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真実はどこに。正義はどこに。ウクライナ戦争につながる2014年からの紛争を描く映画『ドンバス』が突きつける、21世紀の戦争

5月21日から公開される映画『ドンバス』。このタイトルに聞き覚えがあるかもしれません。ドンバスとはウクライナ東部、ロシアと隣り合わせの地方を指し、まさにいま、毎日のように激しい戦闘が続いている場所です。

注目したいのは、この作品が2018年に制作されたということ。そしてドキュメンタリーではなくフィクションだということです。

ドンバスでは2014年から親ロシア派が武装蜂起し、ウクライナ政府軍との戦闘が繰り広げられてきました。2022年、ロシアによるウクライナ侵攻が起きた現在、この映画はいま観るべき作品と言えるでしょう。

フィクションが制作された背景にあった現実

ウクライナ東部のドネツク州とルガンスク州からなるドンバスが、この映画の舞台です。もともとロシア系住民が多かったドンバスでは、2014年に親ロシア派勢力によって武装蜂起が起こり、ドネツク人民共和国とルガンスク人民共和国を自称し、独立を宣言。インターネット上には、そのような中での人々の生活を伝える動画が公開されていました。それらを下敷きにした13のエピソードから、映画は構成されています。

暗く湿ったシェルターで暮らす人々の劣悪な環境。
ドイツから来たジャーナリストによる軍隊の取材。
そして激しい砲撃、爆発音、砂煙。
2月24日のロシアの侵攻からずっと繰り返されているニュース報道のような映像です。

もちろんフィクションですから、映像の向こうに実際に傷ついている人はいません。そうわかっていても、スクリーンを見つめながら顔をしかめ、暗く重い気持ちになるのは避けられません。実は、その反応は当たらずとも遠からずでした。映画が撮影された当時、既にドンバスの一部は戦いの最中にあったのです。

映画が撮影されたのはドネツク州の西部に隣接する都市、クリヴォイ・ログ。ウクライナの義勇兵を私刑するシーンの撮影中には、実際に私刑が行われていると勘違いした通りがかりの人が止めに入るという一幕もあったそうです。つまり、そのような光景があったとしてもおかしくないと人びとが感じていたということでしょう。

今年2月、ロシアがウクライナに侵攻する2日前に、プーチン大統領は「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認しました。侵攻を境に世界中に大量の報道が流れ、まるで突然侵攻が始まったかのように感じてしまいますが、それはこれまで起きたことを知らなかっただけに過ぎません。知らないうちに見えない世界でさまざまなことが起きている、そんな当たり前の事実をこの映画は改めて思い出させてくれます。

さらに、手にしている情報は全てではないうえに真偽も確かではないという、耳にするもののついつい忘れがちなメディアリテラシーについても、警鐘を鳴らしてくれます。映画は、クライシスアクターと呼ばれる俳優たちによるフェイクニュースが撮影されるシーンで始まり、11のエピソードをはさんで、またフェイクニュースの撮影シーンで終わります。

ウクライナとロシアの戦争は情報戦の様相をなしており、それぞれの国からはまるで異なる戦況が報じられています。虐殺があったとされるブチャの映像の中の遺体も、ウクライナ人が演じているだけのフェイクニュースだとロシアが主張しているとの報道がありました。フェイクニュースの撮影シーンを目にすると、否が応でも日々流れるニュースが頭をよぎります。

極限状態であらわになる人間の本質

現実社会で、現在進行形で起きている戦争について考えさせると同時に、この映画は人間の醜悪さを丸裸にして観客に突きつけてきます。支援物資の横流しや政治家への賄賂、お金のために権力者にすり寄る人、新政府への協力を口実に一般市民の車を巻き上げる警察組織、略奪行為をした兵士への暴力的な懲罰、ウクライナ義勇兵への容赦ない私刑。次から次へと手を変え品を変えるように、人間の醜さ、狡さ、暴力性を示すシーンが続きます。

戦争など混乱した状況下に乗じて剥き出しになる人間の生々しい姿がどこまでもグロテスクに描かれるがゆえに、滑稽でさえあります。非日常を生きる人たちを俳優がヒステリックに演じることで、リアリティが生じるようにも感じられました。戦争や占領といった非日常でも、その一日一日を生きていくしかない人間という脆い存在。そんな人間の儚さをも感じ取れそうです。

それぞれのエピソードの背景を説明するナレーションなどはないため、何が起きているのか詳細まではわかりません。けれども、わからないからこそ、人間の行動原理だけが見えてくるようでした。ドキュメンタリーと錯覚してしまうような映像でありながら、まるで寓話が真実を語るような趣さえ漂っています。

ロシアにまつわる全てを悪とみなしてよいのか

最後に、ロシアによるウクライナ侵攻に対するセルゲイ・ロズニツァ監督の一連の言動を振り返っておきましょう。そうすることで、この映画が2022年のいま、公開されることの意味をより深く受け止められるはずです。

ロズニツァ監督は、ロシアの侵攻を受けてヨーロッパ映画アカデミーが出した声明に対し公開書簡を送り、中立であろうとするアカデミーの態度を非難しました。そして自らアカデミーを脱会します。

その後、ヨーロッパ映画アカデミーは意見を翻し、ロシアとプーチン大統領を非難する声明を出しました。同時にその声明で、ウクライナ映画アカデミーによる「ロシア映画のボイコットの呼びかけ」への署名活動を支持、さらに開催するヨーロッパ映画賞からロシア映画を排除すると発表しました。するとロズニツァ監督はロシア映画の排除やボイコットに反対します。その結果、ウクライナ映画アカデミーから除名されてしまいました。

除名を受けた声明で、ロズニツァ監督は「私はこれまでも、これからも、ウクライナの映画監督です」と記しつつ、ウクライナ映画アカデミーによる声明で、「最も重要なことは国家アイデンティティ」としたことを「残念ながらこれはナチズムです」と批判しています。そして「戦争という悲劇において、人は常識を失わないようにしなければならない」と訴えます。

日本でも、ロシア料理レストランが嫌がらせを受けたり、東京・恵比寿駅ではロシア語の案内板に対しクレームが入り、隠されたりすることが起きています。けれどもそんな風に単純に善悪を分けることができるでしょうか。ロシアにも戦争反対の声をあげている人はおり、その人たちは当局による拘束の危険性をおしてでも平和を求めています。

私たちが知りうることはわずかです。だからこそ、できるだけ目を凝らし、耳を澄ませ、頭を働かせ、智恵を使って、そして良心に従って取るべき行動を選ばなければなりません。

映画『ドンバス』を観ることは、現在ウクライナで起きている悲惨な出来事をどのように受け止めるか改めえ考え、「常識を失わないようにしなければならない」というロズニツァ監督の言葉を噛みしめる機会になるはずです。悲しいことではありますが、またとないほどにタイムリーになった公開のタイミングを逃さず、ぜひ劇場に足をお運びください。

– INFORMATION –

ドンバス DONBASS

2018年/121分/ウクライナ語、ロシア語/製作:ドイツ、ウクライナ、フランス、オランダ、ルーマニア
日本語字幕:守屋愛/配給:サニーフィルム
https://www.sunny-film.com/donbass

Pictures: ©︎MA.JA.DE FICTION / ARTHOUSE TRAFFIC / JBA PRODUCTION / GRANIET FILM / DIGITAL CUBE