どんな風に音楽を楽しんでいますか?
昨今、音楽配信サービスのサブスクリプションで様々な音楽が聴き放題できたり、好きなアーティストのライブに行ったり、音源を買ってみたり。音楽の楽しみ方は多様になってきています。
これからご紹介する「pianola records (ピアノラレコーズ)」は、音楽好きに寄り添ったレコードショップ。海外の中古を中心に様々なジャンルの音楽を取り揃えており、レコード好きに留まらず、ファンを増やし続けています。
特徴的なのはレコードの陳列方法。店内の棚には、世界中の中古レコードがジャンルを分けることなく並びます。
ジャンルを分けると自分の好きなジャンルしか見ない。でもそれはもったいないんです。レコードは掘れば掘るほど、新しい出会いがある、それがレコード屋の醍醐味だと僕は思うんです。
pianola records代表の國友洋平さんは、音楽業界でのさまざまな経験から現在の販売スタイルを確立し、2020年4月、東京・下北沢のBONUS TRACKオープンと同時に初めて自分の店舗を開業しました。
グリーンズのビジネスアドバイザー・小野裕之、B&B/numabooksの内沼晋太郎さんとの鼎談を通して、ジャンルを分けないレコードショップの本質から見えてくる国友さんのビジネスの思考を覗き見てみましょう。
「pianola records」代表 21歳でディスクユニオン(disk union)にアルバイトとして入社。その後、HMVジャパン初のアナログレコードと中古CDの専門店「HMV record shop 渋谷」の立ち上げに携わりバイヤーへ。2020年4月1日に下北沢BONUS TRACKにて自身のレコード・ショップ「pianola records」を立ち上げる。また自主レーベルconatalaもプロデュース。
アンダーグラウンドなシーンから昔の未発表音源などを手掛けていくプロジェクトも進行中。「pianola」とは「自動演奏機」のこと。
身近だった音楽を仕事に
内沼さん まず國友さんのキャリアを伺いたいのですが、子どものころから音楽は好きでしたか?
國友さん 姉がピアノを始めたことをきっかけに僕もピアノをずっとやっていました。父親がバンドマンだったこともあり、家にもレコードがたくさんあって、常に何かがかかっている環境で音楽が身近にありましたね。
中学3年生の時、CDが主流になる中で初めて自分でレコードを買ってからは緩やかにレコードへ移行してジャンルの幅を広げていった感じです。
内沼さん そうなんですね。どんな音楽を聞いていたんですか?
國友さん 家にあったのはロック、ソウル、R&B。僕がはまっていったのは、インディー/オルタナティブロック、ヒップホップ、ヘヴィメタル、当時はなんでも聞いていましたね。レディオヘッドとか、時代の流れを追いつつ、昔のものも聞いたり、忙しかったです(笑)
大学4年間は、バンドもやったり。ただ、学校にはほとんど行っていなくて、レコード屋ばかり通っているような大学時代でした。
内沼さん そこから音楽業界に?
國友さん 就職活動はしていましたが、やっぱりやりたいことをやりたいなと思いなおして、当時中古レコードやCDを中心に取り扱っていたレコード会社「ディスクユニオン」にアルバイトとして入りました。
内沼さん なるほど。音楽は好きだけど仕事にするのは…という迷いや葛藤はなかったんですか?
國友さん 最初は音楽を仕事にという考えはなかったですね。とりあえず生きていくために会社員になるのが普通だろうと。でも途中で自分には無理だなって。実際、ディスクユニオンで7年間働いてみて思い出すのは、本当に毎日ハードだったけど楽しかったし勉強になることしかなかったってことです。
内沼さん どんな楽しさなのか気になります。
國友さん 音楽のあらゆる情報が毎日入ってきて、同僚もおもしろい人がいっぱいいる。音楽を知りつくしている大人にいろいろ教えてもらえる。いろいろなところに連れて行ってもらえて、視野が広がる。まさにカルチャーショックです。そこが人生の分岐点ですね。
バイイングの経験をレコード店開業ノウハウに
内沼さん ディスクユニオンではまずは店頭での接客からだと思うんですが、その後、今の仕事につながるバイイング(仕入れ)はどうやって覚えていったんですか?
國友さん 雑用をこなせるようになると担当ジャンルの特集を積極的にやらせてもらえるんです。輸入版のCDを本社経由で自分でオーダーして仕入れ、それをお客さんに見てもらえて買ってもらえる。お客さんとコミュニケーションをとってレコードを提案することの楽しさと手応えをそこで感じました。
あとは、買い取りの知識ですね。例えば同じレコードでも、1960年にプレスしたものと63年にプレスしたものでは価値が違う場合がある、そこをわかっていないといけなくて、結局は知識に基づいて値段をつけるんです。インターネットで確認もできますが、経験がものをいう職人の世界なので。
内沼さん なるほど。本格的にバイイングを始めたのはどのタイミングでしたか?
