小田急線の地下化に伴って生まれた、東北沢から世田谷代田までの1.7キロの土地。小田急電鉄はこのエリアを「下北線路街」と名付け、13のブロックに分けて開発を行っています。
その中の一つ、世田谷代田と下北沢のちょうど真ん中あたりにあるのが「BONUS TRACK(ボーナストラック)」。グリーンズのビジネスアドバイザー・小野裕之とグリーンズの記事でもおなじみのB&B/numabooksの内沼晋太郎さんを中心に設立した散歩社が運営し、「本屋 B&B」、「発酵デパートメント」、「恋する豚研究所 コロッケカフェ」、「お粥とお酒 ANDON」等、個性豊かな店舗兼住宅が立ち並んでいます。
今回はなぜこの場所にBONUS TRACKができ、何を実現しようとしているのか、小田急電鉄でBONUS TRACKの開発を担当した向井隆昭さん、散歩社の内沼さんと小野に話を聞きました。
前例にとらわれないまちづくり
小野 まずは僕らが関わる前、どういう形で計画が進んでいたのか教えて下さい。
向井さん そもそもは「下北線路街」全体で成し遂げたいことを整理した上で、場所の特性や建築条件に合わせてそれぞれの区画で計画を立てていきました。その中でBONUS TRACKの区画は基本的に住宅しか建てられないエリアでした。
向井さん 当時の不動産を開発する部署ではまちづくりの視点が乏しく、ハード先行で「それぞれの土地でどれくらい容積を積んで稼げるかと」いうところにとどまっていて、この区画も全部駐車場にするという計画も持ち上がっていました。僕は長期的な目線で考えたときに、ライフスタイルの多様化もあってそのやり方には疑問を感じていたんです。
小野 向井さんはどんな青写真を描いてたんですか?
向井さん 僕は2015~6年くらいから、住宅地の代田と商業地の下北をつなぐコミュニティみたいなものができたらいいなと思って、店舗兼住宅というイメージ(BONUS TRACKには1階が店舗、2階が住居で店主がそこで暮らすという建物が並んでいる)を持っていましたが、実現できる自信がなかった。
そんな中、2017年に上司が替わって、彼の中には鉄道会社としてやるべき不動産開発の軸がしっかりあった。自分たちの一方的な思いを具現化するための開発ではなくて、まちに関わる人にとって本当にいいことはなにかを考えながら、目の前のことだけでなくもっと先の未来を見据えて、継続していく仕組みをしっかりつくろうと考えていて。僕としても以前から思っていたことが「これでいいんだ」と思えて、希望を感じて一気に動き出しました。
小野 以前から思っていたことというのは?
向井さん 僕が開発で一番大事にしているのは、掲げたコンセプトや思いが具現化して長続きする仕組みですが、そのためにはコンテンツが重要なので、小田急だけではできない部分をどんなパートナーと組んでいくかが大事だと思っていたんです。上司はまさにその考えを持っていて、上司のつながりで小野さんに相談することになりました。
長く不動産や開発に携わっている人たちはハード優先で、いわば管理志向。自前主義で誰かと一緒に運営していくという発想がありませんでした。鉄道会社として大事な安全安心を不動産にも当てはめるとそうなってしまうのはわかるんですが、僕はそれではもともとの開発コンセプトが長く続く保証もないと感じていたんです。
内沼さん 上司が替わって前例がない進め方をしていたにしても、僕や小野くんみたいな不動産会社どころか、その時点では会社ですらない人たちにお願いすることについて、リスクをコントロールする部門からストップがかかったりしなかったんですか?
