近ごろ、街には「居場所のない定年後のお父さん」が増えているそうです。
家でのんびりしていると、「せめて昼間だけでも出かけてきて?」とお母さん。しかたなく、外出しますが、自宅周辺の地域には行く場所がありません。長年、通勤した会社のある懐かしい街も、退職後にうろうろするのは気が引けるもの。肩を落としたお父さん。どこへ向かえばいいのでしょうか。
2015年現在、日本の総人口の約4分の1が65歳以上の高齢者。これから、街のあちこちに「居場所のないお父さん」の姿はもっと増えるはずなのです。
こうしたシニア世代の男性たちを、両手を広げて歓迎するのが「いずみ SPORTS VILLAGE(以下、いずみSV)」。総合型地域スポーツクラブ「FC岸和田」の真新しいグラウンドです。
自然のなかでサッカーやグラウンドゴルフをしたり。グラウンドの整備もまだまだですから、草刈りをしたり、花を植えたりしてもいい。お弁当を持ってきたり、子どもたちの練習を見ながらビールを飲んだりとかね。とにかく、ここは気持ちのいいところなんです。
2014年10月にオープンしたばかりのこのグラウンドに来るのは、シニア世代のお父さんだけではありません。野生のウサギが生息する森があり、夏にはミヤマクワガタやカブトムシ捕りも可能。ウッドデッキや薪ストーブもあって、小さな子供のいる家族から、おじいさんおばあさんまでが楽しく過ごせる場所なのです。
今回は、FC岸和田の理事でマネージャーの河内賢一さんにインタビュー。「いずみSV」ができるまでのことを中心に、お話を伺ってきました!
大分県生まれ。大学卒業後、中学校の体育教諭に。2002年、岸和田市立春木中学校からの異動時に顧問をしていたサッカー部の継続が困難になり、また近隣の中学校でも同じ状況だったことから、U-15のサッカーチーム「FC岸和田」を立ち上げ。翌2003年にはNPO法人化。2006年に「日体協総合型地域スポーツクラブ育成指定クラブ」の認定を受け、2007年に「地域型総合スポーツクラブFC岸和田」を設立。現在は、岸和田市内の小学校で教頭を務めるかたわら、FC岸和田の理事およびマネージャーとして日々奔走している。
部活でもジムでもない。地域のスポーツクラブ「FC岸和田」
倉庫の2階をリノベーションしたFC岸和田のクラブハウス。
以前、greenz.jpの記事でも紹介した「FC岸和田」は、もともとはU-15のサッカーチームとしてスタート。きっかけになったのは、岸和田市春木中学校の教員であり、サッカー部の顧問を務めていた河内さんの異動でした。
かつては、青春時代の代名詞でもあった部活は、少子化にともない廃部や休部を余儀なくされています。その原因のひとつは顧問の先生の不足。河内さんが教えていたサッカー部も、顧問を引き継ぐ先生が見つからないという事態に直面したのです。
「子どもたちがサッカーを続けられるにはどうしたらよいか?」。河内さん達は悩んだ末、地域の私設クラブ「FC岸和田」を立ち上げ、地域で子どもたちがスポーツを楽しむための新しい受け皿をつくることにしました。
FC岸和田は、2003年にNPO法人化、2007年には「地域型総合スポーツFC岸和田」へと発展。U-12から社会人チーム、そして女子サッカーと多くのサッカーチームが生まれました。さらには、女性が参加しやすいエアロビクスやヨガ、小中学生の女の子に人気のストリートダンスなどの種目も展開。現在では老若男女650名以上の会員が集まる、多世代・多種目クラブに成長しました。
現在は、常設のスポーツ教室とスポーツ大会運営の他に文部科学省の事業も受託しています。中高体育の指導経験のある人を小学校の体育指導に派遣する「体育指導コーディネーター派遣事業」では、小学校の体育の授業のレベルアップに貢献。そして、「地域スポーツとトップスポーツの好循環事業」では、なんとトップアスリートを部活に派遣しているのだそうです。
「たとえば、陸上なら100メートルを10秒で走れる人を陸上部に派遣して、目の前で100メートルを10秒で走ってもらうんです。同じトレーニングでも、トップアスリートがやるとスピード感や迫力が違います。百聞は一見にしかずですよね。
今まで、トップアスリートが学校の部活に来るという流れはなかったと思うんです。地域のスポーツクラブがコーディネートすることで、そういう場面をたくさんつくることができました。
学校の部活にトップアスリートが来てくれるなんて夢のよう! 子どもたちが目を輝かせて、スポーツへの意欲をかき立てられるようすが目に浮かびますね。
スポーツで地域の人々を幸せにする
オープン前のいずみSV。人工芝をしきつめる工事中のようす。
FC岸和田のミッションは「スポーツで地域の人々を幸せにする」こと。教室の展開だけでなく、スポーツを通して地域コミュニティを育むことにも力を入れてきました。
2009年には、クラブに集う地域の人たちの交流を深めるために、スポーツ振興くじtotoの助成金を申請し、自前のクラブハウス兼スタジオをオープン。ストリートダンスやヨガなどのレッスンができるスタジオに、バーカウンターや談話室、シャワー室を併設しました。
