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ゴールは見えなくても、モヤモヤしてても、走り出せばどうにかなるもんだ。島根県津和野町の教育魅力化コーディネーター・石倉美生さんの、とんとん拍子な転職ものがたり。

なんかモヤモヤする。モヤモヤしながら、毎日が過ぎていく。

そんな想いから、一歩踏み出し、新しい人生をスタートさせた人たちのさまざまなストーリーをgreenz.jpの記事に限らず、一度は目や耳にしたことがあるのではないでしょうか。

そのストーリーは時に眩しくて自分事ではないようで。記事を読んではみるもののどこか他人事だったりするものです。

これからご紹介するgreenz peopleの石倉美生さんも、かつてはgreenz.jpの記事を他人事のような気持ちで眺めていたそう。当時のことをこう笑います。

greenz.jpの記事に登場する人はキラキラしていて、普通の教員の私とはまるで別の世界のヒト、コトだと思ってました。

でも、たまたま目にしたというgreenz.jpの記事をきっかけに、モヤモヤから一転、一念発起し地方へと移住。6年間の教員生活から飛び出し、「教育魅力化コーディネーター」という新しい道を歩みはじめました。石倉さん自身が、いわゆる“一歩踏み出した人”となったのです。

“普通の私”が、トントン拍子でやりたいことにたどり着いたストーリーとは。島根県津和野町の美しい風景とともに、彼女の言葉たちを受け取ってみてください。

石倉美生(いしくら・みお)
津和野町教育魅力化コーディネーター
富山県出身。7年間、埼玉県で公立小学校教員を務める。教員として働く中で、子どもと大人が関わる場やきっかけが少ないことに課題意識を持つようになる。「教育魅力化コーディネーター」の仕事を知り、必然的な出会いと機会を得て2018年4月より島根県に移住。島根県の津和野町教育魅力化コーディネーターとして小・中学校や公民館、役場、地域の様々な人と関わりながら活動を始める。

島根発地域の魅力を教育に生かす
「教育魅力化コーディネーター」

まずは石倉さんの現在のお仕事について、少し詳しくお伝えしましょう。

島根県津和野町。豊かな自然に囲まれたこのまちで、2011年、生徒数減少による高校の統廃合の危機から魅力化事業が始まりました。魅力的な高校を目指し、学校をひらき、社会とつながることで「地域の大人が先生」、「地域課題が学びのテーマ」、そして「町全体が学びの場」となるような学校をつくる。この取り組みにおいて、現場となる高校や小中学校で学校と社会をつなげる役割を担っているのが、「教育魅力化コーディネーター」です。

2005年より旧津和野町と旧日原町が合わさり津和野町に。人口約7,400人、昔ながらの風景が印象的なまちです。

このまちで、今年4月から教育魅力化コーディネーターとして日々駆け回っている石倉さん。現在、3つの小中学校のコーディネーターを受け持っているそう。

週4日のペースで3つの学校をまわりながら、「総合的な学習の時間」を中心に、先生方と共に授業をつくることがメインの仕事です。日々忙しい先生方に変わり、外部との連絡や調整をしたり、地域の人・こと・ものの情報を伝え授業づくりに生かしたり。学校・地域・行政と関われているからこそできることを模索しながら活動しているそう。

石倉さんの担当する学校の規模は、青原小学校がおよそ30人の複式学級、日原中学校はおよそ60人、日原小学校はおよそ90人と、都会でイメージする公立学校に比べ少人数です。

たとえば、義務教育が終わる中学3年生のタイミングで、今一度自分の生き方を見つめなおす機会を持ち、そこから職業体験や今後の進路選択につなげていくという授業を実施しています。

国の重要無形民俗文化遺産に指定されている津和野の「鷺舞」。行事に関わる人から学ぶことも。

そのひとつが、津和野町に多くいるUターン、Iターンの方の多様な働き方について話を聞く時間を対話形式で設け、子どもたちとコミュニケーションをとる授業。

率直に自分のやりたいことや将来の不安、疑問を大人に投げかけ、大人が「そんなんでも大丈夫だよー。」と認めてあげる。それが、この地域で生き生きと育つ力になるのだとか。

また、多様な生き方、考え方に触れることで、子どもたちがよりリアルに生き方を見つめなおす時間にもなっています。その流れからの職業体験では、さまざまな職場をリストアップして連絡調整を担うなど、先生方や仲間のコーディネーターとも相談・協力しながら授業を進めているそう。

