休日の朝、ちょっぴり早起きして、最近話題のおしゃれなカフェへ向かう。そこでは上質なクラシックコンサートが開かれていて、同じように早起きした人たちと一緒に音楽とともに優雅なひとときを味わう。
まったく面識がなくても、ひとつの空間で音に身を任せ、共に歌を口ずさむうちに、いつの間にか仲間のような気がしてきて、終演後には演奏者も聴き手も一緒になって、コーヒーを片手に会話が弾む。
そんなクラシック音楽の楽しみ方を提案しているのが「朝クラシックを楽しむ会」、略して「朝♪クラ」です。「朝♪クラ」が開催するコンサートは、Facebookページで告知すると、あっという間に満席になってキャンセル待ちが出るほどの人気イベントになっています。
ただ生演奏を聴くだけでなく、みんなで合唱したり、終演後に演奏者と参加者とが交流できたりするのも人気のヒミツのよう。
今回は「朝♪クラ」の時間を一緒に過ごさせていただきながら、代表の加藤夏裕さんをはじめ、演奏したミュージシャンの方、コンサートに参加された方などにお話をうかがいました。
すると、「朝♪クラ」は単なる“朝活”ではなく、その背後に確かな理念と壮大なビジョンを持った企画であることがわかってきました。
「朝♪クラ」メンバーのみなさん(左から、副代表の佐藤さん、代表の加藤さん、メンバーの森さん)。現在は7名で活動している
まずはクラシック音楽の敷居を下げることから
「朝♪クラ」が目指しているのは、クラシック音楽を日本の文化として根付かせることです。そのために、第1回のコンサートを開くにあたって“クラシック音楽の敷居を下げること”を徹底的に考えたといいます。
加藤さん クラシック音楽には「優雅」で「正統的」という面があります。これはクラシックの大きな魅力です。その一方で、クラシックになじみのない人から見れば、「古い」もので、「マニアック」で難しく、「排他的」といった側面があるのも事実です。
そこで、「朝♪クラ」ではこういったハードルを取り除き、“新世代クラシック”としての楽しみ方を提案しています。
夜、由緒あるコンサートホールで、よそいきの服装に身を包み、ステージと客席とが隔てられた空間で、音楽の教養を必要とする曲を聴く。それがこれまでのクラシック音楽の楽しみ方の典型的なスタイルだったといえるでしょう。
しかし、「朝♪クラ」が提案するのは、それとは正反対の楽しみ方です。朝、最近話題のカフェで、いつもの着慣れた服を身にまとい、演奏者とお客さんの間に境界のない空間で、誰もが口ずさめるような、なじみのある曲を聴く、というものです。
演奏の合間のMCもリラックスした雰囲気で、客席との心理的な距離もぐっと近づく
そんなスタイルの実現のために力を注いでいるのが、会場となるカフェ選びです。お店の立地、雰囲気、規模などの観点から厳選に厳選を重ねています。今までには日本橋のWIRED CAFE NEWSや錦町のGOOD MORNING CAFEといった場所でコンサートを開催してきました。
また、「ジブリ」や「スイーツ」など演奏する曲目にテーマを設定したり、パン教室など音楽以外のコンテンツとコラボレーションすることで、クラシックに興味があったけれどコンサートに足を運んだことのなかった層を呼び込むことにも成功しています。
第4回のコンサート会場となったGOOD MORNING CAFE。店内の雰囲気も、店名も「朝♪クラ」にぴったり
第3回の演奏会のテーマは「ジブリ」。パン教室とコラボレーションして、まっくろくろすけのパンをふるまった
偶然の出会いから生まれた「朝♪クラ」
そんな「朝♪クラ」が生まれたのは、ある朝活がきっかけでした。偶然その時に居合わせた3人が、“音楽”という共通項で意気投合したのだそうです。
加藤さんの本業はプランナー。他の二人も音楽家というわけではありませんでしたが、話せば話すほど、それぞれの表現したいことが似ていることがわかりました。
