いい人間関係があるかどうかで、人生は圧倒的に豊かになる。だけどいったい、どうやったらいいんだろう? 日本一NVCを知る男・安納献さんとグリーンズ鈴木菜央が語り合った

「あの人と仲よくなりたい」「仕事仲間といい関係を育みたい」「もっと家族とつながりたい」はたして、これらの思いを抱いたことがない人は、この世に存在するのでしょうか?

そう尋ねたくなるほど、私たちの悩みや希望の多くは、誰かとの関係による不満ではないかと思うのです。グリーンズだって、例外ではありません。これまでに、チームの関係がうまくいかなくなった時期が何度かありました。途方に暮れていたと編集長の鈴木菜央はかつてを振り返ります。

菜央 お互いにリスペクトがあってもこんなに悪くなるんだ、みたいな。

大切な関係性が不調に陥ったとき、切れかかった結び目を結いなおす確実な方法があるとしたら、きっと誰もが手に入れたいと思うのでしょう。

そんな魔法の杖はどこを探してもありませんでしたが、グリーンズではあるコミュニケーションの方法と出会い、話し合いの場で少しずつ試すようになってから、硬直していた関係性にうれしい変化が生まれました。

それがアメリカの心理学者、マーシャル・B・ローゼンバーグ博士が体系づけた、Non Violent Communication(略してNVC)です。

菜央 一夜にして簡単に変わるわけではなくて。今もまさに変わっている最中だけど、学んだ在りかたを実践してみて、人間ってこんなに元気になるんだなっていうのを経験したのね。

NVCで学んだのは「やりかたではなく在りかた」だと菜央さんは言います。いったいどんな学びと実践があるのでしょうか? 今回は、日本でいちばんNVCを知る男・安納献さんに「NVCとは?」を彼の言葉で聞いてみることにしました。

安納献さん(あんのう・けん)
日本国内でNVCのワークショップをファシリテートする傍ら、NVCとゆかりの深いアレクサンダー・テクニーク(体の使い方の基礎トレーニング)の認定教師としてトレーニング・ディレクターを務める。国際基督教大学卒業。アレクサンダー・テクニークを学ぶ過程で知り合ったNVCトレーナーとの出会いに大きな感銘を受け、2006年より、海外からトレーナーを招聘して日本各地でワークショップを開催。また、世界各地のワークショップ、リーダーシップ・プログラムに参加し、マーシャル・ローゼンバーグを始め多くのトレーナーから学ぶ。2008年には、アメリカ最大のNVCの団体、 BayNVCのリーダーシップ・プログラムを修了。その後2009年から2018年までアシスタントとしてリーダーシップ・プログラムに毎年参加。「NVC人と人との関係にいのちを吹き込む法」(日本経済新聞出版社)監訳者でもある。

NVCとは、あなたと私を大事にできるコミュニケーション

―― 献さんは「NVCってなあに?」って聞かれたらどう答えていますか?

献さん NVCは「関係性を大切にしながらコミュニケーションをとりたい」と思ったときに役に立つもの。関係性といったとき、自分と誰かとの関係を想像する人は多いと思うけれど、実は自分自身との関係も含まれているんだよね。

―― 自分との関係?

献さん そう。ひょっとしたらもっとも大切かもしれない自分との関係。生きているなかで、いちばん一緒に過ごす時間が長いのは、幸か不幸か自分なんです(笑) そして自分との仲が悪いと、他の人がとばっちり食らうのね。

菜央 自分と関係を持ってるって、みんなあんまり意識にないよね。自分と仲が悪いっていうのは……知らないうちに自分を押し殺しているってこと?

献さん 押し殺すのもそうだし、自分を責めたりするのもそう。わかりやすく伝えるために、自称後ろ向きな性格チャンピオンである私自身の話をするね。

菜央 後ろ向きな性格チャンピオン(笑)

献さん 昔から「なんでいつも自分はこうなんだろう」って自分を責めるのがやめられない。やめたいんだけどそうは問屋が卸さなくて、かなり足腰が立たなくなるまで自分をボコボコにすることもあるんだよね。

菜央 なるほど。

献さん なぜやめられないかって、大事にしたいことがあったのに、それができなかったから自分を責めているわけなの。

菜央 ほお。そこに大事なものがあるから責めてしまう。

献さん 私が自分を責めるのは「もっと責任を持てるようになりたい」とか「もっと成長したい」という大事な願いが心の奥に隠れているから。その願いが適えられなかったから「なんでいつもそうなんだよ!」って言葉になるの。

