「1000年先の未来まで持続する社会をつくるために必要なことはなんですか?」
greenz.jpでご紹介する「ほしい未来は、つくろう」を実践している人たちを含めて、いろんな組織や個人が、この大きな問いの答えを探しています。
今回ご紹介するのは京都市の取り組み。社会的課題を解決する・課題を生まない社会を目指す視座を持ち、従来のビジネスや組織を目指す未来へ向けてイノベーティブに導く「イノベーション・キュレーター育成」のお話です。
京都市では、「京都市ソーシャル・イノベーション・クラスター構想(以下、SIC構想)」を2015年に発表。1200年の歴史に培われた京都を舞台に、さまざまな個人や組織が社会的課題の解決に挑戦。効率主義や競争原理とは異なる「京都らしい価値観」を日本、そして世界へ広めていこうとしています。
これまでにgreenz.jpでも、門川大作京都市長と京都市ソーシャルイノベーション研究所(以下、SILK)の大室悦賀所長の対談記事や、全国初の「ソーシャルイノベーションサミット2015」のレポート記事で、SIC構想についてお伝えしてきました。さらに、SICの原点ともなった1999年に策定された「京都市基本構想」については、哲学者であり京都市立芸術大学学長・理事長を務める鷲田清一さんと大室さんの対談記事でお読みいただいた通りです。
イノベーション・キュレーター育成もまた、SIC構想の一環として行われており、2015年からは「イノベーション・キュレーター塾」が開講しています。
今回は、イノベーション・キュレーター塾の塾長・高津玉枝さんにインタビュー。自らも、フェアトレード商品のセレクトショップ「Love&sense」や、東日本大震災の被災地を支援するプロジェクト「EAST LOOP」を手がけてきた高津さんが、「イノベーション・キュレーター塾」を通して見ている未来について、お話を聴かせていただきました。
株式会社福市 代表取締役。大学卒業後、富士ゼロックスに入社。雑貨商社に転職した後、1991年に売り場をプロデュースするマーケティング会社を設立する。1990年代後半にフェアトレードの概念に出会い、2000年「持続可能な世の中に向けて行動する人を増やすこと」をミッションに、株式会社福市を設立。世界中からフェアトレード商品を集めたセレクトショップ「Love&sense」を展開し、新しいライフスタイルを発信する。東日本大震災後に手仕事で被災地を支援するプロジェクト「EAST LOOP」を立ち上げる。2015年よりイノベーション・キュレーター塾の塾長。
企業にソーシャルな視点を持ち込む人を育てる
イノベーション・キュレーター塾(以下、キュレーター塾)のキャッチコピーは「持続可能な社会の実現を目指す、“四方よし”ビジネスの支援者になりませんか?」。
「四方よし」とは、かつての近江商人が大切にしていた商売の精神「三方よし(売り手よし、買い手よし、世間よし)」に、「未来よし」を加えたものだそう。塾では、この「四方よし」を可能にする組織内イノベーターやソーシャルビジネスの支援者を育成しています。
授業は前期6回、後期4回。各回約4時間をかけてみっちりと行われます。前期は、ロールモデルとなるソーシャル・イノベーターをゲストスピーカーに招聘。ゲストスピーカーによる20〜30分間の講義ののち、塾長である高津さんとのセッションを行います。
セッションでは、ゲストスピーカーの「そもそもの部分」。どんなバックグラウンドがあって、社会的な課題を自分ごとと感じるようになり、どんな未来を実現したいと思っているのかを、いろんな角度から掘り下げるそう。
ゲストスピーカーから「みんなにここを掴んで帰ってもらいたい」という話を、ライブで引っ張り出してきました。
「えっ、この人がこんな風になっちゃうんだ!」とか、目からウロコが落ちるような話を聞いて、塾生は「自分たちも変われるんだ」「自分たちの支援で経営者が変わるサポートができるんだ」という可能性を感じてワクワクしていたと思います。
前期のゲストスピーカーのひとり、スマイルスタイルの塩山諒さん。「若者の貧困×雇用政策×キャリア教育」というテーマでお話されました。
また、講義と併行して塾生は自分の「マイプロジェクト」を立ち上げ、塾長やゲストスピーカー、そして塾生同士のグループワークでブラッシュアップしていきます。コンサルティングのテクニカルな手法や方法論を学ぶのではなく、「マイプロジェクトを通して学ぶ」ということが、キュレーター塾の大きな特徴です、
