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授業で届けるのは「この人になら」と思えるつながりと”小さな成功体験”。通信・定時制高校で活動するD×P代表 今井紀明さんインタビュー

学齢にある子どもたちにとって、主な居場所は家庭と学校。もし、その両方に自分が安心できる感覚を持てなかったら? それどころか、学校でいじめに遭ったり、実の親に脅かされていたら? この世界で生きる希望を持つこと自体が難しくなってしまうかもしれません。

いま、日本の高校は学ぶ時間帯や方法によって、全日制、通信制、定時制の3つに分類されます。全日制高校に比べると、通信制高校には不登校を経験した生徒が多く、定時制高校は中卒率が高く、ひとり親家庭で経済的困窮状態にあるケースも多い傾向があります。

卒業の時点で進路を決めないことが、悪いというわけではありません。ただ、18歳くらいの年齢で、自分の将来に希望を持つことができず、生きていくすべもわからないままに社会に出ていくことはとても生きづらいはずです。

大阪で活動する「認定NPO法人D×P(ディーピー)」は、通信・定時制高校の授業を通して、生徒たち一人ひとりに心を開いて話せる関係性と、自分の力を信じて一歩踏み出す経験を届けようとしています。

今回は、代表の今井紀明さんをgreenz.jpでは4年ぶりにインタビュー。この間のD×Pの歩みと、これからの夢をお話していただきました。

今井紀明(いまい・のりあき)
認定NPO法人D×P(ディーピー)理事長。1985年札幌生まれ。立命館アジア太平洋大学(APU)卒。高校生のとき、イラクの子どもたちのために医療支援NGOを設立。その活動のために、当時紛争地域だったイラクへ渡航。現地の武装勢力に人質として拘束され、帰国後「自己責任」の言葉のもと、日本社会から大きなバッシングを受ける。対人恐怖症になるも、友人らに支えられ復帰。偶然、通信制高校の生徒が抱える課題に出会い、親や先生から否定された経験を持つ生徒たちと自身のバッシングされた経験が重なり、何かできないかと2012年にNPO法人D×Pを設立。

「国民の半分から否定された」高校生だった

30代以上の人なら、「今井紀明」という名前を見ると、記憶がくすぐられるかもしれません。今井さんは、2004年4月にイラクで現地の武装勢力に拘束された人質のひとり。当時はまだ高校3年生でした。

イラク戦争で米軍などが使用した劣化ウラン弾の危険性を知って衝撃を受けて。子どもたちにも被害が出ているし、将来にも禍根を残す兵器が使われることに怒りを感じ、何とかしたいと思って医療支援のNGOを立ち上げました。さらに、自分と同じ世代に伝えたいという思いもあって、イラクに渡航しました。

今井さんたちは9日間拘束された後、解放されました。同時期、多くの外国人が拉致され殺害された人もいたことを思えば、筆舌に尽くしがたい恐怖を味わったはずですが、今井さんは「日本に帰ってきてからの方が辛かった」と振り返ります。

自宅に押し寄せる報道陣、見知らぬ人々からの怒りの電話や手紙。まちを歩いているだけで、罵声を浴びせられたり、殴られたりしたこともあるそうです。

2年間はほぼ引きこもっていました。そんなとき、高校の担任だった先生が「このままだとニートになる」と心配して、立命館アジア太平洋大学(APU)の願書を書いてくれて。きっと、立ち直るきっかけを探していたんでしょうね。

大学に入ってからも、「人質の今井くん」と言われるのがイヤで、学生生活になじめない日々が続きました。そんななか、ある同級生と知り合い、一緒に温泉に行ったことがきっかけで今井さんの心の景色は変わりはじめます(※APUは大分県・別府の大学。まちには100円以下で入湯できる温泉もたくさんある)。

温泉で話していたときに「国民の半分くらいから否定された気持ちなんてわかるか」ってぐちをこぼしたんです。そしたら、彼が「そうかもしれないけど、自分で向き合わないといけないよね」と言ってくれて。たしかに、僕がふさぎ込んでいるのは、他人のせいにばかりしているからかもしれないな、と思いはじめたんです。

今井さんは、自分の経験を人に話すようになり、「また何かあればバッシングされるのでは?」という不安を乗り越えて、再び海外旅行にも出掛けられるようにもなりました。

日本の若者のための仕事をしたい

大学4年生の夏、もう一度、国際協力の現場を見てみたいと考えた今井さんは、約3か月半にわたってザンビアに滞在し、学校建設プロジェクトに参加しました。

2012年、創業当時の今井さん(D×P提供)

そこで出会った子どもや若者を見ていると、経済的な豊かさや医療の保障がなされているはずなのに、日本の若者のほうがプレッシャーも高いし、しんどそうだなと思ったんです。

「日本の若者の可能性を引き出すにはどうしたらいいだろう?」。帰国後、大阪で就職をした今井さんは、漠然とした思いにかたちを与えるため、10〜30代の人たちと話す機会をつくりはじめます。ゲストハウス化した自宅には年間約300人以上(!)が宿泊し、みなで夢を語る「ユメブレスト」というイベントも月一回開催しました。