そこでまずはクラシック音楽の会をやってみようと、「朝♪クラ」という名前で初回のコンサートを開催。それが2013年12月のことでした。
第1回のコンサートから1周年を迎えた。初期メンバーのうち、1名は現在転勤で福岡にいるが、その結束は今も固い
こうして初期メンバー3名からスタートした「朝♪クラ」ですが、着々と仲間が増えて、現在、コンサートの企画などに携わる正式メンバーは7名。その中には、コンサートのお客さんとして「朝♪クラ」に出会い、コンサートの運営をサポートするスタッフを経て、正式メンバーになった人もいます。
そのうちのひとりがピアニストの森信子さんです。
ピアニストの森信子さん
森さん Facebookで「朝♪クラ」のことを知りました。会場のカフェが、よく行っていたなじみのある場所だったので、コンサートへ行ってみることにしたんです。
知り合いがいたわけではありませんでしたが、参加してみたら代表の加藤さんのお人柄や、関わる人たちの雰囲気がいいな、と思って。次のコンサートのときには、受付として参加し、気がついたら正式メンバーになっていました(笑)
お客さんとして行くのも楽しいし、さらに運営側に回っても楽しい。偶然の出会いから誕生し、どんどん人を引き寄せていく「朝♪クラ」のコンサートは、綿密に練ってつくり上げられたものでした。
みんなで歌うことで味わう一体感
「朝♪クラ」のコンサートでは、ただプロの演奏を聴くだけではありません。なんと毎回一番人気なのが合唱のコーナー!
プロの声楽家がレクチャーを行い、『きよしこの夜』といった誰もが知っているような曲をみんなで一緒に歌います。おなかから声を出して歌うのは、ただでさえ気持ちのよいものですが、そこにプロの歌い手や演奏家が音を重ねていくので、会場の一体感は最高潮に達します。
合唱のコーナーの様子
コンサートが始まる前は帰りたいと駄々をこねていた子どもも、じっくり演奏に聞き入っていたり、いつの間にか楽しそうに歌っていたり。
中には生後5か月のお子さんと一緒に、コンサートを楽しんでいる方も。そんな尾島未佳さんにお話を伺いました。
尾島未佳さん。生後5か月の娘さんも終始ニコニコと演奏を楽しんでいた
尾島さん 「朝♪クラ」をFacebookで偶然見かけて、今回初めて参加しました。朝ということで子ども連れでも参加できると思ったし、クラシックのすそ野を広げたいという考えにも共感できました。
私自身もピアノを教えていますが、自分から音楽に興味を引かれてピアノを習い始めた生徒さんは目の輝きがちがいます。
子どもが音楽を好きになるきっかけになればいいなと思うし、いずれ自分自身もこういったコンサートをやってみたいと考えています。
また、このコンサートではお客さんだけではなく、演奏家も新たな楽しみ方を見出だしています。続いてコンサートに出演した西亜沙美さんにも話を聞いてみました。
ソプラノの西亜沙美さん。この日、初めて「朝♪クラ」のコンサートに出演し、ソプラノ二重唱で『オー・ソレ・ミオ』やクリスマスメドレーなどを披露した
西さん 通常はホールやホテルのラウンジで演奏することがほとんどなので、最初は音響面での不安もありました。
でも、実際に歌ってみたらまったく問題なく、何よりみなさんニコニコしながら聴いてくださっていて、「届いているな」という実感がありました。
次の機会には歌いながら移動して、お客さんに歌いかけることもしてみたいと思います。MCで笑いのひとつふたつとれるようにもなりたいですね(笑)
ステージと客席という境界を取り払うことで、演奏側と聴く側との間に音楽を介したコミュニケーションが生まれていきます。そして、演奏会後の交流タイムでは、楽しそうに談笑したり、情報交換をしたり。
これこそが「朝♪クラ」を始めたメンバーが考えていた企画の芯といえる部分かもしれません。
コンサート後は積極的にコミュニケーションをとろうとする人が多い
