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ココロに根っこが生える森の学び舎。「INA VALLEY FOREST COLLEGE 2022」秋の現地講座が残した、森からの問い

森に関わる100の仕事をつくることをめざす森の学び舎、「INA VALLEY FOREST COLLEGE」(以下、フォレストカレッジ)。3期目にして初のリアル開催となったフォレストカレッジの現地講座が、7月に続いて9月にも行われました。

2022年度のカリキュラムテーマは、「身体性をもって出会う森の学び舎」。前回に続き、現地講座で「森で企てる」コースの受講生としての体験を踏まえたリアルな学びを、みなさんにおすそ分けいたします。

3日間行われる秋の現地講座は9月17日に開講。場所は夏の講座と同じ、伊那市「市民の森」。ここを訪れて受講生のみなさんに会うのは2回目なのに、故郷に帰って同級生と会うような親しみを感じてしまっている自分がいました。前回の講座の学びと体験がよっぽど濃かったからでしょうか…。

夏の講座では受講生のみなさんからは「これからどんなことを学ぶのだろうか」という緊張感が感じられましたが、今回はひと味違った緊張感が感じられます。また濃い3日間が始まるぞ、と身構えるような。そんな緊張感も、緑に包まれた広場で久しぶりに会う受講生同士で話を交わすうちにいつしかほぐれていきます。

西粟倉村の「100年の森構想」を構想で終わらせない企てと、実行と

場があったまったところで、最初の講師、株式会社百森の共同代表、田畑直さんが話しはじめました。テーマは「地域林業のプランニング」。

百森は、岡山県の西粟倉村にある会社です。西粟倉村は、平成の大合併が行われた時期に、美作市との合併を拒否。しかし、村の面積のほとんどが山という西粟倉村が独立して経済を成り立たせるために使えるものといえば…山しかない。ということで「百年の森構想」が立てられ、戦後おびただしい数植えられたスギやヒノキをフル活用するために村が主体となって間伐を進めています。

戦後、子や孫のためにと植林された日本の森林も、資産価値が下がるにつれ放置される傾向にあります。西粟倉村はその管理を進めるために、所有者から森林を預かり、作業道を整備して間伐を進めてきました。間伐も、価値が高い木を残していくために曲がっていたり小さかったりする木を間引く「定性間伐」が中心です。こうしたこまめな管理は費用がかかるのですが、村として税金を投入して所有者に還元しています。

「上質な田舎」をつくることをめざして進められている百年の森構想ですが、異動が多い行政の人たちや、合併により小さな村の管理に手が回らない森林組合だけでは持続的に実行することが難しくなってきました。そんな課題を解決すべく立ち上げられたのが、百森でした。


株式会社百森の共同代表 田畑直さん

所有者の中には、代をまたいで所有している森林へのこだわりが強い方もいるため、こまめな交渉をして集約化していくのは一筋縄ではいきません。

田畑さん 私たちの仕事は、森を預けることに難色を示される所有者の方のところにも何度も足を運び、説得するところから始まります。合意を得られた後も、ドローンで撮った上空からの写真や地形図と、実際に現地に足を運んで得た情報を元に設計図をつくって丁寧に間伐します。間伐した木も、一本一本値付けをするなど、信頼を獲得するためには手間を惜しみません

間伐された木のうち、約2割は地元の製材所で製材されて材木となり、約6割はボイラーやバイオマス発電といったエネルギーに使われ、残りの2割が合板の材料として地域外で使われることに。

田畑さん 日本の森林は細かく区分けされた所有権が壁になって整備が進んでいないところが多いので、西粟倉村の取り組みは非常に先進的です。こうした取り組みは、新たな雇用を生むだけではありません。新しいチャレンジをしている村として注目を集めることで、辺鄙なところにあるにもかかわらず、起業などのために移住してくる人が増えています

戦後大量に植樹をした結果、間伐をして手入れする必要がある「いま」を起点につくられた「百年の森構想」。百森はさらにその先を見据えて、どんな森を残せるのか、どんな村にしていくのかを想定し、さまざまな動きを考えているそうです。

田畑さん 山の管理全般でいうと、100年先のことを見通すのは正直難しいです。いまSDGsとか言われていますが、100年後には全く状況が変わっているはず。なので、ひとつの方向性に事業を絞り込むのではなく、使えるものは何でも使って、あの手この手で事業にしていく

決まったテーマがあるとすれば、森の案内人的な動きでしょうか。木材を使いたいという人がいれば設計の仕方などをアドバイスするとか、ある事業領域でニーズがありそうであればその方向性に向けて山の管理の仕方を変えていくとか。次世代に何を残していきたいのかというところに自覚的になりながら仮説を繰り返し、柔軟にトライしています。

山しかない、という制約を、官民共同の取り組みで価値に変えていく西粟倉村。百森の代表取締役である田畑さんと中井昭太郎さんは、二人とも東京でビジネスをしていた移住者でもあります。地域の自然資本と都市のビジネス視点が交わることで生まれる新しい経済のかたちに期待が高まります。

