「エネルギー問題」と聞いた時、どんなことを思い浮かべますか。いつか見たメガソーラーの光景や、ロシアのウクライナ侵攻で高騰したエネルギー費のニュース、あるいは、脱炭素社会を目指すための取り組みなど、さまざまかと思います。
連載「わたしたちの暮らしを守るエネルギー」では、より良い社会に向けた電力との付き合い方を軸にして、再生可能エネルギーの先進的な事例や電力を自給する暮らしなどを取材してきました。そこで明らかになったことは、エネルギー問題を誰かに任せず、ひとりひとりが「自分ごと」にする重要性です。
世界のどこかで進むエネルギー問題と、自分の足元にある暮らしを結びつけるために、何ができるのか。今回その問いを伺いたいと思ったのは、デンマーク・ロラン市に20年以上在住し、デンマークと日本の架け橋として活躍するニールセン北村朋子さんです。
再生可能エネルギーの先進国であるデンマークも、実はほんの数十年前まで、現在の日本と同様に他国から輸入した化石燃料に依存していました。1973年のオイルショックを転機に、自分たちのエネルギーを真剣に議論し始めたことが現在につながっています。
ニールセンさんが暮らすロラン市も、今でこそ電力自給率800%を超える風力発電の島として知られていますが、その始まりは、農業を営む人たちが私有地に建てた小規模な風車でした。
エネルギー問題を自分ごとにすることや、市民の力で変化を起こすこと。そのヒントがデンマークやロラン島の実践にあるのではないか。そんな思いから、デンマークのこれまでと現在地、そして日本にいる私たちができることについて、ニールセン北村朋子さんに伺いました。
環境先進国デンマークはいかに化石燃料脱却を目指すのか
まずはデンマークという国について、前提を揃えておきましょう。
デンマークは北欧諸国のひとつでEU加盟国。ニールセンさんの言葉をお借りすると「日本の九州くらいの大きさに、兵庫県の人口より少し多いくらい」が住む、人口585万人の国です。
農業や食品に関する産業が輸出を支え、一人当たりのGDPは日本よりも高く、消費税が25%など税金が高い一方で、教育費は大学院まで無料、医療費も無料という高福祉国家。そして民主主義教育が浸透しており、国民の政治への参加意欲が高く、人権や環境保護活動などにも積極的に取り組んでいます。
かつては他国の石油に依存し、エネルギー自給率は数%だったというデンマークは、オイルショックを機に、経済的な危機感からエネルギー自給を求める動きが強まります。一時期は原子力発電所の建設が決まりかけたものの、国民から始まった議論の末、1985年、デンマーク政府は原発を選択肢から除いたエネルギープランを正式決定しました。
デンマークの特徴とエネルギー転換のポイントについて確認した後、ニールセンさんがお住まいのロラン市についても教えていただきます。
ロラン市はデンマーク国内で4番目に大きな島で、風力などの再生可能エネルギーに取り組んでいることでも知られています。わたしも2001年に移住してきた時は風車の数の多さに驚きました。今はだんだん風車の数自体は減っていて、その分サイズが大きくなり精度も高まっているため、発電量は上がっています。現在、ロラン島の電力自給率は800〜1000%です。
800%ということは、市民全員の暮らしを全て自給の電力で賄ってもまだその7倍が余っているということ。greenz.jpでは2017年にもニールセンさんにお話をうかがいましたが、その時の電力自給率は700%でした。この6年間でさらに大きく伸びている自給率に、ロラン市が行政としていかに積極的に、そして着実に電力自給の取り組みを継続しているかがうかがえます。
なんだかすでに”未来の暮らし”を実現しているかのようにも思えるロラン市ですが、かつてはデンマークの「お荷物自治体」だった時代もありました。
ロラン市は1980年代の後半、それまで盛んだった造船業が途絶えたため、すっかり活気が失われていました。財政は赤字で、失業率はピークで20%以上に上昇。職を求めて島を出ていく人が相次ぎ、住宅価格も年々急激に落ち込んでいきました。
そんな中、農家の人たちが率先して、自分の土地に小規模な風車を設置し始めます。以前、ロラン市ではじめて風車を導入した農家さんに話をうかがったところ「風が吹くだけで電気がつくれるなんて素晴らしい」という好奇心から、自ら風車の工場を見学に行き、設置を決めたことを教えてくれました。
機を同じくしてEUの潮流を読んだロラン市は、再生可能エネルギーを地方創生の柱に決めます。デンマークの中でも風車に適した風況に恵まれていたロラン市は、環境エネルギー産業によって息を吹き返しました。さらにこの動きを、国の政策も後押しします。
2012年の時点で、デンマークは国として化石燃料から完全に脱却する目標を決めました。以来この目標を実現するために、ロラン市など地方自治体との連携を強めています。
