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MAD “Life” Gallery」は、松戸の駅前エリアを”クリエイティブな自治区”にする「MAD City」プロジェクトとのコラボレーション企画です。こちらではMAD Cityに暮らすひとびとの、ユニークでクリエイティブな”これからの生き方”を紹介しています。

みなさんは”クリエイティブなまち”ってどんなところだと思いますか?

クリエイティブシティの研究で著名なリチャード・フロリダによれば、クリエイティブなまちの条件とは、テクノロジー(技術)、タレント(才能)、トレランス(寛容性)の三つのTでした。でもその分析はわかる気もしつつ、そこに暮らす人のリアルな生きざまは何となく感じられないような気もしています。

クリエイティブなまちとは何か ー もし僕が今この質問に答えるなら、迷わずクリエイティブな自治区”を目指す松戸のまちづくり「MAD City」を挙げるでしょう。(もうひとつ加えていいのなら石巻も)その理由はシンプルで、いい意味で予想を裏切る想定外の展開が、ドーンと一発だけでなくどんどん生まれ続けるからです。まるで熱泉が絶え間なく湧き続けるかのように、異色のコラボレーションが、不意をつく進化が起こっている。

そんな僕にとってもまだまだ謎だらけのクリエイティブなまち「MAD City」には、どんなクリエイティブな生きざまがあるのか。その秘密を探るべく、まちづクリエイティブの寺井さん、そして寺井さんから推薦していただいた松戸でフェアトレードの珈琲屋を営む小澤さんの話を伺いに、いざ松戸へ行って来ました。

ちょうどその日は祭りの日。インタビュー後はビール片手に焼きもろこしをほうばった蒸し暑い夜の対談を、みなさんにお届けします!

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MAD City Galleryでお話を伺いました。

MAD City 的な生きざまを探る

YOSH 小澤さん、寺井さん、今日はよろしくお願いします!

小澤さん こちらこそ、よろしくおねがいします。

YOSH はじめに [MAD “Life” Gallery] の一回目の記事に、SlowCoffeeの小澤さんをご紹介いただいた理由を伺ってもいいですか?

寺井さん 僕がMAD Cityの魅力だと思っているのは「人」なんです。その人々が、多面性を持っていることが多いと気づいて、それが特に面白い点だなと思ったんですね。例えばこの近辺の商店街には文具屋、酒屋、老舗の提灯屋、そういったお店が並んでいて、その店主は文具屋さんや酒屋さんや提灯屋さんに見える。当然ですよね。でも知り合っていくと、全く違う顔を持っていたりするんです。別の専門性をもっているというか、表面的に仕事でカテゴライズされるのとは一風違った役割を持っている。

そういう色んな顔を持っている人、持てる「まち」ってすごく素敵だなと思うようになって。自分の興味関心を突き詰めていったり、周囲からの期待に応えていきながら、「新しい自分」を創っているんだろうと思うんです。たくさんの引き出しを持っているというか。逆に言えば「いつだってリスタートできる」みたいな、そういう雰囲気を感じる。それって「自由」ってことともつながっていると思う。いまのMAD Cityはそんな雰囲気のある町だと思うんです。

そんなことを思いながら頭に浮かんだ人が、まずは小澤さんだったんです。コーヒー豆のメーカー社長でありながら、一方でラッパーであり、その両方ともにすごく真剣に取り組んでいる。小澤さんって、一見すると不真面目にも見えるんです。某イベントでコーヒーの店舗出店時に、気づいたら昼間っからビール飲みながらコーヒーを淹れていたとか、そうかと思えばイベントの壇上でラップをはじめたりっていう逸話を聞いていて。でも接していて思うのはすごく常識人で誠実な人なんです。なんかそれ、すごく変で面白くて、まさに多面的というか、いかにもMAD Cityらしい雰囲気のする人だなと思うんですよね。

小澤 そう言ってもらえてとても嬉しいし、自分が地元でやっててよかったなと思うよね。意識的にも自分がそういうロールモデルになりたいと思ってSlowCoffeeをやっているので、それはすごくありがたいです。

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小澤さん

YOSH 小澤さんは松戸生まれ?