合理性と循環を意識して、森と暮らしの関係をリデザイン

百森という社名の由来は「百年の森構想」だったそうですが、フォレストカレッジは「森に関わる100の仕事をつくる」というキャッチフレーズを掲げています。「100つながりで行こうということで」と、続いてフォレストカレッジの企画と運営を行っている株式会社やまとわ取締役奥田悠史さんが「地域資源を使うことに、クリエイティブを使う」をテーマに話し始めました。

環境問題に関心があり、大学で森林について学んだ奥田さん。学びの中で見えてきたグローバルな環境破壊に対して、自分ひとりでは何もできないという思いから、卒業後は編集ライターを経てデザイン事務所を立ち上げます。やがて伊那で家具づくりを通して森のことを伝える活動をしていた中村博さんと出会い、地域の暮らしから環境にアプローチすることをめざし、共同でやまとわを創業します。

この回り道のように思えるキャリアも、奥田さんは無駄ではなかったと語ります。

奥田さん いま思えば、編集やデザインを仕事にするという寄り道があったからこそ、暮らしと森との関係をデザインし直すと言う視点が得られたんですね。森林のことを学んでからすぐに森に入っていたら、いまのような活動はやっていないと思うんです。

奥田さんは、いま日本の森が荒れているのも、古いデザインの結果だと考えています。戦後、復興のために日本の山にはたくさんの木が植えられましたが、すぐに経済成長のスピードに木の成長が追いつかなくなりました。経済成長に合わせてものづくりのスピードを上げるために関税が撤廃され、外国の木材を輸入する。こうした政策は産業におけるデザインと言えますが、それが森の荒廃を招いているのです。

やまとわが行っているのは、森をめぐる新しいデザインの構築。豊かな暮らしづくりを通して豊かな森をつくることで、日本中の放置された森を、多様性と持続性ある森に変えることをめざしています。


株式会社やまとわ取締役 奥田悠史さん

奥田さん これは仮説ですが、暮らしと森が離れて、森に対してみんなが無関心になることで問題が起きるのではないかと考えているんです。森と暮らしをつなぐことで人々の関心は高まり、森の環境はよくなっていくはずだと。

森と暮らしをつなぐためにやまとわが行っているのは、農林業、ものづくり、暮らしの提案、森の企画室という4つの事業。事業を展開していく上では、合理性と循環をキーワードにしているそうです。

奥田さん 合理的っていうと「経済合理性」というように効率とか能率とかをイメージされがちですけど、本来は、道理に適っている、ということなんですね。自然に考えるとこうだよね、という道理をねじ曲げずに物事を行うと、それが結局は能率がいいということで、昔はさまざまな仕組みがつくられていたのではないでしょうか。

現代ではとにかく大量の物を一つの場所に集約して生産することが効率的だと思われていますが、実はそこには膨大なエネルギーが必要です。持続可能性ということを考えると、本来の意味での合理的な循環に基づく経済のあり方が望ましいと考えています。

林業は冬、農業は夏というように、季節に合わせて作業をする。林業の過程でできる端材は堆肥にして畑に使う。材木として価値が低い赤松は経木(※)にし、その経木をノートにして価値を高めて販売する。やまとわのユニークな事業展開のいたるところで、合理的な循環という視点が生かされています。

(※)木を紙のように薄く削った素材

暮らしと森をつなぐためにやまとわが重視しているのが、ストーリー性。経済中心の文明の中で忘れがちになっている本来のつながりをストーリーによって取り戻すことを大切にしています。

奥田さん たとえば家づくりでは、「暮らしを自分でつくる家」という提案をしています。家づくりには春と秋が適しているのですが、春に竣工する家の施主さんには野菜や堆肥づくりを学べるようにしたり、秋に竣工する家の施主さんには薪ストーブの薪をつくれるようにチェンソーの使い方を教えたりといったプログラムを用意しています。暮らしと自然のつながりを体感してもらうことも価値として提供したいと思っているんです。

奥田さんは、世界中から資源を集めて何かをつくることはもう古いと言います。地域の資源を生かして新しい文脈で他にない価値を創り出す。「こうした企画こそがクリエイティブだ、という時代が来ている」という言葉を、受講生のみなさんは決意を新たにしたような表情で受け止めていました。

お二人の話を聞いたあとは、受講者同士でのグループディスカッション。お題はふたつ。

ひとつ目は、フォレストカレッジ1期生が中心となってプロトタイプをつくった流木ハンガーの展開。伊那市の旧長谷村にあるダムに流れ込む流木は処理に莫大な費用がかかっています。その流木を企画によって価値化させようという取り組みの一環です。

2つ目は、7月の現地講座で働くコースが伐採した木を加工した材木の使い道を考えること。

そこかしこからアイデアの芽がニョキニョキと…

流木はワークショップとセットにして体験も価値にしていこう。

材木はこれから続くフォレストカレッジでも活用できるような物に。

流木を拾いにいくところから、ファッションブランドの研修にしてみては。

初日からの濃いディスカッションのあとは、森の中でお茶をしながらの懇親会。近況を報告し合いながら、この3日間の学びへのワクワクを温める時間となりました。

受講生の再会を和やかに盛り上げる、フォレストカレッジ事務局の榎本浩実さん。

教育の根っこに森がある! フィンランドからのゲストに学ぶ

初日から激しいインプット&アウトプットのフォレストカレッジ。しかし、今日はこれでは終わりません。夜に「フィンランドの森と教育」というオプション講座があるのです。こちらは一般の方からも参加者を募って行われた講座となっており、みんなで会場のフォレストコーポレーションさんに移動しました。