人間って、大事なものはどんな手を使ってでも守ろうとする生き物なんです。だけど守れなかったとき、自分を責める手段しか知らないとしたら、そうするしかないの。NVCはその代わりの手段となる、ものの見かた、考えかた。

菜央 んーなるほど。

NVCは「人間はどうして、簡単に暴力を振るえてしまうのか?」の問いから生まれた

―― NVCってノンバイオレント・コミュニケーションの略称なんですよね。ノンバイオレントは直訳すると非暴力。名前の由来を教えてもらえますか?

献さん 名前の由来はマハトマ・ガンディーが提唱した非暴力からきているの。元の言葉でいうとアヒンサー。意味は「心があまりにも開かれて、敵のいない境地」だと聞いたことがある。

菜央 非暴力って殺生しないって意味だと学校で習った記憶があるけど、アヒンサーってそういう言葉なんだ。

献さん NVCを学ぶ過程でそう聞いただけだから、非暴力の概念自体はそこまでしっかりと押さえていないんだけどね。

菜央 心が開かれていて、敵がいない。

献さん 名前をつけたのは、NVCを体系化した心理学者のマーシャル・ローゼンバーグさん。彼はミシガン州デトロイトで生まれ育った。子どもの頃、人種問題に起因した暴動が地域でよく起きていて、政府からの外出禁止令が何日も出るような日常を過ごしてた。禁止令が解かれて外に出ると、近所の人が死んでたって体験を何度かしてる。

菜央 ……すごいね。

献さん 彼は子ども心に「人って簡単に暴力を振るえてしまうんだな」と感じる一方で、どんな状況下でも、優しい心を持ち続ける人たちの存在も身近に感じてきたそうなの。「同じ人間なのになんでこんなに違うんだろう。その違いはなんだろう」って興味を持ったのが、彼が心理学を学び始めたきっかけ。

研究を重ねた結果、マーシャルなりにたどり着いた結論は「どんな状況にあっても思いやりを持ち続ける人たちには、共通する考え方や言葉の使い方があるようだ」ということだった。それを体系化したのがNVCなんだよね。

菜央 NVCは「なぜ人は暴力を振るってしまうの?」という問いから生まれたんだね。じゃあ、NVCが生まれた目的は暴力を起こさないこと?

献さん NVCの目的は、相手との間にいい関係性をつくること。その副産物として暴力が起こらなくなることを意図してる。

菜央 なるほど。

献さん 関係性がいい相手に手をあげようなんてふつうは思わないわけ。関係が悪化し始めるから「この野郎!」という言葉が出る。誰かとの関係が悪くなるきっかけって、たいていは相手を非難、批判することから始まるでしょう?

菜央 基本的にはそうなるよね。非難、批判は「お前が悪い」って暗に伝える行為だから。そこが暴力の応酬の始まりなんだね。

―― NVCはそのプロセスを変えることができる?

菜央 僕が理解している限りでは、NVCを学んで実践すると、自分にとって何が大事なのかに気づいた上で、それを尊重できるよう相手にリクエストできるようになる。それができると、自分や他人を責める必要がなくなる。

でもメソッドじゃないんだよ。即効性のあるものでもないし、必ず結果が出るってわけでもないんだけど、関係性が改善する確率が高くなる感じ? お互いの大事なものを大事にしながら、自分や他人と仲よくするのに役に立つんだよね。

献さんと菜央さんの「唐揚げ問題」に見る心のプロセスとは?

―― もう少し、具体的にどういうものか説明できそうですか?

