四條畷神社の参道にオープンした、谷口智則さんのギャラリーカフェ「Zoologique」。
大阪府の東側に位置し、奈良に隣接するまち・四條畷(しじょうなわて)市。市の面積の3分の2は生駒山地がしめており、まちはこの山地の東西に広がっています。大阪の中心部から電車で10分ほど。都心に近く、自然に恵まれた住みやすいまちです。
メインストリートは、駅から続く四條畷神社の参道。この参道から、まちをじんわり温めるようなまちづくりが始まっています。
水野さん いつも思うのは、自分が住んでいるところが楽しくてワクワクするところやったら、それが生きてて一番ええことちゃうかなって思うんですよ。
こう話すのは、地域のイベント企画・運営や情報発信を行う「キッカケ通信」局長の水野淳さん。四條畷のまちづくりのキーパーソンです。水野さんは、「好きなことをしていたら、いつの間にか地域が活性化していた」というのですが、それってどういうことなのでしょう?
水野さん、そして創作を通じて四條畷のまちづくりに協力している絵本作家の谷口智則さんのおふたりに、今、四條畷で起きていることについてお話を伺いました。
左:水野淳さん、右:谷口智則さん
50歳まで、地元の印刷業者として四條畷市南野で経営に携わる。印刷会社発展のツールとして地元情報発信フリーペーパー「なわて散歩」を刊行。そのときの企画・取材・編集を行うチームとして「キッカケ通信」を立ち上げた。その後、キッカケ通信の活動として地域のイベントやネットを使っての情報発信などを行って来た。現在は、「みちくさ市」「やきもの散歩」「下町ライブ」など地域イベントを中心に四條畷を活気づける活動を実行中。
1978年大阪生まれ。金沢美術工芸大学日本画専攻卒業。在学中より独学で絵本作りを始め、2004年「サルくんとお月さま」で絵本作家としてデビュー。2007年フランスの出版社より絵本「CACHE CACHE」を出版し、その後フランスやイタリアなどで数々の絵本を出版。読んだ人が絵本の世界に入り込め、 登場人物の想いや言葉が空間に浮かんでくるような絵本作りを心掛け、 たとえ言葉が通じなくても、子どもから大人まで世界中の人々に 想いと感動が伝わるような絵本作りを目指している。主な絵本に『100にんのサンタクロース』「サルくんとバナナのゆうえんち」(文溪堂)「CACHE CACHE」「PINOCCHO」(フランスLe petit Lezard)などがある。
ゆっくり歩けば、きっと自分のまちが好きになる
谷口智則さんが表紙を描いた「なわて散歩」のバックナンバー。手元において飾りたくなります。
水野さんが「キッカケ通信」を立ち上げたのは2011年のこと。印刷会社を経営していた水野さんが、四條畷のひと・もの・ことを発信する地域情報紙「なわて散歩」を発行したのがはじまりでした。「なわて散歩」の創刊は、谷口さんとの出会いのきっかけにもなりました。
水野さん 創刊にあたって、表紙にインパクトがほしいと考えていたら、知人がネットで調べて「地元に絵本作家さんがいる」と谷口さんを見つけたんです。さっそく連絡してみたら、わりと軽く「ああ、いいですよ」と(笑)
谷口さん 「なわて散歩」は季刊だったので、春夏秋冬の表紙をつなげると「四季花鳥図屏風」のようになる仕掛けを考えました。ひとつ持っていたら、次の号もほしくなるようにしたかったんです。
「なわて散歩」は約1万部を発行。水野さん自ら駅前に立って直接配ったり、公共機関や店舗に設置してもらったり、じわじわと地元に浸透させていきました。犬の散歩ルートからまちの姿を見つめなおす「お散歩ルート」。地元の寺社仏閣のイラストルポ「伝説めぐり」。廃道探検が趣味の中学生による「中学生がゆく廃キング」など、特集されているのは地元目線のまち情報ばかりです。
イラストルポ「伝説めぐり」。なんだか迫力満点です…!
水野さん 「なわて散歩」という名前が好きなのは、散歩すると自分の地域の良さがわかるからなんです。僕は、自分の生まれ育った地域を毎日歩いていても全然飽きないんです。季節も変わるし、毎回新しい発見がありますしね。
ゆっくり歩いて、足を留めてじっと見る。そういう感覚をひとりでも多くの人が持ってくれたら、どこのまちに住んでいる人でも、きっと自分のまちを好きになるんじゃないかと思います。
「なわて散歩」もまたその名前のとおり、まちの人たちに「ゆっくり歩いて足を留めてじっと見る」視点を提供するメディアでした。
大きな土俵をみんなで叩く、ダンボール紙相撲
動物の紙相撲力士を一緒につくった谷口さんと子どもたち
水野さんは、「なわて散歩」の発行に伴って誌面と連動したミニイベントも企画していきました。「キッカケ通信」のイベントの特徴は、考えた企画を企業や団体に持ち込んで、まちの人たちを主役にして行われること。もちろん、準備や運営にも水野さんは関わるのですが、「キッカケ通信」だけで完結させないところがミソなのです。
大人も子どもも夢中でダンボールの土俵を手で叩いて紙相撲を楽しみました
たとえば、2011年6月に行った「谷口智則さんと遊ぼう!動物紙相撲!なかの場所」と題した“ダンボール紙相撲”。土俵をドンドン叩いて、紙でつくった力士を戦わせる“紙相撲”をダンボールでつくるという企画ですが、こちらは地元のダンボール加工業者・東洋紙工さんが主催。土俵や紙相撲をつくるダンボールと場所を提供していただきました。
土俵にあがるのは、谷口さん自らキャラクターをダンボールに描き、子どもたちがクレヨンで色を塗った動物の紙相撲力士たちです。土俵の直径はなんと3メートル! 約50人の子どもたちが土俵をドンドン叩くなんて、本当にたのしそう!