講師はフィンランドからお越しの、北カレリア教育研修コンソーシアム・リベリア専門学校カトゥヤ・ヴァウリュネンさん。会場には教育関係の方など多くの方が訪れており、伊那谷のみなさんの教育への注目度の高さが感じられました。

北カレリア教育研修コンソーシアム・リベリア専門学校 カトゥヤ・ヴァウリュネンさん

フィンランドでは、幼児教育から大学まで、すべての段階で必ず環境にまつわる教育が行われています。特徴的なのは、教科の垣根を越え、今まさに起きている社会問題などを取り上げながら学び、探求する「現象ベース学習」。

たとえばエネルギーについて学ぼうということになったとき、題材は生徒たち自身が見つけて、自分たちが探求したい内容に応じて、数学や物理、歴史や国語まで、先生同士も協力しながら自主的に学びを広げ、深めるようになっているのです。

自然をめぐる学習で重視されているのは、直接体験することと、自主的に探求すること。このポイントを踏まえることで、自然への感情が目覚め、自然環境と自分との間に個人的な関係を築くことができるのだそうです。

フィンランドが幼児期からの自然に対する学びとともに力を入れているのが、起業家育成。実は、このふたつは密接につながっているようです。

カトゥヤ・ヴァウリュネンさん 子どもはいろんなことに好奇心を持っています。でも、おとなになると好奇心を失ってしまいます。常に自分が何に興味を持っているのか、何が好きなのか、自分はどこに行きたいのかを自分で気づけるようにすることは、自然の中でどう動くのかというところとつながっています。

自然を根っこにしていたり、探求を重視したりするフィンランドの教育は、第二次世界大戦後に仮説と調査を繰り返して確立したもの。いまもデータを取りながら検証を繰り返して進化を続けているのだそうです。自然を大切に、という倫理観からではなく、あくまでも教育的な成果を重視している結果だというのが驚きです。

そしてカトゥヤさんは、環境問題に関心がある世界中の人たちが参加するオンラインネットワークを紹介。いろいろな人たちがつながってともに活動することが大切だと指摘した上で、同じ目的を持った人たちで刺激しあいながら学び合うフォレストカレッジ にも期待しているとお話されました。

教育関係の方や行政の方など、伊那市に住む多くの人が詰めかけた会場

木からつくる布を通して、森の知恵と課題を伝える

2日目の講義は、やまとわのオフィスでスタート。合同会社すぎとやま杉山久実さんから、「木からつくる布はどうやって作られる?」をテーマにお話を聞きました。

すぎとやまは、ゼロウエストでも知られる徳島県の上勝町にある会社です。もともと徳島市でフランス菓子店をやっていた杉山さんは地域おこし協力隊として、葉っぱビジネスでも有名な株式会社いろどりで働くように。そこで杉の木からつくる布「KINOF」を開発し、販売されています。

合同会社すぎとやま 杉山久実さん


地域にあるものを使うという昔の暮らしを基準にすることは、自然を考えることになり、それが未来の子どもたちのことを考えることにつながる。そんな発想から、上勝町にあるものを見直したときにまず浮かんだのが、杉。上勝町は面積の約90%が山で、その中の約90%が人工林で、その約90%が杉ということで、杉をもっと日常に使えるものにできないか…と考えていた杉山さんは、木から糸をつくる技術をもっていた大阪の織物会社の方と出会います。

その会社では大阪の木を使っていたのですが、上勝の杉でもできるということで商品化。工程は、まず木をチップにしてセルロースを抽出して紙に。その紙を強くよって糸にします。その糸を織ると、コットンと同じくらいの強度の布になるのだそうです。糸は糸で「KEETO」というブランドで展開。こちらも好評とのこと。材木としては使いづらい曲がった木や小さい木なども、繊維として使う分には問題ないので、山のめぐみを余すことなく使うことができるのです。

KINOFは地元の自動車販売店、徳島トヨタで販売する新車の車検証を入れる袋に採用。これまでのビニール製の袋よりもコストがかかっているのですが、そのコストは新聞広告をやめることでカバーできているそうです。徳島トヨタの印がついたKINOFでできた車検証袋を入れ物として持ち歩く人がいたり、販売店で車検証袋を藍染するイベントをして集客につなげたりと、むしろ広告効果が上がっているというから面白いですね。

杉山さんがブランドづくりで大切にしているのは、山の資源を生かして暮らしに身近な日用品をつくるということと、上勝らしさ、ゼロウエストな暮らしを通してできることを考えること。

杉山さん 山間の地域には、自然に根ざした色々な知恵や技術がまだまだ残っています。それが、上勝らしさだと思っています。地域に息づいている思考を身近に感じ、効率的な製造方法などを取り入れながらどう商品として落とし込んでいくのか。いろんな課題はありますが、その課題をクリアしていく過程が楽しいんですよね。