向井さん 大丈夫かとは言われたんですが、すぐに管理部門に渡すのではなく開発部門が管理運営もするという実験的な仕組みをつくったんです。管理部門に渡す場合にはリスク判断が出てくるので、まずは僕らがしっかり実績をつくってから管理部門に引き渡す形にしようと社内で整理しました。それに、結局大事なのは対人の関係性なので、しばらくは僕らがクッションにならなきゃいけないし、なりたいと思ったので。
内沼さん それは前例を変えていくための手法として普遍性がありますね。本来の担当部署ではないけど、そのまま渡してしまって前例に倣えば、問題になりそうなこともわかっていて、しかしチャレンジすればよい事例になりそうなこともわかっている別の部署が、覆すリスクごと引き取る。そうやって組織のリスク管理上の問題を柔軟にクリアするという。ぼくらにとっては大変ありがたいことです。
それに、それ自体がBONUS TRACKっぽいですよね。僕らはテナントのみなさんに本業とは違う新しいことにチャレンジすることを推奨しているわけですが、開発部門が管理運営も担うというのも小田急にとっての一つのBONUS TRACKらしさになっていたんですね。
小野 下北線路街だから許されたところもあるんでしょうね。下北でチャレンジできなかったらどこでも無理だろうっていう社内理解を取りやすかったんじゃないでしょうか。下北は新しいことをスキーム上やりやすいと言うか。
向井さん それはありますね。出島みたいに思われていたところはあると思います。
メディアとしてのBONUS TRACKが伝えようとするもの
小野 最初に話をいただいたときは、グリーンズを通じてテナントを探すという話でしたが、僕の関わり方としてまるごと借り上げるマスターリースもあるのかなと思ったりしていました。ちょうどANDON(日本橋のおにぎり店)を始めて“不動産×ソーシャルビジネス”を個人的な次のフェーズにしていこうと思っていた時期だったので。
ANDONを始めてわかったのは、エリア的な制約条件の大きい不動産会社、鉄道会社、自治体と、ソーシャルビジネスを掛け合わせることで末永く、ともに地域の価値を上げていくことのできる可能性があるということ。お互いにニーズとシーズの組み合わせが良いんですよね。
さらに、プロジェクトの進め方として、不動産と建築の組み合わせでハードを先に整備したり、行政とソーシャルビジネスの組み合わせで協業制度を先行してつくったとして、たとえそれが現実に即していなかったとしても、そのハードやルールが所与の条件となったり、制約条件になったりということが起こりがちです。
それも悪くないんですが、今はソフトや運営フェーズから逆算して、きめ細やかに積み上げながら社会をマネジメントしていくような手法をもっと一般化する必要があると思っていて。その現場は、つまるところ、人の営みがリアルに行われているまちにしか無いということも言えると思うんです。
小野 グリーンズはずっと個人のゼロイチのチャレンジを応援してきたんですが、事業として成立させられず、苦労している事例をたくさん見てきました。
その原因は、個人のノウハウやチームビルディングというレベルの問題だけでなく、それぞれの取り組みをいかしあったり、より長期的で規模感も出せる、業界横断的なやりかたを増やさないと次のステージに行けないということ。
オープンイノベーションのような言葉が流行っているのも、そういう問題意識を持っている人が多いからで、みんなで一緒にやる方法をみんなが模索してる。その中でメディアは「もっとソーシャル なことを実践しましょうよ」って、個人の意識を喚起することにとどまっていて。そうやって、いわば入り口を煽るだけではなく、その先の出口である、実践する、継続する、社会資本化するという難しい部分に取り組む必要性を感じていたんです。
BONUS TRACKは、そうした難しい部分に取り組んでいる人たちに実際に会うことができる、ウェブマガジンではなく、いわば“リアル版のgreenz.jp”になりうると思ったし、もちろん、商業施設でありながら、そういった実践の様子を来てくれる人に伝えるメディア業と捉えてやっているところもあります。
とはいってもやはり、実際にやることは施設の立ち上げと運営ですので、無理にグリーンズの中でやるより外で組織をつくったほうがいいと思って内沼さんに声をかけました。内沼さんは僕が声をかける前から下北線路街に関わってたんですよね?
内沼さん 最初に小田急さんから声をかけてもらったのは、下北沢という街全体についてのヒアリングで、2017年より前だったと思います。
向井さん まだもがいてるときでしたね。B&B(内沼さんが経営する下北沢の本屋)は知っていて、内沼さんとも一緒にやりたいと思っていたんですが、権限もなくて踏み出せなかった頃です。
内沼さん その後あらためて誘われて、最初は駅前の区画の提案に携わっていました。B&Bもちょうど2020年にまた移転しなきゃいけない状況だったので、移転先として商業ビルに入るとしたらどういう形があり得るかという前提で考えさせていただいていました。
