VUCA(ブーカ)の時代−−。
それがどんな時代のことか、今さら、回りくどい説明は必要ないかもしれません。
V(Volatility 変動性)
U(Uncertainty 不確実性)
C(Complexity 複雑性)
A(Ambiguity 曖昧性)
VUCAの時代とは、先行きが見えなくて将来の予測が難しい時代のことです。
科学技術の発達により、私たちを取り巻く環境は複雑になりました。さらに新型コロナウイルスの影響もあって、未来はますます見えにくい状況にあります。
そんな時代に、未来を担っていく子どもたちの「教育」を、私たちはどう考えたらよいのでしょう。そんな問いを持って、信岡良亮さんと鈴木寛さんの対談をお届けしています。
前回の記事では、高校で学びの地殻変動が起きているということ、その要因として大学入試制度改革が大きく作用しているということが話題にのぼりました。また、私たち一人ひとりは微力ですが、その積み重ねによって、時として相転移が起こるのだということも。
今回はそれを受けて、これからの学びはどうなっていくのか。そして、この時代の変わり目に必要なことは何かということについて語っていただきました。
鈴木寛(すずき・かん)
1964年生まれ。東京大学法学部卒業後、通商産業省に入省。山口県庁出向中に吉田松陰の松下村塾に何度も通い、若者の無限の可能性を実感し、人材育成の大切さに目覚める。1995年夏から、通産省勤務の傍ら、大学生などを集めた私塾「すずかんゼミ」を主宰し、今なお、25年間続いている。この塾から、日本を代表する多数のベンチャー起業家、社会起業家、アーティストを数多く輩出。慶應義塾大学SFC助教授を経て2001年参議院議員初当選(東京都)。12年間の国会議員在任中、文部科学副大臣を2期務めるなど、教育、医療、スポーツ・文化、科学技術イノベーション、IT政策を中心に活動。2014年10月より文部科学省参与、2015年2月より2018年10月まで、文部科学大臣補佐官を四期務め、日本でいち早く、アクティブ・ラーニングの導入を推進。2020年度から始まる次期学習指導要領の改訂、40年ぶりの大学入学制度改革に尽力した。現在は、東京大学教授、慶應義塾大学教授、社会創発塾塾長、OECD教育2030理事、Teach for All Global Board Member、日本サッカー協会理事などを兼務。
信岡良亮(のぶおか・りょうすけ)
1982年生まれ。関西で生まれ育ち同志社大学卒業後、東京でITベンチャー企業に就職。 Webのディレクターとして働きながら大きすぎる経済の成長の先に幸せな未来があるイメージが湧かなくなり、2007年6月に退社。小さな経済でこそ持続可能な未来が見えるのではないかと、島根県隠岐諸島の中ノ島・海士町という人口2400人弱の島に移住し、2008年に株式会社巡の環を仲間と共に起業(現在は非常勤取締役)。6年半の島生活を経て、地域活性化というワードではなく、過疎を地方側だけの問題ではなく全てのつながりの関係性を良くしていくという次のステップに進むため、東京に活動拠点を移し、2015年5月に株式会社アスノオトを創業。さとのば大学の発起人。
そのとき、文部科学大臣補佐官室で…
信岡さん 前回、一人ひとりの微力がシンクロナイズしたときに相転移が起こるというお話がありましたが、それでいうと、おかげさまで今年、さとのば大学は、新潟産業大学が2021年4月に開設させた通信教育過程である「ネットの大学managara」という、いわゆるオンライン大学と提携することができました。
鈴木さん さすがだなと思って。それも積み重ねですよね。微力の。
信岡さん はい。すずかんさんと一番最初にお会いしたのは2018年で、当時僕は4年制の大学をつくるにはどうしたらよいのかを考えていた頃でした。すずかんさんにその話をしたら、「文科省の認可をとるのは苦しいから、大学院や通信制の大学と提携した方がよいのでは」というアドバイスをいただいたんです。
鈴木さん そうそう。僕は「絶対、文科省の傘下にするな」って。
信岡さん そうです。そんなことを文科省の人に言われた(笑)
鈴木さん しかも大臣補佐官室で言ったんだよね。文科省認可を取るのは「労多くして益少なし」だからって。めちゃくちゃ覚えていますよ。