杉山さんは販売の際に、都会の若い人たちに地方の山が置かれている現状や、暮らしの知恵を伝えることもあるそうです。また、KINOFは土に埋めると4カ月から6カ月くらいで分解されます。布は、ふきんやタオルといった、身近な雑貨として暮らしに溶け込みます。KINOFというのは、暮らしから上勝という山間地における環境問題やゼロウエストの価値観を伝えられる、しなやかなツールなのですね。

杉山さんの送り出すプロダクトは、どれもオシャレで、見ているだけでワクワクさせられます。イメージづくりで意識しているのは、どういうところで売れる物にしたいか、ということ。たとえば、表参道に実際にあるショップで手にとってもらっている様子を想像し、そこから逆算するようにイメージをつくり、価格を設定していくのだそうです。

まるでアトリエ! な、やまとわの木工工房を見学

講義のあとは、草木染めのワークショップ。フォレストカレッジ の1期生で、なんと3世代で伊那市に移住されたという方の指導のもと、KINOFを葛の染め液で緑色に染めていきます。

ベージュのKINOFがほんのり染まっていきます

ミョウバンで色止めしている間に、株式会社やまとわ代表取締役の中村博さんが工房を案内してくれました。見学したのは、伊那谷のアカマツを加工してつくったノート「Shikibun」の経木を生産している作業場。

プラスチックの包装容器が普及したことから、いまや経木は需要が少なくなっており、経木をつくる機械もほとんど残されていません。80年以上に渡って経木を生産されている長野の方から譲ってもらった1台、新聞でやまとわの取り組みを知ったという長野の方から1台、合計2台の年代物を丁寧にお手入れされながら経木はつくられています。そして最近新たに和歌山の方から譲り受けた1台が加わりました。こちらは現在機械のメンテナンス中とのことです。

美しく削られた経木はゆっくり自然乾燥。やまとわでは信州の原木から経木をつくるところまでの作業を行い、その後、伊那谷にある手製本を守り続ける会社、美篶堂さんでノートとして仕上げられます。


株式会社やまとわ代表取締役 中村博さん

やまとわの工房は、道具が飾られるように並べられていて、空間そのものも明るく快適に保たれています。昨今は働き方改革ということで労働時間の改善が呼び掛けられていますが、中村さんとしては、働く時間を適切にすることはもちろん、心身ともに気持ちよく働ける環境をつくっていきたいということでした。木にまつわる仕事はとかく、3K、つまり、「きつい、汚い、危険」というイメージがありますが、そこを少しでも改善していくことも、やまとわの仕事として意識しているそうです。

森に響いた、いまも心に残る「ドーン!」

工房見学をしている間に色止めしていた草木染めのKINOFを、長〜く張られたロープにみんなで干して、さあ、森へ

山道を少し登ると、そこには、真剣な表情で木と向き合う山で働くコースのみなさんが。伐るべき木を見極め、ロープを張り、切れ目を入れて伐倒する。そのプロセスを実践していました。

森で働くコースの受講生たちからの真剣な表情に背筋が伸びます!

そして、大きな木を講師であるプロが伐倒する場にも立ち会うことができました。手際良く受け口と追い口の切り込みを入れ、杭を打ち込むと…大きな木がゆっくりと地面に向かって傾き、やがて静かな森に大きな振動とともにドーン、という低い音が響きます。この音は、忘れられません。私はこの音を聞いてから、単なる物質ではなく命として木と向き合う気持ちが高まりました


ドーン!という音のあとにはデッカい切り株が!

感動の余韻に浸りながら、森で働くコースの人たちといっしょにお弁当。「思いっきり働いたあとの飯はうまい」という喜びと、「飯のあとも激しい作業が待ってるんだ」という緊張感が入り混じったような働くコースの人たちの表情が印象的でした。企てるコースが激しいインプットとアウトプットを繰り返しているように、働くコースの人たちもみっちりと充実した学びを重ねているのでしょう。

偏愛が導く、何度でも味わいたくなる自然に囲まれた宿

昼食のあとは羽広荘に移動して学びが続きます。午後は「森と宿」をテーマに、Backpacker’s Japan石崎嵩人さんとRaicho inc.藤江佑馬さんによる対談からはじまりました。

まずは、石崎さんのお話。2010年の創業以来、ゲストハウスブームの火付け役ともいえる「ゲストハウスtoco.」や古いビルをリノベーションした「Nui. HOSTEL&BAR LOUNGE」をはじめとした宿やカフェの運営を手掛けるBackpacker’s Japanは、新たに長野の川上村で、キャンプフィールド「ist」の開業に向け準備しています。

Backpacker’s Japan 石崎嵩人さん(左)

istのコンセプトは、「ふだんの暮らしを自然の中で」。新型コロナウイルスの感染が広がり、あらためてこれからの事業について社内で話し合う中で生まれたアイデアです。自然の中でのアクティビティというとキャンプがすぐに浮かぶかと思いますが…。

