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ソーシャルイノベーションの原点は、京都人の”得意わざ”にあった! 哲学者・鷲田清一さんに聞く、「京都市基本構想」に込めた思いとは?

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鷲田清一さん

京都のこれからの1000年を紡ぐ。そして、ソーシャルイノベーションで京都と日本全国をつなぐ。そんなビジョンのもと、2015年にキックオフしたのが「京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)」です。

近頃の京都では、「和える」や「IKEUCHI ORGANIC」など、日本有数のソーシャルビジネスの担い手が集積しています。

その背景については前回、門川大作京都市長、そしてSILK所長の大室悦賀・京都産業大学教授との対談記事という形でお伝えしましたが、今回ご登場いただくのは哲学者であり京都市立芸術大学学長・理事長も務める鷲田清一さんです。
 
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モアレをモチーフにしたSILKのロゴ

鷲田さんとSILKの接点は、1999年に策定された「京都市基本構想」。その審議会の副会長を託された鷲田さんが、まさに市民とともに作り上げた画期的なグランドビジョンです。

「安らぎのあるくらし」と「華やぎのあるまち」を掲げ、市民主体のまちづくりを明確に謳うなど、地方創生が叫ばれる今でも十分にアクチュアルな内容になっています。

この「京都市基本構想」を知ったとき、大室さんは「これだ!」と直観したそう。その理由は何だったのでしょうか? 今回は鷲田さんと大室さんに、京都におけるソーシャルイノベーションの可能性について対談していただきました。

引き続きお相手は、京都に来て半年のYOSH元編集長です。

「京都市基本構想」ができるまで

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京都市基本構想

YOSH 本日はありがとうございます。前回の門川市長との対談で印象的に残っているのが、「京都市ソーシャルイノベーション研究所(SILK)」の原点といえる「京都市基本構想」のお話でした。

市長も「今までの大量生産・大量消費ではなく、自然と共生する。そういう日本ならではの美学、哲学が大事になっていく」と仰っていましたが、そのときに“めきき”、“たくみ”、 “こころみ”、“きわめ”、 “もてなし”、“しまつ”といった、京都市民の得意わざが鍵であると。

大室さん ソーシャルイノベーションを京都から広めていく、というビジョンは前からあったのですが、「では、どこに向かって?」というところで、行き先が見つからなかったんですよね。

そのときに鷲田さんが関わられた京都市基本構想に行き着いて、ハッとしたんです。後ほど述べますが、経済と社会を統合するためのヒントが、ここにしっかり描かれていると。

まずは、そのときの思いはどんなものだったのか。そして、あれから15年経ち、今の京都をどのように眺めていらっしゃるのか。ぜひお聞きしたいと思っています。

鷲田さん 僕は「京都市基本構想等審議会」の副会長で、同時にその「基本構想」の起草委員長という立場だったんですが、そのときいくつか「これだけはやろう」という合意のもとで進めていきました。

その一つが、「京都市を主語にするのはやめよう」ということ。京都市をどのようにつくっていくかということだから、いま京都で暮らしている人、それから将来暮らすであろう人、その主体の立場で書こうと考えました。
 
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YOSH それで「私たち京都市民は」という書き方になっているんですね。

鷲田さん すべて自分たちで書き、市の職員さんの手は借りませんでした。市民に見ていただく形で、何度も何度も書き直しました。文章をこんなに直されたのは、生涯でも初めての経験です(笑)

YOSH そうだったんですね(笑)

鷲田さん 二つめは「日本で最初に、市民参画をしっかり謳おう」ということ。当時は最後にちょこっとアリバイのように書いているものが多かったですからね。だから、今回は紙幅の3分の1くらいを市民参画に割いた。

結果としてこれは、その後の諸都市の基本構想の草分け的な存在となりました。気候ネットワークの浅岡美恵さんもメンバーに入っていらして、彼女たちの支えも大きかったです。

