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まるで絵本の世界。水辺に佇むアトリエ&ガーデン「Broom香房」東山早智子さんの、 好きなことを仕事にする生き方。

「好きなことを仕事にする」。
そのフレーズから、あなたはどんな印象を持ちますか?
楽しそう、羨ましい、それは難しいことだ…。人によって感じ方は様々かもしれません。

千葉県いすみ市は、その豊かな自然だけではなく、好きなことを仕事にし、新しい生き方を実践している人たちが住んでいることでも近年注目を集めているエリアです。

Broom香房」の東山早智子さんも、もともと住んでいた神奈川県から、2013年に移住。ご主人と少しずつセルフビルドで工房とガーデンを完成させ、大好きなハーブを使ったワークショップやマルシェを開催し、訪れる人に癒しの時間を提供しています。

知り合いが全くいなかったこの地にどうやって根を下ろし、人とつながっていったのか。東山さんのこれまでとこれからのお話には、自分らしく生きていくためのヒントがたくさん詰まっていました。

東山早智子
千葉県いすみ市岬町「Flower&Herb Broom香房」主宰。ハーブ作家、ハーバルセラピスト。クラフトづくりから薬効についてまで幅広くハーブに精通している。自身のアトリエだけでなく近郊のマーケットやイベントへも出店。”Broom”とは、東山さんの誕生日3月30日の誕生花エニシダのこと。

まるで絵本の世界。水辺に佇むアトリエ&ガーデン

車は田んぼの中の道を抜け、その先を左に曲がる。生い茂る木々。「本当にこっちであってますか?」そんな会話が交わされるほどの森の中、目的地はまだ見えません。

「あったあった! ほらあそこ!」

そこに見えてきたのは、まるで絵本の中から飛び出したようなかわいらしい佇まいの「Flower & Herb Broom香房」。主宰の東山さんは庭先で私たちを出迎えてくれました。

出会った瞬間に穏やかでふんわりとしたオーラに惹かれてしまう、優しい雰囲気をお持ちです。Photo by atsuhiro isoki

早速ガーデンを案内してもらいました。

「春にはもっとたくさん芽吹いているんだけど、今の時期は少し寂しいでしょう」そう言いながら植物たちに優しい目を向けます。

「本当はハサミでやった方がいいんだけどね」と笑いながら、リズム良くその場でハーブをちぎると、レモンタイム、レモンバーム、ミント、次々に私たちに手渡してくれます。どれも弾けるようないい香りで、それだけでリフレッシュした気分に。

ハーブティを入れましょうね。

なんて贅沢! ガーデンテラスで、採れたてのハーブで入れたお茶を頂きながら、お話を伺いました。

バタフライピーという花を入れて、美しいブルーグリーンになったハーブティ。思わず「きれい!」と声が漏れてしまいます。Photo by atsuhiro isoki

いすみのことは全く知らなかった

東山さんご夫婦がこの物件に出会ったのは、2011年秋のこと。それまでは丹沢山系の麓、神奈川県愛甲郡の築250年の古民家に住みながら、ハーブや花の作品づくりやワークショップを行うなどして店舗運営をしていました。講座はいつも人気で、忙しく働いていたそう。

やがて、古民家が賃貸だったことや、庭が狭かったため、「もっと広いところで植物をのびのび育てたい」と移転先を探し始めます。

しかし、馴染みのある神奈川や山梨方面では良い物件に巡り合えず、ご主人の提案で千葉県外房地域に目を向けたところ里山物件がいくつもあり、東山さんのイメージに一番近いこの家に決めたそうです。

ハーブや植物を育てるための広い庭が付いていることと、この借景も気に入りました。沼池のほとりというのもイメージ通りで。何かぴんと来たんです。いすみのことは全く知らなかったけど、それまでもワークショップなどを行っていた東京にも比較的出て行きやすいし、ここなら大丈夫かなって。

こうして、見知らぬ土地・いすみでのガーデンづくりがスタートします。

東山さんが気に入ったという沼池の周りは自然の宝庫。Photo by atsuhiro isoki

庭も建物もセルフビルド。自分たちの手でつくり上げた

物件を決めてからすぐに引っ越してきたわけではありません。
はじめのうちは神奈川での生活を続けながら、1ヶ月に1度、片道2時間半をかけて庭づくりをするために通っていました。

「無理をせずできる範囲でやっていこう」ご主人とはそう話していたそうです。

当時の写真を見せていただくと、今の姿からは想像もできないほどの草・草・草!
蔦が絡まるため草刈り機が使えず鍬で刈って土づくりがスタート。これはかなり手間がかかりそうです。

少しずつつくってきているから気づかなかったけど、こうしてみると随分できてきているのね。

東山さんは目を細めます。

歩んできた日々を懐かしみ、慈しんでいるかのような眼差しが印象的でした。Photo by shin fujimaki

ご夫婦は2013年にいすみ市へ引っ越します。ガーデンづくりを開始してから2年の月日が経っていました。

その頃にはご主人が敷地内に、DIYで小屋づくりを開始。木工関連の会社に勤めていたというご主人ですが、家をつくったことはなく、独学でイチから学び、少しずつつくっていったそうです。

