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つくりたいのは、地域との気持ちのいい関係。築30年木造アパートから生まれ変わったデイサービス施設「タガヤセ大蔵」

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左:タガヤセ大蔵がある建物のオーナー、安藤勝信さん 右:タガヤセ大蔵を運営する社会福祉法人 大三島育徳会の佐藤朋巳さん

世田谷区大蔵、畑の点在するのどかな住宅街の片隅に、デイサービス施設「タガヤセ大蔵」はあります。

デイサービスとは、 身体機能の維持・回復や認知症の軽減を目的としたリハビリテーションを高齢者に向けて行うサービスのこと。しかし、タガヤセ大蔵に足を運ぶのは、スタッフやサービス利用者だけではありません。多くの地元の人が、日々タガヤセ大蔵を訪れます。

「こんなに人でにぎわうデイサービス施設は、なかなかありませんよ」と胸を張るのはタガヤセ大蔵を運営する社会福祉法人「大三島育徳会」(以下、育徳会)の佐藤朋巳さん。この場所は、地域の新しい公共空間として機能し始めているのです。
 
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楽しげな話し声が絶えない、食後の団らん風景

実は、このタガヤセ大蔵、もともとは築30年の木造アパートでした。

住宅から福祉施設へのリノベーション、無垢材の床にIKEAの家具、絶え間なく訪れる地域住民。この“福祉施設っぽくない福祉施設”は、現在福祉業界からも、不動産業界からも、そして行政からも注目を受けています。

タガヤセ大蔵はどうやって生まれたのか、なぜさまざまな人が集う場となったのか、 オーナーでありタガヤセ大蔵の発案者である安藤勝信さんと、安藤さんとともにプロジェクトを推進した佐藤さんにお話を伺いました。

なぜ、アパートを福祉施設に?

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リノベーション前のアパートの様子

タガヤセ大蔵のかつての姿は、 木造アパート「ホワイト つかさ」。最寄り駅である小田急小田原線成城学園前駅まで徒歩約20分と遠いこともあり、次第に空室が目立ち始めました。

家賃の値下げや室内のリフォームを行ったものの、空室は埋まりません。そこで安藤さんは、木造住宅をリノベーションしてつくり上げた街角再生プロジェクト「大森ロッヂ」などを手がけた建築家・天野美紀さんに協力を依頼。しかし、解決の糸口はなかなか見つかりませんでした。

安藤さん 大蔵はもともと、畑が広がる農業エリアでした。それが1980年代の人口増加の時代に、それまで畑だった土地がどんどん住宅へ変わっていきました。

駅から遠く不便でも当時はそれなりに需要がありました。しかし人口が減り建物が余る今の時代には、少しぐらい キレイにリフォームしたとしてもマーケットの中で埋もれてしまいます。

僕と天野さんは、この建物の“住宅としての限界”に直面していました。

住み手が見つからない 物件でも、他に何か活かす方法があるはず。そんなふうに、安藤さんが発想を転換するきっかけになったのは、祖父の入院でした。

祖父の退院後の介護について考えるうちに、「アパートの1階部分を高齢者のための福祉施設にする 」というアイデアが芽生えたのです。安藤さんは早速、高齢者福祉についてのリサーチに乗り出しました。
 
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安藤さんが祖父から不動産業を受け継いだのは2009年。それ以前は百貨店のバイヤーとして活躍していた

多くの福祉施設を見学する中で安藤さんがまず感じたのは、強い違和感でした。

安藤さん デザイン性で魅力を感じる施設は、ありませんでした。家具であれ内装であれ、いかにも”施設”という感じ。

福祉サービスを提供する人も受ける人も、普段の生活では、雰囲気のいいカフェが好きだったり、自宅にお気に入りの家具を置いたりと、デザインを楽しんでいる日常があるんです。

それなのに、それが施設となったら急にそういった感覚から切り離されて、それを仕方がないこととしてしまう。それはおかしいと感じました。

この経験から生まれた“福祉施設っぽくない福祉施設”という方向性は、安藤さんが祖父の介護の相談をしていた育徳会も、以前から持っていた想いでした。

そこで、もともと物件の活用を検討していた安藤さんと建築家の天野さんに、高齢者福祉の事業者として育徳会が加わる形で、タガヤセ大蔵のプロジェクトがスタートしました。
 
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タガヤセ大蔵の玄関前に置かれた看板。ここにも「福祉施設っぽくない感覚」を垣間みる事ができる

安全性とデザイン性は両立できる! 異業種恊働だからこそ、できたこと

安藤さんにとっても天野さんにとっても、福祉施設を手がけるのは初めてのこと。さらに、全国的にも珍しい住宅から高齢者福祉施設へのリノベーションは、参考にできる前例もなかなかありません。