僕は本と人との出会いをつくる、そのために本を届ける人としての「本屋」を増やす、ということにずっと取り組んでいます。本屋をやりたい人に向けた本を書いたり、講座をやったりもしています。
その中で、本屋を他の業態、例えばカフェと組み合わせて、本が持っている価値を活かしながらお店を成立させましょうというような話は必ず出てきます。それは、本という商品が、もはや事業としてその売上だけで成り立たせるハードルが相当高くなってしまっているという事情もあるんですが、何と組み合わせるかによってまちとの関わり合い方が変わってくるという意味合いもあるんですね。
ビジネスとしてはどう考えてもきびしい「本屋」を、わざわざ今リアルで構えることを選ぶ人の中には「まちの中に本棚がある場所があるといいな」という思いが潜在的にあるわけですが、そこにはどんなまちに暮らしたいのかという思いも含まれています。つまり、本屋をやるってことはまちと関わることなんです。
まさか自分がエリアの運営をする側になるとは、正直まったく考えてなかったんですが、小野くんから話をもらってあらためて考えてみると、自分がこれからも本に携わっていくなら、次の可能性としてこれをやらなきゃしょうがないな、と思いました。
内沼さん 最近、書店を中心にした複合的なライフスタイルショップやエリア開発が増えています。書店の周りにテナントを入れて、その集客力を生かして不動産事業で収益を上げるモデルで、あの形にもいろんな進化の可能性をまだ感じます。けれど一方で、あの形は小さな本屋には関わりにくい。もっと個人がまちに関わりながら、面白さが長続きする形が見えてきそうだという思いもありました。
BONUS TRACKの重要なポイントのひとつは、僕や小野くんが貸主でありながらテナントとして借主もやる形でスタートしているところです。入れ子構造ではじめることで、双方の視点を持ちながら柔軟な場づくりをしていくことができる。これは普遍的な話だと思っていて、行き過ぎた分業や役割分担を、互いに少しずつ食い込ませ合っておくと、変化に耐えやすい形になるのではないか。
それこそ向井さんが言った小田急の開発部門が管理を引き取った話と同じです。貸し手と借り手、管理する側と管理される側というキッチリした役割分担で、10年20年そのモデルを続けて魅力を維持していくことは難しい。そうならないように複雑にしておくことが大事なんじゃないかと思っています。
小野 僕は、山手線沿線のターミナル駅で新しく建設されていく大規模商業施設にそれを感じています。まだ具体的に未来を描くことが難しかった時代の人が考えたかのような画一化された未来、モデルが今も生きている。
画一化されたものって最初がクライマックスでだんだんしょぼくなる傾向にあるんですよね。
一方で、何にもカテゴライズされないものは、最初は理解されるのが難しくて、やっている自分たちとしてもまだ、感覚的にはこっちの方向のはずなんだけどはっきりとした正解が見えていない状態で。
結果、お客さんとも一緒に考えることになって、だんだんと新しい価値付けが行われたり、新しいスタンダードになっていったり。社会福祉のためのコロッケ屋とか、発酵文化のためのデパートメントストアとか、日記屋なんてのもありますし、ちょっと立ち止まって考えると「え?どういうこと?」っていう。BONUS TRACKのテナントもカテゴライズが難しいお店が多いですから。
内沼さん 画一化された商業施設に慣れてしまうと、カテゴライズしにくいものが苦手になりがちですよね。なんだかよくわからない店だから入りづらい。それが雑居ビルの中にあったりするとさらに難しく見えてしまうんですが、BONUS TRACKはオープンエアでクリーンな空間に、一見わかりにくい店が多く並んでいる。それがこのまちに暮らす人にとって、何かを飛び越えたり考えたりする機会になったらいいなという思いもあります。
全体として未完成ではあるんだけど、いかにふだん考えずに暮らせてしまっているか、いかにわかりやすく画一化されたものに満足させられかけているか、ってことにも気づけるような場所というか。
小さくても、まちの人たちの意識が変わるきっかけを、継続的に生み出し続けられる場になるといいなと思います。開発って本来そうあるべきだと思いますし、簡単ではないとは思いますけど、そうなり得る可能性は感じていますね。
小野 複雑なものを複雑な状態のままで、そこにポンと置くことが許されるというか、複雑なものを届けるメディアとしてのまちって価値が高そうですよね。雑誌のコンテンツや、検索で引っかかるノウハウ記事とかではないので、わざわざ説明することを求められないというか。まちって強制インプット装置のようなもので、情報を受け取る側はそのまま受け取るか、あるいは受け流すしか無いわけですから。
考えないまちには文化も生まれない
小野 超高層化されたような大規模商業施設の話に戻ると、あれは、先進的な企業は先進的なビルに入るという昔からのロジックに従って、広告費とかリーシングの費用をガンガンかけて力技で稼働率を上げていくようなモデルと見ることもできて。それは、業界の人たちでさえあと何年持つかわからないと思っているようなロジックで、負債となって10年後20年後に跳ね返ってくると思いますね。
