5/21(土)ビジネススキルをいかして、共創を生む。ソーシャル領域で次世代を担う「共創プロセスデザイナー」という仕事

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生活にちょっと寄り添うエンタメでありたい。「青山月見ル君想フ」寺尾ブッタさんが日本と台湾の音楽シーンをつなぐ魯肉飯スタンド「大浪漫商店」を立ち上げるまで

東京・下北沢のBONUS TRACKに2年前にオープンした、台湾のソウルフード魯肉飯(ルーローハン)専門スタンド「大浪漫商店」。美味しい魯肉飯に加え、旬の台湾フードが味わえると人気のお店ですが、実は日本と台湾の音楽シーンをつなぐ役割も果たす拠点で、店内には台湾アーティストのレコードやグッズが所狭しと並びます。

ソーシャルな領域におけるビジネス課題をさまざまな方の実体験から紐解いていく連載「ソーシャルな会社のつくり方」。今回は、大浪漫商店代表・寺尾ブッタさん(以下、ブッタさん)とグリーンズのビジネスアドバイザー・小野裕之、B&B/numabooksの内沼晋太郎さんの鼎談をお届けします。

台湾と日本での事業展開、コロナ禍で大打撃を受けたライブハウス事業からの転換、そしてブッタさんがプロデューサーとして大事にしていること。エモーショナルなビジネスを成立させる秘訣とモチベーションに溢れた言葉の数々を、どうぞお楽しみください。

寺尾ブッタ(てらお・ぶった)
BIG ROMANTIC ENTERTAINMENT大浪漫娛樂集團代表
東京でライブハウス「青山月見ル君想フ」を継承、独立ののち、2014年台北にて「台北月見ル君想フ」オープン。プロモーター、プロデューサーとして台湾と日本の2拠点でアーティストをサポート。2016年に自社レーベル「BIG ROMANTIC RECORDS」を創設。2020年、下北沢BONUS TRACKと台北に台湾カルチャーの発信拠点として魯肉飯専門スタンド「大浪漫商店」をオープン。HMVrecordshopの一部店舗に「大浪漫商店express」としてグッズやレーベル販売も展開中。

同じ競争に巻き込まれず、鋭く早く曲がる変化球を投げる。

小野 まずは改めて、大浪漫商店の紹介をお願いします。

寺尾ブッタさん(以下、ブッタさん) BONUS TRACKでは魯肉飯専門スタンドとして、食と音楽を中心とした台湾のカルチャーを体験できるお店を運営しています。僕は長年、東京と台北でライブハウスを運営しつつ、日本と台湾のインディーズを中心としたアーティストの自社レーベルを持っているので、その商品を手にとっていただけるショップという機能も備えています。

BONUS TRACK内にある台湾ムード満載のショップ

ブッタさん 僕はもともと17年前から東京・青山の「月見ル君思フ」というライブハウスで働いていました。10年前に独立継承し自分で運営を始めて、そのタイミングで台北にもライブハウスとレストランが一体になった姉妹店をつくり、8年前(2014年)から運営してます。その2店舗があるので日本と台湾の音楽面における数少ないチャンネルとしてインディーズ界では認知されているのかなと思ってます。

店内の壁際には台湾のシティポップやラップなどBIGROMANTICRECORDSの手がける音源が目白押し

小野 台湾には、何か可能性を感じて進出されたんですか?

ブッタさん もともと中華圏に強く興味があって足を運んでいたんですが、東日本大震災前後に台湾のアーティストを東京のライブハウスに迎える機会が多くなったんです。日本を励ます意味合いもありましたし、台湾のインディーズのエネルギーを感じる人たちが出てきて、自然発生的に台湾とのつながりができてきました。

これはもしかしたら時が熟しつつあるのかなと思い、積極的に受け入れつつ、自分も台湾でイベントをやってみたりしたんです。でも最初はうまくいかず、負けを取り戻すような感じで繰り返していたら、あれよあれよという間にお店ができちゃいました(笑)

小野 先行投資的な感じですね(笑)

左から小野さん、ブッタさん、内沼さん

内沼さん どういうプロセスで負けを取り戻していったんですか?