それから三つめは、「京都人を元気付けよう」ということでした。本当のところは口には出さないけれど、京都人が何だか自信を失っているなと感じていて。京都には観光資源もあるし、外からの評判は上々だけど、だんだんと室町など呉服の街が勢いをなくしていった時期で。

着物は、糸から始まって完成するまでにとても多くの工程があって、そこが勢いなくなるとやっぱり祇園も勢いがなくなる。全部つながっているから。

YOSH なるほど。観光客目線では気付きませんでした。

鷲田さん ちょっと前までは、「京都は“a city”じゃなくて“THE CITY”だ」といった高いプライドがあったんだけど、もう地に落ちかけていましたからね。それなら、よその人にはちょっと嫌みにはなるけれど、京都人を褒めてあげよう、と考えたのです。

「京都人にはこんなすごい感覚や能力がある。これが京都人の得意わざや」って、かつて持っていた自信をしっかり守ろう、あるいは育て続けようという確認をしたんです。それこそが、THE CITYの無形財産だから。

YOSH それが世界に通じる価値であると。
 
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念願の初対面に興奮気味のYOSH元編集長

鷲田さん そうです。市民参画って、昔の言い方でいえば町衆の力でしょう。大事なことはお上に委さずに自分たちで決めていくという精神。それこそ、リベラルな都市力の根幹なんです。

この京都市基本構想が本当にラディカルだったのは、京都市議会に提出したときに全会一致で決まったということです。理由は簡単です。さっき言ったとおり、市の職員に書いてもらうのではなく、産業界も学者も市民団体も、全分野の人が相談してまとめたから。そんな提案を議会が否定するのはありえないでしょう。

大室さん 改めて伺っていると、相当な覚悟を感じますね。

鷲田さん 本当に意味のある京都市基本構想をつくろうと、みんなが思っていたんでしょうね。

いま思い出したんですが、文中に「“伝統と革新”という言葉は使うまい」というのも決めていたんです。伝統と革新、対立するものの共存が京都の底力だと、戦後ずっと言いつづけてきたけれど、実際は何にも変わらなかった。それよりも京都弁でずっと言われてきた言葉で表現することにしました。

YOSH 確かに語感で変わりますよね。”しまつ”は目からウロコでした。

鷲田さん “エコ”って言葉を使うよりいいでしょう? きっと賞味期限が長い。ほかにもイノベーションや革新にあたるのは、”こころみ”とかね。職人技は”きわめ”、ほんまもんって感じは”めきき”。ホスピタリティは”もてなし”。こういうのが僕らの言葉だし、こういう価値基準こそ京都人の精神を下支えしてきたものです。

もし京都市基本構想を大阪でつくろうと思ったら、もっと経済的な用語が出てきたと思うんですよ。あるいは東京なら「経済成長」とかね。でも、どうして京都の企業が京都に本社を置くのかといえば、そうするべき価値を知っているからです。そういう了解があるのは大きいですよね。

経済と社会の二項対立を超えて

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大室教授

大室さん 先ほどの話にもありましたが、革新と伝統とか、あるいは経済と社会とか、私たちは二項対立で考えがちですよね。でも、本当に大切なのは「いかに統合した視点を持つのか」ということであり、そのためのヒントが京都市基本構想には的確に示されていると思うんです。

鷲田さん 大概、そういうのは見かけの対立なんです。例えば、「ワーク・ライフ・バランス」っていうのもあまり好きではなくて。

YOSH どうしてですか?