特に今回のコロナで先進的な企業は分散的に働く方向に進んでいるし。組織の論理でそうなってしまっているんだと思いますが、大きな負債になると思います。
向井さん 人によりますけど、20代なら20年後30年後を自分ごととして考えますが、60歳の人が30年後のことを本気で考えるかというと、意識が薄くなってしまうのは仕方がないと思います。だから、不動産のことこそ若い人が責任を持って意思決定したほうがいい、判断が間違っていたらそれは自分たちに跳ね返って来ますから。
小野 今の日本の大企業は、若い時は我慢して年齢が上がっていくと実現度が上がっていく、その構造も良くないと思うんです。感覚的に言えば本来は、現状とは真逆で「若い頃あれだけ好きなことをやらせてもらったんだから最後くらい後進に貢献したい」っていうほうが美しい職業人生の終い方のような感覚がありますね。
だから僕らも早く20代社長とかを入れないと。
内沼さん 10年以内には少なくともね。
年齢もあるけど、あらゆるものが高度化したことで、難しいことを考えなくても暮らせてしまうことの弊害として、実際に考えなくなっているというのもあると思います。
大規模商業施設が建つ背景には、過去に成功したロジックがあるわけですよね。でも考えなくても済むことに慣れてしまったせいで、そのロジックが20年後も通用するのかという、本当は考えなければいけないことまで考えなくなってしまった。正解は既に見つかっていて最適化されているはずという前提で、なんとなく物事を進めてしまう人が大半になってしまっている危うさがあります。
若者でも、正解だけをかすめ取ろうとしている人が多くなっていると聞きます。自分と同年代の大学の先生なんかに聞くと、流行りのビジネス書を読んだりとか、カリスマ的なビジネスマンのオンラインサロンに入ったりしているだけで、「これで人より先に行ける」みたいな単純な競争原理で勝ち組になった気でいる大学生がたくさんいるらしいんです。
僕が執拗に本や本屋にこだわる理由も、そのあたりにあります。フィルターバブル(検索エンジンによる個人の嗜好性に合わせたフィルター機能によって、偏った情報しか見えなくなる状態のこと)に包まれがちなインターネットと違って、凝縮された物語や知識や情報にランダムに出会えるリアルな本屋は、自分が何かに毒されていることに気づくきっかけや、新しい世界が広がる入口になり得るんですよね。「他者」に向き合える場所が生活圏内にあることで、いつも立ち止まって考え続けることができる。
本屋だけじゃないだろうとは思います。けれど、本には人間が凝縮されているから、小さい本屋でも広くその役割を担える。まちの中心に本屋があって、そこで暮らしたり働いたりしている人に自分の頭で考える人が多ければ自然と、自分たちはここでどんな暮らしをしていこうとか、自分たちの環境を良くしていこうとか考えるはずでしょう。
一方、どんどん画一化されていくまちで、誰も難しいことを考えなくても暮らせるようになったとして、果たしてそんな場所に文化が生まれるかといえば、まあ考えにくいと思います。
小野 画一化ベクトルはめちゃくちゃ強いですね。
向井さん 鉄道会社も都市計画をもとに画一化したまちをつくってきてしまったと思うんです。そういうところに暮せば暮らすほど考えなくなる。偶然の出会いがないじゃないですか。本屋もそうですけど、まちも同じだと思うんです。いつもとは違う店に出会うだけで暮らし方のヒントがある。
僕は画一化したまちには違和感を感じていて、「このまちだからこそあるものってなんだろう」ってまち歩きをしながら見ているんです。下北はそういうものがもともとあったので、それを続けていきたい思いがここにつながっています。
その意味でも地域の人の関わりしろって大事だなって。完成された作品は、いつまで経ってもつくり手と受け手の距離が縮まらない。そこに関われる余白みたいなものがあると、もっとまちに関わりたいと思ったり、そこに暮らしている意義を感じたりする人が増えると思います。
「このまちに長く住みたい」と思うのは、「この人たちがいるから」とか「日々刺激を与えてくれる店があるから」という理由があるからですよね。便利や快適は大前提で、それ以外のちょっと人生を豊かにするものがあるまちに暮らしたくなると思うんです。そういうまちをいかに増やせるか。鉄道会社がローカルに目を向けてビジネスとしてやっていけるなら、可能性があると思っています。
小野 BONUS TRACKは、施設内の2階部分や、近所にはスタッフの社宅も増えてきているので、住宅街に商業が染み出してきたみたいなバランスがうまくとれていると思います。
でも、商業施設としてまちに関わりをつくるって意外と難しいですよね。ターミナル駅のビル型の商業施設は中で完結するものが多くて、まちに出ていくことはほとんどない。イベントでまちとつながろうとしたりしていますが、あまり日常性がないし。
