近頃は、まちづくりへの参加やプロボノとしての活動など、積極的に市民活動をする人が増えてきています。あなたも、自分の特技や興味のあることを活かして、「何か始めてみたいな」「参加してみたいな」と、思うことはありませんか?
そうは思っても、一人で始めるにはなかなか勇気がいるもの。誰かにアドバイスをもらったり、同じ思いで活動をする人の話を聞いたりしたいですよね。
大阪・堺市のコミュニティカフェ「pangea(パンゲア)」は、「何かを始めたい!」という思いを持つ人が、気軽に相談に行ける場所。運営するのは、「NPO法人SEIN(以下、SEIN)」という地元の中間支援団体です。
「SEIN」の代表理事で、「pangea」の代表でもある湯川まゆみさんに、どのような思いでカフェを運営しているのか、お話を伺いました。
「NPO法人SEIN」代表理事。コミュニティカフェ「pangea」事業代表。学生時代に参加した国際ボランティア活動をきっかけに「日本でのNPOや地域活動にコミットしたい」と考え、2004年に出身地の大阪府堺市で「SEIN」を立ち上げる。堺市からの委託事業「堺市市民活動コーナー」の運営を中心に活動し、2007年にはSEINの自主事業としてコミュニティカフェ「pangea」をオープン。3年前に出産。育児をしながら、毎日、市役所と「pangea」とを行き来して働いている。
海外ボランティア活動をきっかけに「SEIN」を設立
もともとは国際協力やNGOなど、海外に目を向けていた湯川さん。大学生の頃は、国際ボランティア活動でスリランカやラオスなどに足を運びました。その中で訪れた、インドネシアでの植林ワークキャンプで感じたことが、「SEIN」立ち上げのきっかけとなりました。
島のあらゆる場所の木がほとんどなくなっていて、「この島の木はなんでなくなったんやろう?」と疑問に感じて調べてみると、日本が大量に輸入していることが分かったんです。「日本からこんな遠く離れたところでも、自分の生活が影響してるんだな」と気づかされました。
当時で言う「豊かな国」と「貧しい国」の貧困の格差を埋めていかないと、豊かな人だけがずっと持ち続けて、貧しい人がずっと搾取され続けてしまう。結局、自分たちの暮らし方や生き方を変えない限り、本質は変わらないと思ったんです。
そして湯川さんは「NPOや市民活動にコミットしたい」と考え、2004年、24歳のときに「SEIN」を設立。堺市からの委託を受けて、市役所での「堺市市民活動コーナー」を運営し、地域で活動するNPOや市民活動のサポートなど、いわゆる中間支援事業を行っています。
堺市役所内で「SEIN」が運営する「堺市市民活動コーナー」
NPOが世間に認知されるようになった現在では、活動範囲を堺市だけでなく南大阪エリアへ拡大し、泉北ニュータウンや河内長野市・南花台のなどの「地域づくり」にも参加。住民同士の対話の場に入ってファシリテーションを行うなど、多岐にわたって活動を展開し、いくつかの自主事業も運営するまでになりました。
「敷居の低い、出会える場所」として始めたコミュニティカフェ
コミュニティカフェ「pangea」の運営も、「SEIN」の自主事業の一つ。南海電車の堺駅より徒歩5分、海ぞいの倉庫を改装したおしゃれな空間で、地元の情報誌にも取り上げられる、地域住民に人気のお店です。
「pangea」の外観はまるで倉庫!