しかし、クラブハウスでできるのは、ダンスやヨガ、フラダンスなどの種目。主に子どもたちとその保護者、女性が集まることが多く、サッカー教室の男性陣が来る機会はほとんどありません。
サッカーの会員が集い、思いっきりプレイできる自前のグラウンドがほしい。しかも、「スポーツするだけの場所ではなく、人が集まってそれぞれの時間を過ごす場所」をつくりたいと、河内さんたちは、次なる構想を実現に移す機会をうかがっていました。
そして昨年、ふたたびtotoの助成金申請が通り、「人工芝グラウンドを持つ」という夢が叶うことになったのです。自前の人工芝グラウンドを持つという快挙は、大阪のプロサッカーチーム、セレッソ大阪、ガンバ大阪についで3番目です。
FC岸和田を立ち上げたのは「部活動の衰退を地域で支えましょう」ということでしたから、まさか自前のグラウンドを持つことになるとは思ってもいませんでした。
しかし、グラウンド完成までにはまだまだ厳しい道のりが待っていました。totoの助成金対象になるのは「ピッチの中とネットと照明設備」まで。グラウンド内外の付帯施設については、自分たちで整備しなければいけなかったのです。
トイレもDIY! みんなでつくったグラウンド
基礎や便槽、便器の取り付け以外は手づくりでつくったトイレ。
車いすを使用する人にも使いやすいように個室を広く設計したユニバーサル対応です。
グラウンドでスポーツをするには、トイレや更衣室、シャワー室や倉庫なども必要です。それらの施設をつくるには、電気や上下水道を引き込まなければいけません。
いずみSVは大自然に囲まれていますから、草もやたらに生えていました(笑) 幹線道路から少し距離があるから道も整備しなければいけないし、駐車場もつくらなければいけません。それらは助成の対象外なのですが、人に頼むほどの資金がなかったのでかなり自分たちでやりました。
たとえばトイレの建物は完全なDIY。河内さんが引いた設計図を見た、元教え子の保護者さんで設計士の方が「僕が設計図を引きましょう」と言ってくれて、何くれとなく相談に乗ってくれたのだそう。しかし、木材をプレカットしてもらって組み立てようとした河内さん、ふたたび立ち往生してしまいます。
組み立て方が全然わからなかったので、社会人サッカーチームのメンバーに、後輩の大工さんを呼んでもらって、骨組みをつくるところまで手伝ってもらいました。後は、バンバン壁と屋根をつくって、最後にプロの方に便器を設置してもらって完成です。
こうしてできあがったのが、個室の広いユニバーサルトイレ。会員さんの評判も上々です。ほかにも、怪我で練習に参加できない中学生たちに整備を手伝ってもらうなど、FC岸和田の会員とその家族、友人など、まさにスポーツから生まれた地域コミュニティの力でグラウンドはできあがったのです。
スポーツをする人みんなの居場所になってほしい
河内さんがつくった木のベンチ。グラウンドに来る人たちの憩いの場も手づくり。
「いずみSV」があるのは、大阪府下でも珍しい自然豊かな風致地区。グラウンドをつくるときにも、できるだけ自然環境を活かすように意識しました。初めて来た人は「まるでキャンプ場みたい!」ということが多いそう。
河内さんは、毎朝の出勤前にグラウンドに来て至福のひとときを過ごしています。
静かで、ものすごく気持ちいいんですよ。朝は鳥の鳴き声しか聞こえないくらい。たとえば、お兄ちゃんがサッカーをして、お母さんが弟を連れてきて虫取りをして遊ばせる。おじいちゃんはグラウンドゴルフをして、ウッドデッキでお茶を飲んだりとか。スポーツをしたらすぐ帰るのではなく、しばらくここで時間を過ごしてほしいと思っています。
秋冬に活躍する薪ストーブ!FC岸和田はアウトドアイベントも多数開催しており、「外で楽しむ」ことが上手な人が多いのです
いずみSVでは、現在シニアサッカーリーグが毎週日曜日の午前中に試合をしています。その後に小中学校の大会、高校生や社会人の公式戦があるときには、シニアチームのメンバーが審判やコーチとして活躍することもあります。こうして交流することによって、小学生がシニアチームに声援を送るなどの光景が見られるようにもなりました。
河内さんがイメージしているのは、ヨーロッパの各地域にあるスポーツクラブです。プロ契約する人もいれば、ずっとアマチュアのままで楽しむ人もいて、多くの人が長い年月をクラブハウスで過ごします。スポーツクラブは「スポーツする場所」であると同時に「人が集まる場所」としてコミュニティの中で大切にされているのです。
アメリカでは、親御さんたちはグラウンドの周囲でバーベキューするのを楽しみにしているんです。試合前から場所を取って、バーベキューしながら子どもの試合を応援。試合が終わったら子どもたちもバーベキューを楽しむというスタイルで。
いずみSVでも、今後は試合後にバーベキューをすることも考えているという河内さん。すでにバーベキュー用品を整えて、試験的にスタッフでバーベキューをやってみたそうです!