小澤 はい、生まれも育ちも松戸です。僕が高校生の頃までの松戸は本当にチンピラの町で、『カメレオン』ってマンガどおり、駅の周辺には怖そうな不良がたむろっていて。住んでいたにも関わらず、「不名誉な町だなあ」と思ってきたんです。

そんなこともあって、高校から大学にかけて東京に出たんですが、だんだんと常磐線の満員電車がイヤになってきたんです。都内に暮らすっていう選択肢もあったし、松戸は相変わらずイイ町だとは思わなかったけど、もともと地元が好きだったんですよね。東京から柴又あたりをすぎて、江戸川を越えて松戸に入るんですけど、なんかほっとする自分がいて。

YOSH そんな気の荒い町・松戸でフェアトレード珈琲屋をはじめるには、どんな経緯があったんですか?

小澤 大学を出てからは就職しないでフリーターをしてました。大学の時から辻信一さんとご縁があり、「ナマケモノ倶楽部」っていうスローライフを提案するNGOの立ち上げに参加して、会社を立ち上げるという話が出て、じゃあそれやろうかなと思ったのがSlowCoffeeの始まりです。

恥ずかしい話、それまでは自分のやりたい仕事とかどこで暮らして、どう生きていくのか、そういうビジョンが全くありませんでした。でもスローライフという価値観に出会った後は、大量生産・大量消費、大量廃棄というライフスタイルとは違う暮らし方を実現したいと思うようになったし、自然を食い物にするんじゃなくて、自然で食べてくっていうことがオーガニックコーヒーのビジネスなので、自分もそれで飯が食いたいなと。

僕たちの焙煎所があるのが古くからの問屋街で、ずっとそこを拠点にしています。本当にスラムみたいなところで魅力的なんです(笑)。どうせ素人の僕らみたいなのが始めるなら、きれいなマンションの一室よりも雰囲気がいいし、何より賃料も安いし。

寺井 小澤さんの本社があるところ、京葉流通センターっていう場所なんです。松戸ってあそこを「イイ」って思う若者よりも「古臭い場所が嫌でしょうがない」っていう若者のほうがこれまで多かったと思うんだけど、小澤さんはどうなの?

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MAD Cityの地図を見ながら寺井さん(奥)がYOSHさん(手前)に説明中

小澤 東京をいちど見てから松戸に戻ってきたからそう思えたというのと、あと何だかんだ松戸が地元だったっていうのもあるよね。週刊少年ジャンプが他の店よりも一日早く出るお店があって、よく通ってたんですよ。賑わってた商店街が原風景にあって、それがシャッター街として廃れていくのが、どこかで悲しいなって気持ちは確かにあったかもしれません。

あとね。ルーツの話をもう少しすると、東京もそうなんですよ。もともとうちのおばあちゃんが東京大空襲で焼け出されて、いのちからがら逃げてきたのが松戸だったんです。疎開してきた人たちは結構肩身の狭い思いをしたみたいで。その話は大きくなってから聞いたんだけど、ちょっとした因縁を感じますね。

フェアトレードもHIPHOP

YOSH 小澤さんとラップとの出会いは?

小澤 18歳ころにHIPHOPに出会ってすごくハマりました。「なにこの音楽!」って、とにかく圧倒されて。何よりB-BOY的な生き方に共感しました。言ってしまえば僕にとって、フェアトレードってバリバリHIPHOPなんですよ。今度正式に論文にまとめたいと思っているんですが(笑)。

そもそもラップって、黒人が自分たちが差別されたり、抑圧されている状況を「なんとかしたい!」って、言いたいことをビートにのせたのがはじまりで、そのことと貧しい生産者たちが自分たちで声を上げて「コーヒーのお金をちゃんとくれ!」って言うことは通じるなあと思ったんです。

そういう事実を知って「こんな別の仕組みがあるよ」っていうのを表現しているのが僕にとってのフェアトレードという形。それは「生産者が困っているから助けよう」みたいな優しくオブラートに包んだようなことではなく、「もっと立ち上がれ!」みたいな、もっとラディカルなことだと思うんです。そこに立ち向かってるっていう意味で、HIOHOP的なメンタリティでやってる。