ブッタさん イベントは日本のビックネームのバンドをつれていくぞって鳴り物入りでやっていたんですが、なかなかうまくいきませんでした。いろいろと勉強させてもらううちに、拠点も何もない挑戦者としての立場で長く続けるのは難しいと気づき、まずは場所づくりの優先順位を上げることにしました。

小野 台湾にライブハウスをつくろう、と。

ブッタさん はい。日本から通いながら現地に法人を立ち上げ、事務所を借りて、そこでじっくり場所探しを始めました。

小野 単独でつくったんですか? 海外に法人を登記するのはいろいろとハードルがあるんだろうな、と想像しますが。

ブッタさん そうですね。ビジネスパートナーはいなくて、そのときは勢いでとりあえず突っ走った感じでした。

小野 日本国内で箱(ライブハウス)を増やすことと比べたりはしなかったんですか? ちゃんと地盤ができてから海外へ、という考え方の方が一般的だと思いますが。

ブッタさん 東京はすでにライブハウスも過密している状態で、いつも「他とどこがどう違うのか」という視点はすごく大事にしていました。でも、常にしのぎを削っているような状況でしたので、僕はそこで同じトライをするよりも海外でやることに魅力を感じましたね。

小野 大事ですよね。同じ競争に巻き込まれないと言いますか。

ブッタさん どうすればみんなが一番びっくりするか、という視点も否定できないですけど(笑)

内沼さん いや、大事ですよ。

ブッタさん なるべく鋭く早く曲がる変化球を投げる、と言いますか。自分の中では、中華圏、その中でも台湾でやるというイメージはなんとなく描いていて、やり方がわからないだけだったんです。だからそんなに違和感はなかったですね。事務所ができてからは自分の拠点もいったん台湾に移して、箱づくりに専念しました。

現地に行ったことで、夢の実現が10年早まった

内沼さん 台北に「月見ル君思フ」がオープンしたのは2014年ですか。台北にも拠点ができたことで日本のビジネスにおける影響はありましたか?

ブッタさん 外へのチャンネルが開けたことで、東京の拠点も「台湾とのつながりのある場所」として認知されるようになりました。「外に発信できる」という色がつきましたね。

台北の「月見ル君思フ」。ライブハウスに加え日本発スパイスカレーのお店としても人気

内沼さん 東京で他と同じ戦いをしていたところから、いきなり突き抜けて台湾にも拠点があるライブハウスになったってことですよね。具体的にいいことって何かありましたか?

ブッタさん ライブハウスそのものに対してはブッキングとして一歩リードできました。「日本でライブやって台湾でもやりましょう」、「台湾から帰ってきたらまた台湾の思い出を落とし込むイベントやりましょう」といったかたちで提案ができますよね。

日本のライブハウスでやっているアーティストも積極的に台湾で推しているので、「台湾もフォローできるレーベル」としても日本に伝わって、「じゃあ、まずは日本のライブハウスでがんばりたい」という人もいます。

小野 オーナーが先に台湾への出口をもっていて、明らかにつながっていますからね。

ブッタさん あとは日本で思うように活躍できていない人が、台湾で違う視点から評価を得ることもあります。そういう意味では日本で活動してる人にとってもいい場所になったと思います。

小野 なるほど。現地の活動あってのお話だなと感じますが、「今だったら別のやりかたもあった」と思うこともありますか?

ブッタさん 体力があるうちに行ってよかったと思っています。トライしたことは自分の責任の範囲でやるという意味では大きなものが残せたと思いますし、自分が動いたことで、東京と台湾の音楽シーンをつなぐことに関して10年くらい早めた気はします。

小野 なるほど。東京で地方のことをやっている多くの人が現地に行かない中で、「行っちゃう強さ」みたいなものをブッタさんには感じてました。すごいです、本当に。

「みんなのハブになるような場所をつくろう」
コロナ禍で構想が前倒しに

内沼さん 実は僕らもBONUS TRACKをつくる直前に、小田急(※)の人たちと台北に行ってるんですよ。なぜかというと小田急の調査で下北沢に一番来ている外国人は台湾の人だということがわかったからなんです。だからBONUS TRACKをつくるにあたってのヒントがなにか、台湾にあるのではないかという考えで視察にいきました。
(※)BONUS TRACKは小田急電鉄株式会社が開発を進める「下北線路街」のエリアのひとつ。