竹筒てっぽうをつくるときは「竹の性質」についても学んだそう。もちろん、このあとは水鉄砲の打ち合いです!
また、2011年8月には竹筒水てっぽうの工作をして、水遊びをする「打ち水てっぽう大作戦!」も実施。こちらは、四條畷市文化観光協議会が主催し、四條畷のお店や地区町会、大学生から中学生までの協力を得るかたちで行いました。
「キッカケ通信」のイベントに協力する店舗や団体の数に反映されているのは、水野さんの人脈の広さ。実は、水野さんがまちの人たちを動かす力の背景には、それ以前からつむいできた「地域とのつながり」があったのです。
「好きなこと=地域活性化」になるまでのこと
イベントから生まれたまちの案内看板をタバコ屋さんの前に設置。谷口さんの描く動物たちがみちくさに誘います。
今は、四條畷のまちづくりを楽しんでいる水野さん。でも、若い頃は「そんなに四條畷が好きだったわけではない」と話します。三重県の大学で学生生活を送った後、父が経営する印刷会社にUターン就職。「地元企業なのだから地域のつながりを持たなければ」と、四條畷の青年会議所と商工会青年部に入会したそうです。
水野さん 青年会議所や商工会青年部では、たとえばイベント開催や事業の起こし方についての手法は学びました。でも、面白いとは思えなくて。すでにある役割から「あなたはこの役割をやってください」と言われるのは、あまり楽しくなかったんだと思うんですね。
37歳のときには青年会議所の理事長に就任。水野さんは。地域の“顔”として、地元の若手商工業者をとりまとめる立場を担ってきました。
水野さん 当時は、別に四條畷が好きというわけではなかったんですよ(笑) いわば使命感とか義務感で動いていました。たとえば、町内会の活動でも「このまちが好きでやっている」という人もいるけれど、なかば義理や義務でやっている人もいますよね。僕は後者だったと思います。
義務感でやっていた「地域活性化」が「自分の楽しみ」に変わったのは、40歳を越えて青年会議所や商工会青年部を“卒業”したときだったそう。
水野さん 義務がなくなったときに、初めて“自分流”でやれると思えたら肩の力が抜けて。楽しみながら地域が活気づくようなことをやっていったらええんちゃう? って思ったんですよ。
それでも、「キッカケ通信」を立ち上げた頃はまだ「やらなければいけない」感が残っていたという水野さん。そこから自由になれたのは、イベントや「なわて散歩」発行を通じて“感性の合う仲間たち”が集うようになってからだったと言います。
水野さん 感覚的に合う仲間と一緒に動いていると、今までの何倍も楽しくて。そうなるともう、好きなことをやっていたら勝手に地域が活性化していくようになってきました。
地元の商工業者として地域で活動してきた経験と人脈、そこで得られた信用。そして、「面白いことをつくろうよ」と呼びかけるオープンさが、水野さんの大きな強みになっています。
四條畷の新しいランドマーク「Zoologique」
2012年、JR四条畷駅から徒歩5分のところにある、ギャラリーカフェ「Zoologique」も、「キッカケ通信」のまちづくりの流れのなかで生まれたもの。谷口さんの描く世界がそのまま再現されたような空間は、まちのメインストリート・四條畷神社の参道商店街の新しい顔になりました。
この場所は、もともと水野さんの印刷会社の事務所と制作室だったところ。「人通りのある商店街にあるこの場所を有効に使えないか」と相談するなかで、谷口さんに「ここにギャラリーをつくりませんか」と持ちかけたのだそう。
谷口さん 僕の絵本はもともと海外でしか出版していなくて。「どこで売っていますか」という問い合わせも多くて。絵本が全部揃うお店があればいいなと思っていたんです。
「Zoologique」は谷口さんの絵本の世界に入り込んだような気持ちになれる空間です
取材のときは、谷口さん自らラテアートをつくってくださいました!