信岡さん そのときにすずかんさんに言われた「放送大学と組む」という方法が、当時はあまりピンときていなくて。でも、N 高さんの広がり方や、インフィニティ国際学院さんのやり方を見ていくうちに、確かに放送大学と組むのもありかもしれないと思うようになりました。
そして、2020年8月に企画書を書き始めたんですけど、転機となったのは、同年10月にさとのば大学の記事が『TURNS』に載ったことでした。”オンラインでつながる新たな学びの場”として取り上げていただいて。そのとき、たまたま同じ特集で取り上げられていた「ネットの大学managara」さんが、さとのば大学の記事を見て、編集部経由で連絡をくださったんです。それで、書いていた企画書を見せたら、「ちょうどこういうことがやりかったので一緒にやりましょう」と。
信岡さん それで、2020年12月に募集を開始して、今年度、無事4名の学生さんが来てくださいました。
鈴木さん 僕が信岡さんに初めてさとのば大学の話を聞いてからわずか3年で、間接的にということにはなるけれど大学卒業の学位取得ができる体制が整ったってことですよね。とてもよい仕組みだなと思いますよ。
もし、文科省の認可をとる方向で進めていたら、学位を出せるようになるまでに20年はかかったでしょう。必要経費も半端じゃないしね。
信岡さん 「オンライン大学」という文科省認定の中でも制約条件が最も緩い形態と、「市民大学」という自由度の高い枠組みとで組み合わせた結果、すべての無駄を排除して、「コンテンツ」だけに特化できたと思っています。
鈴木さん ベストミックスだよね。アウフヘーベン(※)っていうか。ソーシャル・イノベーションだと思います。
(※)矛盾する考え方を組み合わせて、より高い次元にもっていくこと
今、教育の目指す先とは
信岡さん コンテンツということでいうと、日本の学校教育って、これまで「”会社員”を育てること」を目指してきたんだと思うんです。
鈴木さん そうですね。
信岡さん もちろん、それが学校教育に求められていた時代があったわけですが、今必要なのは「”社会人”を育てること」なんじゃないかと思っていて。
最近では、会社に勤めながら副業をすることが可能になってきたり、クリック一つでオンライン上のコミュニティ間を行き来できたりするようになりました。今や、同時に複数のコミュニティに所属することは当たり前ですよね。そんな時代には、 従来のように一つの組織に適応する能力よりも、“多層的な社会性”を身につけることが大切になると思うんです。
ただ、この感覚を今の箱庭型のプロジェクト学習のなかで身につけるのは結構難しいと思っていて。というのも、今のプロジェクト学習は、学校という “箱庭”に身を置きつつ、たまに“社会”に遊びに行くというスタイルが主流だからです。
さとのば大学はその逆で、基本的には“社会”に所属していて、たまに学校という“箱庭”にみんなで集まって、学びの安全空間をつくるイメージで、社会と学びの場の行き来が自在なプロジェクト学習が展開できる。
これがオンラインベースでの分散型学習の貴重な価値だと思うんです。
従来のプロジェクト学習とさとのば大学のプロジェクト学習との違いのモデル図
鈴木さん 本来、人間が持っていた社会性を取り戻すということですよね。これまでの教育では、”会社員”になるプロセスで大人が子どもから社会性を奪ってきたとも言えます。
本当はね、みんな社会人なんですよ。小さな子どもだって社会人です。
たとえば、中学生は大人に守られるべき”子ども”であると考えがちだけど、災害などの非常時になると、頼りになる存在であったことに改めて気づかされます。彼らは本来備わっている力を発揮して、お年寄りを手助けしたり、小さな子どもたちの面倒をみたりしますよ。小学生だって、自分にできることを通して社会に貢献しようとする立派な「社会人」です。
それなのに、この数十年は、社会人として生きていくための”社会性を育む”ことよりも、大学に入るための”学力をつける”ということに時間を使う方向へ行き過ぎていたのではないかと思います。それを、さとのば大学では社会の側に身を置くことで、本来の姿を取り戻すということですね。
マイプロジェクト経験者の受け皿が足りない
信岡さん ただ、社会と学びの場の行き来が自在なプロジェクト学習のできる学校は、まだほとんどないのが現実ですよね。