2年間の会社員生活を経て、学生時代に温泉で語り合った友人、朴基浩(ぱくきほ)さんとともにD×Pを設立。「ユメブレスト」をベースにした独自プログラムを開発します。「高校の授業でプログラムを展開する」という現在のD×Pの取り組みのきっかけとなったのは、ある通信制高校の先生との出会いでした。

昔の通信制高校は、大人の学び直しの機会提供が主な役割でしたが、今は学齢期の高校生が約8割を占めています。他校からの編転入者が約7割(平成27年度文部科学省「学校基本調査」)、不登校経験者も6割いるとする調査結果(平成20年度学校設置会社連盟「通信制高校の生徒・保護者アンケート調査《報告書》」)もあります。

2012年の春、今井さんは「まずは通信制高校に通う生徒たちの問題に取り組もう」と、通信制高校の授業として、月一回「クレッシェンド」という独自のプログラムをスタートしました。「クレッシェンド」に関わるのは、「コンポーザー」と呼ばれる社会人や大学生です。

コンポーザーの研修会のようす。教育に関心のある大学生、自らも挫折を経験した社会人などが多いそう(D×P提供)

コンポーザーに求めるのは「否定しない」「様々なバックグラウンドから学ぶ」「年上・年下から学ぶ」という「D×P基本3姿勢」。

一方的に教えるのではなく、高校生の話をちゃんと聴いて、ともに学び合う機会として捉えられる人に、コンポーザーを担ってもらいます。今では約200名が登録していますが、積極的に関わろうとする人が多いのが特徴です。

当初から、今井さんはイベントなどの単発での関わりではなく、「授業に入る」という切り口を重要視しました。人が変わっていくためには時間が必要ですし、何度も出会い続けなければ誰かを信頼するのは難しいからです。

しかし、学校へのプログラム導入はそう簡単ではありませんでした。今井さんは、地道に学校訪問や自ら講演する機会をつくりながら、授業への導入実績を積み上げていったのです。

定時制高校の4割に導入された授業「クレッシェンド」とは?

「クレッシェンド」は、数ヶ月にわたって4回以上の授業を同じコンポーザーが担当します。まず、コンポーザーが過去の辛かった経験、失敗や挫折の経験、現在の生活や仕事に至った経緯を共有。それを聞いて、高校生は自分自身のこれからについて考えます。

講演で、イラクから帰国したときに受け取った批判の手紙について話す今井さん(D×P提供)

最後の「ユメブレ(ユメブレスト)」で自分の「ユメ」を言葉にする生徒たち(D×P提供)

そして、どんな小さなことでも(あるいはどんなに大きなことでも)「やってみたいこと」を「ユメ」として自分の言葉で表現。最後は、授業をともにした同級生やコンポーザーに抱いた印象をメッセージカードで伝え合い、自分では見えていなかった「自分」を知る機会を持ちます。

D×Pが「クレッシェンド」に参加した生徒たちに実施したアンケートでは、「卒業後にやりたいことがある」「自分にはよい所がある」と回答した生徒の数は、「クレッシェンド」参加前後でどちらもなんと2倍以上に増加!

クレッシェンドに参加した生徒たちへのアンケート結果(D×P作成)

2016年度、「クレッシェンド」は、大阪府下の定時制高校の40%(9校)に導入され、他府県の高校にも展開。D×Pが「クレッシェンド」を通して関わった生徒数は750人にまで増えました。たった数年間で、ここまでD×Pのプログラムが受け入れられた背景には何があったのでしょう?

通信・定時制高校の先生方の深いニーズに応えたからだと思います。先生方には「自分たち以外の人に関わってもらう方が、生徒の自立や将来のためにいいのではないか」という思いがありました。さらに、授業づくりが難しい「総合的な学習の時間」という枠に入りこめたという強みもありました。

部活やインターン、海外体験へのチャレンジも

D×Pでは「クレッシェンド」を通して、自分に対する見方が変わったり、顔を上げて将来について考えてみようという気持ちを持ちはじめた生徒たちと継続的な関わりをつくるため、「アフタークレッシェンド」というプログラムも実施。

同窓会のほか、生徒たちの興味に合わせて、写真部や映画部、アート企画、さらには女の子向けのネイルやお菓子づくりを楽しむ女子会なども企画しています。

生徒たちの多くは大人を信頼していなかったり、親と先生以外の大人とつきあう経験もなかったりします。「アフタークレッシェンド」では、他の高校の高校生たちや大人たちとのつながりから、「社会関係資本」を構築すること目指します。

2016年度は「アフタークレッシェンド」を39回実施。2017年度には、100名以上の参加者数を目指しています。さらに、高校生自身の「やってみたい」気持ちに応えて、挑戦の機会を届ける「チャレンジプログラム」にも着手しています。

D×P写真部のようす。高校の枠を越えて、写真に興味を持つ生徒が集まります(D×P提供)

2014年から1年間にわたり「D×P写真部」で活動した4人は、2015年4月6日〜12日の6日間「写真展」を開き、トークイベントも行いました(D×P提供)