台湾で人気のクラフトビール「ALECHEMIST」は日本独占輸入だそう。本場のビールと心地よい音楽が堪能できるのも魅力です。

内沼さん ですので「台湾」というキーワードは僕らにとっても大事だったんです。2020年4月にBONUS TRACKをオープンして、そのあとに大浪漫商店が出店に手を挙げてくださったわけですが、コロナ禍でライブハウス業界が大きな打撃を受けていたタイミングでもあったかと思うんですね。そこであえて魯肉飯専門スタンドを出すというのは、かなり攻めた判断だと感じましたが、どのような経緯だったのか、改めて聞かせていただけますか?

ブッタさん もともと構想はあったんです。音楽レーベルを何年もやってるのでレコードもグッズも増えてきて、次はレーベルショップがあればわかりやすいしランドマークになるんじゃないかなと。

コロナの前はかなり台湾の音楽関係者も日本に来ていて、渋谷を歩いたら誰かしらいるような状態でしたし、日本人が台湾で飲む場所にはカルチャー系の人が誰かしらいて、そういった場所でいろいろな出会いも生まれていて、これは相当おもしろいぞという予感もあって。台湾人も立ち寄れて交流できる、ランドマーク的なレーベルショップを考えていました。

そんな中、コロナでライブハウスは大打撃。自分も台湾から日本に帰ってきて、さてどうしようかと。

スタンダードな魯肉飯に加え、お店オリジナルの魯肉飯も人気

内沼さん なるほど。

ブッタさん コロナ前はライブ制作事業とコンサートのプロモーター事業を少しづつ拡大していたんですが、その部門の人が溢れているのに仕事は完全になくなってしまい、いつライブができるかもわからない。だけど、その人たちの仕事をクリエイトしていかなくちゃいけない。じゃあ構想を早めて、ギアを変え全速力で一気にいくしかないというのが当時の状況でした。なので、この空き店舗の応募に来たときは相当鼻息が荒かったと思います(笑)

小野 業態を変えていくということですよね。

ブッタさん ここに大浪漫商店ができたのと同時期に台湾にも同じ形態のスタンドをオープンしたんですが、それは台湾と日本、両方に“仕事ゼロ問題”があったので同じ考えで進めました。同じコンセプトで小さいスタンドでレーベルの商品を売っていて、働いている人はもともとプロモーター業務をしていた人、というかたちで。

「実はここのお店をやるまで魯肉飯はつくったことがなかった」とブッタさん

小野 多分、ライブハウスはコロナの影響を受けるのが早かったと思うので、そこから半年で台湾と東京で2店舗をオープンし、しかも別の事業をやっていたスタッフが飲食をやるのはかなり大変なことだと想像します。

ブッタさん やるしかないって感じでしたね。その時はとりあえず、この仕事をしましょうって。それにまったく新しいものではなくて「みんなのハブになるような場所をつくろう」という構想がぐっと前にきた感じでした。大浪漫商店も、誰かと出会う場所になるのが理想です。

日本と台湾。スタンスの違いを乗り越え、軸をぶらさずに委ねる

内沼さん ここまでのお話を聞いていて、僕の印象としてはブッタさんは思い立ったらすぐ現地に行って、がっとお店を立ち上げてと、いろいろひとりで動いてやれてしまう人という印象です。

ブッタさん 割とひとりで決めがちですが、限界があるので相談はしますし、スタッフの反応を見て、積極的にやりたいスタッフにジョインしてもらう感じでやっています。でも台湾に関しては変わりつつあって。今、台湾のお店を改修しているんですが、台湾人の相棒が改修費を出資するという動きもあって、わりと対等な感じになりつつあります。

小野 この先、形が変わりつつあるということでしょうか。

ブッタさん 会社とスタッフとの距離感、仕事への向き合い方が日本と台湾では違うので、そこは難しいですね。スタッフが定着しないのは変えられないものと受け入れているんですが、何が正解かはわからない。ただ、台湾の管理を相棒に丸投げして楽になりました。

小野 イメージですが、日本で「一言ったら十伝わる」みたいなことを、台湾ではその場その場で積み重ねるというか。なかなか非言語では求められないよなっていう感じでしょうか。