献さん NVCは心から話す訓練をするための養成ギプスのようなもの。NVCで使う言葉の文法は、問題が起きたとき自分に立ち返ることができるように設計されているのね。なので、何も考えずにその文法を使っているだけで、筋力トレーニングみたいに、今自分が感じていることや考えに注意が向けることができる。

菜央 なるほど。

献さん たとえば菜央さんと私が居酒屋で6個入りの唐揚げを一皿注文したとする。私は唐揚げが大好物だからついつい4個食べちゃって、菜央さんには2個しか残らなかった。

菜央 僕も4つ食べたいな(笑)

献さん (4つ食べたい話をスルーしつつ)そこで菜央さんが私を批判し始めるわけ。「一緒に食べに来てるんだから、3個3個にしろよ。お前人間としてどうなんだよ!」

菜央 (爆笑)

献さん 菜央さんからすると、正当な主張なわけですよ。だけど、唐揚げは私のソウルフードだから、自分としてはたくさん食べることがとても自然な振る舞いだった。なのでそれを“悪い”って言われちゃうと話がこじれる。

菜央 自分にとってのよいことが相手にとっては悪いことになる。こういうのって、すっごいたくさんあるよね。自分の話でいうと、家族のために夜遅くまで働いたんだけど、妻に「あなたは家族のことを大事にしていない」って言われる、みたいな。

献さん こういう状況をマーシャルは「悲劇的」って呼ぶ。どちらが悪いわけではなく悲劇的。なんでかっていうと、彼は「暴力の根源にあるものは、善悪の価値判断だ」という考察にたどり着いた。

菜央 善悪の価値判断?

献さん 正確には善悪とセットになっている一連の作法。つまり、唐揚げを多く食べちゃった私を責めるには、あなたは悪い人です、なので罰を与えるのに値します。罰を与えるために暴力をふるうことが許可されます。だから私は悪くないでしょ?って心理的な手続きがある。

菜央 あるね。

献さん その上で「お前人間としてどうなんだよ!」というセリフが発せられるわけだけど、我々がふだん何気なく使っている考え方や言葉は、こうやってとても簡単に相手を分析して、いいか悪いかを伝えるために使えてしまう。

菜央 そうだね。

献さん だけど注意深く見てみると、文化的に自分が習ってきた考え方や言葉を反射的に使ってるだけなんだよね。気分の悪いことをされたから罵っても当然だ、罵り言葉はこれを知ってる。と、どこかで自動的に受け継いで頭に浮かんだものをただ忠実に実行に移しているだけ。

菜央 うーん、なるほど。

献さん それでうまくいく場合もあるけれど、生き物としての原動力はどちらかというと心のほうなの。論理的に正しいことに心がついてくるほうが珍しいと自分の体験からは感じている。頭でやらなくちゃとわかっていても、心が嫌がるといつまでも仕事に手が付かない。自分はそんな経験を今までたくさんしているし、周りにもそういう人がたくさんいる。

菜央 たしかにそうだね。

善悪を超えて、みんなそれぞれ、大事にしたい思いがあるよね。って視点に立つ理由

献さん そこで役に立つ、とってもとっても大事な考え方のひとつが、人が言うことやることすべてに、なにかしら大事な思いがあるってことなんだ。

菜央 どういうことだろう。

献さん 唐揚げを多く食べられてしまった菜央さんは、ついキツイ言葉で私を責めたけど、その言葉の背景には「友人として大切にしてくれよ。僕も唐揚げを食べたいって思いを察してくれよ」って大事な心の思いがあるんだよね。

菜央 あー。僕が「1個譲るべきだろ」と言った言葉の向こう側にも大事なことがある。

献さん そう。菜央さんの「1個譲るべきだろ」という言葉は、大事なものがあるからその言動になったんだ。そういう見方をすることを選ぶ。これがNVCでもっとも大事にしている考え方。

菜央 なるほど。

献さん その見方から事実を眺めると、私の唐揚げを多く食べちゃったという行動に対して、菜央さんが唐揚げを楽しめなくて怒っている、って思いをただ伝える、ということもできるわけ。

菜央 そうだね。

献さん 起きてしまったことは取り戻せないけど、これから起きることをどうするかは選べる。だからこそ、大事にしあう関係性をつくるって部分に注意を向けて、それぞれが大切にしてることがあるよね、って視点に立てたらと。

そして自分の感情は自分にとって大事なことがあるから湧いてくるという意識を持つの。責任は自分にあるって言葉や行動で自覚する。あなたのせいで怒ってるのよ、じゃなくて自分はこれが大事だから怒ってるって。

菜央 相手に何か言われたとしても、怒りは僕のなかで起きているよってこと?