「チャレンジプログラム」では、写真部で活動してきた生徒によるフォトブックの制作や写真展の開催、フィリピンやカンボジアでのスタディツアーへの参加、島根県・海士町と大分県・湯布院町での宿泊型インターンシップなどを実施してきました。ふだんとは違うことへの挑戦や、見知らぬ土地に飛び込んで過ごす時間は、本人に「できた!」と思える“成功経験”にもなります。

もうひとつ、D×Pでは生活保護を受給する家庭の中高生が安心できる居場所づくり「いごこちかふぇ」も行ってきました。2016年度は、泉大津市、東淀川区など3自治体でプログラムを実施。

今年からはさらに「授業+居場所事業+チャレンジ」と複合的な取り組みへと発展させることによって、点から面へと支援を広げていくことを目指します。

今後は、就労に関する支援も行いたいと考えています。

通信・定時制高校の生徒たちの進路は就労も多いですし、親元や地域を離れて暮らしたい事情のある生徒もいます。企業側のニーズもありますし、これまでも就労につなげたケースもあります。

D×Pの事業として就労支援、さらには住居を含めた生活支援にまで広げられるように、動いているところです。

10代の若さだからこそ、傷ついたときの痛みは大きく、立ち上がろうとしても恐怖にうずくまってしまうことはあると思います。でも、やりたいことを見つけるきっかけさえつかめれば、若いエネルギーで大きく変わる可能性もあります。そのエネルギーに手を添えるのがD×Pの仕事なのです。

寄付を通じて“仲間”を増やしたい

スタッフ、インターン、コンポーザー、学校の先生、そして生徒と卒業生たち。D×Pが事業を展開すればするほどに、周りに同じ思いを持つ仲間が増えていきます。

大阪・天満橋にあるオフィス。明るく風通しのよい空間でスタッフのみなさんが溌剌と仕事しています

D×P3周年記念パーティ。スタッフ、コンポーザー、生徒たち、みんなの笑顔がまぶしい!(D×P提供)

僕たちの活動に共感してくれる人を増やしていくことがすごく重要だと考えています。D×Pの収益は半分以上が寄付。個人で毎月1000〜1万円のマンスリーサポーターになってくださる方も多いです。

今年は、僕自身がサハラ砂漠を250km走るマラソンにチャレンジして、183人の方から520万円の支援をいただきました。初めてD×Pに寄付してくれた人も多く、また企業スポンサーが増えたのも嬉しかったです。

世界最大級の砂漠サハラ砂漠を7日間約250kmを走るレース。今井さんはみごと完走!(D×P提供)

自分たちの活動を知ってもらうためにも、そして高校生たちに「挑戦してみよう」という気持ちをもってもらうためにも、大人が自ら挑戦する姿を見せたい。今井さんは「2キロも走れなかった!」という状態からトレーニングを開始し、ついに、世界最大級の砂漠を7日間かけて250kmを完走したのです。

完走した後、Twitter、Facebook、LINEを通じて卒業生からも在校生からもいっぱいメッセージが来ました。「よくやったなあ」「また学校に来るのを待ってる!」とか。大学生の子たちの中には、「自分ももうちょっとがんばってみようと思った」と言う子もいましたね。

失敗しても、挫折しても、再び立ち上がれば誰かの生きる力になることができる。今井さんのお話を聞いているとそんな思いがします。でも、今井さんは「自分のほうこそ、高校生たちを尊敬している」と言います。

定時制高校の生徒たち一人ひとりとつきあっていると、「自分なら、働きながら高校通えるかなぁ」って思って、すごく尊敬します。彼らは、今は世の中では孤立しているけれど、すごい可能性を持っている。今まではその機会がなかっただけで、どんどん成長していく。その姿を見たいから、僕自身が関わりたいと思うんです。

最後に、今井さん自身の「今のユメ」を聞いてみました。

世界の若者支援をやりたい。挫折や困難があったとしても、ちゃんとそこから立ち直れるということを、日本だけでなく世界各国でやりたいです。

今井さんが高校生の頃に夢見ていた「国際協力」と、D×Pで仲間たちと一緒に夢見ている「一人ひとりの若者が自分の未来に希望を持てる社会」というビジョンが、重なり合っていくのだということを知ってとてもうれしくなりました。

ほんの少し、誰かを信じる気持ちを持つことができれば、一度は地面に倒れても立ち上がる勇気を持つことができれば、夢はいつか思わぬかたちで実現するのだということを、今井さん自身が体現しているようにも思いました。

D×Pと彼らを支えようとする人たちの夢は、この世の中にいる、誰にも助けてもらえないと孤立して、自信を持てず10代を過ごしている人たちが、再び夢に向かって一歩を踏み出すこと。

この5年間で、D×Pの夢に共感する人たちの輪は広がりました。ある人はスタッフやインターン、コンポーザーとして、ある人は寄付というかたちで、大きな夢の実現に向けて手をとりあっています。

もし、この記事を読んで興味がわいたら、ぜひD×PのWebサイトも見て下さい。D×Pの活動に関わってみたくなるかもしれませんし、たとえそうではなくても、あなたの望む社会との関わり方のヒントがあるかもしれません。

– INFORMATION –

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