鷲田さん そこには、ワーク=パブリック、ライフ=プライベートみたいなニュアンスがあるでしょう。でも、企業活動なんてプライベートそのものじゃないですか、自社の利益しか考えないのだから。

同じように、生活がプライベートっていうのもおかしい。一方には家族生活もあるけれど、他方で、地域をしっかり守っていくこともシチズン(市民)としての重要なミッションです。自分にとっての利益も社会貢献も、社会の“益”という意味では最初から対立していないんです。

大室さん そういう思いを込めて、京都市も「真のワーク・ライフ・バランス」と謳っていますね。

鷲田さん それが「経済」の元々の、「経世済民」(世を治め民を救う)ですからね。そういえば以前、あるテレビ番組で富士ゼロックスを紹介したんですが、市民活動が社内評価につながっていてね。横断歩道でおばあさんを助けたり、剣道の大会で準優勝したり、そういう市民として、個人として輝いたら給料が上がる。

それ以外にも、会社から独立することを奨励する。それに留まらず、ちゃんと独立できるか心配だから、最初は敷地内の部屋をただで貸してあげる。そして2、3年して目処がついたら出ていっていいし、もし途中で挫折したら戻ってきていいという。そういうことをポリシーとしている会社がちゃんとあったんです。
 
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大室さん 今では、ほとんどの企業が自社の利益の方に偏ってしまいましたね。「安いものじゃないと買ってくれない」と思い込んでしまって、なるべく経費を抑えようとする。そうすると障害者雇用のような取り組みは「コストがかかる」と思われてしまって、やらなくなる。

でも、僕は逆だと思うんです。市場の声を聴くのも大切ですが、「会社の存在理由は何か」「会社はどうあるべきなのか」が先にあって、そこに従って生きていくことが大事で。それは社長の生き方も含めてですが。

経済と社会も、生き方と働き方も、もともと分かれていない。そういう考え方を京都は大事にしてきたし、これからも大事にしていこうと。京都市基本構想では、シンプルにそのことだけを言っているし、だからこそそこにもう一度戻りたいんです。

鷲田さん それは過大評価ですけど(笑)まあ、もし課題があるとすれば、仕事に対するイメージが貧困になってしまったことかもしれませんね。働く=勤めるというだけでは、すごく狭い。本来、仕事をするというのは、ネットワークを持つということなんですよ。

YOSH ネットワークを持つ?

鷲田さん 昔は勤務労働というのはなくて、家で商いをしたり、田んぼや畑をやったり、仕事もするけれど、他にも技術をいっぱい持っていた。家の修繕とか料理や子守がうまいとか、植木の世話とかね。だから江戸期なんかは、朝は障子貼り、午後は豆腐売り、晩は屋台みたいに仕事を3つくらい持つのが普通だった。

これがいいのは、それぞれネットワークが全部違うということです。ひとりひとりが、幾層もの豊かな人の結びつきを持っているというのは、ものすごく強い社会ですよ。ひとつ失敗しても、他のつながりを頼っていけるのですから。

大室さん 今では、会社の中でもネットワークになっていないケースもありますしね。隣の席の人が、休日に何をしているか全然知らない。

YOSH 鷲田さんが一貫して仰っているのは、自分の役割というものは、他者の存在のおかげで、贈り物のように与えられる、ということですよね。まさにそうしたネットワークがあることで、自分のありたい姿を発見できる。

鷲田さん 社会における責任感を養うのに、一番いいのは祭りなんです。祭りって不思議なもので、当事者もどうして続けているのかわからない(笑)「俺の代で潰したって言われたらえらいことになるから、とにかくやり続ける」という感じです。

また、祭りには、子どものときからそれぞれに役目があります。私がちゃんとやらなかったら、祭り全体が成り立たないって意識が芽生える。そして、「あんな風になりたいなあ」という憧れが自然と生まれてくる。昔の人はよく考えていたなあと思います。

京都市立芸術大学から始まるソーシャルイノベーション

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「京都市立芸術大学移転整備基本構想」より

鷲田さん せっかくの機会なので、僕の方からも知恵を頂戴したいと思います。実は8年後に、京都市立芸術大学が京都駅の近くに移転するんですが、そのときにレストランをしようかなって考えているんです。