石崎さん キャンプによく行く社員が言うんですよ。キャンプって、結構疲れるんです、と。自然を知ってもらうためにキャンプ場をつくればいいかというと、そうではないのではないか。1日キャンプして、あ〜疲れたということで終わってしまったら、逆に自然から遠ざけることになるのではないかと言うんですよ。そこで、キャンプ場というフィールドは生かしながら、自然を味わいながら暮らせる小屋をつくっては、と考えたんです。

istのフィールドとなる場所は、標高1,350メートルくらいの位置にあり、もともと青木ヶ原キャンプ場だったところ。初代のオーナーさんは禅の修行をする場所として整備されたそうで、元の地形を生かしたランドスケープが維持されているスペースと、キャンプ場として整備されているスペースが共存しているところも魅力なのだとか。

いま建設中の小屋には備え付けのベッドとコンパクトなキッチンとソファスペースがあり、キャンプのようにギアをごっそり持っていってセッティングなどをすることもなく、着いてすぐに外の景色を眺めながらくつろげるようにデザインされているそうです。

続いて、Raicho inc.の藤江さんのお話。子どもの頃から気候変動などの環境問題に関心を抱き、自然が大好きだった藤江さんは、脱サラをして乗鞍高原にある温泉旅館雷鳥を事業継承。ゲストキッチンやワーキング&ダイニングも備えた長期滞在型の宿泊施設として人気を集めています。

Raicho inc. 藤江佑馬さん(右)

宿泊業をはじめるにあたり、藤江さんはまず、もともと好きだった北アルプス地域を候補地に。2015年当時、北アルプスでは上高地がすでにインバウンド客をたくさん集めていました。乗鞍はまだ多くの人に知られる宿泊地ではありませんでしたが、上高地は高いホテルしかないリゾート地のようになっていたので、乗鞍で安い宿をやれば人が来るのでは、という見込を立てたそうです。そして、2016年にゲストハウス雷鳥をオープン。

それまで乗鞍は冬に訪れる人はほとんどいない場所。暖房費もかさみ赤字になるので、冬は宿泊施設を閉じてスキー場でバイトしたほうがいいと言われていました。ところが…。

藤江さん 僕自身が冬山のガイドの資格を持っていて、冬の乗鞍の雪景色がとんでもなく綺麗だと知っていたんです。ここをスノーシューで歩くツアーをしたら絶対喜ばれるという確信がありましたね。それで2017年にスノーシューツアーを始めたら、2019年には夏と冬の売り上げが逆転したんですよ。

インバウンド需要で海外からのお客さんが増えてきたところでコロナ禍になると、ゲストハウス雷鳥はすぐにワーケーション向けの打ち出し方に振り切り、いまはさらに二拠点生活におすすめの宿としてシフトしています。

Backpacker’s Japanが展開しようとしているistがある川上村も、Raicho inc.が展開している乗鞍も、決して観光地として注目されている場所でも、アクセスしやすい場所でもありません。それでも、「この場所しかない!」という、その地域ならではの自然環境に感じた偏愛を、多くの人が感じられる喜びへと変換してサービスとして届けようというこだわりが感じられました。

というわけで、お二人の話を聞いた後のディスカッションテーマは、「自分は何だったら愛せるのか、探求していけるのか」。

今回のフォレストカレッジの講師の皆さんは森や地域への愛というか、熱量がすごい。自分は全然足りないんじゃないかと思わされた。

他の人の熱量と自分の熱量を比べても仕方がないところがあるので、自分なりの愛を持って企てるしかない。

普段、仕事や家庭で、自分が愛していることについて本気で語ることはない。フォレストカレッジのような場や関係は貴重だと思わされた。


愛について、こんなに真剣に語り合ったことはあっただろうか…

愛について…思いがけないテーマに戸惑いつつも、受講生たちからは熱のこもった声を聞くことができました。

木を動かすために、人を、人の心を動かす企てを

2日目の2コマ目の講師はココホレジャパン株式会社アサイアサミさん。テーマは「森を伝えるにはどうする?」です。

アサイさんは東京生まれの東京育ち。もともとはファッション雑誌の編集に携わり、最新トレンドを伝える仕事を楽しんでいました。転機は、2011年の東日本大震災。復興の兆しもなく多くの人が避難を強いられる中でも進行を止めない仕事のあり方に疑問を持ち、「いま大事だと信じられることで生きていきたい」と、岡山に移住します。

当時、「地震 少ない 本州」で検索したときにトップヒットだったということで、勢いで岡山に移住したアサイさん。暮らしてすぐに、目にする風景や出会う人たちの魅力に感動。日本中の地域の魅力を掘り起こして伝えまくりたい! という編集魂に再び火がつき、ココホレジャパンを創業。雑誌のローカル特集の編集や、地域のブランディングや広告を数多く手がけています。

アサイさんが岡山にきてまず魅了されたのが瀬戸内海。その海の美しさの根源は、中国山地の美しい山々に育まれた水だと知ったことから、森のことを伝えることに力を入れはじめたそうです。