谷口さんは、金沢美術工芸大学で学んだ後、地元に戻って作家活動に入りました。当初は、フランスやイタリアの出版社から絵本を出版。日本の出版社で絵本がたくさん出版されるようになったのはここ数年のことなのです。
谷口さん ふつうは、東京に出る作家が多いんですけど、僕は四條畷が好きで。ずっとここにアトリエを構えてやろうと思っていました。四條畷にいると山が見えるのが好きなんです。僕の家のあたりには、まだ古い街並も残っていて、そういうところも好きですね。
「なわて散歩」の表紙依頼をきっかけに、四條畷のまちづくりに「巻き込んでいただいた」と言う谷口さん。2012年には、四條畷市から観光大使にも任命されました。
谷口さん 年に一体ずつ、公共施設にモニュメントをつくらせてもらっているんですけれども、それとは別に四條畷に『100にんのサンタクロース』を置く「四條畷サンタ巡り」プロジェクトを提案しました。
谷口智則さんの絵本『100にんのサンタクロース』(文溪堂)
『100にんのサンタクロース』は、谷口さんの代表作絵本のひとつ。この作品で描かれているサンタクロースをもとに、谷口さんは全国の商業施設から依頼を受けて、クリスマスシーズンにサンタクロースのオブジェを制作しています。
しかし、シーズンが終わればサンタクロースたちは廃棄されてしまいます。「もったいないなあ」と思った谷口さんは、サンタクロースを引き取って四條畷の公共施設や店舗に置いてもらうことにしたのです。
大きいサンタは「四條畷市市民総合センター」に。ほかのサンタは町に出かけていきました!「Zoologique」には「えかきサンタ」がいます。
谷口さん 観光にもつながるし、いろんなところに置けば「サンタ巡り」もしてもらえるかなと思って。イオンモール四條畷がオープンするときに「毎年イオンさんで10体つくって、クリスマス後にまちに寄贈してもらえませんか?」と提案したら、引き受けていただけました。10年計画でサンタが100体になる予定です。
参道商店街のパン屋さんでも見つけました!こちらは「リボンサンタ」さん。
今、四條畷のまちのサンタクロースは“20にん”。予定どおりいけば、あと8年で『100にんのサンタクロース』のまちが実現します。谷口さんのお話を聞いていると、自らの制作活動とまちの関わりがあまりにも自然で、ちょっとうらやましい気持ちになりました。
四條畷の良さは「ふつう」であること
参道から山へと歩くと「四條畷神社」があります。とても見晴らしのよいところで、取材した12月はまだ紅葉がきれいでした。
現在「キッカケ通信」の主な活動は、年に2回の「みちくさ市」という手作づくり市、水野さんのUstream番組「jun_ch(ジュンチャンネル)」、音楽ライブ「しあわセッション」ほか、各種イベントや展示会の企画など。主なメンバーは4名で、企画ごとに谷口さんや地元の仲間たちが力を合わせるそうです。
「なわて散歩」の紙バージョンは、残念ながら現在休刊中(ウェブで発信中)。でも、水野さんはもう一度「紙で出したい」という希望を持っています。
水野さん 休刊の主な理由はスポンサーを募るのが難しかったこと。でも、もう少し小部数でいいので復活したいなあと思っています。「なわて散歩」で地元の銭湯を調べたことがあったのですが、銭湯はただお風呂に入る場所ではなくて地域の人たちにとって、楽しくて心やすらぐ大切な場所なんですね。地域の人にとっての大切な場所にスポットを当てる取材をやりたいですね。
神社からまちを見下ろす風景。遠くに行かなくてもこんなにきれいな紅葉を静かに眺めることができるまちです。
「四條畷の良さって何ですか?」と聞くと、おふたりとも「ふつうなところ」だと口を揃えて言います。そして、目指すのは「ふだんがずっと楽しいまち」です。
水野さん なにげないふつうが楽しいのが一番かな。そのなかで、日常のなかでアートが感じられる場所があることはとても大切だと思います。谷口さんや、いろんな作家さんの作品や音楽に触れられる場所や時間がもう少しあるといいなと思っています。
谷口さん 京都や奈良の良さは「観光」する感じですけれど、四條畷の良さは「ふつう」という感じ。「誰かが見に来るまちをつくる」のではなく「みんなが住んでいるこのまちをどうしていくか」なんですね。たとえば、直島みたいにふつうの民家のなかにアートがある感じってすごくいいなと思っていて。このまちも、そんなふうになればいいなと思っています。
「誰かに来てもらう」ことを目的にしてまちをつくるのではなく、「毎朝このまちが最高だと思える」ように行動しているうちに、だんだん人が集まってくる……そんなまちづくりのほうが心にも身体にもなじむように思えてなりません。取材のなかで、水野さんが言われたこんな言葉がとても心に残りました。
水野さん わざわざ、どこかに出かけて何かを探さなくても、毎朝起きて目にする場所や人が楽しいなら、言うことないじゃないですか。
「朝起きて、ここがいちばんだと思う」ためにできることは、たくさんあると思います。今いるまちを慈しむために、なにかひとつ小さなアクションを起こしてみませんか?