グラウンドではサッカーだけでなく、早朝の野外ヨガクラスも。大自然のなかで気持ちよさそう!メンバーからは「お弁当を持ってきたらよかった!」という声があがりました。
シニアが楽しむグラウンドゴルフの団体にグラウンドを貸し出しすることも
いずみSVグラウンドは、FC岸和田以外の団体にも貸し出すことにしました。平日は、グラウンドゴルフのチームが利用しはじめたおかげで、多様なシニア層が集まるようにもなりました。いずみSVを共有することによって、多世代のコミュニティが自然に育まれることにつながりそうなのです。
幹線道路からの進入路。雨に弱く、大雨の後はスタッフが整備を行う必要があります。
しかし、まだまだグラウンド完成までにはいくつかの課題を残しています。
まず、取り組まなければいけないのは進入路の舗装。幹線道路からグラウンドまでの進入路が砂利道のため、大雨の後は毎回スタッフが整備をしなければならないからです。そして、夢は天然芝のスペースを増やすこと。雑草をキレイに刈って芝生にして、広々とした天然芝のなかに人工芝のグラウンドがある状態に整備して「来たくなる感じ」にしたいと河内さんは語ります。
次の世代へ受け継ぐために
いずみSVのオープニングのために集まったスタッフたち。FC岸和田は、たくさんの人たちの思いに支えられています。
今年、FC岸和田は立ち上げから13年、NPO化してから12年目を迎えました。今後も運営を続けるためには組織というソフトを見直す必要も出てきました。河内さんは、教員とFC岸和田の二足のわらじ。もともと忙しいうえに、FC岸和田の他のスタッフも業務が積み重なって身動きがとれなくなってしまったからです。
そこで昨年、河内さんはプロボノワーカーをマッチングすることでNPO を支援する「サービスグラント」に依頼。業務フローの分析と次の中長期事業計画の検討を行いました。
僕らが引退した後も、クラブは続けなければいけないので、次は何年間かをかけて組織作りをしていきたいと考えています。たとえば僕は今、無給でクラブの仕事をしていますが、他の人に「無給でやってください」とは頼めません。続けやすく、続けられるような組織体制にしたいですね。
すばらしい景色!たしかに、ここでお弁当を広げたり、バーベキューをしてみたくなります
いま、河内さんは52歳。定年退職まであと8年あります。教員を退職したら、クラブの仕事に専念したいと考えているのでしょうか。
手伝いはすると思いますけれど、スポーツクラブなので若い人が関わったほうがいいと思っています。今、僕がやっているマネージャーの仕事、コーチの仕事を分けて考えて、それぞれに人を配置していく。そして、クラブ運営は若い人に任せて、僕は好きな時間にグラウンドに行って、ビールを飲みながら「もっとしっかりやれ!」とか言っていられるのが理想ですね。
そして、これから「やりたいこと」は、障がい者と一緒にスポーツできる場所をつくること。今の日本には、障がい者がスポーツできる場所が多くありません。河内さんは、障がい者スポーツの関係者や行政との相談をしながら、その方法を模索し始めています。FC岸和田のメンバーたちが、障がい者と一緒にスポーツできる日もまた遠くなさそうです。
「地域」にはさまざまな人がいます。スポーツは、年齢や性別、国籍や障がいのあるなしを隔てている壁を越える方法のひとつ。FC岸和田のようなスポーツクラブが日本中に生まれて、「スポーツで幸せになる地域」が増えることを願ってやみません。