コーヒーも調べてみるとアフリカ原産だったりして、そのルーツはまさに黒人の歴史なんですね。ヨーロッパの人が大航海時代にアフリカでコーヒーを見つけて「うまい!もっと飲みたい!」って言って、コーヒーのないブラジルにコーヒーの苗と黒人を持って行って奴隷にしてプランテーションをして、コーヒーが世界中に広まっていった。それを考えるとコーヒーもHIPHOPも、黒人の歴史とまさに重なるわけです。

実際にラップを始めたきっかけは9.11の後。あの出来事は僕にとって本当に衝撃的で、「これはもういつ死ぬか分からない」と思ったし、じゃあこんなにラップが好きな自分がいて、伝えたいことがあるんだからこれを形に残そうと思ってラップを披露するようになりました。

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SlowCoffeeで販売している「ちょっとすごいコーヒー

ラップを通して伝えたいことを発信する

YOSH 即興やフリースタイルというよりも一曲一曲を大切につくっていますよね。

小澤 一年に一曲。スローペースでつくっています。あんまりアーティスト気質でもないし、集中力もないから(笑)毎年、干支にちなんでつくっているんですけど、今年の辰年の曲は自分でもなかなか気に入ってます。

何より「伝えたいことを伝えよう」っていうのが大事にしてますね。さっきも東京大空襲の話をしたけど、僕にとって『はだしのゲン』がバイブルなんです。僕のラップアーティスト名は「son of Gen」っていうんだけど、”ゲンの息子”っていう意味で。

戦争っていう大きなことがあって、まだそれから67年しか経っていないのに、僕も含めてどんどん忘れかけていたり、風化しちゃったりしてる。「いやいや、ゲンの息子はここにいるぞ」と。今でもまだ原子力のことだったりアンフェアなことはいっぱいある。一部の人間が利益を独占して、多くの人たちが悪影響を受けるってのは、やっぱり納得いかないんだろうね。だからその思いを毎年ラップにしています。

寺井 HIPHOPってどういうことだろう?って、もっと語られてもいいよね。イメージとしてはゴールドのネックレスとか付けてジャラジャラ、ダボダボしている服装のイメージが強かったりするけれど、そもそもHIPHOPは多様だし、もともとは細身のファッションの要素もあったりするし。

学生時代に仲間のグラフィックデザイナーがいて、お互い見た目はたいしてHIPHOPなんて好きそうなタイプじゃなかったんだけど「俺の魂マジでHIPHOPだから」って言ってて、すごく好きだったんですよ、そう言ってる彼のことが。精神的だったり生き方としてのHIPHOPってこともあると思うんです。

たとえば僕がもともと活動していた渋谷で、いわゆるストリート系の人と一緒に活動する機会があって。絵が好きで、でも芸大に入るんじゃなくてマジック持って描きはじめました、みたいなグラフィティの人たちがいて。「10人いないとバスケはできません」っていうのが体育館でのバスケだけど、2人しかいなかったら1on1でいいじゃん、っていうのがストリートバスケで。何もなくてもどこであっても、一人であっても、今ここからやれるんだ、みたいなDIY感覚と、そのストリートとかHIPHOPとかはつながってると思うんですよ。そういうのが大事だよなって思う。

あともう一つ、HIPHOP周辺の「自分に名前をつける」っていう行為がいいなあと思う。「●●one」って名乗っている人が結構いて、そのoneにはオリジナルって意味とか、一番って意味が込められている。名前をつけた瞬間そこから新しい人格と新しい生き方が始まる、そこから這い上がる、っていう感覚があると思うんですよ。松戸駅前をMAD Cityって名付けたのは、そういった渋谷での経験があったからだなと思います。

YOSH MAD CityもHIPHOP的なメンタリティから生まれてきたコンセプトだったんですね。

(続きは後編で!)

おかげさまで、直営のカフェSlowCoffee八柱店は10月10日に3周年を迎えます。つきましては昨年に引き続き、カフェで皆さまと一緒にお祝いしたいと思います。 今年は利きコーヒーやコーヒーにまつわるドレスコードなどやる予定です。ぜひお越しください。詳細はこちら
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