毎日、忙しく働く。キャリアを積む。お金を儲ける。
「でも、自分は本当に社会の役に立っているのかな?」
もしも、そんなモヤモヤとした思いを抱えているなら、「プロボノ」が“効く”かもしれません。プロボノは、自分の持っているスキルを活かし、その道のプロが集まって、限られた期間で社会課題に取り組み、しっかりと成果物を出すボランティアです。
今回ご紹介する田中洋さんは、2015年にまもなく40歳というタイミングで、「認定NPO法人サービスグラント」を通してプロボノに初参加。それ以降、どっぷりハマッている“プロボノワーカー”のひとり。
プロボノに参加すると、世の中に対する見方が変わるので、ホントに、みなさん体験した方がいいですよ!
まるで広報のように、あふれ出るプロボノ愛を語る田中さん。ボランティアというと、世のため人のため、無償で働くといった側面が強い印象ですが、田中さんは社会のために役立ち、しっかりとお金が儲けて、仕事になる道はないだろうか? とプロボノを通して研究を続けているといった印象です。
しかも、プロボノでのご縁がきっかけで、大手外資系ITメーカーから独立系コンサルティング会社に転職してしまったそう。
プロボノを始めてから、田中さんの人生にどんな変化が起こったのでしょう?
具体的なプロボノ体験談を通して、その魅力をたっぷりお伺いしました。
会社の中だけでは、社会に向き合えないかも?
素足にローファー、流れるようなヘアスタイル、どこかイタリア人男性のような出で立ち。サービスグラントのオフィスに田中さんがにこやかに登場すると、パッとその場が明るくなりました。
田中さんが初めて「プロボノ」に参加したのは2015年のこと。きっかけは何だったのでしょうか?
今まで、自分、自分でキャリアを重ねてきて、もうちょっと外を向きたいな、と思ったんですね。
僕は仕事には「お金を稼ぐための仕事」と「社会と向き合う仕事」があると思っていて。組織の中にいても「社会と向き合う仕事」をできないわけではありませんが、ふと「ほかの可能性はないのかな?」と思い始めたんです。
その当時、田中さんは大手外資系ITメーカーに勤め、プロジェクトリーダーを任されていました。現状打破の必要性がある時期で、人の意識を変え、新しいサービスを展開するにはどうすればいいのだろうと悩んでいたそうです。
成長期にある会社は、人材も集まりやすく多様性もあって、新しいモノも生まれやすい一方で、そうでない会社は内向き志向になりがちで、会社の雰囲気もちょっとおとなしい。たぶん、国や地域も同じことが言えると思うんですよね。そんなとき、一度まったく自分が身を置いたことのない違う世界を見てみようと思ったんです。
プロボノが地域のなかにある価値を“見える化”
田中さんが初めてプロボノワーカーとして関わったのは、東京都稲城市の「矢野口地区介護予防ラジオ体操会」の事業評価をするプロジェクトでした。
矢野口地区には、2006年頃から高齢者が自分たちの健康を自分たちで守ろうと、転倒骨折予防教室やストレッチ教室など、7つの“自主グループ”が発足しています。2011年には、各グループをつなげる連絡会も結成され、地区全体で草の根の健康づくりが進められてきました。
そんななか、2015年に誕生したグループが「矢野口地区介護予防ラジオ体操会」です。これまでは、どのグループも屋内中心の活動で、ご近所付き合いの苦手な男性の参加者が少なかったのですが、場所を外に移すことで、常時100名以上、多い時には役200名が参加する、大きなコミュニティをつくることに成功したのです。
その様子を長年見守ってきたのが、稲城市の高齢福祉課の担当者さん。「自主グループの活動をもっと目に見える形で、なんとか評価してあげたい」と、東京都福祉保険局が地域で活動する団体の基盤強化のためにプロボノを活用する「東京ホームタウンプロジェクト」に応募されそうです。
その依頼内容は、自主グループという肩書きのない組織に対する行政や地域による評価を上げること。さらに、要介護認定率の低下に役立っているか、さらに、知人が増えることによって高齢者同士の見守り機能を果たすなど、地域に貢献していることをしっかり“見える化”することでした。
このとき、プロボノワーカーとして「矢野口地区介護予防ラジオ体操会」のプロジェクトに関わったのが、プロボノ初体験となる田中さんだったのです。
プロジェクトの期限は6ヶ月。どんなメンバーとどうやって活動?