京都市立芸術大学の卒業生ってどうしても生活が不安定なんですよね。特に美術をやる学生なんて、いつ化けるかわかりません。ただ、卒業生の中には調理やケータリングに長けている人たちもいて。そこで、そういう人たちに、運営者、調理師やウェイター/ウェイトレスとして入ってもらったり、作品を飾ってもらったりしてね。

「これならやっていけるな」って思ったら、常連さんを連れて独立してもらう。食に関心のある人、料理ができる人が中心にいると、その集団はたいていうまく行くものです。

大室さん 食という普遍的なシーンにアートを入れ込むというのは、いいアイデアですね。

かつてのパリでも、アーティストが直接カフェに出入りして、出会ったお客さんに絵を売っていました。ただ、僕も絵が好きで研究室にも飾っているんですが、なかなか「これ!」という作品に出会う機会は少ない。ギャラリーにもなかなか行けないので。

だからこそ、おいしいご飯を食べに来たら、いい絵が飾ってあって、買うこともできる。しかも、場合によっては作家もその場にいる。そういうきっかけを日常的につくることは、とても価値があると思います。

鷲田さん 芸大の場合、入学してきたときに、音楽の子は演奏家を、油画の子は画家を目指すわけだけど、段々と実力がはっきり見えてくるんですね。あの才能には太刀打ちできないっていうのは、本人が一番わかる。そういう時に、「私は演奏家になれない」とか「画家になれない」ってしょぼくれてほしくない。

音楽の世界だって、演奏はほんの一部で、プロデュースする役もあれば、曲をつくる役もある。楽器を調律する役だって重要です。音楽や絵のような技があるからこそ、生きてくる職業ってあるんですよ。芸大は成功者のイメージが強すぎるから、単に知らないだけで。

大室さん 京都芸大のOBの方で、絵を描くなどの創作活動で脳を活性化させる”芸術療法”を行う臨床美術士として、ご活躍の方もおられますね。東日本大震災のときにも、被災した子どもたちに絵を描かせることで、心を解放してあげていました。そういう風に社会課題に関わっているアーティストは、本当に増えています。

要は、生き方の話なんですよね。なぜ作家になりたかったのかを掘り下げたら、案外「おばあちゃんに喜んでほしかったから」とか素朴なものだったりする。その原点に至るためのいろんなチャネルがあるということを伝えたい。
 
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京都芸大OBで臨床美術士の木野内美里さん

YOSH 社会的な課題が増えているというのは、ネガティブにも聞こえますが、逆に言えば出番が増えていることでもありますよね。

鷲田さんも著作のなかで「傷つきやすさ」というキーワードを挙げていますが、それぞれがそれぞれの場所で、ほっとけないことと出会ったり、まるで自分が呼ばれるような気持ちになったりする機会が増えている。

鷲田さん 本当のキャリアデザインって、いろんな他者と出会いながら、さっき言ったような豊かなネットワークをどれだけ自前で紡げるかだと思うんです。既存のシステムにぶら下がっているだけでは、もう生き延びることはできませんから。

大室さん となるとSILKのひとつの役割は、そういうネットワークを提供しながら、それぞれの存在理由を明らかにしていくことなのかもしれませんね。今日お話させていただいて、我々の向かうべき先が間違ってなかったと確信できました。

YOSH そうですね。僕自身もそういう動きを伝えるgreenz.jpとしての大きな役割を、再確認できた気がします。本日はありがとうございました!

(対談ここまで)

 
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鷲田さん、大室さんとの対談、いかがでしたでしょうか。世界に通じる京都ならではの価値基準のもと、もう一度自分たちの存在理由を見直し、豊かなネットワークをみんなで紡いでいく。そんなSILKの原点と未来が、よりはっきりと照らし出されたようにも思います。

個人的にも、当時の幸せな熱気に心が震えたとともに、市民の力で理想を追究してきた京都というまちの底力を強く感じることができました。そしてもちろん、バトンを受け取る者としての自覚も。

というわけで、鷲田さん、大室さん、貴重な機会をありがとうございました!

(撮影:吉田亮人)

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