当初は2050年までに脱炭素を達成する目標でしたが、実はついこの前、計画を5年前倒しすることが決まり、今は2045年までに、石油や天然ガスなどを全く使わない国になることを目指しています。
ニールセンさんが言う「ついこの前」とは、2022年の終わりのこと。解散総選挙が行われたデンマークでは、続投を決めた社会民主党が、イデオロギーが異なる他党との大連立を発表し、日本のメディアでも報道されていました。この与野党の協力を実現させた理由のひとつも、エネルギー問題だったのです。
エネルギー問題が、政治において超重要課題になる理由
ひとつにはロシアによるウクライナ侵攻が長引いていることが大きく影響しています。ロシアは石油と天然ガスを輸出していることで経済が保たれていますが、EUは天然ガスの約25%をロシアから輸入しており、デンマークもその恩恵を受けているため価格の上昇は市民の暮らしを直撃しました。ロシア産の化石燃料から脱却するために、以前からあった、輸入よりも自給を求める声が強くなったんです。
デンマーク国内にも再エネに積極的でない政治家はもちろんいるのですが、エネルギー政策で折り合いがついた政党同士が43年ぶりの連立を決めました。そしてエネルギー自給を急ピッチで達成するために、2050年だった目標を2045年に早めることにしたんです。そのくらい、エネルギーや食糧を持久する安全保障という問題は、これからの国のあり方を考える上で非常に大きな割合を占めるということを表していると思います。
冒頭でも少し触れましたが、デンマークは教育システムの中に主権者教育が浸透していて、選挙の投票率は平均85%前後と、国民の政治参加が盛んです。政治家はあくまでも「国民が願う社会の姿を実現するためにはたらく人たち」であり、国民の声を反映する政治家でないと支持されません。
オイルショックを機に進んだ原発導入の議論も、建設に不安をもつ市民の活動が発端となり、政府と国民が対話を重ねていきました。
1974年、オイルショックの翌年に当時20代のメンバーを中心とした環境NGO「原子力情報組織(通称:OOA)」が設立され、多くの人にとってまだ実態が掴めていなかった原発を知ろうという草の根運動が始まりました。原子力のメリットとデメリットを紹介するパンフレットをつくり、国民がエネルギーについて考えることができるよう情報提供を行ったんです。
結果的にデンマーク政府が原発を選ばなかったのは、約10年の時間をかけて国民と政府が話し合った結果でした。
時間をかけて対話を行い、国民の声が政治に反映される。この姿勢を基本に、デンマークは発展してきました。ところでなぜ、デンマークの人々は環境意識が高く、再エネに対して実践的なのでしょうか。
ひとつには、デンマークという国の国際的な立ち位置を意識しているんだと思います。デンマークでは一般の人も政治家も、何かを発言する前の枕詞に「デンマークは小さな国ではありますが」という前置きをする人がすごく多いんですが、それはきっと、小さいからこそ可能だった自分たちのことをよくわかっているんだと思うんです。
小さいからこそ機動力の高さを活かし、早くから再エネや脱炭素に取り組んだメリットを実感していること。他国よりも先に実績を残すことでビジネス的な利点もあると知っていること。また、それらを独り占めしたいわけではなく、早めにわかった知見を世界に共有する役割を担おうとしていること。そうした、小さくとも誇り高くいられるよう努める姿勢を示しているんですね。
国と民間が、お互いをいかしあわなければできないこと
また「国がやるべきこと」と「民間で行うこと」の線引きも上手で、明確だとニールセンさんは続けます。
例えば、かつて企業が独占していた電力の自由化が決まった時も、国はまず発送電を分離することを決めました。国が送電網を買い取り公営企業として、それまでの電力会社が一社で発電、売電、配電事業を同時にできないようにしました。自由化しても、既得権益を奪われ摩擦を起こしたり、新しい会社が送電の権利をもつようなことができない仕組みにしたんです。
約40年前、ロラン市の農家たちが小規模な風力発電を始めた時も、うまく連携が進みました。農作物の栽培がうまくいかない時でも、風力発電の副収入があるため国の補助金を当てにしなくても経済的に自立しやすくなりました。
また、農業も売電も両方うまくいく時は、農家さんたちはその収入を設備投資や農地の買い足しなどにまわすことができ、その結果、税収も増え、食糧やエネルギーの自給率も上がり地域にも国にも貢献できる。こうして、再エネによって国と民間が手を取り合い、双方に経済的なメリットがもたらされていきました。