アサイさん さまざまな一次産業について取材してきましたが、林業に携わっている人たちが一番辛そうだったんです。林業が抱える課題をなんとか解決したいと思ったんですけど、私は木を伐ることはできません。でも、伝えることができるのだから、森で起きていることや、森でがんばっている人のことを伝えることで当事者になろうと。

ココホレジャパン株式会社 アサイアサミさん

森に入り、森のことを伝えるようになったアサイさんは、都市に行くたびに違和感を感じるようになります。経済合理性だけを追求して経済を発展させてきた都会の建物はコンクリートだらけ。このコンクリートが全部木になれば…と考えていたところで出会ったのが、ゼネコンの竹中工務店でした。

宮大工がルーツの竹中工務店は、日本の木を使い、木造建築を増やしていくことをめざしています。そこで、森と都市をつなぎ、木が循環するグランドデザインをつくることを目的に、竹中工務店、ココホレジャパン、Deep Japan Lab、グリーンズの共同で「キノマチプロジェクト」が発足。WEBマガジン「キノマチウェブ」を展開し、毎年イベント「キノマチ会議」が開催されています。

森と都市をつなぐといって、林業が厳しい状況に置かれているいま、木を森から都市に持っていくのはなかなか大変です。だからこそ、伝えることが重要だとアサイさんは言います。

アサイさん いまの森林業界が大変なのは、人と心を動かすことをせずに、木を動かすことばかりを考えているから。それだと、労力とお金がとんでもなくかかります。いま木を動かすためには、人を動かさないといけない。でも、心が動いていない人を動かすことはできないんですね。だから、森の良さを伝えていくことがムーブメントを起こすためには大事なんです。

アサイさんは、森をめぐる人びとを、土の人、水の人、風の人、という3つに分類しています。地域で林業に携わるのが、土の人。行政や企業でお金を持っているのが、水の人。そして、企てるのが、風の人です。フォレストカレッジの企てコースで学ぶ受講生たちに熱いエールをいただきました。

アサイさん 土の人たちは乾いています。水の人たちを動かして潤す必要があります。停滞している土や流れない水を動かすのは風です。いきなり木を動かす、人を運ぶことを考えるんじゃなくて、あなたの心で、人の心を動かしましょう

森のことを伝える具体的なコツを事例とともに聞いたあとは、小さなグループに分かれてディスカッション。明日が現地講座の最終日ということで、これから自分たちに何ができるかを踏まえて、「伝える」をテーマに語り合うことになりました。

話すことで、学んだことや考えていることが自分にしみ込んでいきます。

7月と9月の現地講座を経て視点がグンと広がった。森にまつわる領域の広さが見えてきたので、そこで自分に何ができるかを深めていきたい。

学ぶことはもちろんだけど、ここで学んだことを生かして企てることを継続していきたいと思った。

人間と自然の共存が当たり前にできていて、エコロジーとエコノミーを両立させるためにはどうすればいいかを考えていきたい。

受講生のみなさんの声からは、アサイさんの森を伝えることへの情熱が乗りうつったかのような熱を感じたのでした。もちろん私にも乗りうつりましたよ!

地域の森を健やかに、薪ストーブをもっと便利に

フォレストカレッジ秋の現地講座は、いよいよ3日目の最終日。企てるコースと働くコースで合流し、薪ストーブの会社、株式会社DLDさんへ。

DLDは、来年40周年を迎える、薪ストーブ販売の先駆けとも言える企業。主な業務は薪ストーブの輸入販売なのですが、実は森林資源が豊かな伊那谷ならではのユニークな事業を行っています。それは、薪の宅配サービス。まずはバイオエネルギー事業部の高橋志乃さんから、その仕組みをお聞きしました。

株式会社DLD バイオエネルギー事業部 高橋志乃さん

薪の宅配サービスが立ち上がったのは2007年。長野県は針葉樹であるカラマツの人工林が多いのですが、当時はカラマツの間伐材はほとんど捨てられている状況でした。DLDはそこに目をつけ、薪として加工して宅配するビジネスを開発したのです。

利用者は、家の敷地に30束分の薪をストックできる小型の専用ラックを設置。DLDの担当者が巡回し、薪の減り具合を確認し、使用ペースに合わせて補充するという仕組みです。

サービスを始めた当初は、薪ストーブに使う薪の定番は広葉樹でした。針葉樹は燃やすと高温になるためストーブを傷めたり煙突に煤がたくさんつくことが懸念されていたのです。「針葉樹の薪なんて!」という声もありましたが、使いたいときにすぐストーブが使えるという利便性が支持され、利用者はどんどん増えることに。やがて、広葉樹の薪と変わらず使えることも理解してもらえるようになったそうです。

サービス展開エリアは、当初は長野と山梨のみでしたが、現在は名古屋と仙台にも広がりました。東日本大震災で原発事故が起きたことや製材所が少ないため仙台では他地域の材を運んでいますが、長野、山梨、名古屋では地域の間伐材を活用して薪を生産しています。

薪の宅配サービスの説明に続いては、ショールームで副社長の白鳥政和さんから、薪ストーブについてのお話。

株式会社DLD副社長 白鳥政和さん(中央)