國友さん 海外へ買い付けに行きはじめたのは、ディスクユニオンを退社後、「HMV record shop 渋谷」(HMVジャパン初のアナログレコードと中古CDの専門店)の立ち上げに携わった頃です。会社が求める在庫と自分の顧客に売るものをうまく探して、予算内である程度の量を買い付けるという作業です。
内沼さん ちなみに1回の海外出張でどのくらい買うイメージですか?
國友さん 約2週間の滞在で3000から4000枚です。
内沼さん それはめちゃくちゃハードですね(笑) 1枚ずつ見るわけですよね。仮に10日だとしたら、大体1日300枚くらいですか?
國友さん それくらいいけばいいペースです。当時、今の自分の下地になるようなちょっと本流とは外れた商品を求めてくる顧客もすでにいたので、そういう人たちに向けての買い付けも始めていました。英語のコミュニケーションが必要になるので語学もその時叩き込みましたね。
内沼さん バイイングを経験して、レコード屋に必要な経験、知識、自分で開業するノウハウを学んだんですね。
國友さん そうですね。仕組みは全部そこで経験しました。
内沼さん 独立を意識したのはいつですか?
國友さん ディスクユニオンを辞める時にはもう意識していました。 HMVで経験を積みつつ35歳で開業したいなと思っていたら、本当に35歳で開業できました。
開業するタイミングを逃さない
内沼さん 國友さんとの出会いは、ちょうどBONUS TRACKをつくっているときでしたね。僕がnumabooksを一緒にやっている松村に「小さいお店をいくつもオープンする場所をつくるけど、誰かいるかな」と尋ねたら、友人の國友さんを紹介してくれたんですよね。國友さんが独立してレコード屋さんをやりたいというタイミングとちょうど一緒だった。
國友さん そうです。HMVで5年間社員をして、2019年12月に籍を抜けて翌年4月にはもうここのオープンだったので。声をかけてもらった時は物件を探していたんですが、なかなかご縁がない状態だったので、すぐ「やります」の返事でしたね。
小野 店舗として一番早かったですね。
國友さん 下北沢で路面店というのは、BONUS TRACKみたいな仕組みがないとレコード屋的には難しいんです。正直お金はなかったんですけどなんとかしました。
小野 (笑) どうしたんですか?
國友さん 独立を考えていたので、買えるときに買わなければいけない中古レコードをずっと買ってました。なので開業資金が豊富にあった訳ではないんです。でも日本政策金融公庫で融資を受けてどうにか開業に至りましたね。
小野 ドキドキしますよね(笑)
國友さん そうですね。でも、友達の中にもいつかレコード屋やりたいって人がいますが、みんな「貯金しなきゃ」って言うんです。でも貯金してたら店はできないんですよね。その間にタイミングを逃しちゃうといいますか。
内沼さん 國友さんは開業にあたって不安はなかったんですか?
國友さん すでに自分の顧客はいたので、このやりかたでやれば売れるという計算はありました。ただ、お店の運営はわからないなという不安もありましたね。
前職でつくったネットワークをいかして
小野 実際に開業してみて、どうでしたか?
國友さん オープン初日までは不安でした。コロナが出始めて、今後どうなるか誰にもわからない状況でしたので。
でもボーナストラックはやると決まっていたので、うちもやるしかないと。始まってみると初日ですごく売り上げが伸びたんです。いろいろなお客さんが来てくれて、それでいけるなと。今のところ、厳しい月もありますが、基本的には自分が思ったとおりにいってます。
内沼さん コロナの影響と言えば、例えば海を越える荷物が届かないようなこともあるんじゃないですか?
國友さん 届かないというより、海外に発注しているレコードのプレスの工程が遅くなりました。以前は音楽データやジャケットのデザインなどをレコードのプレス工場に入稿して3ヶ月半くらいで届いていたんですが、それが1年2ヶ月かかった。実は今日、それが届くんです(笑)
國友さん ビジネススタイルとして、中古のレコードと自主レーベル商品の販売の2本柱で始めたんです。最初の1年はレーベルもしっかり売れていました。ただ、今日届く商品は去年の3月に入稿したものですがコロナに伴い、燃料不足や人手不足で納期が延びてしまったんです。自社レーベルで回っていたお金が一度止まってしまったので、それは痛かったですね。
今回はポーランドで制作していて全部先払いなので1年以上お金を預けている状態。1000枚つくっていて、アメリカ、イギリス、オランダに振り分けて日本には500枚届く予定です。
内沼さん それぞれの国にパートナーがいて売ってもらっているのですか?
國友さん そうです。自分と同じような境遇の人たちと取引きしてます。現地で売ってもらいそれぞれに少し利益がでるように設計してます。実際は仲間との間で現金の取引が発生しないように売り上げを積み立てています。
内沼さん なるほど。この間100枚売ったから今度は100枚売ってね、みたいなことですね。
國友さん 簡単に言うとそうです。
内沼さん 海外のパートナーやバイヤーを日本で案内したりもするんですか?