ガーデンも小屋も自分たちの手でつくっていった当時のお写真。Photo by atsuhiro isoki

セルフビルドなんてすごいですね、とお伝えすると、「知り合いはいなかったし、大工さんや業者に頼めば高くつくし、必要に迫られてそうしただけなんです。よくやったと思います。同じことはもうできないでしょうね。」そう楽しそうに話してくれました。

こうして、ご夫婦で一歩一歩少しずつつくっていったアトリエショップとテラスが完成し、活動拠点となる「Broom香房」が2015年5月にオープンするのでした。

アトリエショップの内装。ここがすべてセルフビルドとは!Photo by atsuhiro isoki

人のつながりが強く、広がるのも早い。地域の特徴が追い風に。

移住後の最初の1年は、どうやってこの場所で活動を始めようか悩んでいたという東山さん。

その頃はまだ工房もでき上がっていないし、知り合いもほとんどいないでしょう。だから、いすみ移住前までの拠点だった神奈川や東京まで出掛けて行って、ワークショップを開催していました。

いすみで活動をするきっかけとなったのは、ワークショップでつくったリースをFacebookでアップしたこと。当時市内のカフェ「ブラウンズフィールド」で働いていたスタッフの方がそれを見て教室をやってみないかと声をかけてくれたのです。

見てくれる人は見てくれるんだなぁ、と思いました。

この出会いからいすみでの活動が本格的に始まることになります。

いすみは横のつながりが非常に密でとても強いから、広がるスピードが早いんです。同じような価値観の人が多いのか、誰かひとりとつながると次々に知り合いができていきました。マーケットがとても盛んな地域だから、いろんなところから声をかけいただくようになって。

神奈川にいた頃も面白い人たちはいたけど、こんなにつながっていくことはありませんでした。いすみでは人と人を組み合わせて、面白い企画を考える人がたくさんいるんですよね。

ガーデンで摘んだハーブ。Photo by atsuhiro isoki

たとえば、「いすみライフスタイル研究所」は、移住希望者と地域をつなぐハブとして移住サポートをするNPO法人。数多くのイベントを企画・主催しており、引っ越し当初から東山さんの心の支えになってくれたそう。

また、「isumie」は、いすみを拠点にしている女性だけでつくられている団体。移住者だけでなく、もともといすみに住んでいる人も一緒に地域の情報をfacebookで発信しています。ここでのつながりから仕事になったこともあるのだそう。

面白い人たちがたくさんいて、それをつなぐ活動も盛ん。いすみ地域の特徴は、東山さんの強い追い風となったのは間違いありません。

出会いから20年。ハーブは飽きることがない!

ところで東山さんはどのようにしてハーブと出会ったのでしょう。

もともとは山口県のご出身。絵本について学びたいという気持ちがありながらも、学生時代はグラフィックを学びます。卒業後は広島へJターンしてイベント会社へ就職。企画職として忙しい毎日を送っていました。そこで担当したイベントで、ハーブアレンジメントの展示をすることになったのが、ハーブとの最初の出会い。調べていくうちにその奥深さ、魅力のとりこになりました。

香りも良くて、暮らしの中でも役立ち、そして花も愛らしい。忙しい時も、心を癒してくれる。ハーブってなんて素晴らしいんだろう! ってね。

Photo by atsuhiro isoki

結婚後、ご主人とともに神奈川県相模原市のマンションへ引っ越すと、多摩にある植物園のハーブ研究科講座でハーブについて学びます。学んだことを早速人に伝えようと石鹸づくりの教室を地域センターを借りて開催。集客も運営も何もかもが手探りの中、ご近所へのポスティングで約15名が集まり、初めてのワークショップは大成功に終わったそうです。

また、ハーブの薬効を知っていくうちに、メディカルハーブへ興味が広がり「ハーバルセラピスト」の資格を取得。さらにはアロマオイルを学んでアロマテラピー資格を取るなど、次々と知識の幅と奥行きを深めていきました。その原動力の源とは何だったのでしょう。

私のワークショップにはリピーターの方がたくさんいらっしゃるので、いろんなことを提供したくって。ハーブは間口が広いことが最大の魅力。ハーブティ、化粧品、アロマオイルからクラフトまで。私自身20年間ハーブに関わってきていますが、全く飽きないんです!