献さん 自分にとって大事なことが尊重されなかったから怒っているのであって、自分が大事にしていることが尊重されているかぎり、誰も怒らない。たとえば、もし菜央さんがそこで「友人として大切にしてほしい」ということよりも「体重が気になっているので痩せる」ことを大事にしていたら、6個のからあげのうち4個を食べられてしまった状況でも、怒るかわりに喜ぶかもしれない。

菜央 だいぶ視点が転換されるポイントだよね、そこは。僕自身がNVCに出会ってなるほどな、と腑に落ちた考え方に、喜怒哀楽の根っこにはニーズがあるというのがあって。

献さん 唐揚げが2つしか残っていないことがわかった時、たとえば怒りが湧いてきたとして、そこから、自分はなにを大事にしているか、自分が求めていることがなんなのかが、わかってくるのね。

感情は自分にとって大事なものを伝えに来てくれる。感情が持っている役割って、車のハンドルから見える燃料計や速度計みたいなもの。ランプは、車の大事な場所で何が起こっているのかを教えてくれている。今どのくらいの速さで走ってるか、ガソリンは足りているのか。

献さん そのランプ自体が感情で、燃料エネルギーがニーズになる。ガソリンが足りなくなると、燃料計に赤いランプが灯されて、なんとかしたほうがいいですよと伝えてくれる。ランプが灯されたときね、誰もガムテープを持ってきてペタって貼って見えなくなるようにはしないわけ。

菜央 大事なものに対して、ガソリンスタンドに行くなり、タイヤに空気を入れるなり、オイルを補給するなり自分を大事にすることをしてくださいってことだね。

献さん そう、だから怒りを感じたら歓迎してあげてほしいんだ。そして、それをただ受け止めてほしいんだよね。

菜央 歓迎かぁ。

非難する以外の方法で、心の痛みを放出することは、できる

―― でも感じた怒りがあまりにも大きいと受け止めきれなくなって、ともすると物に当たったり、自分に向けてしまいそう。

献さん さっき、責めたくないと思っていても、その思いを処理する方法を他に知らなかったら、知ってる方法を使うしかないって話したよね。

菜央 うん。

献さん 社会学の学者さんでブレネー・ブラウンさんっていう人がいるんですよ。無防備さとか、羞恥心とか研究されている人なんだけれど。彼女の話のなかに非難の定義が出てきたのね。彼女が研究している分野では、非難とは放出された痛みであるって定義なの。痛みを発散するって行為なの。感じた痛みを発散するために非難を使う

菜央 そうだね、まさにそうだね。

献さん だから責める代わりに痛みを放出する方法が必要なの。そこで重要な鍵を握るのが、お祝いと嘆きっていう行為。唐揚げ事件に話に戻すと、私が菜央さんに「自分も唐揚げを食べたかった」と言われて我に返ったとするね。

菜央 うん。

献さん そこで私は「菜央さんを大切にできなくて悲しい。なんでいつもそうそうなんだよ!」って自分を責めちゃう。だけど実は、責めるってワンステップを入れずに「菜央さんを大切にできなくて悲しい」って、ただ嘆き悲しむだけでいい。

菜央 NVCのあり方だと、自分の痛みを嘆きやお祝いで放出するから、その過程で自分や他者を切り刻む必要がなくなってくる。

献さん そう。次回またふたりで食事に行って唐揚げを食べたときに3個ずつ分け合えたら、ああ、今回は菜央さんを大切にすることができた、やったーってお祝いできるの。

菜央 責める代わりに嘆きがあるとしたら、お祝いは何の代わりになるんだろ?

献さん お祝いは褒めるの代わりだね。責めるにも褒めるにも、注意しないと自分は悪い、自分はいい、って善悪の価値判断が無意識にくっついてくることに気づいてほしいんだ。

念のためにいうけど、褒めたり責めたりするのが悪いと言っているのではなくて、善悪が悪いと言っているわけでもない。それらがいいとか悪いとか言ってしまうと善悪の価値判断から出られなくなってしまうから。

責めているときには自分にその状況から学んで成長してほしいっていう意図があるかもしれない。褒めているときには自分が何かを達成したことを喜ばしく感じたり、お祝いしたいっていう意図がそこにあるかもしれない。

それらの意図はぜひとも大切にしてほしい。そして、もし善悪の判断を混ぜたくなかったら選択肢として「お祝い」と「嘆き」があるよって言っている。

菜央 責めるときは自分が悪いと貶めていて、褒めるときには自分は偉いと持ち上げているってことか。そして、そうしたくないときは選択肢として「お祝い」と「嘆き」があるよ、というわけだね。なるほどー。

菜央さんがプライベートで体験したNVCのパワフルさって?