終演後に記念撮影。クラシック音楽のイベントだが、お客さんのなかにはジャズやロックが好きという人も半数くらいいるという
最近は、「朝♪クラ」に出演したいという演奏家の方々からの問い合わせも増えているそう。この企画そのもののファンが増え、演奏家が集客をしなくても満席になるという状況を考えると、それも当然のことかもしれません。
また、お客さんの中には、業界の関係者もいるので、「朝♪クラ」に出演することで仕事の幅が広がる可能性もある、と加藤さんは言います。
加藤さん 経験のある演奏家の方から「朝♪クラに出演したい」と言われることは一番の喜びです。「朝♪クラ」がブランドとして浸透している証なので。
とはいえ、大事にしたいのは駆け出しの演奏家の機会を奪わないということ。演奏のクオリティを担保しながらも、「みんなの朝♪クラ」でありたいと思っています。
朝♪クラの目指すもの
また、クラシック音楽業界全体の活性化を目指す「朝♪クラ」では、ヤマハなど音楽業界各社の協賛・協力を得て、さまざまな試みを仕掛けています。
プランナーとして普段から企画書をつくり、いろいろな会社の協力を得ながらイベントを開催してきた加藤さんの手腕は、「朝♪クラ」でも存分に発揮されています。そのひとつが、2014年12月23日に渋谷ヒカリエで行われたフラッシュモブです。
加藤さん 2014年8月から準備を重ね、当日を迎えました。渋谷ヒカリエという場でフラッシュモブをやったことに対して、「すごいね!」と言っていただくことも多いのですが、これはまだ通過点に過ぎないと思っています。
20〜30代の若者で、これまでクラシックになんとなく興味を持ちつつも、コンサートを聴きに行くという行動までは起こさなかった人たちをどんどん巻き込んでいきたい。
そのためのきっかけとして、フラッシュモブのような形でクラシック音楽が街に出て行くことも必要だと思います。
加藤さんの夢は、世界最大規模のクラシックの祭典である「BBCプロムス」の日本版のようなイベントを開催すること。
「僕が生きてる間に成し遂げられるかわかりませんが」と謙遜しますが、クラシック音楽が日本の文化として定着するまでの道筋を、長い目線で描いています。
wikipediaより。BBCプロムスは世界最大規模のクラシック音楽の祭典。毎年7月中旬から9月上旬にかけて、いくつもの会場でさまざまなプログラムがくり広げられる。最終日には舞台上のオーケストラ演奏で聴衆全員がエドワード・エルガーの「威風堂々」などを大合唱する
音楽が街を元気にし、その街が明日の音楽をつくる
「朝♪クラ」に聴き手としてやってきた人の中には、自分も何かアクションを起こしてみたいという考えを持っている人もいます。
子連れでも気兼ねなく参加できるコンサートを開催したい。クラシック音楽をきっかけに人が集まるカフェをつくりたい。その形はさまざまですが、共通するのはクラシック音楽を愛し、その力を信じているということ。
「朝♪クラ」が提案する「新世代クラシック」は、そういう思いを持っている人びとを引き寄せ、アクションを起こすきっかけを生み出しているのです。
森さん たんぽぽの種みたいに、ここから風に乗って飛んでいった種が、どこでどんな風に芽吹いて花開くかはわからないけど、そのきっかけとなる場づくりに、これからも関わっていきたいと思っています。
音楽祭のために世界中から音楽家が集い、街中に音楽があふれる。その演奏に目を輝かせる子どもたち。舞台の上の音楽家と客席を埋めつくす大聴衆。そこに集まったすべての人たちがひとつになって、沸き起こる音の渦。
そんな国民的イベントが開催される街には、クラシック音楽の力で多くの人が集まり、やがてその街からまた新たな音楽が、そして将来の音楽家たちが生まれていくことでしょう。
音楽が街を元気にし、その街が明日の音楽をつくっていく。「朝♪クラ」の活動の先には、そんな未来が見えるかのようです。