対立や分断を避け、みんなが合意形成できる仕組みをつくっていく。デンマークの進め方やロラン市の実践を聞いていると、エネルギー政策へ積極的に参加し、エネルギー問題を「自分ごと」にしているように思えます。そうした意識をもつためには、どんなポイントがあるのでしょうか。
自然と「自分ごと」になっている。
デンマーク流、合意形成のつくり方
まずデンマークは完全にバックキャスティングの手法を取っています。先に望ましい未来像を定め、それを実現するための道筋を、未来からさかのぼるようにして決めていく考え方です。
もちろん、本当にその未来像でいいのかどうか、データや世界の動向などを分析して未来洞察を行い、時間をかけて議論し合意形成をします。それにより、なぜ、いつまでに、その目標を達成する必要があるのかが明確になるんです。
議論によって関係者全員が理解した上で進むので、国民みんながそれぞれの立場で、未来のあるべき姿を実現するための目標に向かって足並みをそろえることができます。
前述した、政府による脱炭素社会の実現が2050年から2045年目標に前倒しされたことについても、発表から数週間ですでに「知らないなんて言うことは難しいほど」あらゆる手段で国民にわかりやすく周知されているそうです。
政府の広告もたくさん出ますし、政策がまとめられたPDFも読みやすいのでダウンロードして読む人も多いですね。ニュースの報道や地域メディアでも徹底して伝えられています。
また企業など産業界が、GX(グリーントランスフォーメーション)の知識や投資先の情報を望む場合、政府による情報提供も行われていますし、何よりも今と未来に関わることなので、子どもや若者が知り、共に意思決定していく権利を重要視し、すぐに教育内容にも反映されていきます。もちろん大学や研究施設の協力も欠かせません。文字通りの産官学民による取り組みとして、これからもどんどん進んでいくと思います。
国と民間がそれぞれの立場で共に進められるよう配慮されたデンマークの現実を聞きながら、どうしても気になることがありました。近年の日本において、風力発電の建設が突然知らされたり、山肌を削って太陽光パネルが並べられたりと、再エネを進めることで自然破壊につながる事態が各地で起き、地域住民との対立が起きていることです。
必要な情報を出さないとか、水面下で計画を進めながら形だけの説明会を開くようなやり方は姑息で、民主主義に反していると思います。デンマークで同じことが起きたら市民は黙っておらず、そこに関わる議員などがいれば次の選挙の結果は難しいものになるでしょう。日本でも、自らの知る権利が脅かされている場合は、声をあげることが必要だと思います。
ロラン市の人々を見ていると、エネルギー自給に関心をもっている人が本当に多いんです。電力を他の地域に売るのもいいけど、うまく貯めておいて地域内外で様々な形でもっと活用できないかなど、地元の議員を含めて議論されることも多く、そうやってイノベーションが始まっていくことを感じます。
日本にいると、エネルギー問題は国がすること、という意見を聞くことも多いですね。大きな政策は国が決めますが、その決定の根拠になっているのは国民の議論がベースになっていなければならないし、電力や熱エネルギー、輸送エネルギーは全国各地で生み出せるものなので、地域のリソースをうまく活用して無駄なく使う方法を政治家も巻き込んで議論し、決断して実践していくことはもっとできると思います。
教えてください、日本でわたしたちができること
ニールセンさんのお話をうかがい、やはりエネルギー問題を「自分ごと」にする重要性を一層強くしました。むしろ「自分ごと」にできない限り変化は起きません。デンマークや一部の環境先進国だけに任せずに、先をいく存在に学びながら、自分たちも共にプレイヤーでありたい。改めて、エネルギー問題を「自分ごと」にするために、今の日本でわたしたちにできることは何でしょうか。
1.現実を知る
まずは現実に向き合い、状況をしっかり知ることでしょう。日本経済の衰退という事実はありますが、まずは国内のエネルギー事情を知ること。どんな電力がどのくらい使われているのかというエネルギー構成を知らない人もまだまだ多いと思います。
日本の報道では、電気のことばかり伝えていることも気になります。エネルギーは電気だけの問題ではなく、熱とか輸送とかインフラとか、いろんな問題を含んでいることを知ると、いかにわたしたちの生活に密着した重要な問題であるかを感じられるはずです。
重要さを実感したら、おのずと自給という安全保障の意識も出るはずです。日本政府や行政から、自給や安全保障という観点の話がなかなか出てこないので、そのこと自体にも危機感を感じています。
なるほど。基本的なことでもありますが、確かに不安ばかりが大きくなり、現実問題の把握が追いついていないこともありそうです。しかも調べることならすぐにでも取り掛かれそう。では他にできることは、どんなことでしょうか?
