日本中に生えている、竹。この竹の皮をテーマにした不思議な映画が『タケヤネの里』です。この作品を手がけたのは、映像作家の青原さとし監督。
青原監督が古い友人である前島美江さんを訪ねたところ、前島さんは群馬県高崎市の伝統である「竹皮編」の技を磨き、伝統工芸師になっていたことから、この映画の構想がスタートしました。うっかり見過ごしがちな竹の皮に、実はニッポンの未来がつまっていたのです。さっそくどんな映画なのか、ご紹介します。
ブルーノ・タウトが再発見した、新しい伝統工芸
「竹皮編」とは、おむすびを包むために使われる竹の皮をさらに細かく裂いて巻きながら、針で縫い込むコイリングという手法でつくられます。1930年代に群馬に滞在したドイツ人建築家のブルーノ・タウトが、草履表をつくっていた職人の技術を再発見して、新しい伝統工芸が生まれました。そのため、素材は非常に「和」でありながら、生まれた工芸品はパン籠やコースター、椅子の座面やボタンなど、モダンでデザイン性が高いのが特徴的です。
しかし、その前から日本人と竹には長い関わりがありました。日本では、縄文時代から建築材としての利用がされていました。室町、桃山時代になると、茶道具に竹が使われるようになり、その用途や加工法は多岐にわたるようになりました。さらに、照明器具などのインテリア、小物、和傘、団扇、和竿などが作られるようになり、海外における日本の竹工芸の高評価にも繋がっていきました。そんな中、日本に住む外国人がその技術を再発見して「竹皮編」という伝統工芸を生み出したのです。
「竹皮編」の材料になる竹皮はカシロダケのもので、福岡県八女市星野村、黒木町、うきは市の3ヶ所でしか生えていないという、とても珍しい竹です。この白く美しい素材は、江戸時代以前から草履、高級雪駄、版画に使うばれん、舞妓さんの履くこっぽりなどに使われ、全国に出荷されていました。つまり、竹の皮が産業として成立し、竹林農家が生計を立てていたという歴史があったのです。
しかし、竹の皮の需要は日本人の生活スタイルの変化とともに激減。竹林農家の高齢化などに伴い、どんどん衰退していきました。竹の栽培面積は1970年の約15万haをピークに、減少し、現在は1950年代の3分の1以下になっています。需要の減少の原因としては、プラスチック製品の登場や、戦後の高度成長による生活環境の変化が大きいといわれています。
「このままでは、竹の文化が日本からなくなってしまう」と危惧した前島さんは、2006年に竹林保全のプロジェクト「かぐやひめ」を立ち上げます。
知られざる日本の竹文化
前島さんは、もともとは地域文化の研究者だったのですが、「自分の手で何かを生み出して、大切なことを伝えていきたい」という思いから、自ら伝統工芸の伝承者になった方でした。
そんな前島さんがはじめた「かぐやひめ」は、東京や福岡などの都市生活者がカシロダケ林を訪れ、竹林の保全作業や竹を活用したものづくり体験を行うというプロジェクト。竹林農家が受け入れ先となっている地域密着の活動で、今や海外からも参加があり、ひとつの新しい流れを形づくっています。
この「かぐやひめ」の活動を追っていくだけでも、九州の山岳地帯の竹の皮を使った暮らしや様々な知恵が見えてきます。さらに、下駄や本ばれん、茶道に使う羽箒などが、関東の職人の手によって作られている様子、関西では竹の皮を商う商人が存在し、竹皮商が縁で結婚した夫婦がいることなど、ほんの少し前の時代のことなのに、知られざる日本文化が次々と登場します。
知らない人には落ち葉にしかみえない竹の皮が、美しく繊細で多彩な工芸品を生み出し、流通システムさえも生み出していたんですね。江戸時代以前からあるそんな豊かな文化を多くの人に知ってもらいたい。
古い友人との出会いから竹の文化の奥深さを知った青原監督は、その強い思いで『タケヤネの里』を製作することにしたのでした。
古くからの知恵を現代につなぐ映画づくり
竹と共に生きる様々な「人」が登場します
映画全編を観て感じるのは、自然と人の生み出す文化はこんなにも豊かで美しいのかということ。風になびく竹林、職人の竹皮を裂く音、精密な幾何学模様のように編みこまれたばれん。日本にはこうした豊かな文化が息づいていたのに、それが今の自分たちの生活と切り離されてしまったのは、ごく最近のことであることに気づかされます。
日本だけでなく先進国といわれる世界中の国々では、自分たちの国に住む人々が古くから築いてきたものを、高度経済成長によって一挙に切り捨てていく時代を経てきました。今こそ「手仕事」を見直し、身体を使った「技」や「知恵」を再発見し、継承していかねばならない時代にきていると思うんです。
と青原監督は語ります。
実はこの映画、青原監督がお住まいの広島ではすでに上映されていたものの、なかなか他の場所での上映が決まりませんでした。そこに2012年10月、青原監督が以前所属されていた民族文化映像研究所(略称、民映研)が配給を引き受け、東京・渋谷での上映が実現。その名のとおり日本の基層文化を記録・研究してきた強みを活かして、『タケヤネの里』上映に合わせて、「竹祭」という記念イベントも開催しました。
竹皮編ワークショップ、映画音楽を担当した頭脳警察の石塚俊明さんのパーカッションライブ、「竹・手工芸」に関する民映研の映画、青原監督のデビュー作など、5本の映画上映と、豪華ゲストを招いてのトークライブも行い、好評につき上映が延長になったほど。
さらに、2013年に入り、札幌・大阪でも上映が決定しました。 大阪では、前島美江さんの竹皮編ワークショップ、青原監督と前島さんの舞台挨拶やトークライブも行われます。知っているようで知らなかった竹文化を体験するチャンス。身近にある竹への見方が変わってきそうですね。
資源やエネルギー問題を見直す今こそ、日本国内で手に入る資源や古来からの文化を見直す時期に来ています。竹の皮から広がる世界は、もしかしたら私たちの生活を変えていくチャンスのひとつかもしれませんね。
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