國友さん それはもう友達なので、助け合いというか。自分が向こうに行っても同じことをしてくれるので。
内沼さん バイヤーはみんなそういう助け合いをするんですか?
國友さん いえ。僕はレアケースかもしれないですね。日本人のバイヤーは基本的に秘密主義で、他のディーラーとあまりコミュニケーションをとりません。でも僕は普通にディーラーと食事をしたり、話していろいろな人を紹介してもらうやり方でネットワークを広げていきました。
内沼さん 國友さんがそのやり方を見出せたのはなぜなんですか?
國友さん HMV時代、海外の買い付けをアテンドしてくれるイギリス人がいたんですが、彼も個人ディーラーをしていて、彼のやり方や取引のときの話し方を見ていて、こうしたほうが円滑にいくなと真似をした感じですね。
内沼さん 前職でつくったネットワークがあるから強いってことですよね。
國友さん そうですね。
「その他コーナー」を真面目に販売する理由
内沼さん 今後やっていきたいことはありますか?
國友さん 基本的には継続することです。「pianola records」のポリシーと言いますか、普通だったらレコードをジャンルごとに配置するところを、僕はあえてジャンルを掲げず、まとめて見せるスタイルでやっています。これはニッチなんですけど他にやってる人は多分いない。なので競合することがないんです。
國友さん 一般的には、アバンギャルドだったり芸術色の強い実験的な音楽の店だと思われることが多いんですが、まったくそうじゃない。中にはそういうものもありますが、大衆音楽を区別せず、いろいろなジャンルの宙ぶらりんになっている音楽、あえていうなら「その他コーナー」を真面目に販売しているお店なんです。
内沼さん そういうお店は他にないんですね(笑)
國友さん 会社員時代、これはロックかジャズかみたいなことを毎日散々やって疲れちゃって。でも、例えばジャズを買いにきたお客さんはジャズのコーナーしか見ません。ジャズっぽいものはそこ以外にもあるから、全部見てみれば発見できるのにっていつも思っていました。近道してもおもしろくない。探していくうちに、もっといい音楽が見つかる。それがレコード屋の醍醐味だと思っているんです。
いろいろなジャンルを巡って、知らなかったものが今までの最高の1枚になるかもしれない。その可能性を見せていきたいという想いが、現在のスタイルにつながっています。
内沼さん ジャンルがなくかつ珍しいものしかないので難しいと感じる人もいるような気がしますが、それはそれで話しかけてくれたらいいという雰囲気を國友さんには感じます。
國友さん そうですね。コミュニケーションはやっぱり大事にしてます。
2年やってきて、幸いそれでリピーターになってくれるお客さんもいて、イベントにもきてくれるようになったり。そういう広がりがすごく多いので手応えを感じていますね。
内沼さん 最初からジャンル分けしない良さがそこにあるんですね。
國友さん そうですね。そこはショップの醍醐味といいますか。欲しいものを見ながらも新しい出会いがある、それがレコードを陳列する意味だと思ってます。
國友さん それに、パクチーが苦手だったけど食べたら変わるっていうこともあるじゃないですか。それをやってる感じなんです。レコードに出会って、聞いて、なにこれ! っていう感動の振れ幅を提供したいといいますか。その反応を見ているのも、おもしろいというかうらやましいです。
自分が若いときに体験した反応を目の前でお客さんが感じていて、あ、いいなって。
正攻法を知りつつ自分のスタンスで店をつくる
小野 ずっとお話を伺っていて、國友さんは開業は2年ですが、すでに自分の中でお店とはこうあるべきというか、正攻法みたいなものは知りつつ、自分のスタンスが決まっている。しかもそのスタンスがただのこだわりではなくて、試してきて築き上げたスタンスなのだと感じました。それは本当にすごいなと。
國友さん 今、大変だけど人生で一番楽しいです。普通に生活していたら出会わないような人ともBONUS TRACKにいるおかげで知り合える。お店を始めてよかった、みんなもっとやればいいよって思います。
小野 レコード屋さんのお話だけではなく、商売の原点のお話だった気がします。叩きあげられて、ノウハウができてビジネスに発展してる。いろいろな業態の人に響くと思います。
僕もよくサブスクなどで音楽を聴きますが、そのときは選んでいないので選び方を忘れているような気がします。ここは選ぶ楽しさや音楽との出会いの感動を純粋に体験できる、そんなレコードショップなんだなと改めて感じました。
國友さん ありがとうございます。次はお酒でも飲みながら音楽談義しましょう!
「pianola records」國友さんの音楽ビジネスのお話。好きだからこそ感動といっしょに音楽を届けたいという想いを実現するための独自のノウハウが、言葉のひとつひとつにつまっていました。
ちょっと気になったらまずはpianola recordsに足を運んでみませんか? あなたにとって最高の1枚とともに人生のヒントに出会えるかもしれません。
(撮影:奈良岳)
(編集:池田美砂子)