まだまだ手探りと言いながらも、「津和野町でやってみたいことをあきらめない子どもたちを育てていきたい」と、石倉さんは意気込んでいます。

死にかけた。だから、見つめなおせた。

島根に行く前は、埼玉で小学校の教員を7年間続けていたという石倉さん。ご出身は富山で、島根県とは縁もゆかりもなかったという彼女が今、島根で教育魅力化コーディネーターをしている。そこにはどんなストーリーがあったのでしょうか。

伺ってみると、「実は私一度死にかけたことがあって、そこが原点だった」と、なんともびっくりするお話が始まりました。

教員3年目のとき、埼玉でマラソン大会に出たんです。1周終わった時点で5番目くらい、「これ、入賞もいけちゃうんじゃない?」ってがんばったら、どうやら途中で倒れてしまったみたいで。

気がつくと意識は朦朧、熱中症になってしまったそう。

「あ、これ最悪死ぬレベルのやつだ」って。そのとき、人はいつか死ぬものだし。まぁそれなりにいい人生だったなって一瞬死を受け入れたんだけど。

ただ、来週から産休代替で先生が変わるとか、当時受け持っていた2年1組のみんなにもう会えないとか考えたら「やっぱり死にたくない!」って(笑)

その後、救急車が到着し危機を逃れたものの、この時の経験と気持ちが実は今につながっていると言います。

教員時代の石倉さん。

私、生かされたんだなって思ったのと、やっぱりいつ死ぬかわからないから、シンプルだけど、1日1日を大事に生きていかなきゃなって、強く思ったんですよね。

そこからさらに3年、教員を続けていく中で少しずつ見えてきたあるモヤモヤが、今の自分の生き方をつくっていったと石倉さんは続けます。

まわりの産休、育休明けの先生方の本当に大変な姿をいつも目の当たりにしていて、これって変だなって思い始めたんです。家庭では自分の子どもを、学校ではクラスの子どもたちを育てていく、先生って大事な職業なのに、本当に忙しすぎる。なんかおかしいぞ、と。

それに、教育に対しても少しモヤモヤしていて。子どもたちってすごく大きな可能性を秘めているのに、学校に入ると学校の先生と両親という価値観の中でしか生きてないんじゃないかな、それって窮屈なことなんじゃないかなって。

世の中が100として、社会との関係性が例えば10しかないとしたら、子どもたちには先生と親以外の世界が見えづらいですよね。そんな環境の中では、将来何になりたいかとか、どんな風に生きていきたいかとか、なかなか知り得ないものが多すぎるんじゃないかなって。

そうやって成長して、いざ働き始めても「なんか違うな」ってなったりするんじゃないかな。実際、自分も教員になったけどなんだか違うぞと思ってました。

地域と子どもたちをつなぐ場をつくる

子どもたちが出会う大人が少なすぎるし、多様でない。そんな想いを抱えたまま迎えた教員6年目。ある時、突然答えが降ってきたと石倉さんは笑います。

急に「私、富山に帰って地域と子どもをつなぐ仕事やる!」って思いついたんですよ(笑) 本当にポーンと。 改めて親戚を見ると高齢化だし、これから10年後、この町は大丈夫なのかなって。

石倉さんの故郷、富山県滑川市の風景。大好きな立山連峰のあるこのまちで新しい一歩を踏み出すと決心したそう。

子どもたちが放課後の時間に立ち寄る場所があって、そこには地域の人や高齢者がいて、交流が生まれて。働く世帯にとっても安心して子どもを預けられるような地域の居場所。そんな場づくりをすると決めた石倉さんですが、その実現はもちろん簡単ではないことにすぐ気づいたと笑います。一度は「人の集まる場=カフェ」だと思い立ち、カフェ開業スクールに通ったものも、「カフェじゃないな」と気づき、また迷いはじめ…。

そんなとき、たまたまFacebookに流れてきたのが、greenz.jpの記事だったそう。

今年の夏に開催された「生き方見本市2018」に登壇。「まさか自分が自分の生き方で登壇するなんて」と、石倉さん。(写真: 稲葉 匠)

そもそもgreenz.jpを知らなくて。なんかおもしろそうって、People’s Books(greenz people限定の読み物)欲しさにピープルになったんです。

そしたら、「ピープルサミット! 2017」のお誘い記事が流れてきて。

「ピープルサミット」とは、全国のgreenz peopleが集う、1年に1度のイベントです。富山県出身のゲストの登壇もあったことから「なにこれ、めちゃくちゃ、おもしろそうだ」と興味を持ったと言いますが、ここでハードルを感じたと石倉さんは笑います。

当時、私にはgreenz.jpの記事に登場する人たちはすごくキラキラしてて、すごいなーって思っていて。ピープルになったけど、まったくグリーンズのこともピープルのことも知らない。でも、めちゃくちゃ迷ったけど思い切って足を運んだんです。