2. 無駄にしない
エネルギーをなるべく使わない方向性も必要です。例えば、家電に代表されるように、日本の機器は省エネ性能などがとても優れているのに、建物の断熱はほとんど意識されずにきました。やっと新築の構造基準に断熱が組み込まれましたが、エネルギー効率のことを考えたら既存の建物を高気密や高断熱にすることが先だと思います。
自宅の中でヒートショックで亡くなる方が年間2万人もいるなんて悲しすぎるじゃないですか。もちろん一般住宅だけでなく、公共施設も同様に、ダダ漏れしている熱を活用するための断熱改修を進めてほしいです。
日本でも公開されたドキュメンタリー映画『コペンハーゲンに山を』でも描かれていますが、デンマークでは、ゴミ焼却施設など、発電施設は必ず熱供給もしなければいけない法律があります。日本でも焼却炉に温水プールが併設されたりしていますが、まだ熱を捨てている部分も多いですよね。
映画『コペンハーゲンに山を』は、ゴミ焼却エネルギー施設を市民にとってもっと身近で持続可能なものにし、次世代につないでいくために奮闘する人々の記録映画。燃やす前にゴミ自体を減らし、どうしても燃やさなくてはいけないものだけを燃やす、さらにその時に出る副産物としての電気と熱というエネルギーを活かし、かつ施設の存在自体が市民生活とシームレスにつながることが全員の共通認識になっている様子が見て取れる映画でした。
3. 目的意識をもつ
そしてツールに惑わされないこと。例えば今、脱炭素のために水素エネルギーを進めようとする動きも大きいですが、日本の場合は水素もほとんど輸入しているのが現状です。それではただ化石燃料が水素に変わっただけで、輸入に頼るというエネルギーの安全保障についての現状は、化石燃料の輸入の現状となんらかわっていません。
水素は、水を電気分解して水素と酸素を取り出しますが、その過程で必ず熱が発生します。デンマークでは風力発電や再生可能エネルギー由来の余剰電力を使って水を分解し、水素をそのまま燃料として使うほかに二酸化炭素など様々な資源と組み合わせてガスとして使うなどの方法を計画しているほか、電気分解で水素と同時にできる酸素は魚の養殖や下水処理、熱は地域熱の供給にするなど、副産物も利用することが計画されているんです。
日本が本当に脱炭素のために水素社会を目指すなら、海外から輸入するよりもまずは余剰電力を利用して自国でつくること、そしてそのための再生可能エネルギー由来の電力生産を増やすことを意識してほしいですね。輸送費も減らせるし、CO2排出量も減らせる上、副産物も利用価値が高い。エネルギー自給率が上がるということは、地域や国の安全保障にもつながる、という認識が強まるといいと思います。
4. アクションを起こす
自分たちが何を求めているかを明確にできたら、できる範囲で行動することです。家の断熱に取り組むことや、自分たちでエネルギー自給に取り組むこと、意見を議会などに伝えることもその一つです。声を聞いて議会で動いてくれる立候補者を支援したり、実際に投票して議員になってもらうこと。当選後も意見交換などをする機会をつくってサポートしていくことも大切だと思います。
アクションを起こすという意味では、本連載で取材した、いとしまシェアハウスの志田浩一さんの小さく自給する暮らしや、ソーラーシェアリングを実践しながら、政治に関わる課題を政府に伝えることも実践している馬上丈司さんの活動、新井かおりさんの「ほぼオフグリッドハウス」での暮らしも参考になるかもしれません。
エネルギー問題を「自分ごと」にするためにできることは、現状を把握して、議論の方向性を定める、ということでした。そして、エネルギー問題は電気だけではなく、熱エネルギーや輸送エネルギーも含み、わたしたちの暮らしを支える安全保障に直結する、ということ。この視点に立つことで、身近にいる隣人とも共通認識がもちやすくなりそうです。
デンマークの事例をそのまま日本に当てはめることはできませんが、わたしたちの意識と行動は未来へつながっています。新しい可能性に向けて、まずは自分のためにエネルギーを知ること。「自分ごと」は一歩、前に踏み出すことから始まります。
(写真:八幡宏)
(編集:福井尚子)