輻射熱で部屋を心地よく温める薪ストーブは、料理ができるものもあったり、火の動きがリラックス効果をもたらしたりと、その魅力は暖房だけではありません。そして環境面。燃料となる薪は燃やしたときにCO2が出ますが、そのCO2はもともと木が成長するときに吸収したものなのでカーボンニュートラル。しかも燃料として国内でまかなうことができます。

コロナ禍で家で過ごす人が増えていたり、環境に配慮する人が増えていたりして、ますます注目が高まっている薪ストーブ。ウクライナ危機の影響でヨーロッパで薪ストーブの需要が高まり輸入しにくくなっていることや、ウッドショックにより、今までは燃料などになっていたカラマツの原木も合板に使われることが多くなり、薪原料の調達が難しくなっていることなど、DLDも課題を抱えています。それでも、地域材を活用して火を囲む暮らしを届けたいという想いは強く、サウナキャビンの販売など、新たなチャレンジをしながら事業に邁進しています。

薪ストーブのある暮らしって素敵だなぁ…と、うっとりした気持ちになりながら、最後の講義が行われる進徳館へ。

次世代のために森を育てる、フォレストカレッジにつながる伊那谷のDNA

高遠城址のそばにある進徳館は、武家屋敷のような風格がある歴史的な日本家屋。通常は入れないという建物内に、緊張しながらお邪魔しました。

長野県林務課 小林健吾さん

講義の前に、長野県林務課小林健吾さんから会場となった進徳館について話をしていただきました。進徳館は、1860年に藩校として創設。1873年に廃藩置県により県学校の校舎になるまでの13年間に500人くらいの人が学び、日本の近代化を支える人物が生まれました。

その中の一人に、のちに官僚となり政治の世界で活躍した伊沢多喜男という人がいます。子どもの頃に美しい川として思い出に残っていた三峰川におとなになって訪れたところ、当時の面影がなくなっていたことに衝撃を受けた伊沢氏。

川の様子が変わってしまったのは高遠付近の山が荒れてしまったからだと考えた彼は、高遠町に学校林を寄付します。資金はなんと、母の法事に使うお金を節約して捻出されたことから、町は学校林を「母の森」と名付けました。その後も伊沢氏は複数の学校林の寄付を行います。

伊沢氏の寄付した学校林はいまも残されており、農業高校の間伐実習などの場にもなっています。小林さんは、「次世代のために森をつくった伊沢氏を育てた伊那谷の学び舎を、フォレストカレッジの学び舎として使えることを嬉しく思う」と、感慨深げに話されました。

地域に資源がめぐる、資本をめぐらせる企てを

そして、最後の講義。「他産業と森の連携をつくる」をテーマに、黒川温泉観光旅館協同組合北山元さんの話をお聞きしました。

黒川温泉は熊本県の南小国町にある、江戸時代からの小さな温泉地。高度成長期に日本各地の温泉地は団体客の利用で繁盛しましたが、黒川温泉は規模的に団体客を受け入れることができなかったため波に乗ることはできませんでした。

ターニングポイントとなったのは、観光旅館協同組合のメンバーが代替わりした1986年。このときに始まった3つの取り組みで、黒川温泉がいまにつながる人気の温泉地に生まれ変わりました。

取り組みのひとつは、それぞれの宿の露天風呂を巡れる手形。地域の林業家が間伐材を加工し、老人会の人たちが仕上げる手形は、組合はもちろん、地域の人びとにも還元される仕組みになっています。

ふたつめは植樹活動。日本の原風景を温泉地に持ってくることを目指し、自然の中に露天風呂があるような風景を植樹によりつくり出しています。約2万本の木が植えられ、いまも地域の人たちが丁寧に手入れをしています。

そして3つめが共同看板。それまではそれぞれの宿がそれぞれ派手な看板を立てていたのですが、景観を損なわないように、木を基調としたデザインに統一されました。

こうした取り組みが話題となり、黒川温泉は個人客に人気の温泉地に。2000年代はオーバーツーリズム状態になるほど。熊本地震でダメージを受けたあとはインバウンド需要で持ち直し、コロナ禍で外国からのお客さまが激減したいまは九州の人たちが多く泊まりに来ているそうです。

黒川温泉観光旅館協同組合 北山元さん

黒川温泉を他にない魅力ある温泉地にしている鍵は、温泉観光旅館協同組合の活動にあります。組合は1961年に設立され、旅館と飲食店のオーナーで構成されています。大きな特徴は、代替わりが早く、30代、40代の人たちが中心となって活動が続けられている点です。

第3世代となる北山さんたちが取り組んでいるのは、黒川温泉を次世代につないでいくために策定された「黒川温泉2030ビジョン」の推進。熊本地震からのリカバリー時期であった2018年に北山さんたちは、激動の時代を迎えるにあたり黒川のことをみんなで考えようと、「黒川未来会議」を開催しました。会議のファシリテーターとして迎えたのは、SDGsの視点から地域経済について研究と実践を積み重ねている枝廣淳子さん。