サミットでは、参加者との交流時間もあり、今自分がやりたいことを打ち明けたという石倉さん。そこでの衝撃はいまでも忘れないそう。

「生き方見本市」のブースでは参加者と交流する時間も。貴重な経験になったそう。(写真:五月女 郁弥)

なんだ、この共感してくれる集団は!!って(笑) ずっと教員の世界にいて知らなかった人たち、こんな大人おったんやーって。その時、自分自身が小さな価値観の世界にいたことにやっと気づかされました。

共感してもらったことで「やっぱり富山で場づくりをしよう、がんばろう」と力をもらったという石倉さん。そんな矢先、これまたgreenz.jp のある記事との出会いが石倉さんの今を決定づけることになります。

もう、グリーンズにのっかりまくって生きてる感じなんですが(笑)、それが「教育魅力化コーディネーター」の記事だったんです。島根には私がやりたいと思ってることがすでに職業としてある。衝撃です。さらに記事の最後にコーディネーターのお2人がゲストのgreen drinks Tokyoの情報も。これはもう、行くしかないと。

greenz.jp掲載の教育魅力化記事。たまたま目に止まったと石倉さん。

島根に行く気はまったくなかったと石倉さんは振り返りますが、green drinks Tokyoでコーディネーターお2人の話を聞き、島根教育魅力化コーディネーター養成講座への誘いを受け、気持ちはすぐに変わっていったと言います。

担当の方が「この取り組みは島根だけで終わらせようとは思っていない。美生ちゃんが島根で1年2年と学んで富山に持ち帰るのもありなんじゃない?」って。そしたらもう島根が頭から離れなくなって、書類送って、現地訪問と同時に面接、その場で津和野行きが決まったんです。とんとん拍子ってこういうことなんだなって。

モヤモヤしたらピープルに会いにいけばいいと思う

島根に移住、教員からコーディネーターへ。今の着地点に降りてみて感じているリアルな気持ちを伺ってみました。

教員時代は、子どもに対して「なにかしなくちゃ」っていう想いがあったけど最近はそうは思っていなくて。究極、大人だよなって。

教育魅力化も、津和野町の大人がすんごい楽しそうだったらそれでいいんじゃないかなって。挑戦することを恐れず、今日1日がすごく楽しかったなっていう大人ばっかりだったら、それで子どもは十分豊かに育つだろうなって思います。

あとは、「共感」すること。それは、最初に私がピープルサミットでやりたいことをみんなに共感、応援してもらって、そこから得たパワーとか感動、安心の体験もあるから。グリーンズとの出会いから始まったとんとん拍子の経験も、今は話せるし「やれると思うよ」って言える。

津和野在住のgreenz peopleとつながり、IターンUターンもごちゃまぜのシェアリビング「夜糧(よるかて)」が始動。石倉さんはコーディネーター以外の場でも、動きはじめています。

greenz.jpの記事からはじまった石倉さんの転身ストーリー。最後に、モヤモヤしている人がグリーンズをどう使ったらいいかという質問を投げかけると、石倉さんは、「ピープルに会いにいけばいいと思う」と即答。

私、正直言うと、greenz.jpの記事、いっぱいは読んでない。たまたま流れてくるものだったし、最初はキラキラして見えていて、自分とは別の世界のことだった。ただの教員で、「こんなことやってます」が言えなくて、「私、普通だもん」って。

でも、新しい世界が見たいなって。ピープルの人ってなんかすごそうで私なんかがって思ったけど、実際会ってみたら、みんな特別な人ではなく「共感してくれる人たち」だった。

否定しないし、未来にすれてなくて、明るい展望を持ってる。「どうせ」とか「意味ない」とか言わない。「課題はあるけど、じゃあ、自分はこの部分楽しんでやってみるよ」って。それがgreenz.jpに登場する人だし、ピープルの方々だと私は思っていて。だから、ピープルの人に会えばいい。

“普通な私”が、トントン拍子でやりたいことに辿り着いた。まだまだ旅の途中だと石倉さんは言いますが、キラキラに見えていた世界は一度自分もその中に入ってみると意外と特別じゃなかった。

石倉さんの飾らない言葉たちから、あなたはなにか受け取りましたか。もしモヤモヤしているなら、「ピープルに会いにいけばいい」ですよ。

もちろん、津和野町で生きる石倉さんにもぜひ会いに行ってみてください。きっと、大歓迎してくれることと思います!

石倉美生さんの連絡先
https://www.facebook.com/mio.ishikura.9

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