湯川さんが「SEIN」の自主事業として「pangea」を始めたのは、設立から4年目のこと。当時は堺市の委託事業が「SEIN」運営の資金源となっていたため、行政の決定に団体の存続が左右されてしまう状態でした。永続的に活動を行っていくために、「自主的な収益事業」の必要性を感じていたといいます。
市民活動コーナーにやってくるのは、NPOやボランティア団体で活動する人生の先輩が多いため、「もうちょっと敷居の低い、自分たち世代の人たちと出会える場所をつくりたい」と考えていたところ、ちょうど今の「pangea」が入っているテナントが空くことになり、湯川さんに声がかかりました。
本当は、カフェをするつもりなんて、さらさらありませんでした。あくまで「場所づくり」が目的で、カフェはツール。場所があり、そこに人が集えば必ず情報が集まってくるので、敷居を低くして、若い人たちがNPOや市民活動と出会える場所をつくりたかったんです。
コーヒーやお茶など飲食の場所であれば、実際お店に行ってから関わり方を選べるのがいいなと思って。
コーヒーを飲んで様子を見るだけでもいいし、コーヒーを飲みながら「あ、こんなんあるんや」ってNPOなどの情報を得て帰ってもらってもいいし、「話をしたい」と思ったらスタッフと話してもらってもいい。いずれにしても、こういう場所があるってことを知ってもらえたら、困った時に来てもらえると思うので。
「pangea」で提供する食事には、地元の農家さんがつくった食材が使われています。
カフェという場では、誰かが置いたチラシを別の誰かが持って帰ったり、イベントを通じて人と人がつながって、共通の悩みが見えてきたり、活動を始めたい人はスタッフと話をして、誰かを紹介してもらったりと、あらゆる情報の出入りが起こります。
市役所の一角にある市民活動コーナーとは違った「敷居の低さ」が、地域に開けた場所として、人々を惹きつける魅力になりました。
チラシ置き場は、たくさんの団体やイベントのチラシが所狭しと並んでいました。
イベント、ギャラリー…多くの人の可能性を引き出す場所
今年で9周年を迎える「pangea」。一見普通のおしゃれなカフェに見えるお店で、どのようにして地域の人たちとつながる機会がつくられているのでしょうか。
積極的に行っているのは、「食」をテーマにしたイベント。みんなで梅干しをつくるような短期のイベントから、お店で出す味噌汁用の味噌づくりを、畑で大豆を栽培するところから行う長期的なものまであります。
食のイベントは、きっかけは「食」なんですけど、参加者の方から子育てのことなど、いろんな話が出てくるんです。それを聞いて「こんなんありますよ」と紹介したり、同じテーマで困っている人が多そうなら、そのテーマで別のイベントを企画することもあります。
外のテラス席の横には、ワークショップでつくった梅干しが干されていました。
大豆のワークショップは、畑作業から味噌づくりまでの過程を分かりやすく壁に貼り出してレポート。参加者がとても楽しんでいるのが伝わってきます。
2階はギャラリーとして貸し出しを行い、アーティストの展示会や即売会などに使われています。賃料は1週間1万円と破格の設定。「1回やってみたかった」というアマチュアの人の利用が多いそうです。湯川さんは、「やってみたい」という人にはできる限り協力することにしています。
吹き抜け横の2階部分は、ギャラリースペースとして使えます。
(写真は、2015年12月に行われた「とっとりクラフト展」)
入り口からすぐのところにある親子ルーム。他のお客さんに気を遣わずに食事を楽しめる上、布団やおもちゃも置いているので、親子連れの集まりによく使われています。
お店の奥には、海が見えるテラス席も。
接客のコンセプトも、一般的なカフェとは少し毛色が異なります。スタッフ内で情報を共有しながら、お客さんと積極的にコミュニケーションをとるようにしているのです。
話しかけられるのが嫌なお客さんもいると思うので、見極めが大切ですが、話したそうにしているお客さんとは積極的に話すようにしています。
スタッフ間で、「こんなお客さんがいたよ」っていう情報交換もして、直接接客したスタッフがいなくても「あ、あの子が言ってた人ってあの人かな」と、みんなが分かるようにする。そうすると、前情報があるのでコミュニケーションがとりやすくなるんです。
スタッフ側のモチベーションにもなって、ミーティングでも、「コミュニケーションをとって楽しかったです」という声が上がります。
NPOが運営しているとは知らずに来たお客さんでも、話すうちにその人の特技が分かり、お店でのイベントの講師をお願いすることもあるのだそうです。
特技を聞いて、その人の「できること」がインプットされているので、後日「こんなんやってみたいねんけど、教えてもらわれへんかな」って誘うんです。
特に同世代の人に関しては、自分のスキルに応じた対価をもらわないと成長しないと思うし、お金をもらうからこそ「もっと磨こう」という意識になれるのだと思うので、ちゃんと謝礼は支払うようにしています。そのかわりお互い本気で取り組みます!