マイプロジェクトに取り組むなかで、「本当にやりたいことの本質がなかなか見えない」「目先の手段にとらわれてやりたいことがブレる」という自ら経験をしてもらいます。この経験がないと、自分ごととしてソーシャルビジネスに取り組む人を理解できないと思うんです。
そのステップの先に、自分ごととしてソーシャルビジネスに取り組む人を支援するということがある。だから、授業では「あなたの本当にやりたいことは何?」と塾生にどんどんツッコミます。
このやりとりを通して、塾生の目の色がどんどん変わって、後期になるともう全身の血を全部入れ替えたんじゃないかというほど変化した人もいます。
高津さんが、キュレーター塾の塾長に迎えられた理由も、この「マイプロジェクトを通して学ぶ」というところにありました。それでは少し時をさかのぼり、高津さんのマイプロジェクトについてお話を伺いましょう。
「高津さんのクローンをつくりたい」と言われて。
ハキハキと明るい口調で塾生の課題に「ツッコミ」を入れる高津さん。同時に、笑顔とぬくもりあるフォローももれなくついてきます。
「ぜひ塾長になってほしい」と高津さんに声をかけたのは、キュレーター塾を主催するSILK所長の大室悦賀さん。口説き文句は「高津さんのクローンをつくりたいんです」だったそうですが、大室さんはその言葉で、何を言おうとしていたのでしょうか。
コンサルタントや研究者の方をはじめとして、ソーシャルビジネスの支援者として優秀な方は、他にもたくさんいらっしゃいます。ただ、私は支援者と実践者のダブルの経験を持っているので、そのことを買ってくださったのだと思います。
高津さんは、富士ゼロックス、雑貨商社を経て、1991年に店舗プロデュース会社を設立。売り場づくり、パブリシティ、マーケティングから、販売促進のためのコンサルティングまでを手がけるようになりました。ちょうどその頃、バブル崩壊を経験し、あらゆるモノの価格がどんどん安くなるのを目の当たりにします。
商品企画から流通までを手がけていた高津さんは、この頃から「この安い値段のしわ寄せはどこにいっているんだろう?」と疑問を感じるようになりました。
私たちは、ふつうに仕事をして、誰にも依存せず、迷惑をかけずに生きているような気になっています。だけど、「ものすごく安いものを買える」という状況は、誰かしらの犠牲の上に成り立っているはず。私はその事実を見てしまったし、そこから目をそらすことができなくなっていったんです。
そんなとき、高津さんは「フェアトレード」という考え方に出会います。今でこそ誰もが知るキーワードですが、10年前は「フェアトレード」の国内認知度はわずか3%でした。「フェアトレードを知っているし、買ってみたい」人たちでさえ、「買う場所がない」という状況だったのです。
しかし、高津さんはマーケティングのプロとして、フェアトレード商品を市場に送りこむことを思いつきました。
よく「途上国の貧困問題に心打たれたのですか?」と質問されるのですが、私の入り口はそこではありません。やりたかったのは、途上国の人たちにアンフェアな労働を強いてしまう、消費者のライフスタイルを変えていくこと。そのためには、流通業自体が変わっていかないといけないと考えました。
もし、このとき高津さんの傍らにコンサルタントがついていたら「認知度3%のマーケットなんて相手にするのはやめなさい」とアドバイスしたかもしれません。しかし、高津さんは既存の枠組みではないやり方で、今までにないマーケットをつくることを選びました。
この経験こそが、まさしく「イノベーション・キュレーター」に求められるもの。なぜなら、ソーシャルビジネスの多くは「既存の枠組みではないやり方で、今までにないマーケット」をつくろうとするからです。
支援者としても、実践者としても、痛い経験を山ほどしたからこそ、塾生が悩んだり、壁にぶつかったりすることに共感できます。相談をされるときも、「私もそんな経験をしてきたよ」「何なら、最悪だったエピソード披露しようか!」と共感しながら受けとめられるんですね。
高津さんは、キュレーター塾の塾長であると同時に、塾生たちの大先輩でもあるのです。
「やらなければ地球の未来がない」と思うから
「フェアトレード」という言葉も知られていない。ほしい人もいなければ、売ろうとする人もいない……。前途多難と知りつつも、高津さんがフェアトレード商品を扱うことに一歩を踏み出せた理由は何だったのでしょうか?