佐藤さんたち育徳会のスタッフにとっても、不動産オーナーや建築家との恊働は初めての経験でした。それぞれにとって新しい挑戦だったからこそ、お互いから学ぶことは多かったとふたりは振り返ります。

「特に、福祉という、ある意味閉じた世界にずっといた僕にとっては、目からウロコの連続でした」と話すのは佐藤さん 。中でも、“手すり”に関するやり取りが忘れられないと言います。

一般的な高齢者向け施設では室内の壁という壁に手すりが備え付けられていますが、タガヤセ大蔵には見当たりません。施工の段階で、安藤さんが待ったをかけたのです。

安藤さん 手すりだらけの空間って、居心地がいいものでしょうか。もちろん、必要なものなら付けるべきだと思うんです。でも、必要性が本当に考えられているのかということが疑問でした。

そこで安藤さんは、手すりが必要な箇所の検証を佐藤さんに依頼しました。

佐藤さん 最初に聞いたときには、その意味が理解できませんでした。それまでに僕が身につけていた福祉の常識では、“手すりはあればある程よいもの”でしたから。

手すりがない施設は考えられない。それは佐藤さんだけではなく、施設へ高齢者を紹介するケアマネージャーにとっても同じことでした。

佐藤さん 完成を間近に控えたタガヤセ大蔵へケアマネージャーの方が見に来てくれたのですが、“手すりがないと紹介できません”と言われてしまうんです。板挟みになって、相当苦しみました。

ところが、半信半疑で行った検証の結果は、なんと「手すりが必要なのは浴室とトイレのみ」というもの。

佐藤さん ひとつひとつきちんと考えてみると、ちょっとした家具の配置や僕たちのサポートでカバーできるものばかりだったんです。この発見は本当に驚きでした。

同じように安全性とデザイン性を丁寧に検討した上で、床にはリノリウムではなく西粟倉村の無垢材が、家具には福祉用家具ではなくインテリアショップの家具が採用されました。

また、そういった選択の背景や意図を繰り返し伝える中で、当初否定的だったケアマネージャーの中にも次第に理解者が現れるようになりました。
 
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手すりのない壁も無垢材の床も、今までの福祉業界の常識では考えられないもの

安藤さん 福祉業界の常識で施設をつくると、どうしてもデザイン性や居心地という面が軽視されがちです。一方で、リノベーション業界的な考え方だけでも、でき上がるものが高齢者にとって使いづらいものになってしまいます。

それぞれが意見を出し合い 一緒に考えるからこそ、高齢者にとって安全で使いやすく、居心地のいい空間がつくれるのではないでしょうか。

発想の転換! 何もしなくても、“ただいることが、ボランティア”

プロジェクトにおいて、チーム内での意識・感覚の共有と同じかそれ以上に安藤さんたちの頭を悩ませたもの。それは、ルールによる制約でした。

タガヤセ大蔵では現在、デイサービススペースのすぐ隣にカフェコーナーが設置されており、施設を利用する高齢者と訪れた地域の人などが自然に同じ空間を共有できるように工夫されています。しかし、当初このプランは区のチェックを通りませんでした。
 
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カフェコーナーからデイサービススペース、静養スペースまで一続きの空間は、大きなリビングダイニングのよう。プライバシー面での要望があった時のために用意されている可動式パーテーションも、出番はめったにない

通常、デイサービス施設など福祉施設に一般の人が入ることはできません。スタッフの時間や必要面積は、本来、 施設利用者にのみ向けられるべきとされるためです。また、区からは施設利用者のプライバシーという観点でも指摘を受けました。

代替案として区から提示されたのは、デイサービススペースとの間を壁で完全に区切り、カフェスペースを独立させるというもの。しかしそれでは、訪れた人と高齢者が自然に一緒にいる状態はつくれません。

この状況を打開したのは、“一般の人”をどう捉えるかという発想の転換でした。

佐藤さん 施設スタッフに加えて一般の人がいれば、高齢者の体調の変化などに、より細かくより早く気付くことができます。また、一般の人が高齢者の方に話しかけてくれれば、それは彼らの認知症防止・改善につながります。

つまり、施設を訪れる一般の人は、ただの来客ではなくボランティアなんです。制度上でも、ボランティアであれば、一般の人でも施設へ入ることが認められています。

訪れる人をボランティアと定義し、プライバシー対策として可動式のパーテーションを準備するという内容で再交渉したところ、ついに区からの承認を得ることができました。

安藤さん 実は、“ただ居ることがボランティアになる”という発想は、多世代交流自然村「ゴジカラ村」が持つ、“訪れるだけでボランティア”というアイデアからきています。