前回お話に出たように、今、高校の学びがすごく盛り上がってきているじゃないですか。でも、今のところマイプロジェクトに取り組んだ高校生の受け皿となる大学はごくわずかしかなくて、たとえばSFC(慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス)やAPU(立命館アジア太平洋大学)などに限られるというのは、高校生にとっても大学にとっても不幸だなと思っていて。 しっかり探せば、他にもいろんな大学が頑張っているのですが、なかなか見つけづらく、偏差値基準以外のマッチングが難しいなと。
鈴木さん 今、 SFCのAO入試は大変なことになっていて、本来なら入学してほしいレベルの受験生が定員の10倍ぐらいいる。そういう人たちを全員受け入れられないのが本当に申し訳ないです。
マイプロジェクトアワードを見ても、8年前には参加者が18人しかいなかったのが、今や約1万3000人になっているわけだから、その計算でいくと、定員を10倍に増やしたとしても足りないんですよ。SFCで全員を受け入れようとしたら、定員を1000倍ぐらいに増やさないといけないということになる。
信岡さん それは難しいですよね。校舎などのハード面を整えるのにはお金も時間もかかります。でも、さとのば大学のようなオンラインベースの分散型学習の学校なら、建物などのハード面の整備は必要ないので。
鈴木さん そう! スケールできる。だからソーシャルイノベーションなんですよ。
入試改革によって、これからは国立大学もマイプロジェクト経験者の受け皿になるけれど、1番受け入れてくれるのはさとのば大学。そして、これからその「さとのば方式」を取り入れる大学ということになる。
信岡さん さとのば大学の「ハイブリッド学習」というシステムが、今の「プロジェクト学習」みたいな話と同じポジショニングになって、そのハイブリッド学習の選択肢のひとつとして「さとのば大学」があるという形になればいいんですよね。
鈴木さん そうです。これがまさに、さとのば大学がソーシャルイノベーションだという理由で、さとのば大学の誕生は日本教育史に残ると思いますよ。これから、さとのば大学のやり方はどんどん真似されるでしょう。
しかも、真似されるたびに進化していくはずです。すごくいいムーブメントが起こっているんじゃないかなと思いますね。50年後ぐらい経つと、さとのば方式による大学が当たり前のようになっている世界がある。素晴らしいことです。
信岡さん 今年、さとのば大学に来てくれた4人がみんな面白くて、この18歳の学生たちと一緒に4年間過ごしたらどうなるんだろうなってワクワクするんですよね。
鈴木さん 時代が変わるときっていうのは、個人間ですごく差が出ます。明治時代には、いちはやく洋服を着はじめた人もいれば、明治30年代になっても、ちょんまげを結っていた人もいたそうです。だから今、その差が出ているときかなと思っていて。
時代の変わり目において、大事なのは「未知なるものに対する感性」を磨くことです。
そういう意味では、さとのば大学と提携することを決めた「ネットの大学managara」さんの感性はすばらしいと思う。
そして、1期生として「さとのば大学」という未知なるものに飛び込んだ人の中から、本当にすごいエポックメーカーが出るかもしれない。これからが非常に楽しみですね。
信岡さん すずかんさんには、以前からすごく応援していただいていたので、「おかげさまでこんな所まで進みました!」という報告から始めようと思って対談させていただいたのですが、想定よりもずっとすずかんさんが、さとのば大学の仕組みを褒めてくださって、対談時にかなり舞い上がってしまった自分がおります。
「このgreenz.jpとの記事が、よい歴史的資料になるといいね」なんてお言葉までいただけて。逆に言うと大学入試が変わって、高校の在り方や学び方が変わるこのタイミングで、50年後に日本の学び方、ひいては社会の働き方や生き方にも「こっちの選択肢がちゃんと拓けたのは、さとのば大学がけっこう大きいよね」と言ってもらえるような位置づけにちゃんと育てていきたいなと改めて気合いを入れていただいたと思っています。
これはむしろ怒られるよりずっと、プレッシャーかけられているというか、褒めることで変化を促進させているすずかんさんの背中に、チェンジ・メーカーとしての先輩の凄さとタフさみたいなものを感じながら、「遅々として進んでいる」この改革の速度を少しでも一緒に加速させれたらなと思いました。