ここで、プロボノをやってみたいと思っている人のために、参加までの流れをお伝えします。プロボノに参加するには、まず最初に、サービスグラントの「スキル登録フォーム」で職種や仕事上のスキルを登録。すると、支援を希望するNPOや地域活動団体からのプロジェクト情報を受け取ることができるようになります。
プロボノワーカーが、参加したいプロジェクトに手を挙げると、AD(=アカウントディレクター)と呼ばれる、経験歴の長いプロボノワーカーが、仕事の経験を確認し、電話やメールでのコミュニケーションを通じてチームメンバーを決定します。
田中さんが登録したスキルは、本業であったプロジェクト・マネージャー(PM)。「矢野口地区介護予防ラジオ体操会」が「事業評価プロジェクト」であることに興味を感じて参加を希望しました。
同プロジェクトには、大手電気メーカーで新規事業を支援する担当者、国際協力事業でスリランカ支援している方、 広告業界から転身した公認会計士、大手通信会社の研究者と、30代から40代の多様なキャリアの方々がずらりと集まりました。参加の目的はさまざまですが、みなさん、“事業評価”というプロジェクト内容にかなり興味をそそられたそうです。
プロボノのコツは「力を抜く」こと
このプロジェクトの期間は6ヶ月。最初にヒアリングして、まとめ、中間報告、事業戦略、報告といった、スケジュールに関する基本的なガイドラインは決まっていますが、基本的には、チームごとに進め方は任されています。
田中さんは、まずは集まったメンバーとキックオフ会を開催。これまでの事業を可視化するために何をしていくのかをメンバーに伝えました。
地域の自治会だったり、民生委員といった登場人物を整理し、その登場人物の人たちに「矢野口介護予防ラジオ体操」がどういう影響を与えたのかを評価する。そのためには、関係者のみなさんにお話をおうかがいして、アンケート調査等も取りながら、効果を測定していきますと説明しました。
まずは、チームのアイスブレイクと基礎知識を蓄えることを目的とした勉強会を開催。担当者を決めて参考書籍を読んで勉強したことを発表しあうことからスタート。時期によっては「1ヶ月に1回集まるゆるっとした時期」もあれば、「毎週土日は朝から晩までヒアリング三昧!」というヒアリング月間もあったそうです。
こ、これは……なかなか本気度の高い活動です。脱落者は出ないのでしょうか?
僕のプロジェクトでは出したことはありませんが、稀に出てしまうこともあるようです。難しいのは、参加者のみなさんは、仕事が忙しいなか、善意で参加しているということ。無理やりやらせてはいけないですよね。だから、僕の場合は、基本、脱落したかったら脱落してね、というスタンス。そしたら、最終的に脱落しないでついてきてもらえました。
メンバーからは、「そのひと言があったからだいぶ気が楽になった」と、後日談として聞いたという田中さん。プロボノワーカーは、あくまでもボランティアの一種。
漠然とNPOへの興味があって参加した人もいれば、すごくやる気で来ている人もいるので、参加をするときに、どこまでの参加をするのかは自分で決めておくことが、快適なプロボノライフを送る大切なポイントかもしれませんね。
地域のことを勉強すると視座が変わる
プロジェクトの終了時には、ラジオ体操を開くグループの方や行政の方など30名ほどが集まるなか、田中さんたちが要介護認定率の低下や、地域コミュニティの形成によってもたらされた効果などの最終報告が発表されました。
そして、最後の最後に今回のプロジェクトの報告内容についての感想をいただいた時のこと。リーダーの方はこれまでやってきたことを認めてもらえた嬉しさで、感極まって涙ぐまれていたそうです。
行政の方は、自分が地域住民の気持ちを受け止めて活かせていないという現状に対する不甲斐なさや悔しさと、頑張っている住民の方の成果を代弁してもらえたことが合わさって、涙ながらに「本当にありがとうございました」と感謝の言葉を語ってくださったそうです。
その大きな理由には、一歩踏み込んだコミュニティについての評価がありました。
矢野口地区は、古くは農家を中心とした地域でしたが、新興住宅ができて新しい移住者が町にやってきました。と言っても、もう30年以上も前の話ではあるのですが、両者の間には、ちょっとした隔たりがあったそうです。
代表者の安西さんは、ラジオ体操会によって、新しいコミュニティが生まれたっておっしゃってるんです。元々の住人と移住者がようやくつながることができた。そのことを活動してきた事実をつなげてロジカルにまとめてくれたことが、本当に嬉しい、と。
この経験を通じて、特定の地域課題やテーマに取り組むテーマ型のコミュニティによって、より多様性のある社会になるんじゃないか。そんな風に思うようになりました。
それにしても、半年というと、なかなか長いスパン。お話を聞いていると、かなりの労力をかけられているように思いますが、なぜ、ここまで頑張ることができたのでしょうか?