本当は日常的に使ってくれる方と観光やビジネスで使ってくれる方が混ざったほうが楽しいまちになるのに、エリアごとにターゲットとなる顧客を限定して区画内で完結するようなマーケティングプランを立てる傾向にある。これも画一化ですね。
人の可能性を伸ばすルールをつくる
小野 GoogleがトロントでやっていたSmart Citiesをやめましたけど、あれも、まちづくりの画一化の流れと捉えることもできると思います。画一化の末に人間を家畜化するところまでいってしまうんだろうか?というか。
向井さん 本当にSmart Citiesでいいんだろうかとは思いますね。人間をどんどんダメにしていくような気しかしないというか。不動産とDX(デジタルトランスフォーメーション)がつながってビジネスになることは確かなんですが、その領域って本当に豊かなんだろうかと悩みますね。
内沼さん DXも本来は管理ではなく、そこに暮らしている人間の可能性を拡張することが目的ですよね。本当は個人をエンパワーするものであるべきなんだけど、快適さと怠惰って背中合わせなので、たしかに家畜化のベクトルへの引っ張られやすさはありますよね。結局、データを吸い上げてそれが大きな力になって、それと個人とどっちが勝つかみたいな話になりがちかも。
小野 僕はその個人対大きな力の間でコミュニティやスモールチームが可能性を持つと感じています。個人では対抗できないとしても、組織やコミュニティに逃げ場があると、そこで悩んだり考えたりできるから。
それに組織が大きいほど成功しやすいイメージがありますが、実は100年とか200年とか長く続いている企業のほとんどは小さい企業です。リスクが高そうに見えるのは、そういった企業が大企業ほどには、あまり科学されてないからという見方もできると思いますし、ただ逆にそこに眠る知恵を獲得したら面白そうだし、経済や社会の荒波を小舟で渡っていくための感覚や知識を得られる可能性が高いと思います。
BONUS TRACKは小さなお店や会社の集合体ですが、一つの会社と見立てることもできなくはない。それもあって入れ子みたいな複雑な形になるようにあえて工夫しているところはあります。ただ、複雑さがデメリットにならないようなルールづくりも大事だと思っていて、頼り合えるような環境もつくりながらお互いの線引はしっかりすることを意識しています。
そのときに大事なのは、人を縛るルールではなく人の可能性を伸ばすルールをつくること。向井さんの開発部門が管理運営をする話も、先行事例として職業的な可能性を広げるルールが、小田急電鉄社内に新しく一個できたと見ることもできる。
組織はルールがないと動けないけど、ルールが個人がやりたいことの障害になる場合も多いので、その時は面倒くさくてもルールと向き合って人の可能性を伸ばすようなルールをつくっていかないといけないと思います。実は向井さんがやったのはそういうことなんじゃないでしょうか。
内沼さん 大半のルールというのは、原則的に同じ状況がずっと続く前提のもとに定められますよね。だから状況が崩れると弱い。それに対して人の可能性を活かすためのルールっていうのは、一定の変化を織り込んだルールですね。だから状況が崩れたときにも強い。
小野 自治体とソーシャルビジネスの話でも、自治体にはルールがあって新しいことをやらない理由はいくらでもあるけど、やれるように解釈や条例をつくっていくこともできる。新しい解釈をつくっていく仕事はすごくクリエイティブだと伝えていくことは重要だと思います。
向井さん 僕は企業のルールに従わなきゃいけない中で、小野さんや内沼さんのような個人でリスクを負ってきたビジネスの大先輩と2年くらいほぼ毎週会って話ができて、自分の大きな財産になりました。
個人の成長もそうですが、この考え方を会社で活かそうと考えることもできます。ルールや古い慣習をフラットにすることで新たな可能性を感じられるようなことをもっと広げていけたらいいなと思います。そのためには僕がもっと頑張らなきゃいけないんですけど。
3人がBONUS TRACKでやろうとしているのは、新しいまちづくりではなく、新しい考え方でまちと向き合うことだと感じました。BONUS TRACKは商業施設ではありますが、人が暮らす場所でもあり、実際に行ってみると遊歩道や公園のような場所でもあります。このような空間がまちの中にポンとあることで、近隣に暮らす人は刺激を受けるでしょうし、遠くから来た人は自分のまちや既存の繁華街との違いについて考えざるを得ないでしょう。
考えざるを得ないのは、それがわかりやすい空間ではないから。画一化された誰でもすぐにわかる場所ではないからです。考えることはしんどいし面倒くさいので日常生活の中では避けがちだからこそ、こうして自然と考えてしまう空間は大事なのだと感じました。
ぜひみなさんもBONUS TRACKに足を運んで考えてみてください。
(撮影: 霜田直人)
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