プロジェクトチーム発足後、ゴジカラ村を含め多くの先進的な事例を見学させていただきましたが、そのどれもが、僕らの発想を大きく広げてくれました。あの時期がなければ、今のタガヤセ大蔵は無かったと思います。

つくりたいのは、地域との「気持ちのいい関係」

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取材中にも、デイサービス利用者ではない地域の高齢者が「押し花にできるから」とタンポポのつぼみを持ってきてくれた

こうして生まれたタガヤセ大蔵には、日々さまざまな人が訪れています。

ふらりと顔を出してくれるのは、地域のお年寄り。デイサービスの利用者ではありませんが、お茶をしていったり、時には生活相談をスタッフにしたり、とタガヤセ大蔵との“ご近所付き合い”を楽しんでいます。

施設に明るい空気を運んでくれるのは、それぞれの“得意”を披露してくれる地域の人です。ある人は高齢者と一緒に歌を歌い、ある人は室内に絵手紙を展示。地域に住む園芸療法士の方と一緒に、庭に野菜を植え高齢者と一緒に育てる計画も進んでいます。

さらに今後は、小さな子どもを連れたお父さん・お母さんが気軽に遊びに来られるよう工夫し、さらなる多世代化を狙います。

安藤さん 課題は、どうやって「高齢者じゃなくても来ていい場所」と認識してもらうかですね。自然とここへ足が向くようなきっかけを、ゆっくりとデザインしていきたいです。

佐藤さん こうやって地域の人と関わることは、高齢者福祉において非常に重要です。高齢者福祉って、地域からのクレームがけっこう多いものなんです。

例えば、送迎車への乗降に時間がかかるお年寄りも多いのですが、その間は車を動かせません。すると、「道路をふさぐな」というクレームになります。

地域での関係がうまくつくられていれば、クレームではなく「大変ね」「がんばってね」という言葉に変わります。そうするとスタッフも堂々と働けますし、お互いに気持ちよく過ごすことができます。

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デイサービスの利用者と安藤さんの奥さん、そして1歳になる安藤さんの娘。子どもがいるだけで、高齢者の表情が明るくなる

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「福祉の常識」からの脱却の重要性を、誰よりも痛感した佐藤さん。タガヤセ大蔵での学びを、育徳会の他の施設へも展開したいと意気込む

また、安藤さんは、清掃など建物の管理業務を障がい者にお願いしています。高齢者がおしゃべりをし、同じ空間で障がい者が働き、そこへ地域の人が遊びにくる。そんな風景が、タガヤセ大蔵では日常的に見られます。

佐藤さん 障がい者さんに対して「どうしたらいいかわからない」「怖い」と感じる人は多いです。ただ、そういう感覚は、相手を知らないこと、慣れていないことから来ていると感じます。

僕は、先輩から「障がいは個性だ」と教わりました。障がいを持つ人は他の人がしないことをするかもしれませんが、それを「異常」ではなく「その人の個性」と捉えることで、その人を理解しやすくなります。

安藤さん 障がいがあるというだけで、遠ざけて、居場所をなくしてしまう社会は悲しいですよね。障がいを持って生まれる可能性を怖れる親は少なくありませんが、それは、障がい者が活躍できる未来が見えないからです。

障がい者が働ける場所、障がい者もそうじゃない人も自然に一緒にいられる場所を世の中にもっと増やしていければ、障がいを怖がらなくてもいい社会になるのではないでしょうか。

最後にタガヤセ大蔵の今後を尋ねてみると、安藤さんからは「集まった人たちにあわせて変えていきたい」という答えが返ってきました。

安藤さん 建物は一般的に、できた瞬間が100点で、そこから時間が経つごとに価値が下がっていくと考えられています。

それに対してタガヤセ大蔵 は、ハードもソフトもあえて「つくりこみ過ぎない状態」からスタートさせました。「タガヤセ(=耕せ)」という名前に込めたように、みんなで変えていきたい、その変化を楽しみたい、という気持ちがあったからです。

直近では園芸療法士のボランティアさんと「作業後に休憩できる縁側があったらいいね」なんて話していますが、そんな風にここで活動する人たちとの会話の中から変化を生み出せたらいいですね。

福祉施設っぽくない福祉施設・タガヤセ大蔵のお話。自分自身や身近な人が高齢者になったときのことを、思い浮かべて読んだ方も多いのではないでしょうか。

人はいつか歳をとるもの。つまり、今わたしたちが出会う“高齢者”は、未来の自分たちの姿でもあります。

自分なら、歳をとったときにどんな場所にいたいか、どんな人とどう関わりたいか。そんなことを考えてお年寄りに接してみると、今までとは違うものが見えてくるかもしれません。