一人ひとりの暮らしから社会を変える仲間「greenz people」募集中!→

greenz people ロゴ

あなたの耳は、今日も誰かに占拠されている? 身の回りの音と向き合い、より良い「音との関係」を考える映画『静寂を求めて-癒やしのサイレンス-』

みなさんは座禅体験をしたことがありますか? 沈黙の中、ひたひたと歩む僧侶の足音。そして静寂を破って不意に響きわたる「警策(きょうさく)」の音。

警策は眠気を覚ますためにも使われますが、この映画『静寂を求めて-癒やしのサイレンス-』は、それと真逆の印象です。

私たちが当たり前に受容してきた「にぎやかさ」に警策を打ち、現代社会に眠りのような静けさと心身の平和をもたらす作品なのです。

©️TRANSCENDENTAL MEDIA

2015年にアメリカでつくられ、各国の国際映画祭で上映された『静寂を求めて-癒やしのサイレンス-』。このドキュメンタリーには、パトリック・シェン監督たちが2年以上かけて8カ国で収録した、いろいろな音が登場します。

飛行機のごう音、祭りの爆竹、雑踏や工事現場が絶えず発する音、音、音、音……。もしかしたら私たちが慣れ切って素通りしているかもしれない音たちが、にわかに「騒音」として認識されます。そして、「それが人間の心身に悪影響を与えているんだよ」という科学者が登場したりして、見ているうちに身近な「ノイズ」の危険性に、じわじわと気づかされるのです。

もちろん、騒音と解説だけの映画ではありません。『4分33秒』などの作品で音楽の意味を世に問うた現代音楽の作曲家ジョン・ケージや、沈黙と向き合いながら旅を続ける青年なども登場して、全くの無音から人が息をひそめる静けさ、そして、草ずれや動物の鳴き声のみが響く自然界まで、81分の作品を通して、多彩な静寂を堪能させてくれます。

日本の寺や茶室なども登場します。古来の日本文化が、静寂に関しては非常に先駆的な場合があるという発見。そのあたりも見どころです。

音の洪水に無防備な私たち

最近、合成香料による「香害」という言葉が登場しましたが、鼻と同じく、人間には耳にも開閉自由なフタはなく、目のように簡単に閉じることができません。

遠慮なく侵入してくる避けようのない刺激に無自覚でいて良いのですか? ――この映画は、そんなメッセージを繰り返し、ささやきかけてきます。

たしかに、都市生活者は常に音に囲まれています。安全上、必要な音もありますが、車両やモニターから流れる宣伝の頻度や音量、店舗や飲食店で景気づけに流れている音楽などは、時として過剰なのではないでしょうか。

会話もままならないほど店内のBGMがうるさかったり、せっかく自然の中に遊びに行っているのにゲレンデや海水浴場で好みでもない音楽を流されたり。サービスとして想定されているものが、逆に私たちの暮らしの邪魔になっていることがあるかもしれません。

WHO(世界保健機関)は、約40年前から環境騒⾳(Community Noise)を問題視していて、約20年前には、屋外の騒⾳上限55dB(デシベル)、睡眠時30dBなどと定めたガイドラインを発表。「騒音」を⼤気汚染に次ぐ公害問題と指摘しています。

心身の健康にも音が影響する。
来日したポピー・スキラーさんを交え、試写会で語られたこととは?

この映画を製作総指揮したポピー・スキラーさんは、イギリスの「Quiet Mark」という会社の創始者です。この会社は、掃除機やドライヤーなどの家電から、ホテルや乗り物まで、いろいろな製品や施設の音を計測し、消費者に静音性に関する情報を提供しています。

すでにイギリスでは、店頭に並ぶ製品に静音性のレベルが表示されるなど、静かさを基準にモノを選ぶ文化が広がりつつあるようです。

来日したポピーさんは、映画でもキーワードとなっていた「音風景」についてこう話します。

ポピーさん 騒音に囲まれた社会をノイズが調和された社会に転換するチャレンジは、非常に大きな可能性を秘めています。都市生活者が、次の世代にどういう音風景(soundscape)を残せるのか。それが課題です。

森林浴の効果を実証した科学者として映画にも出演する宮崎良文博士(千葉大学環境健康フィールド科学センター教授、同副センター長、医学博士)は、静寂にも相性があると言います。

宮崎さん 音の好みには個人差があるので、自分好みの静寂を選ぶことが重要です。快適性には受動的・能動的の2種類があり、効果が大きいのは能動的に手に入れた快適性ですから、自分が好きな音風景を知り、それを積極的に取りに行くことが、心身の健康につながります。

それを裏付けるように、ポピーさんは「自ら創出した静寂を経験すると、活力やアイデアがわいてくる」と話しました。忙しい毎日の中で、朝には必ず、数十分の静かな時間を持つことを心がけているそうです。

騒音の中にいる時、私たちは知覚の一部を不当に占拠され、無意識のうちにストレスをためています。一方、森にいると人間の心身はリラックスして良い反応が現われます。そう解説する宮崎博士がすすめるのは、海や川や森など自然環境に身を置くことです。

宮崎さん 人は700万年間、自然の中にいました。脳も皮膚も肺も、そして遺伝子も、自然対応用にできています。だから、自然に回帰することで、ストレスホルモンが低下し、予防医学的な効果を期待できるのです。

環境の人工化は、ここ200-300年のことで、この短期間で体を変えることはできません。今は急速にデジタル化が進む人口化の第2期に入っており、テクノストレスが増大しています。

左から宮崎博士、ポピーさん、配給元のユナイテッド・ピープルの関根健次代表

いつでもスケジュールが埋まっていて、電車がちょっと遅れるとイラッとして、緊張するたびに無意識に息すら止めている……。そんな生活に心当たりがある方は、是非この映画を観に行ってください。慌しい現代人に贈られたビデオレターのような映画ですから。

大音量スピーカーを備えた映画館で味わう、ぜいたくな「静寂体験」。うっかり睡魔に襲われても、心が癒やされ、体が静寂の心地よさを思い出せたのなら、この映画としては成功でしょう。でも、できれば、たっぷり睡眠をとった日に、知覚全開で堪能することをお勧めします!

– INFORMATION –

映画『静寂を求めて-癒やしのサイレンス-

2018年9月22日(土)ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー。
ポレポレ東中野では9月22・23日(土日)10:30からの回に、宮崎良文博士のトークショーあり。
http://unitedpeople.jp/silence/

(Top Photo: ©︎TRANSCENDENTAL MEDIA)