地域コミュニティが成長していくさまを見るのがおもしろいんです。プロボノを始めると、地域のことを勉強もできて、それによって視座が変わる。
今、僕、マンションの理事長をしていまして、前ならテキトーにやって終わりだったと思うんですけど「もうちょっと地域にからむには、どうしたらいいんだろう?」と考えてみたり。そういう心境が出てきたのは、プロボノを始めたおかげという気がします。
また、ご自身が独身ということで、こんなプライベートなお話も。
独身の人は、プロボノとの相性がいいんじゃないかな。結婚して、子どもがいれば、学校行事などで、地域を知ることができるかもしれない。でも、子どもがいない場合は、地域のことに目線が行く、というのはあまりないんじゃないかな。
そのため、田中さんがプロジェクトを選ぶ時には、普段接することのない、高齢者や子どもに関するプロジェクトを選び、参加していると言います。これは、最近、増えている独身者の方々(私含め)にとって、大きくうなずきたくなる視点ではないでしょうか?
プロボノが縁で、CSVへの意識が高い会社へ転職
昨年9月頃から転職活動を始めていた田中さん。今年3月に「矢野口地区介護予防ラジオ体操会」の時に気が合ったADに「会社に来ない?」と誘われ、「そっちの方が、おもしろそう!」と軽やかに転職を決断します。
「40歳にしては、ふわふわしているというか……自由気ままに生きすぎですか!?」なんて言って笑いながら、その理由も説明してくださいました。
声をかけてくれた方も社長も、社会を良くして、ちゃんとお金を儲けると考えている方だったんですね。社会的課題の解決を事業化するCSVの方向に向いていた。お金がないと、優秀な人材も来ないので、何とかしなければいけない。そういった意識をみなさんが持っていたことに惹かれました。
今は、独立系のコンサルティング会社で、コンサルタントとして働き、会社の中で社会と向き合うチャレンジを続けています。
今は転職しておよそ半年ということもあり、じっくり向き合えている、というほどではないかもしれません。それでも、仕事として考える機会も増えているので、転職して、もちろん、良かったです!
これからの時代、大きな企業で働くことよりも、同じ方向を向いた仲間とともに働くことを選ぶ人が、ひょっとしたら増えていくのかもしれませんね。
最後に、田中さんに、「これからの地域コミュニティ」について、どんな未来へ向かっていたらいいな、と考えていますか? と問いかけてみました。
日本では、お客さんという立場になると、あれやってくれないの? これやってくれないの? と受身な感じな気がするんですよね。でも、地域のコミュニティが活性化していくためには、受身じゃダメだと思うんです。みんなが自分ごとのように入っていかなければいけない。
例えば、地域がつながって、近所のおじいちゃんとおばあちゃんが、子どもの面倒をみることが出来たら、素晴らしいですよね。そんな未来がやってきたら、見ていて楽しいし、明るい気持ちになりませんか?
田中さんが描いている未来は、非現実だと思いますか?
それとも、近い将来実現すると思いますか?
社会と向き合い、どれだけのことができるかは人それぞれ。
けれど、もしも、「自分は社会の役に立っているのかな?」とモヤモヤしているならば、何もしないより、動いてスッキリしませんか?
– INFORMATION –
地域の課題解決プロボノプロジェクト
少子高齢化が進展する今だからこそ、あらためて、顔の見えるつながりづくりや、幅広い住民が関わるまちづくり、地域課題の解決にチャレンジする町会・自治会をプロボノで応援するプロジェクトです。9月8日(金)には渋谷のHikarieにて、これからの街と暮らしの未来を考えるトークイベントを開催します。
地域づくりにご関心のある方はぜひ、ご参加下さい。
http://bit.ly/1111_KO
大阪ええまちプロジェクト
若手からシニアまでオール大阪で住民主体の「介護予防」や「生活支援」などの活動を応援するプロジェクト。仕事の経験や視点を活かしながら、大阪をええまちにするまちづくり、高齢社会への備えに一歩踏み込む経験にご関心のある方はぜひご参加ください。プロジェクト情報は以下のウェブサイトから。9月8日(金)がプロジェクト参加登録の締切です。
http://bit.ly/eemachi1