「これをしなければ、地球の先がないやんか」と思うと、つくらなあかん。「ほな、どうやってつくったらいいんやろう?」「どこを攻めたらいいんやろう?」と。人よりもちょっとだけ持っているマーケティングの力を使って、いろんなことをやってきました。
まず高津さんが考えたのは、消費者が「フェアトレード商品を買う」という選択肢を提供すること。日本のマーケットを意識したフェアトレード商品のセレクトショップ「Love&sense」を立ち上げました。
ところが、2006年に名古屋ロフトで開いた期間限定ショップは大赤字の結果に……。1日の売上が「アルバイトさんが買ったチョコレート250円だけ」だった日まであり、高津さんは「胃がひっくり返る思い」をしたそう。
しかし、20年のマーケティング経験と持ち前の「あきらめない」根性を発揮。商業施設や百貨店での期間限定ショップで実績を積み、2012年には阪急百貨店うめだ本店に待望の常設店をオープンしました。
「阪急百貨店」10階にある「Love&sense」
高津さんが、次に目指しているのは「賛同者を増やすこと」です。
たとえば、うちが20、30と店舗を増やしたところで、与えるインパクトはごくわずかです。店舗展開は大資本でなければ難しいし、私はその道の専門家でもありません。
どちらかというと、「Love&sense」という“見本”を見てもらって、真似をしてもらう。考え方をシェアして、ブラッシュアップしてもらうことを通して、賛同者をどんどん増やさないことには、人々のライフスタイルなんて変わるわけないと思うんです。
でも、世の中を大きく変化させるためには、もっともっとやるべきことがあると高津さんは考えています。たとえば、既存の企業のなかに入り込んで考え方を変え、既存のビジネスの枠組みを揺り動かしていくこと。「イノベーション・キュレーターを育てる」という仕事は、高津さんにとって「Love&sense」などのマイプロジェクトと一本につながる、延長線上にあるもののようです。
過去にない仕事を生む人に伴走するために
キュレーター塾には、年齢も職業もさまざまな人たちが集い熱心に学んでいます。
キュレーター塾では、塾生にマイプロジェクトを作成してもらうときに、「自分自身のルーツ」「自分がひっかかること」を大切にします。たとえば、何の脈絡もなく「ゴミ問題について考えましょう」と言われても(「たしかに考えないといけない」と思うかもしれませんが)、腹の底から問題解決に取り組むことはできないからです。
社会的な課題って、自分自身に必然性がなければ解決に向けて強く動かせないと思うんです。自分自身の本質に関わる部分で矛盾を感じていることであれば、深くつっこんでいけると思うんですね。
たとえば、フリーで仕事をしている人なら「なぜ、フリーは信頼されないのか?」が課題かもしれない。それぞれの課題にフォーカスしてもらうことが大切なんです。
春からスタートした後期では、いよいよ各自のマイプロジェクトの実践と、塾生同士で行うブラッシュアップによって、「実践者」「支援者」の両方の立場を経験しています。ここで目指すのは「事業者の目指す未来への道を伴走しながらサポートする力」そして、「組織をイノベーティブに変革する力」です。
授業の後は毎回、ほぼ全員が参加する懇親会が開かれています。授業とあわせると約7〜8時間、塾長と塾生、ときにはゲストも一緒になってぶっとおしで語り尽くすそう。さらには、大室さんと高津さんによる「フォローアップ会」で、マイプロジェクトの磨き上げも行われています。
この塾では、松下村塾のように塾生同士が学び合い、刺激し合う場をつくりたいと思っていました。世の中にまだないものを、頭から煙を出しながら一生懸命考える人たちがここから育ち、卒業後も縦横につながるコミュニティにしていきたいと思っています。
ソーシャルな活動をすることって、やっぱり世の中の理解を最初から得られないこともありますから、けっこう孤独だと思うんですよ。塾生のコミュニティがあれば、また帰ってきて励まし合うこともできるのではないかと期待しています。
後期の授業は、塾生のひとりが運営する京町家のイベントスペース「Bonjour!現代文明」で行われています。
インタビューの後、後期2回目の授業を見学させていただきました。参加しているのは、中小企業診断士や税理士など「士業」の人たち、金融マン、企業内でイノベーションを起こしたい人、そして自らソーシャルビジネスを立ち上げたい人など。「支援者と実践者は半々ぐらい」だそう。町家空間に置かれたちゃぶ台を囲みながらではありますが、ざぶとんから湯気が上がりそうなくらいホットです。
大量生産・大量消費のなかで経済を発展させるという視点だけでコンサルティングをしても、企業も社会も疲弊してしまう。
イノベーション・キュレーター塾では、既存の企業の「ソーシャル」というスイッチを入れるような、そういうサポートをする人をどんどん増やすことも重視しています。中小企業診断士税理士さんや会計士さんや税理士さんも、ソーシャルな視点で企業支援をできるといいと考えているんです。
自分のほしい未来をつくるために、一歩を踏み出したいけれども「どちらの方向に進めばいいのか分からない」と思っている人、あるいは「ほしい未来をつくる人」のそばで伴走したい人はぜひ、京都でイノベーション・キュレーター塾に参加してみてはいかがでしょうか。2016年度は秋に開講、すでに塾生の募集は始まっています。