「SEINの湯川さん」名指しで相談に来る若者も続々
いつしか「NPOのことならpangeaにいるSEINの湯川さんのところへ」という口コミが広がり、紹介で訪れる地元の相談者も増えているそうです。
誰かの紹介でここに来て、「この関係のNPOってないですか?」「こういうのってNPOにしたほうがいいんですか?」と相談されることもあります。
お茶を飲んだ後、お会計の時にレジで「実は…」と話しかけられることも(笑)。話を聞かせてもらった上で、「こういう考え方で、こんなことをしている団体あるから行ってみたらいいんちゃう?」とアドバイスをしています。
周辺の地域には、「pangea」で、湯川さんからのアドバイスをもらってNPOを立ち上げたり、活動を始めたりした人がじわじわと現れてきています。カフェという敷居の低い場所だからこそ、きっかけを得ることができた人も多いはずです。
NPO関係でなくても、たとえば「就職しないといけないけどどうしよう…」という悩みには「やりたいことやったらいいんちゃう」「自由でええやん」と笑顔でアドバイスをする湯川さん。すっかり、もやもやとした思いを抱える地域の若者にとって、頼れる姉御のような存在になっています。
もちろん、お客さんだけでなく「pangea」のスタッフにとっても、湯川さんは良き相談相手。何気なく「へぇ、そんなことしたいんや」と話しているうちに、次のステップを歩むスタッフも多いのだそうです。
「人の背中を押すことが得意なんですね?」との問いかけに、「うーん、楽しいんです!」と、湯川さんは目を輝かせながら答えます。
「それいいなぁ」って、本気で思うんですよ。自分はそういうところを持っていないので。
逆に、話を聞いていて「この人こんなこと苦手やと感じてるんちゃうかな」って思ったら「そこは違う人でカバーしよ」って。そしたら「生きるのが楽になりました」って言われて(笑) そうやって相手が変化していくのがおもしろいんですよね。
みんな次々とステップアップしていくため、「pangea」はスタッフの入れ替わりが激しいのだそう。しかし湯川さんは、旅立っていったスタッフが別の職場で活躍することも、地域のためになると考えています。
スタッフには、ここで働いていてくれている間に、特に助けられたポイントを伝えるようにしています。「自分でも役に立つんだ」という自己肯定感が高まって、それが、地域に還元されていったらいいなと思って。
違う職場に行ったときに「前の職場でこうだったからこう貢献したい」って思ってくれたらいいな、と密かに思っています。
「SEIN」としても「pangea」としても、次のステージへ。
社会経験を積んだ落ち着いた年齢の人が相談にやって来る「市民活動コーナー」と、これから可能性を伸ばしていく若者が訪れる「pangea」との両輪で、老若男女みんなの市民活動をサポートしている「SEIN」ですが、現在は「セカンドステージへの過渡期」であると湯川さんは話します。
今、ニーズが変わってきていますよね。12年前には、「子どもの貧困」なんて海外の話であって、こんなに身近ではなかったんです。NPOばかり見てきた中間支援として、そういった地域課題にきちんと向き合うことが、大きな課題だなと思っていて。
自治体だけ、NPOだけで解決できることではないので、「みんなでもう一度、地域づくりに向き合って行きましょうよ」というのが、これからの中間支援に必要な投げかけなのかなと思っています。
12年前のNPOは、介護や障がい者など、福祉に関わる法人が圧倒的に多く、法人同士が情報共有するためのネットワークづくりなど、活動を円滑化させるためのサポートが「SEIN」の活動の中心だったそうです。
対して現在は「子どもの貧困」「独居老人」など、多くの人にとって身近な地域課題が山積みで、これらの課題へどうアプローチしていくか、「SEIN」としてもまだまだ模索しているところです。
そんな中で、湯川さんは「pangea」としても、もう一度「人が集まる場所」という原点に立ち返る必要があると感じ、事業を見直してみたそう。すると、「カフェ」という手法を成り立たせるために時間を取られ過ぎていることに気づいたといいます。そこで、7月からはテナントのシェアを決断。ディナータイムは別のお店が営業をすることになりました。
カフェじゃない部分でのいろいろな仕掛けを、ようやく考えられるようになりました。これからは「社会の中で、こんな居場所があればみんなが生きやすいのかな」っていう場所を追求していくイメージをしています。
お客さんにとって「何かあっても、ここに行けばなんとかなるんちゃうか」と思ってもらえるのがベストやと思います。
「子どもの貧困」「老人の孤独死」などが社会問題になってきた近年、そのような身近な課題を、「自分ごと」として受け止め活動を始める人が確実に増えてきています。しかし一方で、「何かをしたいけど、そのためにどうしたらいいかがわからない」という人もまだまだ多いと感じます。
実は私自身も、昨年までは全く別の仕事をしながら「いつかソーシャルデザインを仕事にしたいな」と、もやもやしていた立場でした。しかし、「自分のキャリアでは何ができるのか?」「自分の住む地域にどんな団体があるのか?」という情報は少なく、なかなか次の一歩を踏み出せずにいました。
あの時に「pangea」のような、気軽に訪ねても温かく迎えてくれる場所があり、背中を押してくれる湯川さんのような人がいてくれたら、どれだけ心強かったか。
何かを始めたい人や、「pangea」のように誰かを支援する側で活動したいと考えている人、なんとなくもやもやしている人など、誰が訪ねても「pangea」は温かく迎えてくれます。
ぜひ一度お店を訪れて、地元食材のおいしいランチやコーヒーを楽しみながら、湯川さんに話しかけてみてください。きっと新たな出会いや気づきが見つかるはずです。