新しい黒川温泉をつくる鍵は、地域外からのお金を地域内で循環させることと、地域内の資源を循環させること。グランドデザインを地域内のプレイヤーで共有し、旅館や飲食店から出る生ゴミから堆肥をつくるコンポストプロジェクトや、ブランド野菜づくりなど、具体的な取り組みをスタートさせています。北山さんは、こうした取り組みそのものを見にきて、体験してもらえるようなツーリズムとして育てていきたいと意気込みを語りました。

すでに人気の温泉地であるにもかかわらず、新しい取り組みをさまざまな地域プレイヤーとともに推進している黒川温泉。そのつながりのベースには、実は森づくりも関係しているのではないかと北山さんは考えています。

北山さん 地域のみんなで育てた森を、3か月に1回くらいのペースで手入れしているんです。草刈りなどの作業が、仲間意識や共同体意識を高めることにつながっているのかもしれません。

自分たちの次の世代も黒川温泉が黒川温泉らしいあり方で続くための有形、無形のインフラづくりに取り組む北山さんたちの取り組みを、受講生のみなさんは激しくメモを取りながら、真剣な表情で聞いていました。

卒業させてくれない! フォレストカレッジの学びはつづく…

さあ、フォレストカレッジ2022、秋の現地講座の講義がすべて終わりました。しかし、インプットと同じくらい濃いアウトプットの時間が用意されているのがフォレストカレッジ。2人組みになってのディスカッションタイムとなりました。テーマは「森と問答」。これからの森のために、自分のために大事にしたい問いを見つける、というお題が出されました。

フォレストカレッジが終わったあとも、考え続け、行動し続けるために。どんな問いを胸に抱いていればいいのだろうか。まずは15分、一人ひとりが自分に向き合う時間。歴史ある進徳館のさまざまな部屋に、庭に面した縁側に、あるいは玄関に。3日間の学びを振り返り、これからの自分と森のあり方に思いを馳せる…。なんとも、贅沢な時間でした。

聞こえるのは風の音と鳥のさえずり、そして自分の心の声だけ。

自らと問答する時間のあとは、二人組になってそれぞれの問いを持って語り合う時間。じっくりと語り合ったあと、それぞれのペアから、どんな問いを立てたのかを共有してもらいました。

伊那谷のような環境が整っていないところで、どうやって森を生かす取り組みをつくっていくか。

いろんな人を巻き込んで連携をつくり、あたらしい森の循環をつくっていく。この2つをつなげてどううまく回していくか。

フォレストカレッジでの学びを経て、伊那谷に森についての相談や個人的な想いを受け止めてくれる人がいる安心感を感じた。都会の子どもにこうした心のふるさとをつくるには何ができるか。

伊那谷でのお土産は、森をめぐる問いという宿題でした。

フォレストカレッジ2022秋の現地講座のテーマは「身体性をもって学ぶ」。受講生の方からの発表にもありましたが、現地だからこそ実感できたのは、伊那谷という地域ならではの、森とまち、森と人、そして人と人とのつながり。フォレストカレッジのスタッフのみなさんからも、森をめぐって新しい動きがはじまることへのワクワク感がリアルに伝わってきました。

受講生のみなさんからのコメントを受け、フォレストカレッジのファシリテーターを務めたやまとわの奥田さんが、「偶然と必然」についての話をされました。

奥田さん 哲学者の九鬼周造氏の解釈によると、物事が起こった時点では偶然か必然かはわからないことが未来に向かって可能性として発展していき、それが未来になって自然な流れだったかのように思えるようになると、その出来事は過去において必然と確信できるものになるのだそうです。みなさんにとって、あのフォレストカレッジがあるからいまがあるんだ、と思ってもらえるようなことになるといいなと思っています。

最後に、フォレストカレッジ協議会代表の有賀さんからひと言。

有賀さん 2泊3日にもおよぶ合宿って、なかなかないと思います。ここで得た学びやつながりを芽吹かせて、大きな木として育てていただければ、こんなにうれしいことはありません。フォレストカレッジをはじめて3年になりますが、これをきっかけに伊那に移住して伊那の会社に就職する人も出てきていて、それも本当にうれしいです。

ここから、いくつの森に関わる仕事が生まれるのでしょうか。

フォレストカレッジのすごいところは、移住や転職や、自主的なプロジェクトの立ち上げといったリアルなトランジジョンを実現している受講生が何人もいること。学ぶだけではなく、地域や人との熱いつながりが生まれるので、勇気を持って変化を起こす人たちを本気でバックアップする空気があるのです。それも、「やらなきゃ」という圧力ではなく、「やりたい」からくる前向きな気持ちが生む空気です。

1期から3期まで学んだ受講生たちは講座が終わったあともオンラインのコミュニティでつながっているのですが、自主的な学びや視察ツアーの提案や、プロジェクトについての相談などがゆるゆると飛び交っています。森に関わる100の仕事をつくることをめざす森の学び舎としてスタートしたフォレストカレッジ。仕事だけではない森への新しい関わりが生まれるコミュニティとして、これからも目が離せません。

(撮影:高橋和馬、山本遼、奥田悠史)
(編集:福井尚子)

[sponsored by INA VALLEY FOREST COLLEGE]