―― 菜央さんは実際に、夫婦関係で悩んだときにNVCで解決の糸口を見出した経験があるんですよね。

菜央 greenz.jpを起業したばっかりのころ、ずっと忙しくて全然家に帰れなかったのね。何時に帰るかもわからない暮らしが続いてて。「なんで菜央くんはそんなに無責任なの?」とか、まぁいろんなこと言われた。

でも自分としては、そもそも家族を大事に思って、家族のために仕事をしていた。でもそれと同時に、起業したばっかりのgreenz.jpを一人前にしたい! って思いも大事にしていたから、帰宅時間の予告は無理だ、諦めろって言って。僕としては、妻の言葉は、僕が大事にしているグリーンズを否定されたような感じで、すごく嫌な気持ちになっていたんだ。

何年もそのことですれ違って喧嘩をしてた。非難と罵詈雑言の応酬で、子どもにも悪影響が及んだし、どうしたらいいんだろうと袋小路に入って困ってた。そのときにNVCの考え方を知り、ワークショップを何回か受けてみたの。そして、実際に彼女が大事にしている思いを聞くことにしたの。

―― どんな反応だったんですか?

菜央 「んなこと聞くなよ!」みたいな何回かのブチ切れがありつつも、聴くうちにだんだんと答えてくれるようになって。結果としては、彼女が求めていたのは、僕の「先々までの予定を知る」ことだったんだよね。

でも僕はてっきり、「早く帰る」ってことを求めていると思ってたから、そこに全然フォーカスしてなかったんだよね。今は3週間先までの予定を予め伝えるようになって、すごく関係性が変わったよ。実際に帰れなかったとしても怒らなくなった。

その体験でNVCのパワフルさを実感した。時間はかかったけど、お互いの大事にしていることを満たす関係性をつくるコミュニケーションってあるんだなって。グリーンズでもやっぱり人間関係が難しい時期があって、どうやったら解決したらいいか、分からない時期がしばらく続いていて。

グリーンズのメンバーもお互いに大事にしていることをそれぞれ知って、大事にできれば、いい関係性になるんじゃないかって思って、メンバー全員でNVCのワークショップを受けたことがあるの。

そこからすごく会話の質が変わったというか、みんなのあり方が変わったのね。NVCは万能の薬ではないけどできることはすごくあるかな。

関係を大事にするとは、その瞬間の生命を大切にすることである

献さん 今は、縁のある人たちでも関係性を持ちながら一緒に生き続けるのが凄まじく難しい世の中だよね。家族と離れて遠くへ仕事に行かなくてはいけないし、利害関係だとある一線以上親しくなるのも難しいし、近所に住む人たちは誰も知らないし、そんななかでどうやって関係性を持つんだろう。

グリーンズの「ほしい未来は、つくろう」という合言葉のなかには「関係性を持ちやすい未来」が含まれていると思うんだ。この環境で関係をちゃんと持ち続けるのって本当に時間がないとできないから。

菜央 現代社会って、ほっておくとみんな孤立するようにできてる。だから、あえてコミュニティをつくろうとしないと、人と人はつながりにくい世の中なんだと思う。

献さん そのためにもまず、自分との関係を持ち直してほしい。私は、生まれてきたからには、自分の人生を自分のものとして有意義に生きていてほしいという願いを持っているの。でもそれは本人にしかわからない。自分として生きるのって心の奥底で何を感じて、望んでいるのかがわからないと無理なのね。

だからこそ、あなたが誰よりも自分を大事にしてほしいって思うんだ。NVCをつくった際、マーシャルが大事にしてるって言ってたのは、その人のその瞬間の生命を大切にすること。

あなたは生きていて刻一刻変わり続ける存在。その瞬間、その場所でその気持ちを感じているのはあなた以外にいなくて、その瞬間、その場所でそれを大事に思っているのはあなたしかいないから、自分に気付いてあげてほしいんだ。

(対談ここまで)

人間の営むすべての活動は関係性のうえに成り立っていて、その関係性の質が人生の味わいをかなり左右しています。大切な人との関係に行き詰ったとき、お互いに大事にし合いたいとき、NVCがみなさんの役に立つ選択肢のひとつになりますように。そんな思いでこの対談をシェアしたいと思います。