そんなにも長く好きでい続けて、日々学び続けていられる存在があるなんて羨ましい。そしてそれを仕事にしてるなんて素敵です。楽しそうに話す東山さんを見てそう思わずにはいられません。

ここだからできることを一歩ずつ

東山さんのとある1日をご紹介します。

朝は6時半頃に起床して、朝ごはんやお弁当をつくり、その後近所を散歩。ちょっと足を伸ばして海まで行ったり、途中で野草を摘んだりすることも。午前10時頃にBroom香房へ行って、掃除、水遣り、花の手入れをしてから、作品づくり、ワークショップの準備などをするのが日課です。夏は夕方まで草いじりをして日が落ちたら自宅へ帰ります。

ハーブや植物に触れていると1日はあっという間に過ぎるそう。

Photo by atsuhiro isoki

豊かな自然の中充実した日々を過ごされていることが伝わってきます。「でも大変なこともあるんですよ」と、東山さんは言います。

たとえば動物の害。キョン(外来種の鹿の一種)が生息していて春になると新芽は食べられちゃうんです。神奈川に比べて粘土質な千葉の土や、湿気が多いことも引っ越してくる前にはわかりませんでした。

粘土質の土は水はけがあまり良くないため、植物づくりに最適な環境とは言えないのだそう。ガーデンづくりを始めて2年目までは植物もよく育ちましたが、それ以降の出来はいまひとつだと言います。

でもこの土地で育つものをやっていけばいいかな、と思って。

思った通りの結果が出ない時、どうしても落ち込んだりイライラしてしまう私はそんな東山さんの言葉にハッとさせられました。

コントロールしようとはしない。ありのままを良しとして、自然に寄り添い、ここだからできることをゆったり一歩ずつやっていく。東山さんのそんな姿勢はどこからきたのでしょうか?

神奈川にいた頃は忙しさに追われていたんですけどね。いすみに移り住んで、この自然の中に身を置いてたら力が抜けるんです。不思議ですね。

はにかむような笑顔が印象的な東山さん。話しているだけで癒されてしまいます。Photo by shin fujimaki

大切にしているのは、来てくれる人を癒したい、幸せにしたいという思い

好きなことを仕事にする。そう考えた時にどうしても頭に浮んでくること、お金の問題についてもインタビューの終盤に聞いてみました。

実は私も得意ではなくて。ここの経費はまかなえるくらいの収入は得られてるんですけどね。売上を増やすことだけを考えるなら、オンラインショップなどもやった方がいいんでしょうけど、それをすることでお金も手間も時間も結構かかってしまうでしょう。だから今はこのペースでいいかなって思ってます。

売上は高ければ高い方がいい。
利益はより多く残せた方がいい。
そのための努力は惜しみなくすべきである。
自分はそんな価値観の中にいつもいるということに、気づかされました。

ただ売上を増やすためにと、忙しくすることを選ばない。東山さんは東山さんの歩幅でここをやっているのだと。

やっぱり直接人と接することができるワークショップを中心にやっていきたいんですよね。日々の暮らしに役立つものを持って帰ってもらったりね。

来てくれた人が、自然の中でハーブに触れたりお茶を飲んだりしながら心を癒して帰ってもらえる場所。そんな風にここをしていきたいんです。

それが真ん中にある思い。このガーデンが人を癒すのは、ただ美しいからだけでなく、そうした東山さんの思いが込められているからなのだと思いました。

これからやっていきたいこともたくさんあります。ふらっとここを訪れるお客様にもゆっくりしてもらえるようミニカフェをつくったり、年間通して楽しめる定期講座をしたり、このあたりは野鳥が多いので、バードウォッチング好きの方に集まってもらえるようにもしていきたいな。

イメージは次から次へと湧いてきて尽きることがありません。この場所だからできることで、これからもご自身の優しさを表現し、訪れる人を癒していくのでしょう。

Photo by atsuhiro isoki

好きなことを仕事にするのは簡単なことではないのかもしれません。けれど、東山さんのお話を聞いて思ったのは、自分の好きなことを仕事にし、それで人に喜んでもらうというのは本当に幸せなんだなということ。仕事を通して自分自身を表現していくことはとても楽しそうです。

また、どの場所でやるのかも、きっと大事なポイントなんだと思います。

肩の力がふっと抜けるほど優しく包み込んでくれる自然や、同じように自分らしく仕事をしてる人たちがつながって、そして場をつくっているいすみ。たまたまたどり着いたというそこは、東山さんにとって自身の思いを形にするのに最適な場所だったのではないでしょうか。

好きなことを仕事にしようとしている人も、これからどう生きていこうかと模索中の人も、急ぐことに疲れている人も、自然に触れるのが好きな人も、「Broom香房」に行ってみたいと思ったら、ぜひ実際に足を運んでみてください。

東山さんが自身の手でつくったガーデンとアトリエで、美しい自然とのびのび育つハーブたちに触れたら、「自分の人生は自分の手でつくっていこう。自分が心地よいと思うペースで。」と感じる瞬間に、きっと出会えるはずです。

(Text: 熊坂友加里)

– INFORMATION –

地域の物語を編むライター・イン・レジデンス「LOCAL WRITE」
この記事は、greenz.jpライター磯木淳寛さんの主宰するライター・イン・レジデンス「LOCAL WRITE」の一環として制作されました。このプログラムは、【人や地方の多様性に触れることで、世の中の面白さを再確認するきっかけをつくること】を目的として、おこなっています。詳細はこちらよりご覧下さい。http://isokiatsuhiro.com/about-local-write/