ブッタさん 台湾の人は、自分の仕事とそうじゃないところの境目がしっかりしているので、「そこまでやってあとはしない」ということが起こります。でも、やはり日本と台湾ふたつの拠点ありきの事業なので、日本的な感覚でおかしいと思ったらそこは修正しますし、そうじゃないと越えていけないことは伝えますね。

内沼さん 日本と台湾を行き来できること、というのがやっぱりポイントなんですね。

ブッタさん そこは非常に重要ですね。

受け手を想像すること、敷居を下げること。

内沼さん ここまでお話を伺ってすごく思うんですが、ブッタさんのモチベーションってどこにあるんでしょうか? 普通だったら一度しゃがむところをトップスピードで駆け抜けるような選択をされてきていて、それって強いモチベーションがないとできないことだと思うんです。どんなモチベーションで、なにを見たいのかなと。

ブッタさん 簡単に言うと、自分の箱のイベントに人が集まることが自分の仕事の原点でもあり理想で、そのためにいろんなことをやってると改めて思います。盛り上がっていないと人は来ないし、興味を持っていないと集まらない。そこを全体的に耕していると、生きてて楽しいという感覚があります。

外国のバンドがライブやりますって言ってだれも来なかったら、寂しい、悲しい。人が集まると嬉しい、最高、みたいな(笑) 東京のいいところは、ちょっとレアな音楽のミュージシャンのライブでも「どれどれ?」って人が集まるところです。でも台湾の人はスルーしちゃうんですよ。だれか、声の大きい人が言わないと集まらない傾向があります。だから東京みたいな状況になってほしいと思って地道にやっています。

内沼さん なるほど。最後に伺いたいのですが、ブッタさんがプロデューサーとして大事にしていることって何ですか?

ブッタさん 受け手のことですかね。音楽なら聞く人、イベントだったら参加する人がどう感じるかというところを想像しています。自分もイベントに行く側の立場になることが多いんですが、そこで本当にいい体験をして、新しいものに出会ったり、いい意味で「裏切られた」と感じたり。それをどう届けるかを想像する。

内沼さん どんな事業もそうですが、音楽の現場というのは、よりお客さんの気持ちが大事なんだろうな、ということを、今のお話を聞いてすごく感じます。自分も音楽は好きなのですが、すごくエモーショナルといいますか。

本屋でのイベントは、もう少し知的好奇心とか成長欲とか、ややロジカルな理由で参加される方が多いものもありますが、それと比べると音楽のお客さんは、純粋にうずうずしちゃうみたいなことが一番の価値だったりしますよね。プロデュースするときに想像すべきことは、思いのほか違うのだろうなと思います。

小野 本当に想像つかないですね(笑) 飲食の場合、人はお腹が減るという前提がありますが、音楽は生活必需品ではないので、どのシーンでどの音楽をどうやって聞いてもらうかをちゃんと設計しないといけないんでしょうね。大浪漫商店も、一見ただの魯肉飯屋さんですが、どちらかというと台湾カルチャーを伝える媒体が魯肉飯屋さんだったという、普通の飲食店とは逆の発想なんですよね。

ブッタさん 社会のインフラではないからこそ、好きな人が集うし、より自由度があって、より良いものを届けなければという責任はあります。音楽のイベントに来るも来ないもその人の選択によるものではありますが、それをより敷居を低く楽しめるものにしたい。「生活にちょっと寄り添うエンタメでありたい」というのが、日本でも台湾でも両方でやりたいことです。

内沼さん ブッタさんがポーンと台湾に行ったことで、台湾との音楽シーンの接続が10年早く進んだことや影響力の大きさは本当にすごいことだなと改めて感じました。

ブッタさん そうなっていれば嬉しいです。でも全然、満足というか区切りはついていなくて、まだまだ行くぞって感じですね。

小野&内沼さん めちゃくちゃこれからも楽しみです!

(鼎談ここまで)

飲食店という入口から、日本と台湾のカルチャーをつなげる「大浪漫商店」。自分が見たい光景をどんな逆光にも臆せず飛び込んで実現させるブッタさんのリアルなお話に少しでも背中を押されたら、まずは美味しい魯肉飯、食べに行ってみませんか?

(撮影:奈良岳)
(編集:池田美砂子)

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