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思想と表現はどこまで自由?映画『否定と肯定』を観ていま思うこと

フェイクニュースという言葉に慣れてしまい、メディアのあり方が問われ、受け手側のメディアリテラシー(情報媒体を健全に使う素養)が求められる昨今。表現することの自由についても議論が求められている気がします。

みなさんは、2017年に公開された映画『否定と肯定』(原題:DENIAL)をご覧になられたでしょうか。これは、2000年にイギリスでおきた実際の裁判の内容を映画化したもの。正直これがほんの20年弱という比較的最近の出来事であることに、なんとも言えないショックを覚えます。

初めてこの話を知る方のために少しだけ裁判の背景を解説しましょう。

この裁判を起こしたのは、イギリスの歴史学者でデイヴィッド・アーヴィングなる男性。彼はヒトラーを崇拝し、ヒトラーはユダヤ人虐殺を命じてはいない、ホロコーストなんて存在していない、世界大戦で犠牲になったのはユダヤ人だけではない、という主張をもった歴史学者です。

そのアーヴィングに訴えられたのが、アメリカのデボラ・E・リップシュタットというユダヤ人の大学教授。彼女は自らの書籍の中でアーヴィングの主張に触れ、「史実を捻じ曲げていて歴史家として信頼できない」と書いたため、出版社と共にアーヴィング氏から名誉毀損で訴えられました。

アーヴィング氏の主張は理解に苦しむものの、イギリスの法に従うと、ここでは訴えられた側であるリップシュタット教授がホロコーストの存在を証明しなくてはいけなくなり、それがこの映画、そして一連の出来事の主題です。

アーヴィング氏の考え方をいくら「とんでもない」と思ったとしても、世界には実際に、こうした歴史修正主義が存在しています。その事実を含め、私たちがこの映画を通して注目すべき点はいくつかあるのですが、中でも重要に思える2点に絞ってみたいと思います。

まず、「ホロコーストはなかった」と思う人がそう発言することは(社会的モラルの問題こそあれど)発言の自由がある、ということです。「誰かが”ない”と信じているものに関して”ない”と発言すること」自体は法的に自由、なんですね。リップシュタット教授も「地球は丸くない」とか「エルヴィス・プレスリーは生きている」といった誰かの自由な発言を例に出すシーンがあります。

では私たち個人が自分の思いを表現したり発言する自由は、どこまで許されて、そしてどこかでは線を引くべきことなのでしょうか。引くとしたら誰がどんな基準で引けるのか。これは人種を問わない本質的で、そして現実的な問いです。

とはいえこの時、賢いアーヴィング氏は決して発言の自由を求めてこの裁判を起こしたわけではありませんでした。ここが少しややこしいところなのですが、アーヴィング氏は、「まるで自分が本当はホロコーストはあったと思ってるのに”ないことにしてる”ように書かれた。本当にホロコーストはなかったのに。失礼だから訴えてやる」と繰り返す。これは、自分の考えに注目を集め、多くの人に届けるための、非常に巧妙な切り口でもあるのです。

これに関連する、この映画の注目すべき2つめの点は、リップシュタット教授の裁判での戦い方、議論の組み立て方です。正確には彼女側についた素晴らしき弁護団たちによる提案ですが、弁護団たちはリップシュタット教授本人が裁判の証言台に立つべきではないとし、さらに、ホロコーストの生存者たちが「証言させてほしい」と言ってもさせません。

なぜなら、それこそがアーヴィング氏の狙いで、専門家や生存者という当事者たちが彼の破茶滅茶な主張に丁寧に向き合う機会をつくり出してしまうからです。もしも万が一こちらが少しでも隙を見せたら、弁の立つアーヴィング氏が優位になってしまうと判断したのでした。

ここで思い浮かぶのは、なぜか「声が大きい主張が通ってしまうことがある」という近年の社会傾向です。

断定的な言葉で誰かをワルモノにする、そのワルモノたちのせいで自らの居場所が脅かされていると主張する。一見ばかばかしいような主張に思えても、強く大きな言葉に惹かれ、いつのまにか共感を抱く人たちが増えていく。

歴史に学んだはずですが、でも残念ながら、いま世界中で同じことが繰り返されている気がしてなりません。今、私たちが学んで取るべき行動はなんでしょうか。

映画のなかで本人そっくりな話し方が話題になるほど見事にリップシュタット教授を演じた主演女優のレイチェル・ワイズは、公開時のインタビューでこう語っていました。

“This is not a Holocaust movie. It’s about the fight for truth and justice.”
(これはホロコーストを描いた映画ではなく、真実と正義のために戦った話です)

私たちの自由と未来のために、今こそ史実からの学びを思い出すときだと感じています。

『否定と肯定』
原作:『否定と肯定 ホロコーストの真実をめぐる戦い』(ハーパーコリンズ・ジャパン)
監督:ミック・ジャクソン
配給:ツイン
原題:「DENIAL」/2016年/イギリス・アメリカ/英語/110分/カラー/シネスコ/5.1ch
(c)DENIAL FILM, LLC AND BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2016